日本はPCR検査をもっとすべきなのか? 新型コロナの不安についてウイルス研究者に聞いた

文=和久井香菜子
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「GettyImages」より

 新型コロナウイルスにより、志村けんさんに続き、岡江久美子さんが命を落とした。連日、新型コロナに関するニュースが飛び交う。いつまで外出自粛を続ければ状況が好転するのか、先行きは見えない。無責任に流れていく全ての情報を正面から受け止め続けていたら疲弊してしまう。

 PCR検査ひとつ取っても、「もっとやるべき」「最小限にすべき」と意見は分かれ、何が正しい考え方なのか医療や感染症の素人にはさっぱりわからない。岡江久美子さんの訃報に際しては「もっと早くPCR検査を受けていたら助かったかもしれない」といった声も聞かれたが、果たしてそう言えるものなのか。

 日本における新型コロナウイルスの感染者数は4月29日時点で11,389人(厚生労働省発表)となっており、アメリカやヨーロッパと比較すれば桁違いに少ないと言える。だがこれは日本のPCR検査の実施件数が少ないため実際の感染者数を表していないとする見方もあり、「体調が悪いのに検査を受けさせてもらえない」と訴える声もSNSで相次ぐなど、人々の不安感はなかなか解消されない。

 なぜ日本のPCR検査数は欧米諸国や韓国と比較して少ないのか。日本の対新型コロナウイルス医療はどのような方針を取っているのか。病理専門医で、現在は米国国立研究機関でウイルス学を専門に研究する峰宗太郎氏に話を聞いた。

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峰 宗太郎(みねそうたろう)
医師(病理専門医)、薬剤師、博士(医学)。京都大学薬学部、名古屋大学医学部、東京大学医学系研究科卒。国立国際医療研究センター病院、国立感染症研究所等を経て、米国国立研究機関博士研究員。専門は病理学・ウイルス学・免疫学。ワクチンの情報、医療リテラシー、トンデモ医学等の問題をまとめている。

なぜPCR検査は「偽陰性」が多くなるのか

――そもそも「PCR検査」とはなんなのでしょうか。

【峰】PCR検査は、コロナウイルスに対する検査のうち、病原体検査というものになります。病原体――ウイルスを見つけて評価する検査です。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を引き起こすウィルスはSARS-CoV-2(サーズコロナウィルス2/以下コロナ)という名前ですが、これは普段、我々の身体には一切いません。そのため病原体検査でコロナを発見できれば、「この人はコロナに感染している」と言えます。

――SARSコロナウィルス2とは、どんなものなのですか?

【峰】ウイルスは粒子です。粒子の表面にタンパク質がいっぱいついていて、中にはRNAという核酸(遺伝子を担う物質)が入っています。病原体検査では、このタンパク質を検出するか、RNAの遺伝子を検出するかどちらかです。遺伝子には情報――設計図――が入っていますので、検体からコロナの証明ができるRNAを取り出し、DNAに変換して特異的な遺伝子の情報がある部分を増幅させます。これがPCR法です。

――PCR検査のステップをもう少し具体的に教えてください。

【峰】まず患者の鼻から綿棒を入れて、喉の奥を触ります。そうして取った粘液にウイルスがいる可能性があるわけです。次に粒子を化学的に壊し、中からRNAを出します。これをRNA抽出といいます。抽出したRNAは不安定なので、これを安定していて扱いやすいDNAに変換します。DNAはチェーンのように連なっていて、A、T、C、Gの4文字で設計図が書かれているんです。その中からコロナウイルスとハッキリ分かる特異的なところだけを、熱を加えたり冷ましたりを数十回繰り返して増やします。しっかりと増やすことができれば、元のウイルスRNAの中に特異的な配列があったとわかるわけで、そこで初めて陽性が証明できるんです。

――すごく細かい作業が続くのですね。

【峰】PCR検査は「偽陰性」が多いと言われますが、それはこのようにステップが多いことも一因です。各ステップを 100% 間違いなく進めることは難しいわけですから、「偽陰性」が出やすくなるんですね。喉の奥に実はコロナウイルスがいるのにうまく採取できなかったとか、RNAの抽出ができなかったとか、うまくRNAからDNAに変換できなかったとか、うまく増幅しなかった……というように、いろいろなステップでエラーが起きる可能性があります。

まだ「特効薬を待ちましょう」の段階

――偽陰性があるなら、偽陽性はあるのでしょうか。

【峰】偽陽性は、ほんとうはウイルスはいないのに、検査結果がプラスになってしまうことです。これは「コンタミネーション」といって、実際に感染している人の鼻水などが混じってしまうことで起こるのがひとつ。また検査系がしっかり動いているか調べるために、絶対に陽性になる「ポジティブコントロール」といって、わざとウイルスのRNAと同じ配列をもつDNAを入れた検体で試すんです。それを各検査の際にで入れます。それが混ざったりすると、そのレーンで増幅したものは陽性になってしまいます。PCRの原理上は、偽陽性よりも偽陰性のほうが起こりやすいです。感染者を正しく陽性と判定する感度は一般的に30~70%程度までですね。

――半分近くも失敗するんですか?

【峰】よく30%だけ強調する人がいますが、70%までぐらいです。本来陽性の人を10人検査したら、3人から7人は間違って判定されて陰性になります。

――それは、検査をする意味があるのか疑問な数値に思えます。

【峰】ここで、ウイルス検査をなんのためにするかという目的の話がでてくるんですが、検査というのは、その結果によって治療法などの対処法が変わることに意義があります。例えばがんかどうかを調べる検査があるとします。がんだったら手術、がんじゃなかったら手術はしない。これなら検査の意義があると言えます。

 ではコロナではどうかというと、今のところ特効薬はなく、治療は重症度や症状によって決まります。熱が高ければ熱を下げる、呼吸しづらければ酸素吸入するというように、対症療法しかないのです。現時点ではコロナであるか否かでは治療法は変わりません。今後治療薬がでてくればここは変わってくることは当然あります。しかし今は、コロナ陽性だったら他人と接触せずに安静、コロナ陰性であっても他人と接触せずに安静にしてください、ということが多いですよね。

――アビガンが効くのではという話もありますね。

【峰】まだ何も確認されていない状態です。期待はしていますが、臨床試験の結果が出ないことには、有効か無効か、もしくは有害なのかはわかりません。なので使いようがないのが現状です。明らかに有効な薬がないので、待ちましょう、の段階です。

PCR検査数の多い国と日本の違い

――それでは、PCR検査をするべきなのは、どんなときですか?

【峰】ひとつは、陽性の人を隔離したい場合。ふたつめは疫学調査などのために行う検査です。誰かが感染して、その濃厚接触者が感染したかを判定したい場合ですね。それから退院者検査。すでに陽性と判断されている人が2回陰性だったら、おうちに帰っていいとされています。PCR検査をする意義は現在、この3つです。

――日本はPCR検査数が少ないですが、増やす必要はないのですか。

【峰】医師が必要と判断した場合は、検査をする意味があります。指定感染症なので、感染がハッキリ確認出来れば、治療費は全部タダになります。隔離もできますね。だから、医師が怪しいと思った限りにおいては、PCRはガンガンやった方がいいでしょう。

 しかし一方で、医師が検査の必要はないと判断した場合であっても、不安を解消するために検査を受けたいという人がいますが、それはやめて欲しいと思います。また、陽性者の濃厚接触者等ではない無症状〜軽症の人が「不安だから」と言う理由で検査を受けようとするのも控えたほうがいいでしょう。

 なぜなら、先ほど述べたように「偽陰性」の可能性が30〜70%もあるので、検査を受けて仮に「陰性」と出たとしても、やはり外出自粛・自宅待機をしていただくことになるからです。

――検査で陰性でも安心材料にはならないと。では、諸外国はなぜあれほど多くPCR検査数をこなしているのですか?

【峰】問題は、「外国ではPCR検査を希望した人や、不安な人が受けているのか」という話です。そうではありません。韓国やドイツ、アメリカは検査件数が多いですが、それは医師が必要と判断した人に対して行っている件数なのです。考えなくてはいけないのは「医師の判断が必要なPCRであるか否か」ですね。

 また、韓国はバイオベンチャー・検査ベンチャーが多く、日本より検査体制が整っています。また宗教団体で50人以上が感染するメガクラスターのような大感染がバンバン起こったため、検査対象となる人が非常に多かった。

――アメリカはどうだったのでしょうか。

【峰】ニューヨークで感染が爆発してしまって、症状がある人が山のようにいました。その人たちに対して医者は全部指示して検査させるわけです。アメリカでは、検査のキャパシティが足りなかったので、大学の基礎研究室など、人員がありPCR用の機械を持っているところを動員してやっています。無理やりでもキャパを拡大したのです。

――翻って、日本は。

【峰】状況が全く違います。メガクラスターはほとんど起こっていませんし、医師が必要と判断したPCR検査は、少なくとも2〜3月までは、医者が要望すればできたと聞いています。なので、必要十分量の検査はされていたと考えていただいていいでしょう。

 ところが、今は状況が変わり、感染者数が増えはじめており、PCR検査のキャパシティが足りなくなりつつあります。医師がPCR検査すべきだと判断した患者であっても、すぐに検査が受けられなくなっているという情報もありますね。

楽天のPCR検査キットは悪質な不安煽り商法

――先日、高熱が出ているのに病院をたらい回しにされた方の話がTwitterで話題になっていました。

【峰】実際、日本のPCR検査が今直面しているのはキャパシティの問題ですね。保健所経由で検査に出される検査施設は、だいたい県の衛生研究所。東京都だと東京都健康安全研究センターなんですね。そこはもうキャパシティがいっぱいですが、民間の検査施設は実はキャパが余っている。みらかホールディングス、LSIメディエンス、BMLといわれるような大手をはじめとするところです。要は分配がうまくいっていないんです。保健所もてんやわんやなのだと思いますし、仕組みにも問題があるかもしれません。

 それにしびれを切らして、医師会が「PCRを独自にやる」とPCR検査外来を始める動きがありますね。保健所の仕切りだけに任せず、民間にも回せるようにして、有効なPCR検査をやりましょうという話ですね。

――PCR検査をとにかくたくさんすればいいというわけではないのですね。

【峰】イタリアで感染爆発してしまった理由の一つには、大勢が集まってPCR検査をやったこともあったようです。PCR検査をしに、屋外に設置されたテントにいっぱい人が集まったんです。そこで、クラスターが発生したんですね。イタリアの医療系の友人に聞いた話ですが、医療従事者がそこで感染したということもあります。院内感染につながって大変なことになったという面もあるようです。医療従事者が1人倒れると、7人の患者が救えなくなってしまうとも言われますね。

――感染者数が増えていないのは、PCR検査をしていないからだという意見もあります。

【峰】PCRをしたってしなくたって、死亡者数を見ればわかる部分があるんですよ。死亡者数は他の国に比べて、全然少ないですよね。どこかに紛れ込んじゃって、COVID-19と診断されていない人がいたとしても、圧倒的に死亡者数、重症者数が少ない、発症者数も少ないものですから、簡単に考えて、PCRは関係ないですよね。

――楽天がPCR検査キットを発売しましたが、素人が喉の奥に綿棒を突っ込んで検体をとるというのはかなり無理がありそうですし、購入者は結局、不安になるだけではないかと思いました。医療機関を逼迫しかねないことも心配です。

【峰】楽天が販売するPCR検査キットの使用法についてフローチャートを見たら、「検査の結果が陰性だったらもう1度検査」となっていました。陽性だったら「なんとかセンターに電話」で、陰性でも体調が悪かったら「なんとかセンターに電話」なんですよ。それなら検査する意味がない。出口がない「検査」のための商品を売るのは、お金を搾り取るだけの悪質な不安煽り商法だと思いますね。

 検査は適正にやることが第一です。そして品質が保証されていること。なんのための検査かという目的が大事で、検査してもしなくても取るべき行動が同じであるならば、無闇にやらないことです。

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