ウイルスとは? 生命とは? 福岡伸一さんと考える「コロナ時代の生き方」

「Reライフフェスティバル@home」に登場

2021.02.28

 そもそも「ウイルス」とは何者でしょうか。私たちはどのように“コロナ時代”を生きていくべきなのでしょうか。生物学者の福岡伸一さんが2月28日、朝日新聞社主催の「ReライフFESTIVAL@home」(一部を除き見逃し配信あり)に登場します。生命(いのち)の不思議さや面白さを分かりやすく伝えてきた「福岡ハカセ」のオンライン講演会を、もっと楽しむための三つのキーワードをご紹介します。

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Reライフフェスティバル@homeで講演した福岡伸一さん=篠塚ようこ撮影

「動的平衡」という概念

 「生命とは何か」を考えるキーワードとして、福岡さんは「動的平衡(どうてきへいこう)」という概念を提唱している。絶え間なく少しずつ入れ替わりながら、しかし全体としては統一を保っている――という生命観だ。「私たちは現代科学の『機械論的な生命観』にどっぷりとつかっているが、それは生命の本質ではないのではないか」という問題意識から、思索を重ねてたどり着いたのが「動的平衡」だったという。

 「変わらないために絶え間なく変わる」という、一見、逆説的にも思えるこのバランスこそが、生命の本質であると説く。古代ギリシャの「万物は流転する」や『方丈記』の「ゆく川の流れは絶えずして」のように、古くから言い継がれてきた考え方でもある。

ウイルスとは何者か

 福岡さんは昨年3月、ダーウィンが「進化論」を着想した南米ガラパゴス諸島への取材旅行の後、客員研究者を務める米国ニューヨークのロックフェラー大を訪れた。その頃から新型コロナの感染が爆発的に広がり、都市ロックダウンに。日本に帰国できたのは8月だった。

 足止めされている間、「そもそもウイルスとは何者か」について考え直したという。細胞の大きさがサッカーボールなら、ゴマ粒くらいしかない極小の粒子。光学顕微鏡では見えず、高倍率の電子顕微鏡でなければその姿を捉えられない。それほど小さなウイルスに、私たちの世界が翻弄(ほんろう)されている。「ウイルス禍が我々に問いかけている問題を、生物学者として少し引いた視点で見る必要がある」と感じているという。

 ウイルスは構造が単純なので、生命が誕生した38億年前から存在していたと勘違いされがちだが、実は私たち多細胞生物が生まれてから現れた。私たちの細胞の中にあるゲノムの一部がちぎれ飛んだ「私たちの遺伝子のかけら」がウイルスなのだという。生命は通常、親から子、孫へと垂直に遺伝子を伝えていくが、ウイルスは水平に遺伝情報を渡し、しかも種を超えて伝えることができる。いわば遺伝情報の「運び屋」として生体の間を渡り歩いている。ウイルスは大半が無害で、自ら移動することはできない。だから新型コロナウイルスも人間が運び、人間が増やして広めている。

 「ウイルスは本来、私たちを含む大きな生命圏の一部で、完全に撲滅したり、排除したりすることはできない」。そのため、コロナ禍における「ウイルスとの戦争」というイメージは、生物学的には好ましくないのだという。

鋭敏なPCR法

 福岡さんは、新型コロナウイルスの問題が社会的にここまで大きくなった要因の一つに「PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)」の特徴があると指摘する。PCRは、ほんの少しでもウイルスがあれば「陽性」と検出する非常に鋭敏な検査法だという。しかし、風邪の症状が出るのは、個人の免疫とウイルス増殖とのせめぎ合いのバランスによる。PCRによって新型コロナウイルスの広がりや存在が速く正確に可視化された一方で、ウイルスの感染拡大よりも情報の拡散の方が速く世界を覆った。「未知のウイルスに人々が過剰に恐れをなし、問題を大きくした『インフォデミック』という側面もあったと思う」と分析する。

 「PCR検査をするなと言っているのではありませんし、PCR慎重派でもありません」とした上で、福岡さんは「本来は目に見えないものが、テクノロジーの進歩によって数字として可視化された結果、社会を翻弄(ほんろう)してしまっている」と話す。

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福岡伸一さんは「コロナ時代をどう生きるか~ウイルスとの『動的平衡』」の題で講演した=篠塚ようこ撮影

目指すゴールは

 では、どうすればいいのか。福岡さんは「ウイルスを『正しく畏(おそ)れる』ことに尽きる」と話す。自然の一部であるウイルスに対して畏敬(いけい)の念を持つのと同時に、自分自身の体の免疫システムを信じることが大切だという。

 人間とウイルスとの間に「動的平衡」を成立させるには、このウイルスにかかって回復した人が増え、ワクチンが普及することで集団の中に免疫が広がることが必要になる。人間の側の免疫システムがウイルスに対する平衡状態を獲得することで、このウイルスを乗り越え、日常的なものとして受容できる状態に達するのだという。一方、恐れられていた新型コロナウイルスもやがて「新型」でなくなり、通常の風邪ウイルスの一つになっていく。「長い時間軸で、リスクを受容しながらウイルスとの動的平衡を目指すしかない」

 「コロナ時代をどう生きるか~ウイルスとの『動的平衡』」をテーマに、福岡さんの講演会の動画を3月31日まで見逃し配信しています。人間はこれまでも、様々な感染症の試練を乗り越えてきました。福岡さんが提唱する「動的平衡」の視点から、私たちは「コロナ時代」をどう生きていくべきなのかを考えます。

  • 福岡 伸一(ふくおか・しんいち)

    青山学院大学教授・生物学者

     1959年東京生まれ。京都大卒。米国ハーバード大医学部博士研究員、京都大助教授などを経て青山学院大教授・米国ロックフェラー大客員研究者。サントリー学芸賞を受賞し、85万部を超えるベストセラーとなった「生物と無生物のあいだ」(講談社現代新書)、「動的平衡」(木楽舎)など、“生命とは何か”を動的平衡論から問い直した著作を数多く発表。大のフェルメール好きとしても知られる。2021年4月から朝日新聞で小説「福岡伸一の新・ドリトル先生物語」を連載。

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