青葉容疑者の治療イメージ

青葉容疑者の治療イメージ

ストレッチャーに乗せられた青葉真司被告(5月27日、京都市伏見区・伏見署)

ストレッチャーに乗せられた青葉真司被告(5月27日、京都市伏見区・伏見署)

 昨年7月に京都アニメーション第1スタジオ(京都市伏見区)が放火され、36人が死亡、33人が重軽傷を負った事件は12月16日、殺人容疑などで逮捕された青葉真司容疑者(42)の勾留期限を迎える。主治医だった男性医師が11日までに京都新聞社の取材に応じ、治療の詳細を明かした。体の9割に重度のやけどを負い、当初の予測死亡率は「95%以上」。わずかに残った皮膚を培養して移植するなど12回の緊急手術を重ねて、救命した。

 「正直、厳しいな…」。事件翌日の昨年7月19日、医師は京都市内の病院の集中治療室(ICU)で初めて青葉容疑者と対面した。血圧や酸素量が極めて低く「いつ絶命してもおかしくない状態」だった。翌20日に自身が当時勤務し、やけどの専門治療ができる近畿大病院(大阪府大阪狭山市)に搬送した。

 青葉容疑者はやけどの3区分で最も重く、神経まで損傷する「3度熱傷」を体の93%に負っていた。最初に施したのは、焼けた皮膚を電気メスではぎ取ってコラーゲンなどでできた「人工真皮」を貼る手術。皮膚を除去すると体温が下がって心停止しかねないため、途中で中断して数日の間隔を空けた。この手術は4回、約20日間に及んだ。

 次は真皮の上から表皮を移植する手術を実施した。やけど治療では「スキンバンク」に凍結保存されている他人の皮膚を移植するのが通例だが、医師は容疑者自らの細胞を培養する方法を選んだ。京アニ事件では多くの被害者が重いやけどを負っており、「スキンバンクの皮膚が不足し、被害者に供給できない事態は避けたかった」と考えた。

 培養したのは、青葉容疑者の腰回りにある8平方センチの「生きている皮膚」。当時着けていたウエストポーチのひも部分とみられる。専門業者に委託して培養表皮シート(縦8センチ、横10センチ)を計150~200枚、2カ月間かけて調達。体表面の約20%ずつ、人工真皮の上にシートを貼る移植手術を5回行った。医療チームは感染症対策として毎日2~3時間、生理食塩水で体を洗浄した。

 青葉容疑者が重篤な状態を脱したのは9月上旬。11月中旬に再び京都市内の病院に転院した後も、皮膚を定着させる手術を担った。計12回の手術が終わったのは今年1月下旬だった。

 「救命しないといけない使命感が強かった」と医師は振り返る。同じ治療法で体の7割にやけどを負った患者を救命したことはあったが、今回ほど重度の患者を助けるのは初めてだった。重圧から悪夢にうなされ、数時間おきに目が覚める日々が続いた。

 医師は今年9月、日本熱傷学会で今回の治療経過を報告した。多数のやけど患者が生じる事態が起きても、自身の皮膚があれば救命できるという選択肢を示したかったからだ。「やけど治療の可能性を少しでも広げられるよう、医療現場でノウハウを共有していかなければいけない」と語った。

 凶悪事件の容疑者を治療したことに「抵抗感や葛藤は一切なかった。相手が誰であれ、助けるのが医者だから」と言い切る。一方、入院中の青葉容疑者には常に「自分がしたことと向き合って」と伝えてきた。36人もの命が奪われた事件の真相を語ってほしい、と医師は願っている。