>>参考 「名高いドラコス」
洞窟に住む人食いの一つ目巨人の目を潰し、羊に化けて脱出する物語は、紀元前8世紀頃のホメロスの『オデュッセイア』に既にある。
トロイア戦争を伏兵入りの木馬で終結させた智将オデュッセウスは、故国への帰還の途中で、そうとは知らずに
翌朝になると巨人は羊を追って出て行ったが、出て行く前にまた二人を食い殺し、出口を岩で塞いだ。オデュッセウスは仲間と相談し、洞内にあったオリーブの大木から帆柱のように巨大な杭を作り、火で焼いて硬くして隠しておいた。
夕方になると巨人は帰ってきて、また二人を食い殺した。オデュッセウスは進み出て葡萄酒を勧めた。酔っていい気分になった巨人に名を尋ねられると『
目が見えなくなった巨人は、夜も明けきらないうちに洞窟の口に座り込んで、出て行く羊の背をまさぐってはオデュッセウスたちを捕らえようとした。しかしオデュッセウスは柳の枝で羊を三匹ずつ並べて縛り、その腹に一人ずつ仲間を隠して運ばせ、自分は最も立派な牡羊の腹にしがみついて、洞窟から脱走した。出港して島を離れてから「俺の名はオデュッセウスだ」と大声で嘲ると、怒った巨人は岩を次々と投げつけたが危うく逃れた。
巨人は言った。自分は元々オデュッセウスの手に掛かって盲目になると預言を受けていた。だがまさかこんな
オデュッセウスは小柄な男だった。「親指小僧(ペロー)」や「一寸法師・鬼退治型」のように、ここでも、小さな者(童子)が巨大な人食い鬼をひどい目に遭わせ、嘲っている。
昔、二人の兄弟がいた。この二人はかなり裕福で幸せに暮らしていて、この世の悪というものを知らず、人がそれについて話すのを聞いてもよく分からなかった。そして二人は互いにこう言った。
「一度、悪ってのがどんなものなのか身をもって知ってみるというのはどうだろう。悪を探しに行ってみようよ」
二人は馬に乗って出発し、森の奥深くへ入って行った。まだ森を抜けないうちに夜になったが、何頭かの羊を見つけたので「きっとこの辺りに羊飼いが住んでいるに違いない。そこに泊めてもらえそうだ」と考え、羊の後に付いていった。
暗い中、羊たちの向かう方に大男がいるのが分かった。彼は羊たちを洞穴の中へ追い込むと、自分も中に入って行く。兄弟も馬から下りて洞穴に入った。中には火が焚いてあり、大男は座って子羊を焼いていた。ところが明るいところで見れば、その大男には額の真ん中に目が一つしかないではないか。それは一つ目巨人のシュテルナーだった!
「食いたいか」と、唐突にシュテルナーが言った。
「いや、俺たちは腹が減ってない」と兄弟の一人は答え、もう一人は尋ねた。
「あんたは何が食いたいって言うんだい?」
「ここにある子羊だけじゃ、俺には少し足りないのさ。さあ、言っちまったぞ。こうなったからには、お前の兄弟を食ってやる」
シュテルナーは兄弟の一人を絞め殺して串に突き刺し、残った男に命じた。「おい、これを焼け!」
男は、自分がどんな所に入り込んでしまったのかを悟った。なんとか逃げ延びるためにも今は言いなりになろうと考え、黙って自分の兄弟の肉を焼いた。焼きあがるとシュテルナーは少し取り分けて寄越してきたが、兄弟の肉では食べる気にはなれない。するとシュテルナーは「ふん、そのうち食うようになるさ」と言うのだった。
シュテルナーは腹がくちくなると洞穴の出入り口を岩で塞ぎ、眠ってしまった。男は逃げる算段をし、寝ているシュテルナーの目を焼き串で突き刺した。シュテルナーはびくりと震えると起き上がった。
「畜生、俺のたった一つしかない目を抉りやがったな! こっちはお前の目を二つとも抉ってやる!」
だが目が見えないので捕まえられない。男は羊の間に紛れ込んでいた。大きな牡羊を殺して皮を剥ぎ、それを被って前足に手を、後ろ足に足を入れて、羊に成りすました。
朝になって、シュテルナーは羊を放牧場に出すために洞穴を塞いでいた岩をどけた。しかし男が逃げ出さないように、出て行く羊一匹一匹を手で触った。そしていよいよ、あの大きな牡羊に触ったとき、シュテルナーは「ああ」と言った。
「おれの鈴羊か。俺にはもうお前のことが見えん。しかしあの人間もじきに何も見えなくしてやるぞ」
男は先導の鈴をつけた羊に成りすまして外に出た。出ると遠くの野原まで走って行き、大声で嘲った。
「やぁい、まんまと騙してやったぞ! 逃げてやったぞ!」
するとシュテルナーはこう言って返した。
「まあよかろう。上手くやったな。ほら、この黄金の玉もくれてやるわ。それも持って行け!」
投げつけられて地面を転がってきたそれを見ると、純金のようだった。思わず拾うとそれは指から離れなくなり、重くなって、立つことも出来なくなった。それでどういうことになるかは目に見えている。玉の跡を辿って、既にシュテルナーがこちらに迫って来ていたのだから。
自分を待ち構えている結末を悟ると、男はナイフを抜いて自分の四本の指を切り落とした。そして必死に逃げたのである。
我が家に帰り着くと、男はこう言った。
「俺にももう分かった。悪っていうものがどんなものか。それは本当にあるんだ。俺たちそれぞれの心の中にも」
参考文献
『世界の民話 アルバニア・クロアチア』 小澤俊夫/飯豊道夫編訳 株式会社ぎょうせい 1978.
昔々、とても昔。ある羊小屋に羊飼いの三兄弟が住んでいた。彼らは神の御心のままに日々を過ごしていた。聖母マリアの大祭があれば羊の群れを山の麓に追い落とし、夏が来れば羊の群れを山の中腹に追い上げて、聞く人の心をとろかすような音色で小笛や長い角笛や大笛を吹き鳴らしていた。
さて、ある日の夕方のことだ。その日は断食期間の始まる前日とあって、三人は大いに飲み食いして楽しんでいた。羊を一頭屠って、食べられるだけ詰め込んだが、まだ食べ物は残っていた。そこで、田舎の人らしく、彼らは誰かお客を呼びたくなった。それで一番上の兄がこう言った。
「おい、兄弟たち。この肉は誰に食べてもらったものだろうか。俺たちはもう腹いっぱいになったからな」
「誰にだって?」と、中の兄が言った。「外に出て、道の向こうの方へ怒鳴ってみよう。誰か食べたい者が見つかるかもしれないぞ」
言うが早いか、一人が飛び出して行った。そして、真夜中だというのに、森の方へ向かって大声で呼びかけた。
「おーい! 誰か腹の減っている奴がいるなら、羊小屋までやって来ーい!」
すると、それに応える声があった。
「よーし、行くぞぉお!」
もう一度呼ぶと同じ返事が返った。三度目も同様だった。
目の前に雲突くような大男が現れた。頭は大きな水がめほどもあり、胸は大きな小麦袋ほど、髭はかかとまで垂れ、額には八つの目が開いていた。
羊飼いたちは、もちろん仰天したが、どうしようもない。大男を食卓に招いた。すると大男は残りの羊肉をすっかり平らげてしまったばかりか、もう一頭屠らなければならない羽目となった。それから男たちは横になって、大きないびきをかいて眠った。
次の日、大男はこう言った。
「おい、羊飼いたちよ。羊たちにもっといい草が食べさせられる場所へ案内してやろう。ここじゃ、見ての通り、羊たちは満足に食べられないからな」
「そうか、じゃあ、行こう」
男たちは羊の群れを追い立てながら大男の後に付いていった。九日のあいだ旅をして、森の真ん中にある天に届くような城壁の下に辿り着いた。そこが大男の家であった。大男は羊と一緒に羊飼いたちを家の中に招き入れると、どういうつもりか、大扉に鍵をかけた。羊飼いたちがしばらく休んでいると、大男が「ご馳走するから来い」と地下室に呼ぶ。行ってみると、三つの大鍋に湯がぐらぐら煮立っており、大男は一番上の兄を引っつかんで、あっという間に鍋の中に投げ込んでしまった。続いて二番目の兄も投げ込まれ、最後に末の弟も捕まえられたが、彼はこう言った。
「ちょっと手を放してくれ。目にゴミが入ったのを拭きたいから」
大男が手を放すと、この機知あふれる若者は、銅のひしゃくに手をかけて、たぎった湯をなみなみと汲み上げるなり、力いっぱい大男の目に向かって浴びせかけた。
「うおっ!」と、大男が悲鳴をあげた。「目が、目がァ!」
目を潰されてしまった大男は、大地も震えるほどの喚き声をあげながら叫んだ。
「うぬ、犬め、俺の爪に引っ掛けてやる! 逃がさんぞ!」
さあ大変だ。羊飼いはどうすればいいのだろう。逃げる? それは無理だ。大扉には鍵がかかっていたし、城壁は途方もなく高かった。では盲目となった大男と戦うか? それは無茶だ。
けれども、神のご加護によって瞬く間に羊飼いの頭に名案が浮かんだ。羊の皮を剥ぎ、それを頭からすっぽり被ると、羊のように四つ足で歩き始めた。
盲目になった大男はあっちこっちと手探りで羊飼いを捕らえようとしていたが、捕まらない。どうしても捕まらないと悟ると、彼は考えた。
(ははん、あの盗っ人め、羊の間に隠れたな。見ておれ。今に目にもの見せてやるぞ!)
大男は手探りで羊を掴むと、一匹ずつ城壁の外へ投げ出し始めた。こうやって確かめて選別していけば、もはや逃れることは出来ないと考えたのだ。一匹、二匹……九匹まで投げ出したが、羊飼いは見つからない。ついに羊の皮を被った羊飼いにも手をかけたのだが、計略を見破ることは出来なかった。
「いやはや、なんてこった。手にかかるのは羊ばかりだ!」
大男はそう言いながら力いっぱい城壁の外に投げ飛ばしたので、羊飼いはもう少しで足を折るところだった。
次から次へと羊を放り出した挙句、最後の方になって、大男はやっと皮を剥がれた羊を掴んだ。
「へ、へ、へ、さあ捕まえたぞ! 観念しろ!」
大男は皮を剥がれた羊を抱き上げて、鍋の中に放り込んだ。ほくほくしながらかまどの側に腰を下ろして肉が煮えるのを待ち始めた。
その間に、羊飼いはどんどん走って逃げに逃げて行った。勿論、この若者とて兄弟のことを思えば悲しくもあったし、羊を残していくのも悔しかったのだが、ことわざにもある。『お前も可哀想だが、我が身はもっと可愛い』と。
こうして森の中を逃げていくうち、若者は一人の老婆に行き会って助けを求めた。
「もしもしお婆さん。どうか私を哀れだと思って、私を殺そうとする、あの恐ろしくてこのうえもなく醜い大男から助けてください!」
「おや、そうかい。どうしたらお前さんを助けてあげられるかねぇ。ああそうだ。この指輪をあげるから、小指におはめ。あの大男が決して追いついて来れないように、お前の身を守れるのは、この指輪だけだよ」
ところで、実はこの老婆はあの大男の伯母だったのだ。だから若者の言葉を聞いて内心で腹を立てており、親切そうに指輪を渡しながら、胸のうちで(この指輪のおかげで、お前もお陀仏さ!)と思っていたのである。
一方、大男は鍋の中のものを充分に煮てから、喉を鳴らしてがつがつ食べ始めた。一番上の羊飼いを食べ、二番目を食べ……そして、一番末の羊飼いを食べかけて叫んだ。
「やっ! この肉は人間の肉じゃないぞ。あの盗っ人め、まんまと逃げおおせたな!」
そこで、大急ぎで羊飼いの後を追って森の中を走り出した。あっちこっち走り回ったが、一向に見つからない。羊飼いはと言えば、大男の姿を見ると樫の木の茂みに隠れて、目が見えないのに見つけられるものかと高をくくっていた。
ところがだ。小指にはめていた指輪が大声で叫んだのである。
『目隠し鬼さん、こちら。こっちの方へ!』
大男は大喜びで声のするほう目指して走ってくる。
(おお、神さま! あの男を滅ぼしてください。あの婆ァめ、悪魔にさらわれるがいい! こんな指輪をよこしやがって)
羊飼いは指輪を引っ張った。だが、まるで生まれる前からはまっていたかのように、しっかりと指にくっついて離れない。そこで若者は、茂みの陰だの、木の根っこだの、洞穴の中だのに隠れてみたが、とても隠れおおせるものではない。『目隠し鬼さん、こちら。こっちだよ。目隠し鬼さん、ここだよ!』と指輪がひっきりなしに叫びたてるので、大男は宙を飛ぶようにして、逃げ回る哀れな羊飼いのすぐ後に迫ってきた!
「ああ、もう駄目だ!」と若者は泣き出した。「母さん、どうしたらいいんだい。聖ドミニクさま、どうか私を見捨てないでください」と羊飼いの守護聖人に祈った。
聖人は若者を見捨てなかった。若者が大きな井戸の側を通りかかったとき、釣瓶の上に舞っていた一羽のカラスが、驚いたことに若者に向かって口をきいた。
『若者よ、若者よ。指輪のはまっている指を付け根から切り捨てて、井戸の中へ投げ込んでしまうがいい』
羊飼いはそれを聞くと、腰から小刀を取り出して、サッと指を切り落とし、言われたとおりに投げ込んだ。それから一目散に森の中へと逃げ込んだ。
『目隠し鬼さん、こちら。こっちだよ。目隠し鬼さん、ここだよ!』と、指輪は井戸の中から叫び続けた。盲目の大男は声が井戸から聞こえているだなんて夢にも思わず、そこへ向かって突進した。そしてまっさかさまに水の中に落ちると、そのまま浮かび上がってはこなかった。
喜び勇んだ羊飼いは、大男の城に取って返すと、羊たちを取り戻して羊小屋に帰った。
こうして、この若い羊飼いは名高い聖人のおかげで命拾いをしたのだが、可哀想に、それからは独りぼっちで暮らしたということだ。
参考文献
『バルカンの民話』 直野敦/佐藤純一/森安達也/住谷春也 共編訳 恒文社 1980.
※大男が末の羊飼いのことを「盗っ人」と呼んでいるのが謎。翻訳のあやなのか、羊飼いが大男の何かを盗むエピソードが欠落しているということなのか…。
「人食い鬼」たちが一つ目または視力が弱いとされているのは、彼らが冥界に属する存在…霊であることを体現させた表象だと思われるのだが、この話では「一つ目」ではなく「八つ目」になっている。といって目がよく見えるという描写があるわけでもなく、やはり盲目になる。語り手が「一つ目」の意味を忘れてしまい、単に普通ではない数の目なら何でもいいと思うようになってしまったのだろう。
冒頭、料理を作ったが食べきれず、食べてくれる者はいないかと呼ぶと人食い鬼が現れる…というモチーフは、シベリアの「小さい男と魔物のマンギ」や日本の「牛方山姥」の岩手県の類話にも見える。ここには、例えば「夜に口笛を吹いてはいけない」という迷信にも通じるような、何か古い神呼び信仰の匂いがあるような気がする。
「おでこの真ん中に一つ目があるシュテルナー」のコメントに書いたが、冥界から…人食い鬼の住処から逃げ出そうとする際に羊の皮を被るのは、羊や馬を生贄として神に捧げていたからでもあると思われるのだが、この話では実際、皮を剥がれた羊が主人公の身代わりとなって鍋で煮られ食べられている。
参考--> 「脂取り」
昔々、グドブランスダール谷にあるヴォーゴという土地に、貧しい夫婦が住んでいました。二人には沢山の子供がありました。それで、息子の中でも年長の二人は、いつも辺り近所を歩いては物乞いをして廻らなければなりませんでした。
というわけで、この子達は大きい道でも小道でも、どんな道だろうとよく知っていましたから、ヘダールという土地へ行く近道だって知っていたのです。けれども二人は、最近噂で聞いた、何人かの鷹使いがメーラという土地に建てたと言う小屋に立ち寄ってみたいと思っていました。だから丘を越える道を使ってヘダールへ物乞いに行こうとしたのですが、秋も終わりに近付いて日は短く、食べ物をくれそうな人とも出会えませんでしたし、休むところもなく、鷹使いの小屋も見つけることができないまま夕闇に包まれて、いつの間にか深い森の真ん中に入り込んでしまったのでした。
今はもうここから出ることは出来ないと悟った二人は、木の枝を切り始め、それで火を起こしたり、枝を組んだ小屋を作ったりし始めました。というのも、二人は小さな斧を持っていたからです。それから低いヒースの木や苔を毟り取ってきて寝床を作りました。
こうして二人が横になってしばらくした頃、なんだか、フンフン、フンフンと、ひどく鼻を鳴らすような音が聞こえてきました。男の子たちは耳を澄まして、聞こえてくる音が動物なのか、それとも魔物なのかを聞き取ろうとしました。音は次第にひどくなり、こんな声が響きました。
「ここは、なんだか人間の血の匂いがするぞ!」
それから実に重そうな足音が聞こえ、踏みしめられるたびに地面がビリビリと震えましたので、二人にも、これは森に住む魔物のトロルが出てきたのだと分かりました。
「神さま、お助けを! 僕たち、どうすればいいんだろう?」と、弟が兄さんに言いました。
「ああ、お前はそのまま、その赤松の木の下にいろよ。そしてちゃんと身構えていて、あいつらが来るのが見えたら、すぐに荷袋を持って、跳んで逃げちまうんだ。そしたら、僕は小さい斧を使ってみるよ」と、兄さんが言いました。
その途端、トロルたちがすごい勢いでやってくるのが見えました。そのトロルたちときたら実に大きくて、頭が赤松のてっぺんに届いているくらいでした。けれども彼らは三人全員で目玉をたった一つ持っているだけで、その目玉を三人で順繰りに使っているのでした。彼らはそれぞれ、その額に穴が一つずつ開いていて、そこに目玉をはめ込み、それを手で操っていたのです。ですから先頭に立っているのが目玉をはめていなければならず、他の二人は後に続いて、先頭のにしっかりくっついているのでした。
「さあ、行くんだ!」と兄さんが言いました。「でも、どんな結果になるか分かるまでは、あんまり遠くまで跳んで行くなよ。あいつら、あんなに背が高いから、後ろから行ったら僕を見つけるのは難しいさ」
ええ、弟は前に走って行き、トロルたちはその後を追い始めました。その隙に上の男の子はトロルの後ろに廻って、一番後ろのトロルの足首に斧で切りつけました。そのトロルは恐ろしい悲鳴をあげ、先頭にいたトロルがぎょっとして跳ね上がり、弾みに目玉を落っことしてしまうと、兄さんはすばしこく、サッとその目玉を掴み取りました。その目玉ときたら壷の蓋を二つ合わせたよりも大きいし、それに、実に澄み切っているので、たとえ真っ暗な夜の中でも、その目玉を透かして見れば昼のように明るく見えるのでした。
トロルたちは、男の子たちが自分たちの目玉を取ってしまい、仲間の一人に傷をつけたと分かると、脅かし始めました。
「すぐにその目玉を返せ。さもなきゃ、ありとあらゆる不幸せがお前に降りかかるぞ!」
「僕は、トロルも、そんな脅し文句も、怖くなんかないぞ」と、男の子は言いました。「今、僕は一人で三つの目を持っているのに、あんたたちは三人で一つも持っていやしない。おまけに、三人目を二人で担いでいかなきゃならないんだから」
「今すぐ俺たちの目玉を返してよこせ。そうしなけりゃ、貴様を棒切れや石ころに変えてやるぞ!」と、トロルたちは怒鳴りました。
けれど男の子は素早く状況を考えて言いました。
「トロルの魔法だとか、そんな法螺話もちっとも怖くないや。もしも僕たちに手出しをしたなら、僕はあんたら三人みんなに切りつけてやる。そしたら、あんたらは虫けらみたいに山道をごそごそ這い回らなきゃならなくなるさ」
これを聞くと、トロルたちは丁寧な言葉を使って愛想よく言いはじめました。
「もしもあんたがその目玉を返してくれたなら、金でも銀でも、欲しいものは何でもあげるよ」
それは素晴らしい申し出でしたが、男の子は慎重に立ち回らなければならないと考えました。
「そうだね。今から、あんたたちの中の一人が家に帰って、僕と弟の荷物袋をいっぱいにできるくらい金と銀を持ってきて、ついでにに良い
トロルたちは情けない声をあげて言いました。「俺たち目玉を持っていないんだから、誰も家まで歩いていけないぜ」と。
けれどもそのうち、トロルの中の一人がおかみさんに向けて叫び始めました。というのも、このトロルたちは三人みんなで一人のおかみさんを持っていたからです。
そして少しすると、ずっと北の方の丸い丘のてっぺんから返事が響いてきました。そこでトロルたちは、おかみさんに「鋼の弓を二張に、金と銀をいっぱい入れた桶を二つ持ってきてくれ」と言い、すると、そんなに長くはかからなかったと思いますが、おかみさんがやって来ました。
おかみさんは事の次第を聞くと、「トロルの魔法を使ってやるよ!」と脅かし始めました。けれどもトロルたちはすっかり怯えていて、おかみさんに頼み込みました。「このちびのスズメバチを、そんなに突っつかないでくれよ。お前だってこいつに目玉を取られちまうかもしれないんだぜ」と。
そこで、おかみさんが金銀の入った桶と弓とを男の子たちに投げつけると、トロルたちはみんな一緒に、大股に急いで丘のてっぺんの家に帰って行きました。
そして、これからというもの、トロルたちがヘダールの森に現れて人間たちの血の匂いを嗅ぎ回るという話は、さっぱり聞かれなくなったのです。
参考文献
『ノルウェーの昔話』 アスビョルンセンとモー編 大塚勇三訳 福音館書店 2003.
※「親指小僧(ペロー)」などと読み比べると面白い。この兄弟は道に迷っても泣いたりせず、自分たちで手早く仮小屋を作るし、トロルたちに出会うと冷静に作戦を立て、斧で戦って正面から渡り合っている。英雄的である。
そして目玉を持った先頭の後に常にくっついて歩き回るという三人のトロルたち。…一昔前のコンピューターRPGが思い浮かんでならなかった。LRボタンでパーティトップ変更でもするのかしらん。
三人で一つの目玉を使い、一人の妻を持っているこのトロルたちは、実は三人で一体なのだろう。
三人の魔物が一つの目玉を共有しているというモチーフは、ギリシア神話に登場するグライアイが有名だろう。ペルセウスが蛇女メデューサの首を取るべく旅立ったとき、
参考 --> <童子と人食い鬼のあれこれ~片目の神>
※『オデュッセイア』のキュクロプスのエピソードの流れを引く このタイプの民話は、南欧でよく見かけるように感じる。
巨人は手で触って確認したが気付かずに通してしまう
ロシアではこの一つ目巨人は《一つ目のリホ》またはヌジダー(困窮)と呼ばれる。『グリム童話』にも、決定版では削除されているが「強盗とそのむすこたち Der Rauber und seine Sohne」という類話がある。(岩波文庫版『グリム童話集』では五巻に収録。)『千夜一夜物語』にもあるそうだ。日本民話にもある。
目一つ五郎 日本 鹿児島県 種子島
昔、ある人が都で荷を仕入れて故郷へ向けて船出した。しかし途中で風向きが変わり、数日後に見知らぬ島に吹き寄せられて錨 [ を下ろした。
船の飲み水が切れていたので、船乗りの一人が桶を下げて水を探しに上陸した。低い山の間の谷は深い林になっており、その中に泉があった。船乗りは喜んで、まず一杯の水を飲み、桶に水を汲み入れた。そのとき物音に気付いて振り向いたところが、目が一つしかない大男が恐ろしげな様子で見下ろしているではないか。それは目一つ五郎という怪物で、一つ目からは白い炎が燃え上がっているかのようであった。
逃げようとした船乗りを捕まえ、目一つ五郎は山に登って、崖の洞穴に引きずり込んだ。そして「ええことをした。良か餌をみつけた」と独りごちると、すぐに洞穴の中で火を焚き始めた。
煮て喰われるのだと悟った船乗りがじりじりと洞穴の奥へ逃げていくと、暗い中に何十頭もの馬が動き回っていた。それを見るうちにある作戦を想いついた船乗りは、目一つ五郎の方へ忍び戻って真っ赤に燃えている薪を一本掴み、やにわに一つ目に突き入れた。「ぎゃっ」と悲鳴をあげた目一つ五郎は罵りながら船乗りを捕らえようとしたが、目が見えないうえに、船乗りが馬の間を逃げ回るので捕まえることが出来ない。
これでは埒が明かないと思った目一つ五郎は、手探りで馬を一頭一頭確かめながら洞穴の外へ出し始めた。船乗りは馬の皮をかぶって馬の後に付いて行った。目一つ五郎は船乗りに手で触ったが、気付かずに馬と思って外に通してしまった。
危ないところを逃れた船乗りは小川に行って桶に水を汲み、無事に自分の船に戻ることが出来たということだ。
参考文献
『日本の民話24 種子島篇』 下野敏見編 未来社 1974.
真っ赤に焼いた串は【青髭】話群で悪魔夫が妻を殺そうと用意する道具としてもしばしば現れる。人肉またはそれに類するおぞましい食べ物を勧められるが食べないか食べたふりをして捨てるというのも、やはり【青髭】系の「娘とパンパイア」「ブルゴーは悪魔」等にある。
これは冥界の物語である。
出口を大岩で塞いだ洞窟に閉じ込められるというモチーフは[熊の子ジャン]や【青髭】のような、人間の娘が魔王の妻にさせられる話でもしばしば見られるが、要は黄泉の国の出入口は千引の大岩で塞がれてあるという、日本神話にも見えている思想である。冥界へ入るのは た易いが、出るのは難しいのだ。そこから出る際に羊の皮を被るのは、死者の霊は獣の姿に身を変えるという信仰と、馬や山羊などの蹄のある獣が神に捧げる生贄として使われ、冥界へ渡る力を持つモノとみなされていたからなのだろう。