急変
「大丈夫だよ。また、次があるじゃないか。」
冬哉は病室で、去年と同じ言葉をかけられていた。
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冬哉は高校時代、成績優秀で真面目な生徒だった。部活には入っていなかったが、運動も人並みにこなし、友達も十分にいる。決して落ちぶれてなどいないかった。
しかし冬哉のコンプレックスは、人よりプライドが高いことだった。
誰にも負けたくない。特に、自分の得意なことである勉強では。
そこで冬哉は、自分を認められようと東大を受けることを決意した。
しかし現実は、「プライドを守る」などといった言葉で乗り越えられるほど甘くなかった。
自分と競いあう人々は、自分よりも遥かに優秀な者ばかり。無我夢中で追いかけようとも、距離を離されていくばかりだ。
そして案の定、1年目の試験の結果は散々だった。このとき初めて、冬哉は本当の「挫折」を知ることとなった。
それからというもの、冬哉は何かに取り憑かれたかのように勉強をし続けた。崩壊してしまったプライドを築き上げるために。その勉強量は、高校のときとは比べ物にはならないほどであった。
そしてついに冬哉は、浪人一年目にして東大にも手が届くほどの実力を手にすることに成功したのだ。
部屋で無我夢中に参考書を写していると、ドアが誰かにノックされた。
「お兄ちゃん?入るよ?」
妹の美香の声だった。どうやら、何かを差し入れにきてくれたらしい。
「美香か・・・、ドア開けていいよ。」
美香はドアを開け、机の横にコーヒーとクッキーを持ってきてくれた。
この二つは、冬哉の夜食の定番メニューだ。
「いつもありがとうな、美香。」
「ううん、気にしないで。それより、今年こそはだいじょうぶそうだね!お兄ちゃん。」
「おお、そうだな。去年は散々の結果だったけど、今年はそうはいかない。」
「お兄ちゃんなら、だいじょうぶだよ。私、どれだけお兄ちゃんが頑張ってたか知ってるもん。」
「そうか・・・、ありがとうな、美香。」
そう言って冬哉は、美香の頭を撫でた。美香はうれしそうな表情を浮かべると、小走りに自分の部屋に戻っていった。
(美香も、父さんも本気で応援してくれてる。今回は、絶対に受からなければ・・・!)
冬哉はまた、参考書を開いてノートに数式を書き並べ始めた。
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ふと時計を見ると、時計は2時を回っていた。
「試験は来週だし、そろそろ生活習慣を直さないとな・・・」
冬哉はゆったりとした動作で布団を引き始め、寝る支度を始めた。
すると突然、窓の外から女の人の断末魔が聞こえた。
「キャァァァァァァァッ!!」
「なっ、どうしたんだ!?」
冬哉が窓を急いで開けると、家の前の道路で女の人がのた打ち回っているのが見える。
「何だ!?通り魔か!?それとも、何かの発作!?」
気がつくと冬哉は、自分の部屋を飛び出していた。
(何が起きたのかは分からない・・・。でも、とにかくあの女の人の所へ行かないと・・・!)
靴も履かずに玄関を開けると、女の人はもう声も発せなくなって道路で痙攣していた。
「大丈夫ですか!!今、そちらに向かいます!!」
女の人の近くへ駆け寄ると、冬哉は異常な嫌悪感を感じた。
(何だこの感じは・・・!?今までに感じたことが無い・・・ッ)
しかし冬哉は足を止めず、女の人のそばまで来た。
「呼吸は・・・よし、出来てる!大丈夫です、今救急車を呼びますから!」
「あ・・・・ああ・・・」
「あまり無理して喋らないでください!楽に寝ていてください!」
「西・・・森・・・い・・・・ダメ・・・・」
「だから喋る・・な・・・・って・・・」
瞬間、冬哉は意識を失った。