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最後の魔法使い

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2018-08-17 02:00:03

サガフロのブルー編の小説です。

最後の魔法使い


1.プロローグ~死出への旅のはじまり

運命というのは、時計の針のように正確に、出来事の始めと終わりが決まっているものなのだという。私達の呼ぶ運命というものは、「偶然」から始まった物語でも「必然」という世界の何者かが仕組んだ特殊なレールでもなかった。それは慣習だった。ある一定の条件下に生まれ、ある年齢に達すれば、誰でも乗り越えねばならぬことだった。

*

私は旅人なのだろうか。故郷を離れ、自分の住まう世界から抜け出た私は旅人なのかもしれない。しかし使命を帯びていたし、旅すること自体が目的ではないので、やはり旅人ではないのだろう。しかし私は現に今旅をしているし、目的を達成するには旅はしなければならないのだ。

私は旅人だ。旅人の私が見も知らぬ世界でまずすることは、自分と同じ顔をした人間を探す事だ。遠い異国の都市の人の群れの中、私は自分の面影を探した。どこかに私はいないだろうか?これは仲間探しではない。私の目的は自分自身の影を探し出して殺す事だ。私は鏡を恐れた。窓に映る自分の影すら脅威だった。いつもどこかに足跡が残っていた。だから私は行く先々でこう問わねばならなかった。
「私と同じ顔をした男が来なかっただろうか」
返事はいつもすぐに帰って来た。
「いや、来てないよ」


2.「通過儀礼について」

 私の故郷では、双子が生まれると、別々に分けて育てられ、ある一定の年齢に達すると、たがいに殺し合いをさせ、生き残った方の存在を認める。それまでは与えられる名前も仮の名で、真の名前は生き残った方に与えられる。
つまりこれは通過儀礼だった。私が自分の兄弟について知っている事は、そいつが私と鏡写しみたいに同じ顔をしていて、与えられた「仮」の名の意味が反対だということだけだ。私の名前は私の国の言葉で「青」という名だから、彼の名前は「赤」だろう。それらのことは何かの記号と変わらなかった。
兄弟といっても、会った事もない人間を、それも自分と同じ顔をした人間を殺すのに抵抗があるだろうか。通過儀礼。一人前になるための。その作業は青年期のモラトリアム、自分探しの作業にも似ていて、遠い旅の果てに、やっとみつけた自分を殺すことによって社会に適応することとなんら変わらない。誰かが言うのだ。あの国は識字率は高いが、いまだ殺人教育が行われている文化的後進国だと。おぞましい因習の残る国。忠誠を示すために自分の兄弟を殺させる、頭のいかれた無慈悲な魔術師ども。言葉を唱えることによって、光と熱を生み出す、神の力を操る者ども。しかし私達にとってはそれが当たり前であり、一人前になるための通過儀礼に過ぎない。そうしなければこの国のこの社会では生きてはいけないのだから。

*

「ボク、クーン。君は?」
酒場のホールには、表面がてかてかと光った丸テーブルが5、6個並べてあり、奥のステージの上にはあまり品がよいとはいえないジャズバンドが演奏をしていた。テーブルの上では客が安い酒を飲んでいる。あたりには酒と労働者の汗、機械の錆びたにおいが充満している。安っぽい音楽と喧騒。騒がしい。
ここは清潔ではなかったし、感覚的には早く出たかったが、目的があるため、時間をつぶさざるを得なかった。あちこち見やりつつ、テーブルを周りながら通路をうろうろしていると、突然、犬のようなものが現れて、椅子の上からぬっと立って話し掛けてきた。それは頭に耳と尻尾がある、半獣人の子供だった。犬の隣には女がいたので、私はそれが女が飼いならしている何か、ペットか何かだと思った。女はこちらとは逆の方向を向いて別の人間の男と話している。こちらの様子には気付きもしない。
私は驚いた。しかし半獣人が話すという事は、異世界では当たり前の事だと知識の上では知っていたので、私の驚きは表情に出るほど大きくは無かった。それは想定していたこと、そういうことが起こりうると、あらかじめわかっていたことだったからだ。

「…僕はマジックキングダムの術士ブルーというんだ」
私はこのけものの問いに童話の住人のような調子で答えた。

「へー。色の名前なんだ」
よく見ると彼の外見と話し方は、けものというより人間の子供に近かった。彼は普通の子供だった。

「これは仮の名なんだ。本当の名前は私が一人前になった時に与えられるんだ」

私は半人前だった。そしてそれは恥ずべき事だった。双子は一般人より魔力が高い。しかし片割れを殺すまで一人前とは認められないのだ。ゆえに我々はある意味では劣っている存在だとも言えた。一人前になるまでは。

「故郷から大事な務めを任されていてね。術の資質を集めているんだ」

私はちらりと自分の腰にさしている短刀に目をやった。
私の故郷では双子は互いに殺し合いをすることになっている。私はその殺し合いで勝つための力を探している。具体的には術の資質の力を。
私の目的を異世界の住人に話す事はあまりいいことではないので(野蛮なことなのだそうだ)他の旅人に聞かれれば「術の資質を集めているのだ」
「同郷のものとどちらが目的を早く達成するか競争しているのだ」
とだけ言っていた。こう言うと大抵苦労しらずの勉強熱心な学生扱いされるので、大変便利だった。彼らからみて妙な行動をしても、世間知らずな学生ということでごまかせる。私の出身地のことを重ねて話せばさらにそのイメージは強まった。

「へー。僕と同じだね。僕も探しものがあるんだよ」

子供が何かを言いかけた途端、隣にいた女が素早く手を伸ばし犬の口をつかみ、ふさいだ。
「…だめよ、クーン。世の中には悪い人もいるんだから」
失礼な女だ。会話を途中から聞かれていたようだ。彼女が話していた男はどこかに行ったらしい。女は犬にするようにクーンの鼻をつまみあげた。「痛い。痛いよ。メイレン」とクーンがわめく。「あのことは誰にも話さないって約束したでしょう?」女はクーンを叱る「二度としない?」「二度と、二度としないよ」クーンはひたすらうんうんと頷くだけだ。メイレンの手が離れた。それと同時に、クーンは赤くなった鼻をおさえて通路の脇へ去った。力を握っているのはこの女だったので。私は女の方を向いて改めて自己紹介をした。
「私はマジックキングダムの術師ブルー、術を学ぶ者です。あなたは術について何かご存知ですか?」
私は学生らしい、世慣れていない、しかし真面目な人のいい笑みを浮かべて見せた。しかし女はそんなものには騙されなかった。
「ほほ。術師って悪人が多いのよ。ま。私もその一人なんだけれどね。
私はメイレン。陽術が少し使えるの」椅子の上で膝を組んで女は言った。

「今時キングダム出身とは珍しいわね。あの国は住人が他の世界(リージョン)に行くことを禁じているはずだけど?」
「術の勉強のために、学生に特別許可を与えることはあります。優秀な学生に限られますがね」
「では世界を見て回ってきたの?故郷が愛しいかしら」
「ホームシックにかかることはありませんが、早く帰りたいことは確かですね」
女はグラスの酒を一口を飲んだ。「タブーの多い未開社会…。欲望は捻じ曲げられ、いまだ地獄と指輪の力は存在する、か…」彼女はひとり言を言った。赤い酒の色はどこか魅惑的な色をしていた。
「回収は不可能」
犬は女につまみあげられた鼻をまだおさえていた。相当強くねじり上げられたらしい。
「彼はラモックス種なの。他の種のモンスターの能力を吸収して、姿を変化させる事ができるの。あなたとは反対、多くの国を巡り、様々な国の文化に触れても決して変わらないあなたとはね。クーンは生きやすいように生きてるのよ」
女はグラスを置いた。
「はは。姿形もかわるのですか。彼が目的を達成して、故郷に帰った時、彼の仲間達は驚くでしょうね」
「ええ驚くでしょうね。あなたが帰ったら国の仲間は喜ぶの?」
「帰っても帰らなくても国の仲間は喜ぶでしょうね」
「お仲間に嫌われているの?」
「嫌われてはいません。必要とされていないだけですよ」
「それは可哀想」
故郷の仲間が必要としているのは私の力だけだった。 女は赤い唇の両端をわずかに上げ、残酷で上品な笑みを浮かべた。紫色の髪がむき出しの白い肩にかかっている。煙草を取り出し、ライターで火をつける。一瞬、彼女の手にはめている指輪が光る。指輪には大きな黒い石がついている。
「失礼な質問かもしれませんが、結婚はしているんですか?」
「そう見える?」
「見えませんね」
それを聞いて女はふっと小さく笑う。
「でも付き合っている人はいるのよ。今は遠くに行ってしまったけれど」
それから唇から長く煙を吐き出した。その姿はどこか楽しそうにも、悲しそうにも見えた。
「あなたはこれからどこへ行くのブルー?」
「ルミナスへ。術の資質を手に入れて、多くの術を身に付けねばならないのです。良ければ一緒に行きませんか?」
「私達はヨークランドへ行くの。ここでお別れね。一人で行くの?」
「ええ」
「お仲間が見つかるといいわね。…また会えるといいわねブルー」

ここで私達は分かれた。しかしあるところで彼らと再び出会うことになる。その時は私の方から去った。私の旅は急ぎの旅であり、無駄なことをしている時間はないからだ。しかしそれはまた別の話である。




3.「洗礼」 石の母・女神の子ら

旅に出てから自分自身のことをよく聞かれる。大抵、故郷の親兄弟がどうとかという話になるのだが、私には親も兄弟もないのだった。家もないのか、と聞かれると、半人前の私にはそんなものはなかろうと答える。私の世界の子供たちは成人するまでの間、学校の寮で暮らすのが一般的だ。
以前もこんな言葉を聞いたことがある…。確かあれはまだ学院に入ったばかりのころ。
*

「では親は?産んだ母親についてはなにも知らないのか?」

教授が私に発言を求めている。これは会話では無い。私は彼らが期待している答えを探さなくてはいけない

「母親はいます。この国の象徴である女神像です」
「お前は、自分があの『石』の子だと本気で思っているのか、そう教えられたからか?」

うなずけばここにはいられなくなるだろう。しかしここではそんなことを知らない馬鹿はいない。ここでは力がないこと、知らないことはそれだけで罪なのだ。

「今のは例えです。私の国では年長者はみな父母で、学友が兄弟なのですから」

「そう。我々の国には大人と子供しか存在しないのだ。しかしどこの世界だってそれは同じだよ。ただ境がはっきりしないだけだ。この国でうまれた者はみな術が使える。我々は言葉を唱えることによって、光と熱を生み出す、選ばれた存在だ。我々の技は神の御力に似ている。魔力の強い者は神との距離が近いのだ。…特におまえ達のような双子は魔力が高い。ゆえに双子は女神の子であるといえる。そして女神の子には人の生殺与奪を握る権利、殺人の権利がある…」

教師は私の言葉に満足したのか、私の座っている椅子の周りをくるくる周った。彼の演説は続いた。

「片割れだけでは未熟であるが、勝利者が一方の片割れ殺すことによって二倍の魔力、常人では得られない、相反する術の資質、つまり陽術に対する陰術、印術に対する秘術…全てを手に入れる資格を得ることが出来る。もちろん大きな力を手に入れるためにはそれ相応の試練を乗り越えねばならぬが…。たかが一人の人間を殺すことによってそれだけの力を得る資格が手に入るのだ。大体、人を殺さないルールなど定めるから、他リージョンには秩序を維持するために様々な罰をそろえなければならぬのだ」


「他の世界では、人を殺さない事が当たり前になっていて、皆をそれを信じ『平和』という状態を作っている。戦う必要がない奴らにはそれが望ましい状態なのかもしれん。しかし我々はそれらのことから解放されている。…そう、女神の子らは「自由」だ。
ブルー、片割れのルージュを殺しなさい。これは君の権利だ。ルージュを殺し、自分自身の存在を証明しろ。おまえの力と忠誠を示すがいい」



4.決戦

今から『殺す』のは私自身だったし、『殺される』のも私自身だった。
戦闘開始の合図と同時に相手は術を放った。エナジーチェーンだ――高熱を帯びた光の鎖が私の腕に巻きつく。自分の肉がこげる嫌な匂いがした。私は構わずその鎖をその手で握り、手繰り寄せ、短刀を抜いた。しかし相手は距離が狭まったぎりぎりのところで鎖の術を解いた。こちらがバランスを失ったところをすかさず術が飛んでくる。超風。防御術を張るスキがなく、熱風をもろに口に吸い込み肺が破れる――しかし勝負は終らない。杖と装身具に事前に仕込んでおいた再生の呪文が発動し、私は立ち上がり再び剣を抜く。互いの魔力が尽きるまで、互いの生命がなくなるまで、どちらかが死ぬまで戦いは終らない。

最後は殴り合いだった。彼は私のこめかみを何度もなぐった。私は肘鉄を食らわせた。互いの手には血がべっとりとついている。すでにどちらの血なのかわからない。

私は彼の喉を剣でついた。彼はしばらく赤ん坊のようにむなしく身をよじらせていた。その時私は彼の声を始めて聞いた。
「信じられない」
確かにそう言った。何が信じられないのだろう?自分が負けることだろうか。それとも負けた自分自身?それとも自分の運命が?
私はこの男と産声を共にし、二度目に聞いた言葉は断末魔だったのだ。やがて彼の手はわずかに痙攣し、たくさんの血が流れ、死んだ。

…しかし私には呪う運命すらなかった。なぜならこれは慣習なのだから。
私は勝った。『殺した』のは私自身だったし、『殺された』のも私自身だった。たった一人の肉親の血を浴び、私はやっと『あの石の女神の子』として認められた。これで私は故郷へ帰ることができる。






運命への道 「最後の魔法使い」


帰って来た最後の魔法使いは狂っていた。彼は言う。殺した兄弟の魂を手に入れ、今自分は二人いると。それは帰って来たその時には故郷が崩壊していたからなのかもしれない。たった今この社会で暮らすための切符を手に入れるために肉親を殺してきたばかりなのだ。無理もない。

確かに我々は「人間を二つに分ける術」を持っており、生まれたばかりの赤ん坊にこれをよくかける。若い者達は学ぶのが早いから。だがそれはあくまでも「術」であり、解けた瞬間一人の人間に戻ってしまう。
しかし彼らは人為的に分けられた双子ではなく、『本当の双子』だった。
殺した所で、何らかの方法で『力』は手に入れても『心』を手に入れることはない。
 私達は皆番人だった。
キングダムが生まれる前から地獄は存在する。いや。あの地獄の出現によってキングダムと魔術師は生まれたのだ。地獄はキングダムの創始者の負の遺産であった。限られた人間にしかもたらされぬ魔法の力は、地獄の出現によって全ての人々にもたらされるようになった。地獄は私達の先祖の平穏な暮らしを奪ったが、人間の能力を超えた魔法の力を生み出し、私たち魔法使いを生み出した。地獄とは我々にとってもう一つの母親の胎内のようなものだった。創始者の当初の予定としては完璧な胎内となるはずだった。そこは人間の帰るべきところ、天国となるはずだった。しかし術は失敗し、楽園には魔物が溢れた。創始者は魔物と化した。それいらい我々の世界から母は消えたのだ。
我々は女神像、あの石の母にすがるしかなかったのだ。

*

最後にブルーは元の一人旅にもどった。
彼は天国にいた。彼はここを知っている気がした。遠い昔一度、ここを訪れた事があったようだ。それは生まれる前なのかもしれない。
音の無い、静かな風が吹いていた。無人の建物が、天から、逆さまから、奇妙な角度で生えている。空には天使が飛び回っていた。天使は歌を歌っている。とても優しい声。胎内で聞いた、母親のような声。まるで世界の果てだ、とブルーは思う。
天使はこちらに近づいてくる。天使の姿は現になる。黄金色の瞳は猛禽類のように輝き、美しい歌声が流れる唇は上下に避け、獣のような形をした何本もの歯がのぞく。白く細い指は、6本も、8本もある。つめは長く伸び、苦しい事でもあるのか、胸を掻き毟ろうとしているように見える。天使はブルーに近づく。まるで抱きしめるような格好で、牙をむき出し、彼を食おうとしている。
「ヴァ―ミリオンサンズ」
無表情でブルーは魔法を放ち、その天使に似た物体を焼き尽くした。いや、それは天使に似た形をした魔物なのだった。この国の母親の正体はそんなものだった。


ブルーは魔法の力をもちい、宙に浮かび、空を飛んだ。天使を魔法の光で焼き尽くしながら。彼は、鳥のように上昇気流に乗って、城を越え、雲を渡り、さらに上へと続くガラスの階段を上っていった。
階段の頂上、大理石で出来た巨大な門があった。しかし門の大きさに比べて扉はあまりに狭い。神に選ばれし者しかくぐれぬ狭き門…。伝承に出てくる天国の門とそっくりだった。最奥の間には祭壇があった。強力な術が施された跡、魔方陣が見えた。はるかな昔、この祭壇の上で何かの儀式が行われたようだった。
「通過儀礼さ」
祭壇の上には異形の化け物がいた。声は化け物の顔の中央に空いている穴から聞こえた。その暗い穴は口だった。
ブルーは指先に光を宿し、術を放った。瞬間、想像した以上の熱と光が生まれた。異形の姿は光に包まれ、中心部に暗い影のような輪郭が現れた。輪郭はもぞもぞと変化し、卵の姿をとった。卵に無数の亀裂が入り、細胞は分裂していった。それは胎児の形を取り、成長し人の姿となった。
その姿には羽根がついていた。天使だった。その天使はブルーと鏡写しのようにそっくりな顔をしていた。長く、白に近い金髪と、人形のような蒼い瞳がブルーを見ていた。年は若く、まだ15、6の少年といってよかった。その者の着ている衣は、ブルーの着ている修士用のローブではなかった。魔法学院の校長の着ているローブに、どこか似ていた。

「はじめまして、選ばれし者。女神、再生の器を奪いしものどもの末裔。
女神の子ら。…君の名は確か、ブルーといったかな??」

「そうだ、いや、違う。私はブルーであり、ルージュでありどちらでもない」

「そうか、名が無いのか。まあ親がいないものは皆そんなものだ。ある時代からこのリージョンでは双子が生まれぬようになったのだ。それからというもの、あの女神像を使って、無理矢理一人の人間を二つにわけて双子を作っている。何故だかわかるかな」

「より強力な魔術士が必要だからだ。この地獄から、そして貴様からキングダムを守るために。…だから今日は貴様を殺しにきたんだよ、地獄の君主」

ブルーはいつもように殺人の宣言をした。麒麟の前でも、時の君の前でも、彼らが今までそうしてきたように。殺すたびに、血を浴びるたびにキングダムへの忠誠は深まった。彼はその儀式のおかげでキングダムの望むままの戦士となった。
しかし今は違う。
地獄の君主はブルーにかまわず演説を続けた。その姿はどこか、キングダムの教官に似ていた。

「…まあ半分は正解といったところか。しかしおかしいとは思わないか。何故一卵性の双子ばかりが必要なのだろう。二卵性は?競わせて魔力が高まるなら、殺して魔力が吸収できるのなら、より多く戦わせ殺し合わせた方がいい。私は兄弟同士で殺し合わせてもおもしろいと思う。学院の生徒同士でもいい。君はどう思うね?」

「…一卵性の双子でなければ互いの魔力の吸収は出来ない。殺し合わせる意味が無い」

「違うな。そもそも『女神の子』というのは、あの石の女神像の腹、中にある新生児処理室で育ったものを指す。あの腹で育ち、人為的に分けられた者が『女神の子ら』と呼ばれるのだ。『女神の子』が破壊するのは、単なる術の幻、自分の幻影だ。幻影を破壊した時に、術は解けるからこれは殺しではない。…しかし君の『術』はいまだ解けていないようだ」

「融合は既に果たした。術は解け、兄弟は私の中にいる」
ブルーは自分の胸に手を当てた。この胸には2つの心臓、2人分の鼓動が聞こえるのだと言わんばかりに。

「それは君自身が作り出した幻だ。君は狂ってるんだ。悲しみのあまり君自身が自分に幻の術をかけたんだ。君には最初から術などかかってはいなかったのだから」

天使の小さな顔が笑っている。

「君は女神の子ではない。つまり、お前達は本当の双子だったんだよ」


*


「君は確かに殺人を犯したんだよ。君は、『本当の兄弟』を殺し、自分の存在を証明しようとした。兄弟の血を浴び、君の姿は現になった。君は女神の子ではない。そうであったらここに来れるほどの力はなかった。君は1000年ぶりに生まれた、本当の双子だ」

「敵のいうことなど信じないさ。貴様を倒せば、番人は必要なくなる。それだけは確かな事だ」

ブルーは抵抗した、しかし彼の頭に不安がよぎる。何かがひっかかる。

「そうだな。しかし同時に魔法使いも必要なくなるな。お前達の存在理由もなくなる」

「…体制は存続しなくなる。我々は普通の人間と同じ暮らしをするだろう。子供達は戦士として育てられず、人為的に分けられる事も無いだろう。それこそが私の望みなのだ」

それを聞いて地獄の君主は笑った。あの母親に似た姿をした天使の群れのように、裂けるほど口を歪めて笑った。

「…いいことを教えてやろうか。君たちは魔法を環境的応能力の一種か何かと教えられているようだが、あんなものはこの地獄が出来たための副産物に過ぎん。魔法の力の源は、この『地獄』にある。君たちの世界(リージョン)で生まれた者は、一人残らず魔法を使う事ができる。多少能力の上下はあるが、魔法が使えないという不具者は存在しない」

「お前を滅ぼせば今まで我々が築き上げてきた魔法文明が崩壊すると?私の望みはもう聞いただろう。そんなことはどうでもいいのだ」

「まあ聞きなさい。ブルー。まだ続きがあるんだ。そう、この世界で生まれた者は一人残らず魔法を使う事が出来る。しかしかつて、魔法というものは限られた人間にしかもたらされぬものだった。そして力を持たない者は虐げられてきた。当時は今のように全ての人間に教育が授けられる事は無かったよ。しかし地獄の出現によってこの力は全ての人々にもたらされるようになったのだ。平等がもたらされた。私を殺せば逆戻りだ」

「何故だ。みな、力を失うだけだろう?みな平等だ」

「たった一人だけいるんだ。限られた人間が。力を失わない、1000年に一度生まれる、本当の魔法使いが。そしてそれは君だブルー」

*


「何故自分だけがこの空間に入れたか、おかしいとは思わなかったか?
君は本当の双子だ。そして本当の魔法使いだ。だからこの『地獄』に入れるのだ。君の魔力は地獄に依存していない。地獄が崩壊しても、君の魔力は残りつづけるだろう。なぜなら君はかつての私達と同じだから。本当の魔法使いなのだから」

「1000年前だ。私も兄弟がいた。私は上の王国の創造主だ。私は弟を殺し、祭壇に捧げ、王となったのだ。そう。我々は一人では欠けている。我々は兄弟を殺すことによって自己を規定する。逆にいうと兄弟がいなければ、対立するものがなければ自己のアイデンティティというものが成立せん。私の弟が死んだ事によって、地獄が出現し、魔法使いが生まれた。あらゆる存在物が存在するには犠牲が必要なのだ!」

天使の小さな顔に無数のヒビが入る。ブルー自身の、鏡に映った姿が割れるように。

「私にどうしろというのだ」

「僕はもうじき死ぬ。君が僕を殺したからね。双子の魔法使いのみが私を討てるのだ。僕は君の犠牲となり、君がここに存在するための力となった。僕は君を規定した。だから、君はここの王だ。代わりに1000年ここで王様をやってもらおう。1000年経てば次の世代が、次の双子がやってくるだろう」

ヒビから血がとろとろと流れる。額から流れた血が目に入る。人形のような蒼い眼は、紅いものに変わる。

「俺は王様なんてやらん。貴様の代わりにもならない。自分のことは自分で決める」

「そんなことは言われなくてもわかってるとも、しかし指輪の力に勝てるかな?この黒の指輪は欲望を吸い上げ力に変える。人間は指輪の力に勝てないぞ。…最強の魔法使いの君でもね。そう、無垢な動物でもない限り」

「君は心の奥底で何を望む?君は存在理由を望むだろう。帰る場所はあの国ではない。君は自分達には力がないくせに、力こそ全てと教えたあの国が憎いのだろう。お前の信じた他者は完璧ではなかったし、代わりに何も与えてはくれなかったのだ。
あの国。肉親殺しを強要し、ひたすら血を浴びせ…都合よく自分達を番人へと仕立て上げようとした。…力が無いくせにお前を利用しようとした…。挙句の果てに忠誠を誓えだと」

「しかし君には力がある。君は本当の魔法使いだ。お前の力を示すがいい。この地獄で世界を覆うのだ。その力であの国、あの体制を滅ぼすことだって出来るぞ」

たしかにわたしの望みはキングダムに帰ることではないだろう。

体制は憎い。しかし国を滅ぼすことは違う。わたしの望みは自分を救うこと、…自分がルージュを殺さなくてもいいように、麒麟の子供達を殺さなくてもいいように…、以前の私達であったものを救うこと…。

「指輪を受け取るがいい、新たな地獄の君主」

―…子供達を守らなくては―

ブルーは指輪を受け取った。地獄の君主は不敵に笑う。こうして彼らのたどった運命、慣習・キングダムの体制は、再び繰り返されるのだ。1000年後、この新たな地獄の君主を殺しに次世代の双子がやってくるだろう。

しかし…


「黒の指輪よ、私の願いを聞け。私の望みは私の国の子供達がこの地獄の番人にならずに済むこと、この地獄の破壊だ!しかし既に兄弟はいない。ならば代わりに私自身の命を捧げよう」

遠い過去、祭壇には創造主の弟が捧げられたという。人の命を捧げて作られた術を破るには、同じ命を捧げるしかない。ブルーはそのことを知らなかったが、彼の取った方法は正解だった。
最強の魔術師、ブルーの魔力を吸収した、黒の指輪が禍禍しく光り出す。指輪の光に当てられた空は血の色に変わり、空に浮かぶ天使は異形のものと化した。見た目だけの天国は、真実の姿を現した。地獄の世界を創造した魔方陣は、今、命をもって破られる。

「馬鹿め。指輪を受け取って、この地獄から生きて帰れるとでも思っているのか。貴様は地獄と融合したのだ。なのに自殺を望むのか?地獄ごと貴様も滅ぶぞ!!」

「私はこれ以上犠牲を増やさぬためにここに来たのだ。本物の魔法使いは私が最後でいい」

ブルーは最後の試練で、殺した兄弟のことを考えた。君主の姿はどこかあの兄弟に似ている気がした。あの兄弟とは生まれてこのかた、まともに言葉を交わしたことがないのだけれども。

「命など生まれてからすぐに、国に捧げてきた。あの体制が崩壊した時、私は一度死に、初めて生きることが出来たのだ。それを今更惜しいなどとは思わないさ」

こうして命は還された。





エピローグ

地獄は消え、番人は必要となくなった。キングダムでは戦士は不要となり、地獄の魔物に対抗できる、唯一つの武器である『魔法』も必要となくなった。今まで、この国の者は生まれながらに魔法が使えたが、地獄の消滅以降に生まれてきたものは、なぜか魔法が使えなかった。年長の、地獄の消滅以前に生まれその技が使えるものも、その時以来、自らの魔力が弱まっていくのを感じた。
月日の経過と共に、やがてその技は廃れていった。女神の子らはいなくなった。慣習は絶えたが、同時に王国の力も弱まった。
 三女神像の下にはかつて地獄があったという。その下には、キングダム最後の魔法使いが眠っているという。子を産むことがなくなった女神像の周りには、子供達が走り回っている。その中には姿形が同じ者、双子達も交ざっていた。


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