インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
亡国企業の特殊作戦チーム“ファントム”。
そのコールナンバー3が山田先生と交戦に入る直前、織斑一夏と篠ノ之箒の2人は、仲良く学園内を歩いていた。
初々しく繋がれた手が、2人の関係をそれとなく周囲に教えている。
注がれる嫉妬と羨望の入り混じった視線に2人は恥ずかしさを覚え、手を離そうかとも思うのだが、それもまた勿体無い気がして、結局2人してモジモジしているという、傍から見れば青春ドラマでもそう見れないような状態になっていた。
故に2人は、その背後から迫る危険に全く気付いていなかった。
(平和ボケした日本人か…………)
視覚内に表示されているカウントダウンを確認しながら、特徴らしい特徴の無い、一般人という“その他大勢”に完璧に偽装したファントム2が、ゆっくりと距離を詰めていく。
―――3
手首に隠しているスタンガンを確認する。
これは特殊なカスタムが施されている物で、その電撃は待機状態のISなら、一時的に行動不能に追い込めるレベルだ。
人体への影響?
知った事では無かった。受けた命令は、白式の回収だ。
スタンさせた後、学園に紛れ込んでいる“善意の第三者”が、保健室に運ぶフリをしてここから移動させる手筈になっている。
そしてもしISが危険を感知して緊急展開したとしても、その備えは十分にしてあった。
“
強いなら、戦わせなければ良い。
―――2
周囲から嫉妬と羨望の視線が注がれる2人を、この場でどうにかするのは難しい。
だが人の視線は容易く他に移る。
それが非日常的な事であればなおさらだ。
―――1
視覚内に表示されているファントム3のステータスが交戦状態となった。
ファントム2は2人の真後ろ、腕を伸ばせば届く位置へと移動する。
そして港の方から連続した爆発音。
周囲の視線が一斉にそちらへと誘導される。
今、織斑一夏と篠ノ之箒に注目している人間は誰もいない。
―――0
真後ろからスタンガンを、待機状態の白式へと押し当て――――――突如、一夏が前方へと飛び退いた。
「なっ!?」
この時、素人の一夏が奇襲を回避出来た理由。それは爆発音という、戦闘を意識させる音を聞かせてしまった事だった。
晶は専用機持ちのトレーニングを行う際、常々『戦いの場に平等は無い』と言い続けてきた。
当然それは訓練にも反映され、不意打ち、多対一、ISの機能制限等々、不利な状況下というシチュエーションは散々やってきていたのだ。それこそ病的なまでに。
一夏がISのトレーニングを始めて僅か数ヶ月。まだ常在戦場の心構えが出来ている訳ではないが、それでも明らかな爆発音を聞けば、即座にスイッチが入る程度のシゴキは受けていた。
結果、“爆発音”と“背後から待機状態のISに触れられた”という不吉極まりない出来事に体が反応し、考えるより先に体が動いていたのだ。
身を投げ出し、無様に転がりながら背後を確認。後にいた人間が
しかしこれすらも、ファントムチームは折り込み済みだった。
ファントム2もISを展開。
型式は――― 一夏は知る由も無いが ―――、アメリカ製第3世代機IS“ファング・クェイク”の改造型。山田先生が交戦中の機体と同一タイプだ。
機体の展開と同時にコールされた武装は、
ISと搭乗者を強制的に分離する兵器。だがこれは試作兵装の為、極至近距離でしか効果を発揮しない。が、決まれば一撃で決着つくというのは、誰しもが簡単に想像できる事だろう。
そして全てを折り込み済みで動いていたファントム2と、奇襲を受けた直後の一夏とでは、勝敗は明らかだった。
放たれた光が白式・雪羅を包み込むと、白亜の装甲が一夏から強制剥離。一夏の元から離れていき、ISコアがファントム2の手中に引き寄せられていく。
しかしそれを阻む影があった。
特殊工作員にすら気配を悟らせず、周囲に潜んでいた楯無だ。
織斑先生の提案で2人の護衛に入っていた彼女は、
だが敵も手練。ISコアの強奪に失敗すると、即座に離脱を決断。蹴り飛ばされた反動を使いつつ加速し、置き土産とばかりに数本の投げナイフとフラッシュグレネードを投擲。追撃を許さない。
「流石、プロね」
一夏と箒を狙ったナイフを右手に持つ
(今ならまだ追える)
遠ざかる敵を見て、そんな考えが脳裏を過ぎる。だが彼女の立場と周囲の状況が、それを許さなかった。
実戦の空気に当てられた招待客達が、パニックを起こしかけていたのだ。
(まったく、仕方ないわね。――――――追撃はそっちに任せるわ)
楯無はコアネットワークで1年1組に連絡を入れると、ぐるりと周囲を見渡し、一芝居うつ事にした。
この場面でのパニックは、敵の思うつぼだ。
「皆さん。落ち着いて下さい」
怒鳴り声ではない。だがその声は不思議と良く通り、視線が1つ、2つと、徐々に彼女に集中していく。
そうして周囲の視線を集めたところで、続く言葉が放たれた。
「皆さん。どうか安心して下さい。襲撃者は撃退しました。それに外を見て下さい」
指差された先には、学園を護るべく動き出しているISの姿があった。
ISイコール超兵器という認識を持つ一般人にとって、“強力な兵器が自分達を護る為に動き出している”という事実は、安心感を与える切っ掛けとしては十分なものがあった。
ここで更に、気を利かせた1年1組の面々が暖かいコーヒーを配り始め、“平和な日常に戻ってきた”という安心感を与え、芝居の効果を高めていく。
学生とは思えない見事な対応だった。
(これでこの場は大丈夫。後は――――――)
気がかりなのは先ほどの爆発音だ。聞こえてきたのは二ヵ所。
一ヶ所は港の方で、データリンクによれば山田先生のラファールが、同地点で交戦状態に入っていたが心配ないだろう。何せ織斑千冬と、日本代表の座をかけて争った程の腕だ。
だがもう一ヶ所の爆発音はアリーナの方だ。あそこには今誰もいない。
シャルロットとラウラが急行しているが、ISの反応を隠していないところを見ると、既に目的を達して離脱するところだろうか?
(――――――簪ちゃん。ごめんなさい)
楯無にはアリーナという時点で、何が狙われたのか分かってしまった。
間違いなく打鉄弐式だろう。
アレは開発中の為、ピットに置かれたままになっていたはずだ。普段は無数の防衛装置に護られているが、主電源が喪失している今、防衛手段は物理隔壁のみ。ISにとって大した障害ではないだろう。
彼女としては、妹のISを自分の手で護りに行きたい。だがアリーナに3機も投入するのは戦力過剰だ。
(まぁ、大丈夫かしら)
幸いあの2人は、楯無の目から見てもそこそこの実力がある。任せてしまっても大丈夫だろう。
相手に隠し玉が無ければ、だが――――――。
◇
嫌な予感というのは当たるものである。
シャルロットとラウラがアリーナに到着した時、
2人に気づいても戦う気配を全く見せない。完全に逃げの一手だ。
そして敵が移動すると、打鉄弐式のコア反応も一緒に移動している。
コアだけか、待機状態にしているのかは分からなかったが、奪われたのは間違いなかった。
「シャルロット、追うぞ!!」
「うん!!」
ブースターの出力を上げ、追撃に移る2機。
学園が瞬く間に遠ざかっていく中、徐々に距離が詰まっていく。すると敵は振り切れないと判断したのか、追加兵装をコールした。
緑色の光が敵ISの背部に集まり、装備が実体化していく。現れたのは、大型の追加ブースターだ。
そしてその形状に、2人は驚愕する。
似ているのだ。NEXTの
――――――キィィィィィィ。
甲高い作動音と共にブースターに火が入り、圧倒的な加速力が
それと同時に
「なにっ!?」
「何処から?」
咄嗟に回避行動を取る2人。
直前までいた空間を、超音速の弾丸が駆け抜けていく。
敵の場所と姿が明らかになる。
射撃地点はIS学園を見下ろす山頂。そこに1台のトレーラーが止まっていた。
タイプは26tサイズ。コンテナ車両を牽引するタイプだ。
そのコンテナが開き、中から長大な砲身を持つ狙撃砲が姿を見せている。
既存兵器のライブラリーに一致するものは無いが、しいて言うなら、戦車の上半分をトレーラーに乗せたようなものだろうか?
だがそれよりも特徴的なのは、戦車ならば乗員が出入りする場所に、多数のケーブルに接続されたISがいるという事だった。
「なんてデタラメな」
軍人でもあるラウラは、それの運用方法についてすぐに想像がついた。
狙撃砲そのものは威力や射程距離を最優先にし、結果生まれる兵器としてのデメリット、反動や消費エネルギー等は、PIC制御やIS側からのエネルギー供給という力技で、捻じ伏せているのだろう。機動戦闘を行わず固定砲台として運用するなら、それも有りかもしれない。
そして敵は発見されるのを待っていたかのように、砲身をIS学園へと向けた。
「ふざけた真似をッッッ!!」
これが敵の撤退支援である事は明白だった。
だがラウラもシャルロットも、敵の意図が分かっていながら乗らざるをえない。
そんな時だった、
◇
シャルロットとラウラが狙撃を受ける少し前、晶は敵の離脱方法について考えていた。
潜入・侵入・強襲、言葉は何でも良いが、物事は仕掛けるよりも離脱する時の方が大変なのだ。
目的が自爆というなら話は別だが、別に作戦目標があるのなら、生きて帰らなければ意味がない。
そしてコア数に限りがあるISを投入してきたという事は、必ず生きて生還させる手段を用意しているはずだ。
(俺なら、どうする?)
数瞬考え、ふと思う事があった。技術は模倣されるという事だ。
(“
急速に考えがまとまっていく。
VOBの数少ない弱点。それは巨大な装備故に運動性能が低下し、被弾率が上がる事だ。
一度加速状態に入ってしまえば、その超スピードでどうとでも出来るが、加速が完了するまでは巨大な的でしかない。
「束、1つ質問しても良いか?」
「なぁに?」
晶は傍らで仮想キーボードを操作している束に声をかけた。
声が弾んでいるところを見ると、カウンターハックは順調なようだ。
「IS用のVOBって、束以外でも作れるのかな?」
「NEXT用じゃなくて、普通のIS用? 性能は随分落ちるけど、作れるんじゃないかな。極論すればアレって、只のロケットだから。今まで君も何回か使ってるから、模倣しようっていう輩は多いと思うよ」
「だよなぁ」
「どうしたの?」
「多分今回、敵さんは使ってくるだろうなって思ってさ。
「有り得る話だね。でも追撃されている最中にVOBをコールするのって、かなり危ないと思うよ。NEXTくらいのシールド強度があるならまだしも」
「ああ。だから俺は、撤退支援要員がいると思う」
「どういう事?」
「加速が完了するまでの僅かな時間だけを稼げば良いのなら、遠距離から追撃者か、学園そのものを狙えば良い。単純なスピード勝負の最中に回避を強要されれば、追撃者にとっては大きな足枷になる。それに学園そのものを狙われれば、追撃者は防衛に回らざるをえない」
「なるほどね」
ここで束は思った。
しかし自分を護るNEXTを投入してまで、実行部隊の相手をする必要があるだろうか?
此処には多くの専用機持ちがいるのだから、実行部隊如き、そいつらに相手をさせれば良い。
だが、気になる事があった。
「ねぇ、晶が考える撤退支援要員って、何処で待機してると思う?」
「学園の外かな。中にいたら、数の暴力で押し潰される」
「仮に遠距離から狙われるとして、どの程度の距離だと思う?」
「最低でも10km単位かな。通常装備のISに反撃される程度の距離じゃ、学園の外で待機している意味がない」
束は考えた。
晶の推測は恐らく正しい。
多数の専用機が集うIS学園を直接狙うくらいだ。普通のISでは防げないような、確実な生還手段を用意しているはず。
そして敵の離脱を許せば、また同じような計画が実行されるかもしれない。
(………それは癪だなぁ。それに――――――)
奴らの襲撃で、ちーちゃんは要らぬ苦労をした。
更に言えば、いっくんを狙ったあげく、楽しいデート中だった箒ちゃんの邪魔までした。
叩き潰してやるには、十分な理由だろう。
彼女は決断する。
「晶、撤退支援要員がいるっていう前提で、学園周辺の索敵をお願い。もし発見したら撃破。私の傍を離れても良いから」
「良いのか?」
「私の護衛は
「分かった」
後ほどこの事を知った者達、特に束の性格を知る者達は随分と驚く事になるが、今は関係の無い話だった。
晶はNEXTを展開。
垂直上昇で学園上空へ上がると、TRSS(※1)を起動。合わせて小型の
IS学園周囲の索敵を開始する。
※1:TRSS
正式名称:Tactical Reconnaissance Support System
直訳すれば「戦術偵察支援システム」。本作オリジナル。
簡単に言えば、思考制御で無人偵察機をコントロールする為のシステム。
初登場は第72話。
(さて、いるとしたら何処だ?)
無数の可能性が脳裏を過ぎる。だが強化人間の高速化された思考が、膨大な情報の、瞬間的な検討を可能にする。
そして検討された可能性に、無人偵察機が収集した情報と、束が定期的に観測している学園周辺の情報を加え、予測の精度を上げていく。
結果絞り込まれた場所には、コンテナ輸送用の大型トレーラーが駐車していた。
荷台に置かれているのは普通のコンテナではなく、特殊機材輸送用で、外部からのスキャンが行い辛いタイプだ。
だが今、そんな事はどうでも良かった。
そのコンテナは既に展開され、長大な砲身を、シャルロットとラウラの方へと向けていたのだ。
しかもISが接続されているような兵器だ。生半可な性能であるはずがない。
(間に合うか!?)
2人に警告メッセージを送りつつ、晶は両背部に武装をコール。呼び出すのは、
AC世界において、圧倒的な機動力を持つネクスト相手に、狙撃戦を可能とした武装だ。
その弾速と命中精度は、束をして職人芸と言わせたほど。
晶は機体を現在の空間座標に固定。スナイパーキャノンを構え、ロック演算を開始する。
目標までの直線距離は約30km。無人偵察機からの補正情報を加え、演算を高速化。だがこのような遠距離戦では、近距離戦のような高速ロックは望めない。
ISに比べれば遥かに早いはずの演算が、この上なくもどかしい。しかしトリガーは引けなかった。狙撃戦で照準が1mmズレれば、着弾点は大きくズレる。敵にカスリもしない。
だがその間に敵はロック演算を終了。先にトリガーを引かれてしまう。
放たれた弾丸は、従来の炸薬式では有り得ない弾速を持って空を駆け抜けていく。
(レールガンか? 2人とも避けてくれよ)
その1.5秒後、NEXTのロック演算が完了する。引かれるトリガー。放たれた弾丸は、敵のレールガンを遥かに凌ぐ速度で空を駆け、狙い違わず敵ISを直撃。絶対防御を発動させ、行動不能に追い込む。
(次は………流石に無理か)
打鉄弐式を奪取した敵を照準しようとしたが、既にこちらを警戒して回避運動を取っている。そして既に、シュヴァルツェア・レーゲンとラファール・リヴァイヴ・カスタムIIが追いつけるような距離ではなかった。
(仕切り直しだな。――――――束、離脱した敵はトレースしているか?)
(しているけど、どうするの? 逃げた敵は2機。方向はバラバラだよ)
(まずは打鉄弐式を奪還したい)
(う~ん。私としては、もう1機を先にして欲しいな)
(そっちには何も取られてないぞ?)
(いっくんに手を出して、箒ちゃんの邪魔をした。逃がしてあげる理由なんて、コレッぽっちもないよ。あと付け加えるなら、打鉄弐式のコアは登録してたよね。そして今、弐式のコアはステルスモードに入っていない。――――――案内してもらおうじゃないか、敵さんの基地に)
(なるほど)
晶はニヤリと笑ってしまった。
どうやら敵さんは、束を怒らせてしまったらしい。
(了解した。なら前座は手早く片付けてこよう)
(お願いね)
(任せろ)
そうしてVOBをコールしたNEXTはファントム2を追撃。本家本元の加速力たるや紛い物の比ではなく、瞬く間に追い着き、捕縛に成功するのだった――――――。
第77話に続く
ようやく学園祭編終了です。
しかし学園祭編なのに、学園祭らしいことを余り書いていないという罠。
ヒロインズの可愛らしいメイド姿は、各々自己補完でお願い致します。
そして次回は、奪われた打鉄弐式の奪還作戦です。