ひっそり自宅をカフェにする。
小さなお店のつくりかた
店舗併用住宅/ハウスブルーネ・珈琲店 小鳥 和歌山県和歌山市
Writer矢嶋 桃子
2015年9月26日(土)、27日(日)の2日間限定で、とあるマンションの一室がひっそりと「珈琲店 小鳥」としてオープンしました。11席の小さな喫茶店は、常に満席。淹れたての珈琲の香りが漂い、オーブンから顔を出したばかりのケーキが出番を待ちわびながら並びます。
ここは目の前を市堀川が流れる賃貸マンション「ハウスブルーネ」の一室です。第1回リノベーションスクール@わかやまのユニットCの対象案件であったハウスブルーネを、当時サブユニットマスターを務めた小川宏樹さんが、1階の3部屋を賃貸契約して住居として使用。そのうちの1部屋では今後、喫茶店をオープンする予定です。
上写真)ハウスブルーネの1階101号室。6畳と4畳半の和室をリノベーションし、営業許可も取得。現在カフェとして開業準備中(撮影:矢嶋桃子)
右下)ハウスブルーネの目の前をゆったりと流れる市堀川。和歌山の人々に親しまれている川だ(撮影:矢嶋桃子)
左下)リノベーション前のハウスブルーネ。南側から(撮影:小川宏樹)
右下)どこか懐かしい感じのマンションのエントランス(撮影:矢嶋桃子)
市堀川を臨む水辺の賃貸住宅「ハウスブルーネ」は1967年に建設されました。4畳半風呂なしトイレ共同のアパートが主流だった時代に、風呂もトイレもついた単身者用の鉄筋コンクリート造のマンションは目新しく、当時和歌山城の前にあった県立医科大学の医者や看護師が多く住んだと言います。
全部で25室ありますが、埋まっていたのはたった14室。市堀川側はさえぎる建物もなく日当たりよく、開放的で気持ちのよいロケーションですが、市堀川と反対の北側の空室が目立ちます。しかし、この地域の顔でもあるこの物件を逃す手はないと、リノベーションスクール事務局が交渉し対象案件となりました。
ユニットマスターは、賃貸住宅の大家と言えばの「メゾン青樹」の青木純さん。そして、和歌山大学で地方都市計画を教える小川さんがサブユニットマスターに就き、3日間のリノベーションスクールが始まりました。
上)左に市堀川、右にハウスブルーネ。取材時、市堀川沿いでは「まちなか河岸」というイベントが行われ大変な賑わいだった。(撮影:矢嶋桃子)
左下)ハウスブルーネを北側から臨む。1階はガレージ、壁はタイル地でまったく南側と趣が違う。(撮影:矢嶋桃子)
右下)第1回リノベーションスクール@わかやま最終プレゼン動画(1:05あたりがハウスブルーネのプレゼン)(撮影:リノベーションわかやま)
リノベーションスクールの課題物件になった当時、ハウスブルーネは50%を超える空室率に、1階の南側3部屋の空室、1部屋あたりの床面積の狭さ、さらにエレベータがなく4階まで階段など、多くの課題を抱えていました。しかし、周辺エリアの魅力を発掘して、川沿いの風景を「セーヌ川沿いのアパルトマン」に見立て、甘味や砂糖を扱う店が近隣に点在することから「シュガーブロックス(区画)」と名付けたたリノベーションスクールのプレゼンは、すでに出店候補者を見つけていることなども踏まえ説得力に富んだものとなりました。
ユニットCはまず、ハウスブルーネを1階南側、2階以上の住居部分、1階北側、の3つにゾーン分けました。1階南側には、オープンテラスのカフェとチョコレートのお店兼工房を誘致することで建物価値を上げ、市堀川沿いでマルシェなどを企画。水辺の変化というエリア価値の向上を目指します。同時に賃貸住宅部分もDIYで自分たちの欲しい部屋づくりができるようにし、「レトロでかわいい」マンションとして入居希望者を増やそうとしました。また、追って1階北側もお店にし、マルシェ出店者が開業できるようにするプランを提案しました。
左)1階の3部屋へは内廊下にあるそれぞれの玄関から入る。
右)101号室だけベランダを取り去り、ウッドデッキに。まだ開業準備中なので普段はガラス戸を閉めているが、通りがかりに気になる人は多いよう。(撮影:矢嶋桃子)
しかし実際にこのリノベーションプランを実施するとなると、1階南側にある3部屋の壁を取り払ったり、工房スペースを作るなどの大幅な改修工事が必要となります。構造上耐えうるかの耐震診断や耐震改修の費用、用途変更での確認申請や法規上の制約、入居者の調整など、条件が複雑に絡み合い、オーナーもそこまで投資するのは難しいという判断から、結果として事業計画とコストが見合わず、ユニットとしての計画はいったん白紙に戻すことになりました。
当初、リノベーションスクールで提出した計画は大規模改修となってしまうため実行が難しかったものの、ハウスブルーネの南側1部屋10坪を、3部屋それぞれDIYで小さく改修したら、新たなリノベーションプランが成り立つのではないか、とサブユニットマスターの小川さんは考えます。
もともと郊外の和歌山大学のそばに住んでいた小川さん。まちなかに住みたいという思いと、奥さんが小さなお店をやりたい希望とで、以前から物件を探していたのもあり、ハウスブルーネの1階3部屋を借りての、新たな事業計画を練ることにしました。
左)リノベーション前の101号室。
右)リノベーション後の101号室。隣の102号室を主に寝室、居室として使用
小川さんは早速、大家さんとの交渉に入りました。そして、3部屋まとめて借りることと、大家さんによる和歌山のまちづくりへの協力・応援という考えで、期間限定ではあるものの、家賃をディスカウントしてもらうことができました。
リノベーションの工事費については、101号室は賃貸住宅としての原状復帰義務は無しということで、小川さんが100%負担して350万ほどかけて改修しました。隣の102号室は、20~30年空室になっていたため、とてもそのままでは使える状態ではなく間取りそのものも変えて改修に。ただし、こちらの改修は今後も賃貸住宅として使えることを条件に、工事費は大家さんと折半しています。103号室は10年ほど前にリフォームしていたのでそのままで。キッチンなどの造作は大工に、壁やカウンター、床の塗装は自分で行いました。
上)奥さんの景子さんがケーキを焼き、小川さんは珈琲を淹れる。
左下)通りがかる人が次々に吸い込まれていく。
右下)看板娘のことりちゃんもお客様に「いらっしゃいませ~」。「マチドリ」限定2日間の営業で、ケーキも飲み物もほぼ完売した。(撮影:矢嶋桃子)
現在、102号室と103号室は小川さん家族の居室や書斎などで使っています。101号室は来年、長女が幼稚園に入るのを機に、奥さんがカフェを開業するべく準備をしています。2015年の9月に開催された「マチドリ」というイベントでは、チャレンジ店舗として2日間だけの珈琲店「小鳥」をオープン。目の前の市堀川沿いで開催されていたイベントとの相乗効果で、朝から夜まで客足が途絶えることがありませんでした。
小川さんは「勤め人(夫)とスタートしたい人(妻)のモデルになれば」と言います。《改修費用をそれなりにかけた賃貸》という選択ですが、投資金額を事業で回収しつつ家族を養うという考え方ではなく、普通に暮らしていれば家賃はかかるものだから家賃が払えればそれでいい、というゆるやかなスタイルです。「家賃以上に儲けた分は町に還元していこうと思っています。花火大会に協賛したり、お祭りの神社の提灯を出したりしたいですね」と笑います。
今回、お店を開けることで人の流れもでき、DIY賃貸のモデルも作りました。小川さんは自分に続きリノベーションして住みたいという人が現れることを期待しています。水辺の賑わいも作りたいと考えています。少し規模は縮小しましたが、ユニットで考えていたプランはここで着実に生かされています。
終わりに
リノベーションスクールの案件の事業化は、決して簡単ではありません。成立した案件の裏には多くの潰れていった案件があり、そこには「何かやりたい」思いを抱えた人たちも生まれています。取材を通して、小川さんからは「個人やリノベスクール卒業生の小さな集まりでも、やろうと思えばなんとかなる。リノベーションまちづくりは、自分の持つスキルと資源を活かし、やれることをやれる範囲で、ただし継続的にやっていけばいい」そんなメッセージを受け取りました。
Writer
矢嶋 桃子