どんなことにも終わりがある。長かったマスターズリーグも無事に幕を閉じた。ベスト4に入賞した俺達4人の表彰を行うため会場の準備が整い4人全員が集まった。
「おはようレッドさん、お久しぶり」
「……」
颯爽と去っていったレッドとは数分で再会した。バツが悪そうにレッドは下を向いている。レッドはやはりグリーンに呼び戻されて一緒に現れた。意外とわかりやすい性格をしている。
逆にいつもと違うのはブルーだ。一度だけ目が合ったが、そのときのブルーの視線は意味深だった。俺には内なる闘志がはっきりと感じられる。少なくとも俺の優勝を祝う気はないらしいな。
あのストーカーさんは何を考えているのやら。いよいよあいつと向き合う時がきたのかもしれない。
「これから新チャンピオンの殿堂入りを行います。旧チャンピオンワタル、そして新チャンピオンレイン、前へ」
殿堂入り……それはトレーナーの夢。激しい戦いを勝ち抜いたトレーナーとポケモンがここで永遠に記録される。
式はつつがなく執り行われた。グレン、アカサビ、イナズマ、ユーレイ、ヒリュー、みゅー、全員で殿堂入りだ。
そして今度は俺が何かしゃべることになっているらしい。インタビュアーっぽい人にあれこれ聞かれた。
「では新チャンピオン、改めて優勝した今の心境などをお話してもらえますか」
「まだ実感は湧きませんね」
「ではこれからどこまで防衛記録を…」
そこから先は何をしゃべったか覚えていない。守る気のない地位について語れと言われても熱がこもった話はできない。かといってここでチャンピオンを放棄するわけにもいかないし。
この世界では、チャンピオンになることはもちろん名誉なことだが、さらにそれを防衛することに重い価値を見出している。つまり1年で陥落したまぐれのチャンピオンの評価は低い。だからマスター以上のトレーナーは必ず同じ地方で戦い続けることとなる。
だが俺にはそんなことに興味はないし、それがあるべき姿だとも思わない。色んな場所でチャンピオンを目指す在り方にも意味はあるはずだ。元より俺はこの世界の外の人間、ここのやり方に縛られなきゃいけない理由もない。
そもそもチャンピオンを目指したのはただ頂点を目指したかったから。それで俺のトレーナーとしてのケジメをつける……そのつもりだった。
だがこのトーナメントの中で俺は何度もとんでもない体験をした。自分の価値観がひっくり返るようなこともあった。ここから自分は何を成すのだろうか。今俺は揺れている。まだ答えは見つからない。
抜け殻のような状態で会話を続け、気づけば全て終わっていた。だがその後も大変だった。リーグの仕事がどうの、広告の仕事へどうか、テレビの特集に出て云々、とにかく様々な話を一度に持ちかけられた。だが全て断ってしまった。
「レイン、浮かない顔だな?」
「ワタル?」
俺を探してここまで来たのか?
「チャンピオンもラクじゃないだろ? けどな、いくらなんでも頼みを全部突っぱねるのは感心しないな。一応経験者として言っておくが、チャンピオンっていうのは全てのトレーナーの目標であり憧れでもある。だからそれに伴う責任ってものがあるんだ」
「チャンピオンの責任か。なるほどな」
「ぶっちゃけた話をすれば、全てのチャンピオンがそれを果たしているわけではない。義務ではないからな。だが俺は大事な務めだと思ってる。お前はどうするんだ? どこかへ行ってしまう気か?」
ホントにぶっちゃけてるな。でもこれはワタルなりの気遣いか。俺の選択を尊重するということだろう。人間のできたトレーナーだな。チャンピオンには人格も必要なのかもしれない。
「……あんたはやっぱりチャンピオンの似合う男だな。俺やレッドよりよっぽどチャンピオンらしい」
「……」
「たしかに責任はあるだろう。俺にも理解できる。けど、それに関しては問題ない。俺は既にその責任は果たしているから」
「すでに? どういうことだ?」
果たすべき役割はすでに全うした。俺のやるべき仕事はここまでだ。
「何事にも向き不向きがある。俺は一所に留まるのは性に合わない。もっとふさわしいやつに任せるよ」
「俺に丸投げする気か?」
「いいや。いずれわかるだろうさ」
ようやくあらゆることから解放された俺は自分の部屋に戻り荷物をまとめた。ここともおさらばだ。
「レイン……ホントなの?」
「あぁ。心配するな。お前達はゆっくり休んでいてくれ。次の出番が来るまでな」
「うん」
みゅー達をボールに戻した後バッグの中にしまい、俺は外へ出た。
すでに日が沈んでからずいぶんと経つ。辺りは薄暗いが月明かりがあるだけで俺にとっては十分だった。
外を歩き始めてすぐ、セキエイ高原を静かに歩く俺を何者かがつけてきた。気配を殺してゆっくりとついてくるが、最初から注意を払っていた俺はすぐに気づいた。
ジャリ!
「――ッ!!」
「おっと。こんな夜更けに俺をつけてるストーカーがいるな。どちらのストーカーさんかな?」
ドジっ子なのかもしれないな。尾行中に音を出すなんて下の下だ。
「だからストーカー違う! あっ!?」
「ずいぶん可愛らしい声だな。お名前は?」
声からして女の子。それにストーカー呼びはお気に召さないらしい。
「ぐっ……まさか最初から気づいてたの? 夜目が効くからわたしのことばっちり見えてるクセに、からかわないで!」
振り返ればそこには見知った顔。もちろんこの顔を見間違えるはずもない。ブルーだ。
「よく俺の場所がわかったな」
「……ヒドイじゃない! ずっと一緒だったのに、別れの言葉もなしに行っちゃうの?! わたしのこと……置いていくの?!」
「バカ正直にお前に伝えれば意地でもくっついてきただろう?」
遠回しに肯定で返すとブルーは大声で怒った。
「――ッ! やっぱり、本気なんだっ。わたしとはもう一緒にいる気はないのね。ひどい、酷過ぎる! 鬼、悪魔、外道……レインッ!」
「だからレインは悪の代名詞かっつーの。わかったわかった。悪かったよ。でも俺はわかってたんだよ。お前が自分から会いに来るって。本気になったら俺を探すことに関してはエスパー顔負けの探知力だもんな」
実績があるからな。エスパーより怖いストーカーなんてブルーぐらいだ。とうとうブルーは否定もしなかった。
「……たしかにホントにわかってたみたいだけど、じゃあわたしにはなんて言うつもりだったの?」
……とうとうブルーに言うべき時が来たな。
「お前が弟子入りした時、最初にした約束を覚えているか?」
「あっ」
「……お前はもう俺が見込んだ以上のトレーナーになった。ブルーは今この瞬間を以て弟子を卒業とする」
「そんな……シショー」
「もうシショーはなしだ。少し寂しいけど」
「ヤダッ、シショーはシショーよ! ずっとわたしの、わたしの超えるべき……」
ブルーのこの気持ち、この上なく嬉しかった。でもここで甘えさせては意味がない。
「この世にずっとなんてことはない。いつか終わりが来る。それが今だ」
「うぅぅ……こんな、こんなことになると思ってなかった。こんな悲しい卒業なんてしたくなかった」
「だったらご褒美もあげようか」
「ご褒美?」
「せっかくベスト4になって、弟子も卒業するんだからな」
「え……何かくれるの!?」
現金なものでブルーはちょっと期待した表情に変わった。このご褒美を聞いたらどんな反応をするんだろう。
「お前、今いくら借金してる?」
「あっ」
今の今まで忘れてましたって顔だ。最近は言わないようにしていたからな。
「ごめんなさい。わたし、シショーにたくさん教えて貰ったのに勝てなくて……でも、4位でもお金は稼げると思うし、絶対返してみせるから!」
「その必要はない。借金は今を以て白紙とする。それがご褒美だ。そもそも借金といっても借用書も何もないのに取り立てようがないし、正直言って俺は金額すら把握してない」
「え……そんな。ウソでしょ? シショー、まさか最初からそのつもりで……なんで? とんでもない額のはずよ? あのときはただの見ず知らずだったのに、なんでよ! こんな、こんなことされたら、わたし絶対に返せない。あなたから受けた恩が大き過ぎて、わたしもう……」
そう思う気持ちはわかる。俺も最初は見返りなしで面倒事なんてしたくないって思ってたし。でも今は考え方が変わった。しょうもない理屈だけが人間の全てじゃない。
「勘違いするなよ? 俺は恩返ししてほしいから弟子にしたわけじゃないからな」
「えっ?」
「ギアナで話したこと、覚えてるか? お前の話……人には役割があり、導くべき誰かがいるって。それを聞いて俺は目の覚めるような思いがした。自分の運命とかまどろっこしいことに悩んでたのがウソみたいに心が晴れやかになった。あのときからお前は本当に成長したと思っていたよ」
あの時もうブルーは弟子卒業でも良かったけど、今日までシショーのままでいてあげた。いや、そうありたかったのは俺の方か。もうケジメをつけないとな。
「あ……ありがとう」
「どういたしまして。だから、俺がお前を導いたように、お前にも導くべき誰かがいる。だから受けた恩はその誰かに返してあげてほしい。そうやって人は繋がっていくと思うから。できるな?」
「うん……」
これで最も大事なことは伝えられた。俺はここでお役御免かな。あっ、まだ言わないといけないことがあったか。
「あとお前はなんで俺が師匠を引き受けたか気になっていたよな? 言いたいこともあるから教えておく」
「えっ! いいの!? 教えてほしい!!」
「あのとき、俺はお前の心が視えたんだ。一片の曇りもない純粋な気持ちがたまらなく嬉しかった。俺にとって、それはどんな宝石や名誉よりも尊いものだった。だから改めてここで言わせてほしい。弟子になってくれて……ありがとう」
「……そんなっ、ズルイ! そんなこといきなり言われたら……もう十分泣いたのに……」
口元を抑え涙をこぼすブルー。ブルーの気持ちは本物だ。それは俺が1番よくわかっている。でもこれからブルーにすることは必要なことだ。たとえどんなにつらいことになっても……必ず……。
「言いたいことはそれだけだ。じゃあな。俺はもう行くよ」
「えっ!? 待って! そこまでわたしのこと想ってくれてるのに、ホントにサヨナラしちゃうの!?」
「何度も言わせるな。もうお前との縁は切れた。弟子じゃないなら連れて行く理由はない。借金もないしな」
「そういうことなのね……でも、だったら別に離れなきゃいけない理由もないじゃない!」
やっぱり強情だな。全部言わなきゃ納得しないか。
「理由がないわけないだろ。なら訊くが、お前はなんで俺に弟子入りしたんだ?」
「そりゃあチャンピオンになりたいからよ」
「それはずっと俺と一緒にいて叶うものなのか?」
「えっ?……あっ!」
気づいたって顔だな。
「俺といれば永遠にお前は2番手止まりだ。まずはカントーでチャンピオンを目指せ。それがお前の夢であり目標だろ?」
「それはそうだけど……でもっ」
「それに一緒にいたくないのは俺の方にも理由がある」
「……!」
「お前とはどのみち別れる運命だった。ただタイミングの問題だ」
永遠なんてものはないからな……。
「またそうやってわたしの元から去っていくのね。シショーはいっつも上手いこと言って……わたしの気持ちも考えてよ!」
「考えてるよ」
「むっ! それって……シショーが死んじゃうからってこと?」
「!?」
今ブルーは何て言った?
「やっぱりそうなの? ねぇ答えてよ」
「なんでそう思った?……まさか」
今の一言はさすがに見過ごせないな。丁度2人っきりになるためにみゅー達は会話が聞こえない場所に移している。探っておくか。
「図星なのね? だから答えないんだ。わたしシショーに死んでほしくない。何かわたしに手伝えることなら……」
「お前も一緒についてくる?」
「……は?」
「次はシンオウ地方へ向かうつもりだけど、それでいいなら来るか?」
「えっ、えっ!? やった!!……シンオウ?」
この反応……やっぱりか。あのときのみゅーの違和感のある行動はやはりブルーの差し金だったんだな。
「ホウエンに行くと思ったか?」
「ええ、てっきりそうだと……あっ!」
初歩的な誘導尋問だ。会話の中に犯人しか知りえない情報をさりげなく混ぜておく。その反応で白黒つけるわけだ。
「みゅーとまた良からぬ話し合いをしていたようだな」
「やっぱり急におかしいと思ったら……今の全部罠ね! 弟子にこんなことする?!」
「もう弟子じゃない。けどな、シンオウへ行くのは本当だ。みゅーにはウソを言った」
「そんなぁ……! じゃあ本当に死んじゃうじゃない! しかもやっぱりみゅーちゃんにウソが言えるんだ。トキワのあれも……やっぱりウソなのね。それじゃあずっと……おそらくわたしの家に来た頃から、わたしとはバイバイするつもりだったのね」
こいつ、時期を正確に言い当てた。たしかに意識し始めたのはその頃だ。俺の予想以上にブルーは俺のことをよく見ていたのかもしれない。
「すごいな……なんでそんなことまでわかったんだ?」
「わたしだって、身近でシショーのこと見てきたからたいていのことはわかるもん。たまにエスパー相手にウソつくのも、わたしのことずっと避けてたのも、それに色々変なところがあることも……」
さながら名探偵ブルーだな。
「名探偵さんには隠し事できないな。俺はお前に正直な気持ちを打ち明けたんだ。お前も聞かせてくれよ。俺のこと……どこまでわかった?」
俺が頼めば何の警戒もなく話し始めた。自分が約束を破った度合いを事細かに説明していることに気づいてないらしいな。
「そうね……わかったわ。全部話す。最初に違和感を覚えたのは星座の話をしたとき。シショーは『星座なんか教わったこともないし知る機会もなかった』って言ったけど、これってポケモンについても当てはまるわよね?」
「どうして?」
「シショーって……その、親がいないんでしょ? だから1人きりでずっと大変な生活だったはず。なのにしっかり勉強したカントーの誰よりもポケモンに詳しい。それに、誰も知らないことまでなんでも知ってる。そんなこと知る機会なんてあるはずないのに」
「なるほどね。他には?」
ゴウゾウは次会ったら“10まんボルト”だな。
「シショーってたまに突然この世に絶望したような表情になるわよね。カラオケの時とか、わたしの家で急に寝ようって言いだした時とか……」
「それで?」
「変だなって思って考えてみたら、すっごく変なことがまだあったって気づいたの。ポケモン屋敷でみゅーちゃんと初めて会ったとき……こっちへ呼んだとか、掃きだめに落としたとかよくわからないことを言ってたわよね」
「……」
しまった……。みゅーの件を忘れていた。あのときは感情的になって後先考えず行動していた。何を口走ったかも覚えていない。それに尋問のときみゅーにかなりマズイことを色々言ってしまった。みゅーとこっそり話し合いをする中でそれを聞いているとしたらヤバイな。
「シショーはサカキを倒したときも意味深なことを言ってた。変えられないものもあるって……」
「お前、よくそんなことまで覚えてたな。それで、その情報を合わせた結果、お前はどういう結論に至ったんだ?」
問題はここだ。荒唐無稽なこれらの情報をどこまで整合性を保って1つにまとめられるか……ブルーならもしかするかもしれない。
「えっと、突拍子もないんだけど……実はシショーは未来からきた人なんじゃないかって思ったの」
「……」
まさかのシショー未来人説か。黙って聞いていよう。
「人類が滅びかけてる未来から何かの力でこの時代に来てしまって、人類を救うために戻る方法を探していて、だから未来の知識で色々知っているし、たまにこの世界で未来の人類が滅ぶ予兆を感じてたまに絶望する……みたいな」
カラオケに人類滅亡の兆しが隠されているのか? 初めて聞いたよ。恐ろしいところだな。一応会話は合わせておこう。
「だから変えられないものもあるって言ったと」
「そうそう! それだと全部辻褄があうでしょ!? 秘密を知ったらこの世界がどうとかいうのも未来が変わっちゃう的なことならわかるし!」
無邪気に喜ぶブルー。ただ、俺は的外れだと笑って見過ごすことはできなかった。こいつは本質にかなり近づいている。ここが限界だな。
俺はゆっくりと辺りを見渡した。何もない場所だ。辺りに人やポケモンの気配はない。そして真っ暗な夜だ。状況は整っている。
「え、どうしたのシショー? 急に周りなんか気にして」
「別に。お前、ここに来ることは誰かに言ってあるのか?」
「ん? 別に誰にも。なんでそんなこと聞くの? あ、また周りを見た! ねぇ、何かあるの?」
「いや……。今夜は月が綺麗……だったね」
「え……どうしたの。なんからしくない。それ、どういう意味なの?」
ゆっくりとブルーの元へ歩いて行った。ブルーは後ずさりしようとするが金縛りにあったように動けずにいた。
俺は傍に立つとブルーだけに聞こえるように耳元でゆっくりとささやいた。
「知り過ぎたな」
「!?」
「約束はしたはずだ、詮索はするなと。それを破ればどういうことになるかも教えた」
「んぐっ……! 待って、ウソでしょ?」
生唾を飲み込み、ようやく慌て始めたブルー。だが遅い。
「絶対に探らない、絶対に邪魔しない……そんなその場凌ぎの言葉を信じてしまった俺がバカだったよ。お前が強くなり過ぎる前にケリをつけておかないとな」
「ひっ……ごっ、ごめんっ。ごめんなさい……。まさか、本気じゃないよね? わたしのこと、何度も助けてくれて」
「お前にはここで死んでもらう」
俺は一切の感情を込めずに死刑宣告を下した。
シショー未来人説がどっかに吹っ飛ぶまさかのラストでした
今までのパターンだとグレンかみゅー辺りが助けますがそれは不可能
ラーちゃん達は声が聞こえてません
レインの行動については物申したい方もおられるでしょうが、今後の展開も含め変更する気はありません、あしからず
完結までひとまず書き終わったのであとはちょっとした手直しだけです
残りもすぐ更新したいと思います
ちょうど10話で終わります