とある午餐 書籍化記念SSその1
番外 小話 時系列、ブラッディフェスティバル後~王城拉致前
ジュリアスがあんなに毛虫扱いされるのはこーいうところ。
柔らかな日差しと、緩やかな風が爽やかな日。
広大なラティッチェ邸の一角であるテラスに設置されたティーセット。
大きなパラソルの下に、丸いテーブル。真っ白なテーブルクロスは、裾の部分だけレース状になっている。中央には季節の花を集めたブーケが飾ってあるが、香りは優しいもので近くに鼻を寄せれば気付かない程。白と青の花をメインにした可愛らしいブーケはアルベルティーナが実に好みそうである。
そして、テーブルその周囲には二脚の椅子。
そこにはキシュタリアが座り、後ろにジュリアスが控えていた。
向かいの席は空である。まだ待ち人が来ないため、テーブルの上も少しがらんとしている。
不定期開催であるが、ラティッチェの恒例でもある姉弟のお茶会である。この茶会にラティーヌも参加するのだが今日はグレイルと共に王都に行っている。
グレイルは登城しての執務だが、ラティーヌは新作ドレスのお披露目も兼ねたサロンに招待されているのだ。
ケーキスタンドをちらりと見るキシュタリア。
恐らく、新作の茶菓子が出るのだろう。いつもより少ない品数から推測できる。
キシュタリアの愛する義姉は、新しい菓子や料理が完成すると真っ先に家族の舌を楽しませようとする。
茶会に誘われたときちょっと浮足立っていた。自信作なのだろう。
可愛らしい義姉の姿を思い出し、ふと思う。
先日、王城の回廊で彼女の祖母の肖像画を見たのだ。
「アルベルはクリスティーナ様やシスティーナ様と似ているけど、将来肖像画とか間違えられないかな?」
恐らくあの瞳と髪色は、いつか子孫にはバレるだろう。
グレイルはクリスティーナだけでなく、アルベルティーナの絵姿もいくつか残している。
グレイルの私室の中でも、身内と古参の使用人しか入れないような場所にそっと置いてある。
「……多分問題はないかと」
少し間を置いて、ジュリアスは断言した。
「へえ、なんで」
キシュタリアは何度かシスティーナの肖像画を見ているが、よく似ていた。金髪か黒髪くらいの差しかなかった。クリスティーナに至っては、同じ黒髪なので双子かドッペルゲンガーのように瓜二つである。
生身ではなく絵画というのもあるだろうけれど、色濃く血筋を感じる美貌だった。
「私はお二人と直にお会いしたことがあります。まあ、システィーナ様は本当に僅かですが……あのお三方、結構違うので」
「違う?」
ええ、と更に重ねるように頷くジュリアス。キシュタリアはややぴんと来ないのか首を傾げた。
三人が並んでいたらアルベルティーナだけは見分けられる自信があるが、絵となると微妙だ。どうしても絵師の手癖や心象が映りこむ。
だがジュリアスは眼鏡の奥の瞳をやや鋭くして言い放つ。
「システィーナ様は絶壁、クリスティーナ様はキウイでしたから。アルベル様は成長途上段階で桃ですよ?」
キメ顔で言う所ではないが、男として全く興味がない話題でもないのであえて乗るキシュタリア。
周囲には男性の使用人や護衛騎士は数名いるが、メイドがいないからってぶっちゃけている。
「なるほど……絵だと豪華な衣装に目が行きがちだけど、そんなに違うのか」
臣籍降嫁したシスティーナ王女の絵姿は、盛装が多い。
そして、アルベルティーナが作ったローズブランドが流行するまで主流となっていたドレスもたっぷりと絹を使ったレースやフリルが多かった。ウェストをコルセットでギチギチに締め上げ、大きく広がったプリンセスラインを強調するスタイルが主流である。
宝石も大きめで盛った衣装に負けない様に、重々しいものが多かった。
キシュタリアは王城にあるシスティーナの肖像画を思い出そうとする、
胸元はたっぷりのフリルと大きな宝石があり、たっぷりとした衣装に霞んでいるバストライン。あそこまで盛ってしまうと、真偽は不明である。
絵だったら、多少盛っている可能性もある。そもそも、現実でもパッドと寄せ乳で根性谷間を作っている女性も多い。
だが、そういうのは胸の形や谷間のラインが不自然になる。あと、揺れ方も違う。ダンス等でたまたま密着した時に、ゴツンとした感触になる。偽乳は作り込みが甘いとずれる。だが、作り込み過ぎると硬くなりやすい。
幼い日のキシュタリアは、偽乳の存在など知らなかった。
だが、流石にダンスで少し踊った程度の相手に「なんでおっぱいがそんなに硬いの?」と質問するほどデリカシーのない男でもなかった。
義姉の胸はふにふにでふわふわなのに、自分どころか護衛の騎士たちの胸筋より硬いレディのバストは極めて謎だった。
何故女性に硬い胸と柔らかい胸があるのだろうという謎は、ある日幼馴染の赤毛の少女により解決した。絶壁であったはずの胸部が、突如ロケットボインまではいかずともそこそこボインを搭載していたのだ――ただしとても硬いおっぱいであった。
キシュタリアは、全てを理解した。
ただ、ダンスレッスンの時に「その偽乳は当たると痛いからやめて欲しい」と頼んだら、鳩尾に正拳突きが飛んできた。
その時の痛みを思い出して、キシュタリアは無意識に丹田をさする。
キシュタリアの痛い思い出など知ったことではないジュリアスは、まだ話を続ける気だった。
「アルベル様は父方の影響でしょうね。先代の公爵夫人はメロンでしたから」
「メロン」
「ええ、高身長でもあったのでしょうけれど、それを差し引いても一般女性よりオーバーサイズな方でした」
メロンとはまた大きく出たものだ。
キシュタリアの記憶に、前公爵夫婦はない。誕生日プレゼントとシンプルなメッセージカードは送られてきたので、嫌われてはいないはずである。
セバスが言うに定期的にフラフラとラティッチェの別荘を移動し、王都周辺より辺境にいることの方が多いそうだ。
まだ見ぬグレイルの両親。義理の祖父母に、ジュリアスのパワーワードにより妙なイメージが付きそうである。
情報が少なすぎて、想像した義祖母像が凄いことになる。
グレイルのあの人間離れした美貌+ロングヘア、そして胸部にドドンと聳え立つメロンが二つ。グレイルのイメージが強いせいか、ドレスではなく男装であった。
頭を振って想像を追い出すキシュタリア。
「僕が言うのもなんだけど、ジュリアスって巨乳好き?」
ぶっちゃけ気になる子以外の胸のサイズは気にしないキシュタリアである。時折当たる感覚からして、発育優良であるとだけ言っておこう。
逆に、いちいちそこまで記憶しているジュリアスにちょっと引いた。
「デカければいいとは思いませんが、無いより有った方がいいでしょう。だらしない体に垂れ下がっているのは萎えますが」
「思っているのは良いけど、女性の前でいう絶対言うなよ」
思わず半眼になって忠告するキシュタリア。
赤毛の幼馴染の妹の方に聞かれたら、容赦ない鉄拳が飛んでくる。小柄に見合わぬ拳の重さを持っている為、甘く見ると後悔する。
彼女は的確に人体の急所を狙ってくるのだ。鋭角で容赦のない敵意を感じる。
軽く肩をすくめたジュリアスは「分かっている」と言わんばかりだ。
「それくらい心得ています。華奢なボディラインに、そこだけふくよかに主張するのがいいんですよ」
「やっぱり巨乳好きなんじゃん」
「大事なのはバランスです。そこにスイカがついていたら萎えます。かといって、ハンカチの様に薄すぎるのは論外。手でしっかり堪能できるサイズがちょうどいいんです」
ジュリアスの乳トークは止まらない。
お上品で冷淡そうな顔をしている従僕だが、結構ゲスイネタも乗ってくる。乗らない時はとことん冷たく突き放してくるが。
「ジュリアス、潔い程いうね」
「ですが、基本は顔です。顔から体です。胸はあくまでパーツです。総合バランスです」
「面食いなのは分かったよ」
キシュタリアも面食いという点では人のことを言えない。
外見だけでこの初恋をずっと引きずっている訳ではない。あの柔和で温かい人柄に救われたから、愛おしいと思っているからこそ惹かれている。
あの強烈な義父の溺愛を受けていて、あそこまで健やかに穏やかに育ったのが謎ではある。ちょっと世間知らずでぽやぽやポンコツなところは御愛嬌だ。
義姉のせいで、キシュタリアが恋愛対象に求めるレベルが異常に高いというのも自覚があった。
あの義姉は義父譲りのナチュラル天才肌である。ぽやっぽやな性格と周囲の強烈な面子にかすみがちだが、一部の極端に苦手な分野以外はかなり手広くできる。
「かといって、見てくれだけの馬鹿はすぐに飽きます。ある程度教養はあって欲しいですね。ワンパターンな会話、下品なマナーは論外です」
「才色兼備じゃなきゃイヤって、ハードル高いよ」
気持ちは分からなくもない。
流行のあれこれが欲しいとずっとない物ねだりをし続け、他人の物を欲しがる人間に碌なものはいない。
だいたいが、欲しいという欲望に自分の大切な物を見失っていることが多い。
あとお茶の作法や、食事の仕方が汚い人間は同じ空間にいるだけで苦痛である。
「そこまでハイレベルは求めていませんよ。ある程度は押さえていて欲しいですが、噂一つに踊らされ、流行に振り回されて、追いかけ回すのに身も心も消耗しているのは好みではありません」
そういった人間は、男女問わず社交界に多い。
流行に乗り遅れ過ぎた人間は嘲笑されやすいというのもあるが、猿真似だけというのもつまらないものだ。
ローズブランドという流行そのものの発信地を操るジュリアスにとって、その流行に上手く乗る者、溺れる者は幾度となく見ている。
最先端になりたくて流行を作り出そうとするものの、一般受けが良くなくて変人やダダイスト扱いされる人間が何人もいた。
「確かに同じ会話ばっかりの人はいるよね。相槌を打つことすら面倒になるくらい、内容が変わらないのは嫌かなぁ」
「面白みのない人間など、すぐに飽きますから」
「ジュリアスって結構新しい物好きだからね。基本手堅いのに、アルベルがちょっと何か思いつくと無理やり口を割らせるし」
「きちんと御納得いただけるよう、説明しておりますよ」
「それを丸め込むって言うんだよ」
しれっとしたジュリアスを、呆れ眼で睨むキシュタリア。
アルベルティーナが呆然としながら、ジュリアスに商品化の話まで持ち込まれたことは一度や二度ではない。
本人の顔には「何が起こったの……?」という疑問が浮かびまくっているのに、ジュリアスはさらっと言質を取り、時にゴリ押して契約書にサインさせている。
それでも署名をしてしまうアルベルティーナもアルベルティーナだが、その後にきちんと彼女が納得できる品物に仕上げてくるのは流石のジュリアスである。
ふと、向こうから一団がやってくるのに気づく。
先頭を歩くアルベルティーナのすぐ隣にアンナ。その後ろに、ワゴンを押す使用人がいる。
「お待たせいたしました、キシュタリア。ジュリアスも準備ありがとう」
ふわりと微笑む姿がなんと美しいことか。
派手な宝石はないが、繊細なレースを用いた、淡いラベンダー色のエンパイアドレスが良く似合っている。
色白で儚い雰囲気としっとりとした清楚な色気があるアルベルティーナには、淡い色合いが良く似合う。
「それほど待ってないよ。その後ろのワゴンは新作?」
「ええトライフルですわ。カップデザートですの。ガラスの器を使っていると、断面が綺麗でしょう? こちらはベリー、オレンジ、チョコレート、バニラとあります。
甘い物が苦手な方用にクラッカーとプチサイズのシェパーズパイをもありますわ」
トライフルと言われた小さなワイングラスに似た容器に入った冷菓。スポンジやクリーム、果物で色とりどりの断層が見て取れる。
そのうちの一つを手に取る。上に苺とブルーベリーが乗っており、ミントの葉が彩を添えている。
「本当だ。彩がいいから見栄えがするね」
「このヨーグルもあっさりしていて良いの。お父様はヨーグルトとオレンジとワインゼリーがお好きだとおっしゃってくれましたの」
アルベルティーナが微笑む姿は、こちらまで幸せになりそうである。
甘党であるアルベルティーナだが、それほど甘いものを好まない最愛の父の為に食べやすい軽食やデザートの考案にも積極的だ。
基本、アルベルティーナに激甘のグレイル。
そうでなくてもアルベルティーナのファザコンフィルターの性能は凄まじく、長年仕えている執事のセバスやシェフたちも見抜けないグレイルの嗜好を看破している。
ここ最近では、グレイルに関する祝い事のメニューはお嬢様頼みである。絶対必中ではずさないのだ。
少なくとも、愛娘の手掛けたものという時点で魔王査定が緩くなる。
偏食や美食主義ではないが、能力がない人間に対しては非常にシビアなのだ。
「とりあえずはシンプルなガラスの器にしましたけれど、今後を考えるとトライフル用に少し凝ったデザインのモノを作るのも良いかもしれないですわね」
ベリートライフルを見つめながら、アルベルティーナが言う。キシュタリアの背後にいたジュリアスの目がギラリと光った気配がした。
見てはいないが、確信めいたものがあった。アルベルティーナの一言が、ジュリアスの琴線に触れたのは間違いない。
「その様子ですと、既にいくつかお考えなのですね?」
「そ、そんなことないですワ?」
アルベルティーナの語尾が震えている。既にいくつかアイディアがあるのだろう。
嘘つくの下手くそ選手権優勝するような下手っぷりである。
震えるアルベルティーナの後ろから、アンナが冷たい一瞥をくれるとジュリアスが少し眉を上げて止まった。
「失礼しました。このお話はあとで。今はティータイムを楽しみましょう。
本日の紅茶は定番のダージリンです。カッシェン産の早摘み茶葉を使用しています。今年は特に豊潤でフルーティな香りが楽しめます。
まずはストレートで飲むことをお薦めしますが、いかがいたしましょう」
ジュリアスが流れるような説明から一礼する。いつもはミルクや蜂蜜、砂糖を入れて好むアルベルティーナは一瞬迷ったのか考えこむ。だが、すぐに微笑んで答えた。
「ではそのように」
「じゃ、僕も」
「畏まりました」
アルベルティーナに倣うキシュタリア。
それを受けたジュリアスは嫌味のない笑みと共に、完璧な所作でサーブを始めた。
流石に手馴れており迷いも淀みもなく、的確でてきぱきとした動きは安心する。
間もなく馥郁たる香りが漂い始め、ジュリアスの紅茶が大好きなアルベルティーナは目に見えて浮足立っている。緑色の大きな瞳が、きらきら瞬く様にして茶器を見つめていた。
それがジュリアスも解っているのだろう。
アルベルティーナの目の前に茶器を置く瞬間、僅かに笑みが深まった。
身内内のお茶会なので、かなり作法も略式である。
カップに口を付けたアルベルティーナは、まさしく破顔といわんばかりである。顔をくしゃりと喜びいっぱいに笑顔にした。
香りの余韻を噛み締めるように、少し口もとを手で押さえている。
「とても良いですわ。色は綺麗に出ているのに、渋みも苦みも少ないのね……爽やかな甘みの広がりが素晴らしい。滑らかな口当たりの中に、ベルガモットやレモンも入っていないのに柑橘系の香りがするわ」
その答えに満足したのか、ジュリアスは一層笑みを深めた。
キシュタリアも飲むと、すっきりとした味わいと非常に薫り高いが広がる。確かに美味しい。
「ストレートも良いですが、ブランデーやスパイスを利かせるのもおススメです。
二杯目に趣向を変えたミルクティーをお考えでしたら、先日お出ししたバレンシュタットのファーストフレッシュが良いかと。こちらなら茶菓子は勿論、お嬢様のお好きな蜂蜜とも相性が良いですよ」
にこやかに給仕をするジュリアス。
ついさっきまで女は顔だ乳だバランスだのと下世話オンパレードな会話をしていたとは思えない。
アルベルティーナはジュリアスの話を聞きながらも、ゆっくりと茶菓子に匙を差し込んでいる。ジュリアスの言う通り、今日の茶請けとも相性が良かったのかふんわりと滲むように喜色を浮かべる。その表情を見て、ジュリアスも嬉しそうに目じりを和らげた。
しかし、その表情もすぐに伏せられた瞼に隠されてしまう。
(しかしまあ、アルベルも良くジュリアスを飼いならしたもんだよな)
正直、ラティッチェ公爵にも、グレイルにも忠誠を誓っているか疑わしいジュリアス。
グレイルは能力的に一目というか、恐怖に近い敬意を持って従っている感はある。
だが、明らかにアルベルティーナには情を持っているのが良く分かる。
アルベルティーナを見つめるときのあの紫の瞳が熱を帯び始めたのはいつだろうか。
最初は従僕として、兄や幼馴染としての親愛の情に近かった。
(まあ、隠すのが上手い奴だからね。お気に入りっぽいのは最初からだったけど)
キシュタリアがラティッチェに来たばかりの時も、アルベルティーナはグレイルかジュリアスにくっついていることが多かった。
ジュリアスはジュリアスで、昔はアルベルティーナを嫌いだったと言っているのが嘘くさい猫可愛がりをしている。
キシュタリアがアルベルティーナに一目惚れをして、お近づきになりたいと浮足立っていたのに釘を刺したのも彼だ。
ジュリアスはアルベルティーナのことも、アルベルティーナの周囲のことも良く目を光らせている。非常に良くできた使用人である。
ただ、時折サディスティックな顔を覗かせ、アンナに射殺されそうな目で睨まれている。アルベルティーナは拗ねてぴーぴー雛のように抵抗しているようだが、大抵ジュリアスに面白がられて終わっている。
稀に、その背後からグレイルが音もなく現れると真っ青になるが。
「義父様」
その言葉に、びしりとジュリアスは凍り付いた。アルベルティーナはぱっと表情を輝かせる。
極端な反応に、吹き出すのを堪えるキシュタリア。
「――は晩餐にはお帰りになるそうだから、デザートに出すのもいいんじゃない?」
「ええ、勿論そのつもり! 紅茶のゼリーやコーヒーゼリーのトライフルも考えているの」
少しジュリアスに睨まれたが、笑みが咲き誇り花盛りと言わんばかりのアルベルティーナを見て口を噤む。
キシュタリアは態とグレイルの呼び名を出し、そのあとに続く言葉を一瞬遅らせた。
そのほんの僅かな間に気づいたのは、ジュリアスとアンナくらいだろう。
キシュタリアが目を細めたのは、麗らかな陽気か、幸福の縮図ともいえるこの風景か。
(ま、あげないけどね)
翌月、ローズ商会系列のパティスリーやレストランで始まった新デザート『ジュエル・トライフル』。
その名の通り、宝石のような果物やゼリー、クリームに彩られたお菓子である。
カップに入っている為、持ち運びやすく彩も華やか。茶会や夜会でも人気の一品となった。
真似をするところも多くあったが、流石に容器を凝ることはできず、絶妙な食感やバランスで作り出す腕を持った本家ラティッチェやローズ商会のトライフルには遠く及ばない。
特にトライフル専用の瀟洒なカップは、ローズ商会にガラス細工職人が数多くいたこともあり人気商品となった。
透明度の高い硝子に、繊細な彫刻や絵を施したものまで様々だ。
微妙な凹凸により、そこにフルーツのジュレやソースが入るように配置すると、一層緻密で鮮やかな絵が浮き上がる構図などは特に人気が出た。
ただし、カップを作る職人も、菓子職人も共に腕前が試されるため特に裕福なで美食に凝るところでしか出ない。その分、上流階級では一層のプレミアも付いた。
お茶会のたびにトライフルばかり出されるので、飽きてきたキシュタリア。
新鮮で良質な果物の大量入手は難しいのか、ごまかしにクリームがたっぷり入りすぎたものが出てくることもしばしばだ。胸やけしそうである。
時折、温度管理ができていないところではクリームに溺れたようなものも出てくる。
その日のお茶会を主催した令嬢は、相当な甘党らしくほぼクリームの塊のようなトライフルというにも烏滸がましいものが出てきた。申し訳程度に入ったスポンジとカットフルーツが哀れである。
それを流行りものだとぐいぐいと強引に押しつけられ、何杯も食べさせられて辟易した。
帰ってきてぐったりしたキシュタリアを見たアルベルティーナは、甘さのないレモン水や胸やけや整腸に効くハーブティーを用意してくれた。
その日の晩餐はトライフル予定だったけれど、変えるように使用人にもお願いしてくれた。
「もう少し軽めで涼し気なものにしょうか。トライフルは暖かいところには向かないし、クリーム類は溶けやすいものね」
少し汗ばむ陽気の増えてきた季節だ。
その日の晩餐に出てきたデザートは、炭酸水に浮かんだ凍った果物。
「フルーツカクテルですわ。これもグラスによく合いますし、とても涼しげでしょう?」
お好みでハーブティーやブランデーやワインにするのも合いますのよ、とおっとり笑うアルベルティーナ。
同じく連日トライフル地獄だったらしいラティーヌは、クリームの気配のないデザートに安心している。
見かけも涼しげだが、さっぱりと口通りも爽やかだ。
グレイルを見て嬉しそうなアルベルティーナの様子からして、グレイルもお気に召したのだろう。
(これ、クリームが食べられない人にいいし……トライフルが苦手な人にいいな)
トライフルは使用する素材の傾向的に、濃厚な口当たりになりがちだ。
家族に好評で嬉し気な義姉。そんなふわふわとしたアルベルティーナの後ろにでにっこりと笑みを深めた従僕がいるが、その不穏な笑みに気付かない。
前回の茶会後、アルベルティーナから新しいカップデザインのスケッチを奪い取って大人しくなったジュリアスが、すぐ背後に迫っている。
その読みは当たり、翌日に再びいじくりまわされた挙句にまんまと丸め込まれていた。
ちょっと拗ねたアルベルティーナが、ふくれっ面でキシュタリアに甘えに来るのも予定調和だった。
読んでいただきありがとうございます!
某記念SS 複数あります! 今回はキシュタリア、ジュリアスメイン。
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