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「首尾はどうよ」
「上々だな」
V高専C棟、三階の簡易闘技場。幾つかの銃創を携えて立つ鉄城大和に、そこそこのサイズのダンボール箱を持った敷島佑斗が話しかけた。闘技場の反対側には、肩で息をして座り込む偽姓果名がいる。
「身のこなしと射撃精度は中々。あとは装填速度と能力、そしてアレがあれば、俺なら勝率半々くらいか。敷島、お前は多分勝てない」
「だろうなぁ…元々銃弾の類いには相性悪かったし。んで、アレ出来たぞ」
「お、出来たか。果名、こっち来い」
「はーいパイセン!」
息を整えた果名が駆け寄って来るのを尻目に、ダンボール箱を地面に置き、封を解く。
そこには、黒地に金のラインが二本入った拳銃が二丁、入っていた。
「おー、これが…」
「『果名さんの手に馴染むように作りました。普通の9mmパラベラム弾以外にも色々撃てますよ、散弾とか貫通弾とか属性弾とか』って如月ちゃんが言ってた」
「結構凄いがなんでそんなの撃てるんだコレ」
「知るか」
銃を手にもって、矯めつ眇めつ眺めていた果名は、訊ねた。
「そういえばこの銃、名前とかあるんです?」
「名称不定って言ってた」
「いや草。…それなら敷島さん名前付けてくださいよ」
「何で俺が」
唐突な無茶振りにたじろぐ。
「いやだって敷島さん名付け上手いじゃないですか」
「そんなに上手いと思ったことないが…うーん、雨下さんの刀って確か『村雨』って名前だったよなぁ。なら、二丁纏めて『松風』でどうよ」
((どうやって村雨から松風に繋がったんだ)ろう…)
疑問は残しつつも、三人は闘技場を後にした。
「いやー、ようやく終わりが見えてきたなー!」
「そうだな。まだ練習することはあるが、そろそろ一通りか」
短距離転移魔法で直接別棟に向かった敷島と別れ、二人は傘を差して雨の中を進む。
「これでパイセン達と一緒に戦えるね!」
「そんなに嬉しいのか」
「勿論!」
「そうかそうか。…ん?」
雨で煙る視界の先、一本の刀を腰に差してこちらを向いている少女が居た。
「あれは…青猫?」
「雨下さんなんで傘差してないんだろう…」
大和の勘が警鐘を鳴らす。傘も差さず、ずぶ濡れで立つ和風セーラー服の彼女は、よく見れば、こちらを憎々しげに睨んでいた。辺りには、邪悪な何かが漂っている。
「いいとこ…見せるって……無理しちゃって…。お馬鹿…さん……ッ!」
呟いた雨下の手が腰の刀に掛けられる。
「危ないッ!」
即座に果名を抱えて横に飛ぶ。刹那、刀が抜かれ、そのまま彼女の眼前の空間を斬り裂きーーー
大和達が居た場所の更に後方にあった木の枝が、数本纏めて斬り落とされた。
「……な、ななな」
「…暴走している?刀に操られているのか…?」
唖然とする果名と対称的に、冷静に考察する大和。このままでは止める所か、反撃すら儘ならないだろう。
「っち、果名!黒夢を呼んでこい!他に戦力になりそうな奴も見つけたらこっちに向かわせろ!」
「えっパイセンは!?」
「足止めする!さっさと行け!」
黒肌で不定形な親友を思い浮かべる。彼ならば、暴走している雨下も無傷で取り押さえられるだろう。
「っ……死なないでねパイセン!多分死んでも可愛いけど!」
応援を背に受けながら、覚悟を決める。
果名は無事に離脱した。黒夢が来れば、それで何とかなるだろう。ならば奴が来るまで耐えれば、この場は勝利だ。
「来い、青猫!」
「怒らないと…わからないの!?」
「…」
F棟の屋上から、伏せた姿勢で戦場を俯瞰する。
航空機、おそらくはとが飛んでいる。巡洋戦艦と航空母艦を足して二で割らなかった結果がこれか。
地上近くの窓が数枚、粉々に割れている。大音響を操る音楽教師の力の巻き添えだろうか。
そして、切創だらけの男が果敢にも白兵戦を挑んでいる。自分が来るまでずっと持ちこたえていた様だ。
「…それで、それも雨下さんに?」
「ああ。正直ここまで届くとは思わなかったよ。最初は届いてなかった筈なんだが」
後ろでしゃがみこむ、右肘から先がない敷島の返答。F棟は四階建てのE棟の真上にある為、その屋上ともなれば20mくらいの高さはある筈だが…
「アレ本当に刀なんですかねぇ…」
「最早戦術兵器だよアレは。…まぁ、それでも物理攻撃の域は出ていないっぽいが」
戦略兵器が何を言うか、という言葉を飲み込んで、下を見る。物理攻撃オンリーなら自分の独擅場だ。大和が自分を最優先で呼んだのも頷ける。
「…んじゃ、止めに行きますかね」
呟いて、躊躇なく建物の縁に足を掛けーーー後ろからの風の魔法を受け、前方へと跳んだ。
「はっ!」
掛け声と共に、体を槍のように細く、鋭く伸ばし、右手に持つ刀に向けて刺突を放つ。しかしその攻撃は刀で迎撃され、二つに別れた体が地面に突き刺さった。
外した事を確認した黒夢は、すぐに体を液状にし、地面に潜る。
「ようやく来たか!全員退却、あとは黒夢に任せるぞ!」
大和の退却指令を聞きながら、黒夢は地中を少し移動し、再度刀へ強襲を仕掛ける。
「おりゃあ!」
「っ!?」
地中から液状のまま飛び出し、鞭のようにした体で、雨下の右手を刀ごと絡めとる。よく見れば、和風セーラー服の右手の裾だけぼろぼろになっていた。先程まで応戦していた彼らも、執拗に右手付近だけ狙っていたのだろう。
「こ…んの…!」
「やめてって…」
絡めている左手、そして右手以外は人型に戻し、右手も左手と同じく鞭状にして、左手と合わせて雨下の右手と刀の間へ差し込んだ。
「気持ちを隠すからっ…駄目なのよぉ!!」
絡めとられたまま、無理やり右腕を振り抜かれる。黒夢の胴が凪ぎ払われた。しかし不定形生物は、一瞬上半身と下半身に別たれるも、直ぐに再結合する。
「雨下さんを…離せえええええぇぇぇ!!!」
反撃とばかりに、鞭状の両手に力を加えーーー
「っ、あっ…」
雨下の手から、刀を手放させた。
鈍色の空と溟い海、そして強い雨。私はいつの間にか、そこに立っていた。
周囲には、飴色のツーサイドアップと、赤と黄色のオッドアイ、そして黒いセーラー服の、左右非対称な少女と。白い両三つ編みに白い服、そして角が生えたベレー帽を被った、全体的に白い少女。
海上に立つ非対称な少女と対称的に、白い少女は海面に横たわり、浮いている。
「はいはーい、雨下青猫さん。気分はどう?」
非対称な少女が訊いてくる。
「…少し、すっきりしたような気がします。これは一体…何があったのでしょう」
暫し逡巡し、答える。それと同時に、問いかけた。
「あの子、妖刀に支配されていたのを、貴女の仲間達が助け出した様よ。なかなか強いのね、あの人達」
「…では、貴女達は」
白い少女を『妖刀』と呼んだ、非対称な少女の言葉に気付く。
「えぇ、私は『宝刀・村雨』。邪を退け、妖を治める宝刀。そしてあの子は、私の中の製作者の残留思念と貴女の意思が反応して生まれた、妖刀の力よ」
「妖刀の、力…」
おうむ返しに呟く。
「そうよ。血を吸えば吸うほど、獲物を喰らえば喰らうほど、斬撃の威力を増すありきたりな妖刀ね」
「つまり、妖刀を産み出したのは、私…」
「まぁ、そういうことになるかしら。言っておくけど、そんなに思い詰める必要無いわよ?妖刀も使い方によりけりだし」
項垂れる私を、村雨が慰める。その時、妖刀の方から声が聞こえてきた。
「良いとこ見せようとしたのに……やられちゃったぁ…」
「っ!?」
「そんなに驚く必要ないわよ…おはよう、妖刀さん?」
村雨が妖刀に呼び掛ける。意外と悪い人ではないのでしょうか…?
妖刀も横たえていた身を起こした。
「…ふふっ。おはようございます、村雨さん、持ち主さん」
「あっはい、おはようございます…」
思わず挨拶を返してしまった。邪気の感じられない笑顔を浮かべる妖刀は、言われてもなかなかそれと気づけないだろう。
「…貴女は、何故…」
生まれてきてしまったのか。そう続けようとして、止める。これでは、彼女を否定しているようではないか。
そんな考えを見透かしたかのように妖刀は答える。
「ーーー私も、貴女の役に立ちたかったんです」
それを聴いてハッとした。
妖刀、とは言うものの、本質は村雨と特に変わらない。ただ力の方向性が少しまずかっただけだ。
「そう、ですか……村雨さん」
「なあに?」
「私と一緒に、みんなに謝ってくれませんか」
「もっちろん!」
いつの間にか雨は上がり、雲の切れ間から陽の光が差し込んでいた。
「……」
見知らぬ、天井。真っ白な天井は、保健室かどこかだろうか。
少し起き上がり、視線をさ迷わせる。
「あ…」
ベッドの脇で椅子に座ったまま、うたた寝をしている霜暮黒夢が居た。不意に目を開き、
こちらを見る。
途端に目を見開き、立ち上がりーーー
「雨下さん大丈夫ですか?!腕とか足とか頭とか痛く無いですか?!あぁそうだ果名さんやみんなに連絡ーーー」
凄まじい勢いで捲し立てた。
あまりの勢いに気圧されてしまう。
「ちょ、だ、大丈夫、大丈夫ですから落ち着いてください」
「えーと、あと…あっ、すいません、取り乱しました」
どうやら落ち着いてくれたようだ。
ベッドの上で佇まいを正し、頭を下げる。
「あの、すみません。私のせいでこんなことになってしまって」
それから、事情を説明した。果名に修行を決断させてしまった事。それを悔やみ、更なる力を求めた事。その意思が妖刀を創り出した事。一つ一つ、ゆっくりと。
話を聞き終わった黒夢は。
「いいですよ」
「…え?」
「いいですよ。そもそも皆、怒っていませんでしたし」
「え、えぇ…」
あっさり許した。身内に甘い連中である。
そのとき、ドタドタという煩い音が聞こえてきた。
「…あの、黒夢さん、この音って」
「あー…対衝撃防御態勢?」
音は段々と近づいて来て、部屋の前まで来た時。
「雨下さああああああぁぁぁぁん!!!」
扉を乱暴に開けて、偽姓果名が飛び込んできた。
「ぐむっ、果名さん飛び込んでくるのはちょっと」
「雨下さん大丈夫?!腕とか足とか頭とか痛くない?!」
「黒夢さんと全く同じこと言ってる!?ちょ、ちょっと離れてください!」
「あー、やっぱりこうなったか」
苦笑いで包帯だらけの鉄城大和が入室してくる。その後ろには秋風御礼の姿も。
「皆心配したんですよママ下さん」
「心配かけたのは悪かったですけど雨下さんママじゃないです」
秋風の言葉に突っ込みを返す。そして部屋に居る四人を見回して。
「ただいま、みなさん」