車椅子ユーザーの伊是名夏子氏が「JRで目的駅が無人であることを理由に『乗車拒否』されたのは合理的配慮を欠く対応である」旨をブログで述べたところ、逆に「なぜ事前連絡しなかったのか」「下調べや想定が甘い」「感謝が無い」等の非難を受ける事態となった。
彼女が訴えたニーズ自体は、私も含め大半の車椅子ユーザーに共通している。その表現方法も、バリアフリーを求める障害者運動としては極めてオーソドックスだ。
今回、多くの人が「自分も当事者になり得る身近な問題」と捉えた事は大変嬉しいが、駅員に感情移入するあまり、障害者を個々人の糾弾が目的のクレーマーのように誤解されているきらいもある。
しかし障害者にも各々の生活があるので、周囲を虐めて楽しもうと敢えて揉め事を起こす程暇な人は稀だ。にも関わらずそうしたステレオタイプが根強いのは「普段何に困っていて、それをどう処理しているのか」という素朴な実感が共有されてないからだろう。
本稿では利害対立・権利の有無・要求の是非・責任の所在といった大きな話の遥か手前にある細部を記述したい。具体的には、私の日々の移動風景だ。
スロープの設置が必要な「乗車」まず最寄り駅に向かう。車椅子は駆け足ができず最速でも小走りより遅い仕様のため、30秒でも家を出るのが遅れたら取り戻す術は無い。
ほぼ全ての駅でスロープ(ホームから車両に渡す板)の設置が必要なため、乗車には事実上駅員の許可が必須だ。直前にではなく8~10分前に着いて依頼する。それでも駅員が改札から離れていたりして乗れないこともよくある。
乗車前に駅員が到着駅に連絡をするが、連絡が付かなければ乗れないため、必然的に次かその次の電車に乗ることになる。目前の電車を見送るのは結構ストレスだ。
とりわけJRは時間を要する。大阪駅を例にすると、まず改札から案内役に連絡を入れてもらいお迎えを待つ。案内役が到着駅に電話をかけ始めるのは基本的に乗車位置に着いてからなので、改札から乗車まで20分くらいかかることはざらだ。高い規範意識の裏返しなのだろうが、時間がタイトな中でJRを利用するのは大きな賭けである。
乗り換え時間のロスも大きい車椅子は乗り換えの時間ロスも大きい。階段ならすぐの所もエレベーター(以下、EV)を2~3回乗り降りして遠回りする。仮にスムーズに乗り換えられそうな時でも殆どは駅員の側から「大事を取って10分後の電車で」と指定される。
ちなみに歩ける知人達と話して初めて分かったのだが、車椅子で、特に一人で出歩いている時に、電車内や街中で舌打ちされたり露骨に嫌な顔をされたりする頻度はご想像よりずっと高いと思う。
さて、私が会社員として毎日通勤していたころは、こうしてかかる時間を考慮し、出社したい時間の50分前には家を出ていた。今、グーグルで自宅から当時の勤務先までの経路を調べたところ、所要時間は24分とある。およそ倍だ。
車椅子のルートはわかりにくく複雑、さらに誤った情報も…疎い場所の移動にはさらにハードルがある。駅や施設ごとの情報はあっても、車椅子のルートの全貌が分かるバリアフリーマップはまだまだ少ない。数年前から更新されておらず全く当てにならないこともある。従って、駅・商業施設・グーグル等を注意深く見比べて読み解く根気が要る。歩行者より遥かに複雑な行程を覚えるのは一苦労だ。
入ってもEVが無い改札も多く、別の階などの改札へ大回りせねばならない。サインに従ったら急に階段が現れて10分ぐらい引き返すということもよくある。駅ではなく商業ビルのEVから入らねばならない事も多く、当然ビルの営業時間しか使えない。こうした罠には予備知識が無いと確実に嵌る。
今でも思い出すのは、日本の中枢たる国会周辺での経験だ。溜池山王駅、国会議事堂前駅、南北線、千代田線、銀座線、丸ノ内線が複雑に入り乱れ、相互の行き来は階段に阻まれる。サインに従うと誤ったルートに誘導されてしまう。私が行った時は工事中のEVもあって混乱に拍車を掛けていた。手あたり次第に人に声を掛けて「向こうから入って」「隣の駅で乗って」などと色々聞き、10回くらいEVに乗り30分以上彷徨った。
私にとってこの類の事は日常茶飯時だが、同行してくれた健常者は「異常だ」と衝撃を受けていた。車椅子のルートが分かるサインもあればいいのにな、というのは常々思う。
無人駅では、数日前から時間を決め打ちして…伊是名氏の騒動はEVがない無人駅で起きたが、有人駅でもEVが無いと難儀だ。運良く階段昇降機があっても手配や起動等で往復各10分程度はプラスされると見なければならない。エスカレーターを利用することもあるが、車椅子用の機構を備えてないものも多く、その場合は車椅子ごと後ろにのけぞり3~4人で押さえてもらう乗り方になる。この恐怖感は凄まじい。
これらが全て無いとどうなるか。特に無人駅や一人駅の場合、事前連絡無しで利用するのは事実上不可能だろう。少なくとも私はできた記憶が無い。必然的に数日前から時間を一点に決め打ちした上で近隣駅からの応援を依頼しておくという大がかりな話になる。
昔アクシデントで10分ほど遅れた際、自己責任ということで全ての対応が白紙となり途方に暮れた経験がある。従って、たとえ当日の予定が押そうが何しようが絶対守らねばならない。呪縛のようで前日から重圧を感じる。
もっとも1か月前に伝えても「介助者同伴でないと無理」と断られた経験もあるので、利用できるだけありがたいと思うしかない。
タメ口や幼児語、本人無視の会話無論、駅員さんには大変感謝しており、必ずお礼も言うし丁寧語で話す。だが解せないのは、他の乗客には敬語を、私にはタメ口を使う駅員が多いことだ。知的障害の有無などに関わらず一成人なのだから対等な人間として接してほしい。少なくとも幼児言葉を使ったり、本人を無視しヘルパーにばかり話すのは良くない。
付け加えると、福祉の支給量や規則の関係もあるため、障害者が常にヘルパーと一緒にいる訳ではない。私のように一人での移動が圧倒的に多い人も大勢いるので、介助者は基本的に居ないのを前提として物事が考えられていく事を願う。
ところで大半の土地は電車が無い。当然普通のタクシーには乗れない。仮に福祉タクシーがあっても大抵1ヶ月ほど前に予約する必要がある。
よって必然的にバスに乗ることになるが、ノンステップはまだまだ少なく、急勾配だったり「介助者がいないと乗れない」と言われたりする。舌打ちしたり、危険なスロープの出し方をする運転手も多いがとても文句は言えない。元々優先席にいた高齢者に移動してもらったり、車椅子の固定で更に時間を要したり、「車椅子の方のご案内に伴いお待たせしております」といった放送が流れたりするのも心苦しい。
理解されないから「わきまえる」方を選んでしまうこうした日常を送る身としては、伊是名氏の発信はごく自然で公益に資する内容に思える。駅名を公表したのも中傷するためではなく、個人店とは違う公共財だからだろう。少なくとも私は3駅のバリアフリー状況を知れた。
また、1日の利用者が3000人以上の駅には法律で特に段差解消が求められている事や「階段のみの駅でも普段時間はかかっても駅員を集めてくれている」旨の記述などは、今まで我慢が当然と思ってきた私には青天の霹靂だった。これらは生活にすぐ役立つ情報であり本当にありがたい。
だがその肌感覚は、車椅子ユーザーでない人、特に出歩く障害者を殆ど見かけない地域の人には理解しづらいのかもしれない。また伊是名氏は政党にコミットしており、声の上げ方もメディアとの繋がりをフル活用したものだった。それらはほとんどの人に真似できない故に「強者のやり口」と捉えられたのだろう。
確かに私も、もし全ての事情を個々人にその都度丁寧にお伝えできるならそれに越したことは無いし、今後の生活でも従来通りその努力はしたい、とは思う。
だが主張する上でそれを必須条件とすべきではない。駅もバスも人も無数に存在する中で、個別の事情の説明を毎回行うのは莫大な手間と労力が要る上に理解されない事も多い。私が九分九厘黙って「わきまえる」方を選んでしまうのはそのためだ。
こうした小さな諦めは交通に限らず生活全般に無数にあり人生の幅をじわじわ狭めていく。それでも辛うじて息ができるのは、彼女のように定期的に原理原則を唱える「わきまえない」障害者のお陰だ。
権利を勝ち取った上の世代、存在価値を示した私たち同時に、障害者も息をして生活する同じ人間だと分かってもらうことも重要である。私達が健常者の視界に入るのは、要求を突き付けている時か介護されている時が多いだろうが、それ以外の姿をいかに見せていくか。
口で言うほど簡単ではない。上の世代は権利を勝ち取ることに命を懸けた。その成果を引き継いだ私達アラサーは、必死で健常者に伍し、自らの存在価値を示し、モデルマイノリティー(模範的な少数者)たらんと努めてきた世代だろう。帳尻を合わせるために無理を重ね、常に気を張り、もう一杯一杯になってしまった感がある。だがたとえ形式的であっても、学校や職場で障害者が健常者と机を並べてきたことには何かしら意味があったと思う。
願わくば次の世代には、それとも違う、真の善き隣人としての関係を互いに築いていってほしい。要は障害とは無関係な馬鹿話をサシでできるような友達同士になることだ。そうした繋がりが当たり前になっていくことが、様々な懸案を解決していく上でも大きな力となるに違いない。
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