インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
束博士に小型エネルギーシールドの作成を依頼してから一週間後、出来たものを織斑先生経由で箒さんに渡すべく、
機密を扱う事もあるこの学園では、こういう対策が施された部屋にはこと欠かない。
勿論入った際に、自分でも盗聴器の類が無いかはチェック済みだ。
「――――――と言う訳でこれと、博士からの手紙を箒さんに渡してもらえませんか。俺が直接渡すと、色々と変な噂が流れかねないので」
「分かった。有名人は大変だな。物1つ渡すのにも、気を配らないといけないだなんて」
「全くです」
面談用の質素なテーブルを挟んで反対側のイスに座る織斑先生が、小さな箱を受け取りながら言った言葉に、肩を竦めながら答える。
本当にヤレヤレな話だ。
いつもメディアに出ている人達は、こんな面倒な思いをしてまで、どうして有名でいたいんだろうか?
そんなどうでも良い事を考えながら時計を見れば、SHRまでもう少し時間があった。
だがここでする事も無いので教室に戻ろうと席を立つと、「ちょっと待て」と引き止められ、再び席に座らされた。
「何ですか?」
「いや何、束の友人として聞きたい事があってな」
ニヤリとした、ある意味で肉食獣のような笑みに、凄まじく嫌な予感を覚える。
この時、すぐに逃げ出せば良かったと後から後悔する事になるが、もう遅かった。
「お前、束に何を言った? この前電話で話したが、まさかあいつからノロケ話を聞かされるとは、夢にも思わなかったぞ」
直後、思わず表情が固まってしまった。
は、博士。まさかあの時の事を話したのか?
フラッシュバックする記憶。
拙い。顔が赤くなっていくのが自分でもよく分かる。
「い・・・・・いや、別に何も・・・・・」
「ほう? 何も言っていないのに、あいつは私に一晩中ノロケ話を聞かせてくれた訳か? じゃぁ、束がピンチに陥った時『邪魔するものは全て粉砕してでも駆けつける』と言ったとか、家を建てる時も文句の1つも言わずに働いてくれたとか、自分の事だけじゃなくて箒の事もちゃんと考えてくれているとか、色々言ってたのは全部あいつの妄想か」
・・・・・織斑先生。俺に聞くまでも無く、殆ど聞いているんじゃないですか?
そんな事を思いながら、頭の中の冷静な部分が、今の話には確認しておかなければならない点があるのを告げていた。
まさか、カバーストーリーから外れるような事は話してないよな?
だがそんな不安を、織斑先生は見透かしたかのように、
「安心しろ。細かいところは何も聞いていないし、言わせていないよ」
と言ってきた。
流石あの人の親友。その辺は弁えてくれているか。
だが追撃の手は緩めてくれなかった。
「――――――で、他には何を言ったんだ? あいつがこんな事を言うなんて今まで無かったからな。親友としては是非とも聞いておきたい」
「黙秘権を行使させてもらう」
「認めん。洗いざらいキリキリ話せ。迷惑とまでは言わないが、今まであいつには随分苦労させられたからな。少し弄るネタくらいは提供しろ」
「俺が言うと思いますか?」
織斑先生。今度は意地悪い笑み。
「薙原。交渉というのは、相手が言うのを待つんじゃなくて、言わせるように仕向けるのが基本だぞ」
「本当に基本ですね。でもそれは交渉材料があっての話でしょう」
「おや? 私が持っていないと思うか? お前との付き合いは短いが、あいつとの付き合いは子供の頃からだ。近くにいる人間としては、聞きたい話もあるんじゃないかな?」
マズイ。手札の数が違いすぎる。
これは、苦戦は免れないか?
そんな事を考えている俺に、織斑先生、
「―――あいつの好きな物とか、知りたくないか?」
・・・・・普通ならここで折れるんだろうが、その時の勝ち誇った笑みに逆に反骨心を刺激されてしまった。
いいだろう。
こっちの話は出さないで、そっちの持つ情報だけ引き出してやる。
使命感にも似た闘争心で、
・・・・・しかしなんで朝から、こんな
そんなささやかな疑問は、とりあえず胸の奥底の深海にコンクリートで固めて沈めて置く事にした。
気にしたら負けだよな。うん。
◇
面談室での舌戦をどうにか時間切れで逃げ切った
篠ノ之箒の事だ。
彼女を専用機持ちに相応しい実力者とするには、どうしたら良いだろうか?
放課後のトレーニングに加えるというのは真っ先に考えたが、これだと聡い奴は何かあると勘繰るだろう。
それにクラス内での立場もある。
今のところ放課後のトレーニングを行っているのは専用機持ちだけ。そこに専用機持ちでない箒さんを加えてしまえば、他のクラスメイトは当然、「何故彼女だけ?」と思うだろう。そうなったら、下手をすればクラス内で孤立させてしまう。
周囲に怪しまれずに鍛える方法か・・・・・何か無いだろうか?
そんな事を考えている間に織斑先生が、
「――――――私からは以上だ。何かこの場で言う事のある者はいるか? いなければ――――――」
「先生」
手を上げたのは出席番号1番、
趣味がスポーツ観戦にジョギングという活動的なタイプで、ショートカットが似合う子だ。
「どうした?」
「練習用ISの
「実習で基本的な事を教えてからだから、まだ少し先だな」
「そんなぁ~。もう少し早く使えるようになりませんか。先生」
「心配しなくても後からしっかり―――――――――なるほど、そういう事か」
先生は腕を組んで数瞬考えた後、
「おい専用機持ちども。お前達がやっている放課後のトレーニングだが、人数が増えても問題無いか?」
一夏、シャルロット、セシリアだけでなく、クラス全員の視線が俺に集まる。
専用機持ちのレベルアップという点だけを見れば、他の面子を入れるのは大きなマイナスだろう。
しかし、コミュニケーションや連携などを考えれば大きなプラスだ。
そして何より、これを受け入れれば、篠ノ之箒を怪しまれる事なく鍛えられる。
渡りに船とはまさにこの事か。
「――――――ええ。そろそろ次のステップに進もうかと考えていたので、丁度良かった。ただクラス全員でISを使ってしまうと、他のクラスに迷惑をかけてしまうので、チーム形式でやろうかと」
「ほう? どんなのを考えている?」
だが、1つ確認しておかなければならない事があった。
「その前に――――――シャルロット、セシリア、一夏、他人に教えるのは大丈夫か?」
この3人が他人に教えられないと、どうしようもない。
まぁ正直、シャルロットについては全く心配していない。だが、セシリアと一夏については少し不安があった。
なぜならセシリアは天才型であると同時に理論型。普通、いや大体の人間は小難しい理論を聞いたらそれを噛み砕いて理解しようとするが、セシリアは小難しい理論のままで理解出来てしまう。だから説明する時もやたらと難しい言葉が沢山出てくる。
本職の技術者が相手なら、相手も理解出来るから悪くないんだが、初心者相手にその説明は厳しい。
そして一夏。こっちはもっと単純で、放課後のトレーニングで一気に仕込んだ状態だから、他人に教えられるほど理解出来ているか分からないというだけの話だ。他人に教えるとなると、普段はフィーリングでやっている部分もちゃんと説明しないといけないからな。
「大丈夫だよ。ショウ」
「勿論、大丈夫ですわ」
「た、多分大丈夫かな」
シャルロット、セシリア、一夏が順に答えてくれる。
一夏はとても素直だ。大丈夫とは言っているが、少し不安があるんだろう。それが顔にも言葉にも出ていた。
対しセシリアは自信満々。・・・・・不安だ。
そんな事を考えながら、話を進める。
「―――では教える際の説明内容については、内容に過不足が無いか一度先生に見てもらうとして。基本動作を教えた後は、何人かでチームを組んでもらい、その中の1人がISに搭乗。何か競技種目を設定しておくので、それで試合をしてもらおうかと。複数回の試合を予定していますので、操縦者は毎回交代する事。そして勝ち抜いたチームには、専用機持ちと戦える又は競技できる権利を。細かい所は後で決めますが、大まかにはこんな感じでどうですか?」
権利という部分で、クラスがざわつき始めた。
「なるほど。それは面白そうだな。権利を得たければ、競技内容にもよるが戦術も戦略も相手の分析も必要になってくる。ところで、戦う専用機持ちは選べるのか?」
「一番勝ち数の多いところは自由に。2位以下は予め専用機側で順番を決めてしまうという形にしようかと。その辺りは専用機組で相談です」
「中々面白そうじゃないか。薙原、後で詳しいプランを提出しろ」
「了解。なるべく早く持って行きます」
こうして篠ノ之箒強化計画は、1年1組強化計画へと変貌。
必然的に取り纏め役になった俺は、教育プランの策定から競技種目の設定まで色々やる事が増えて大変だったが、専用機組3人の協力もあって、どうにか人様に見せられそうなものを仕上げる事が出来た。
本当。助かったよ。それっぽく振舞ってはいたが、こんな事やるのは初めてだからな。
◇
IS学園で1年1組強化計画が進んでいる頃、太平洋の海中深くを進む巨大な影があった。
全長200m、全幅40mを越えるそれは、一般的には潜水艦と呼ばれるものだが、他のそれには無い幾つかの機能を有していた。
その内の1つが、無人ISの運用母艦としての機能。
故にその巨体の中にある整備用ハンガーには、凹凸の無い黒いボディとフルフェイス。極太で長い手足という、南極でNEXTと戦ったものと同タイプの機体がズラリと並んでいた。その数12。だが同じなのは外見のみで、新規パーツの導入により出力・反応速度・稼動時間などのあらゆる面において、初期生産型を上回るアップグレードモデルだった。
「――――――しかし、今回投入許可が下りたのは4機だったか?」
「はい。情報収集という目的のみを考えれば1機でも良いのでしょうが、それだとNEXTが動いた場合、情報収集を行う前に撃破される可能性が非常に高いという事で、複数機の投入となりました」
「妥当な判断だが、4機投入とは上も随分奮発したな」
「逆を言えば、それだけアレについての情報を集めたいのでしょう。ここで上手くやれば、良い事があるかもしれませんね」
「そうだな」
それなりに付き合いの長い副官の言葉に短く答えた男は、ハンガーに並ぶ無人ISを眺めながら思う。
(上手く・・・・・か)
正直なところ、作戦を決めかねていた。
受けた命令は『薙原晶の非常時における行動情報の収集』。
単純に、命令を遂行するだけなら簡単なのだ。
1機をフルステルスで後方配置にし、情報収集に専念。残り3機を突入させて暴れさせれば良いが、まともに戦う必要なんて無い。
AIの基本行動パターンを、常に人の多い場所に移動するようにセットしてやれば良い。
それだけで、NEXTが持つ圧倒的な火力や機動力を封じられる。
何せアレに装備されている数々の兵器は、いずれも既存ISを遥かに上回る性能を示している。
余波だけで人体など紙屑のように容易く引き裂くだろうし、超高速機動時に放たれるソニックウェーブはそれ自体が凶器だ。
他の人間を大事と思うなら迷いを見せるだろうし、そうでないなら、それも情報の1つだ。
だがこれには、幾つか見過ごせない欠点があった。
それはオープンスペースを使うという関係上、他学年の専用機持ち或いは教師IS部隊の介入を招きかねないという事と、遮るものが無いので狙撃され易いという事。
関係のある専用機持ちなら、情報収集の一環として相手をしても良いのだが・・・・・。
しばらく考えていると、副官の声で現実に引き戻された。
「―――大尉。そういえば、そろそろIS学園ではクラスリーグマッチの時期ですね。来賓が色々と来ますが、そちらへの対応は如何致しますか?」
「工作部門が勝手に動くだろうから何もする必要は無い。一応作戦日だけ伝えて――――――」
ふと、男の脳裏に閃きが走る。
クラスリーグマッチ?
開催場所は、対IS用防備が施されたアリーナ。
来賓はVIPルームに。生徒の大半は観客席に。IS操縦者は学年別に、時間毎に控え室に入ったはず。
そしてあそこは、シールドとセキュリティレベルを上げれば完全な閉鎖空間を形成する。
後は仕掛けるその瞬間に、薙原がアリーナにさえ居なければ良い。
それさえ出来れば、現状望みうる最高の条件が満たせる。
逃げられない生徒達。戦力となりうるのは、殆どが対象に近い関係の専用機持ちだけ。他の者が介入する気なら、
無論NEXTなら破れるだろうし、その場に到着さえ出来れば、無人ISなどものの数秒で片付けられるだろう。到着さえ出来れば。
無数の情報が繋がっていき、考えが纏まっていく。
「――――――いや、工作部門にも動いてもらおう。作戦当日、薙原がIS学園の外にいるように仕向けてもらう」
「可能ですか? 彼の行動基準の最優先は紛れも無く博士でしょう。ましてイベントの最中、自分だけ外に出るとは考えづらいのですが」
「それは間違い無いだろうが、条件は『NEXTの機動力をもってすればすぐに戻れる場所』に呼び出す事だ。今回必要なのは長い時間じゃない。周囲の人間に危機が迫った時に、どんな行動を起こすのか。それを調べられれば目標達成なんだ」
「なるほど、盲点ですね。すぐに戻れると思えば本人も、それほど警戒無く動くでしょう。となれば条件を満たすのは――――――」
副官が手元に、空間投影型コンソールを呼び出し幾つかの条件を入力。
すると同じように呼び出されたディスプレイに、幾つか並行して進められている案件が表示された。
「――――――これらになりますが、どれを使いますか?」
「そうだな・・・・・」
大尉はディスプレイを覗き込みながら思案する。
対象を怪しまれずにIS学園から引き離すには・・・・・。
「これでいこう」
指差したのは、先日暴走した
本来なら社長が学園まで出向いて礼を言うのがスジだが、クラスリーグマッチで多くの来賓を迎えている学園側は、たかが一航空会社社長程度の面会など断るだろう。
まして面会対象が現最重要人物の1人となれば、確実に「アポイントメントを取った後、お越しください」と言われるのがオチだ。
尤もそのアポイントメントが取れないから、当日そうなるように仕向けるのだが。
来日する日時についても問題無い。
あれだけの不祥事を起したんだ。
訴訟団をちょっと突っついて、前後に対応しなければならない問題を色々入れてやれば、来日する日はこちらでコントロール出来る。
1日しか空けられないとなれば、どうあっても面会しようとするだろう。
問題は学園内部で面会しようという動きが出た場合だが、これは工作部門に頑張ってもらうか。
内部に何人か協力者がいるようだから・・・・・そうだな「予定外の人物を学園内に入れる警備上の問題と、本人の実力の高さ。及び送迎を学園側の人間が行うなら問題とはならない」という屁理屈でも使わせて、外に出るようように仕向けさせるか。
そんな考えを話すと、副官はすぐに必要な準備を行う為、傍らを離れていった。
後はもう、細かい指示を出さなくても大丈夫だろう。
作戦の目処が立ち一安心したのか、無性にタバコが欲しくなった大尉は、懐から愛用の品を取り出し火を付け、ゆっくりと一息つく。
そうして、物言わぬ無人IS達を見上げると、ふとした疑問が脳裏を過ぎった。
「――――――しかし、コアは博士しか作れないと聞いていたが、それならこいつらは何なんだろうね? 量産が出来るなら、とっくに売り出していると思うが・・・・・」
しばし無言のまま黒い人形達を見上げるが、「やめた」と言って男は視線を外した。
世の中、知らない方が良い事もあるのだ。
知らされていないという事は、知る必要が無いという事。
この世界。知りたがりは長生き出来ないのだ。
そうして携帯灰皿で火を消した大尉は、一度だけ振り返ってから格納庫を後にした。
残されたのは、人の命令には絶対服従の人形達。
命令無くして動くはずの無い存在。
故に誰も気付かない。
その中の1機。小指がピクリと動いたのを。
第20話に続く