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おかしな転生 作者:古流 望

第29章 イチゴタルトは涙味

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315話 涙

 ホノバノ=ミル=グメツーナ伯爵。

 彼は代々宮廷貴族として王宮に勤める伯爵家の当主であり、内務系貴族として隠然たる影響力を持つ国家の重鎮である。

 現在は農務尚書に任じられていて、神王国全体の農政を取り仕切る立場にある。

 前代の農務尚書は不正蓄財という形で職を追われ、そのあとを引き継ぐ形で尚書の座を射止めた政治的強者だ。要領が良いともいえる。

 元々、前農務尚書の引き落としに関しては多分に軍務閥の政治工作が関わっており、グメツーナ伯爵が今の地位に昇ったのも、軍務系貴族と強いパイプを持っていたから。そして、率先して上に居る連中の足を引っ張ったから。

 内務閥の中では軍務閥と親しく、農務全般で軍人に配慮が偏っているとの批判もあるのだが、それだけに軍人の受けは良い人物である。


 「よし、よし!!」


 グメツーナ伯爵が、自宅で大きく体を動かしながら、こぶしを握り締めて喜びを露わにしていた。


 「これで我が家には金の成る木が生えた」


 金の成る木とは、大龍のことだ。

 先だって行われた会議。事前の入念な根回しと、数々の政治工作の結果、晴れて農務で大龍を保護することが決定されたのである。


 これは喜んで然るべきだろう。


 「鱗一枚でも100クラウンは堅いでしょう」

 「多少散財したが、それぐらいはすぐに取り返せるだろう。いわば投資したに過ぎない」


 グメツーナ伯爵は、軍務貴族と縁が深い。

 そこで、カドレチェク公爵を始めとする軍人たちに、あの手この手で根回しをしていた。軍家閥が大龍を囲うのなら、自分にも噛ませてほしい。仮に内務閥が大龍を囲うことになったとしても、せめて農務で囲うように推して欲しい。

 根回しの内容はこんなところだ。

 散々に泣き落としを掛けたところもあれば、金をバラまいたところもある。

 更に、内務系の貴族には、自分たちが大龍を囲うにしても、せめて軍務閥との摩擦を避けるために農務に任せて欲しい、という根回しもしていた。


 結果、軍人と官僚の妥協の産物として、グメツーナ伯爵の所に大龍を預けることとなったのだ。

 三権の内二つが合意すれば、外務閥がどれだけ騒ぐとも手は出せない。


 農務貴族としては、大龍が人に懐いたという報告から“家畜”として扱うことを求めた。羊から羊毛を取り、牛から牛乳を搾るというのなら、大龍から鱗を集めるのも畜産の一環であるという主張だ。

 仮に危険な状況になれば、軍人に管轄が移る、という付帯条件こそ飲まされたものの、晴れて大龍は家畜であると認められた。

 農務貴族は大金星といえる成果を得たことになる。


 「これがドラゴンか」


 早速手元にやって来た龍を、感慨深げに見るグメツーナ伯爵。

 そもそも官僚たる農務尚書が責任をもって預かる、という形になっているわけで、決してグメツーナ伯爵の個人所有になったわけでは無いのだが、貴族社会というのは公私混同が当たり前である。

 自分の手にお宝が来たと、グメツーナ伯爵は無邪気に喜ぶ。


 「意外と小さいですな」


 部下の農務次官の言葉に、愛想よく答える中年貴族。


 「なに、これから大きくなる。いや、なってもらわねば困る。家畜を育てるのは、我々の仕事であろう」


 ぬははと機嫌よく笑う上司に、次官も同調する。


 「まずは、我が家に連れていくか」


 勿論、言うまでもなく大龍は国家の宝である。所有権は王家だ。

 しかし、管理権をグメツーナ伯爵旗下の農務貴族が獲得した以上、きちんと監視できるところに大龍を“保護”するのは当然だろう。

 つまり、グメツーナ伯爵邸である。

 グメツーナ伯爵の知る限り、最も警備が厳重な場所がそこなのだから、仕方がない。

 中央軍も屋敷の警護には協力してくれるというのだから、伯爵は高笑いだ。


 「おい、ここがお前の部屋だ」


 龍金製の特別な檻ごと運ばれていた龍が、少々乱暴に放り込まれる。

 部屋そのものは非常に豪華な部屋だ。部屋の半分ほどが鉄格子に囲まれていることを除けば。

 ちなみに、龍金製の檻はモルテールン家からの借り物である。正しくは、許可を取った上で王家から又貸ししてもらったもの。これはすぐにも返さねばならない。


 「私は早速王宮に御礼言上に行ってくる。くれぐれも、目を離すな」

 「分かりました」


 伯爵家の選りすぐりの精鋭たちが、力強く請け負う。

 一命に代えてでもこの場を守るという裂ぱくの気合である。

 大龍はお宝そのもの。伯爵邸の周りを国軍が固めているとはいえ、決して安心は出来ない。


 龍をとりあえず部下に任せ、次官と連れ立って王宮に出向いたグメツーナ伯爵。

 根回しの結果の報告と、御礼等々をするために幾人かの貴族と面会する為だ。

 明るい間に出て、邸に帰ってきたのは夜も遅くなってから。

 ちゃんと大龍が無事でいるかだけが気にかかり、これでも急いで帰ってきた方である。


 家に帰ってより、真っ先にグメツーナ伯爵が向かったのは龍を閉じ込めている部屋。

 飼っている龍が無事であったのか、確認せねばと気も急いていた。

 部屋の扉を開けた瞬間、彼の目に飛び込んできたのは空っぽの部屋だった。


 「おい、閉じ込めていたのにどこ行った!!」


 カッと頭に血が上ったグメツーナ伯爵は、思わず大声で叫ぶ。

 声を聴きつけ、すぐにも部下がやって来る。


 「駄目です。力が強すぎて、鉄格子が破られてしまいました。今、別の部屋に逃げ込んだのを閉じ込めた所です」

 「ならば、何故捕まえない。閉じ込めたというのなら捕まえるのは簡単だろう」


 大龍の赤ん坊は、動きはさほど早くない。全速力で動いても、人間の子供が歩くよりも遅いぐらいだ。別の部屋とはいえ、追い詰めたというのなら捕まえることも出来るはずだ。

 グメツーナ伯爵は、不甲斐ない部下に何故部屋に入って捕まえないのかと問いただす。


 「それが、逃げ込んだ場所が閣下の執務室でして」

 「何、私の執務室だと!?」


 伯爵は、農務尚書という職位を持つ以外に、貴族家の当主でもある。

 貴族家の当主としては余人に聞かせられない話や、見せられないものの一つや二つは抱えているものだ。故に、日頃は執務室に入る人間は限られている。勝手に部屋に入った者は、理由を問わず罰するのがグメツーナ伯爵家の法であった。

 部下たちが、部屋に大龍を閉じ込めておきながら手を出せない理由がここにある。


 「やむを得ん、入室を許可する。すぐにでも連れてこい」

 「はっ」

 「いや、待て」


 すぐに動こうとしていた武官を呼び止めた伯爵。

 何秒か考えた後、自分も一緒に行くと言い出した。

 グメツーナ伯爵は、執務室の中にはかなり危ない資料もあることを思い出したのだ。不正を行った人間の証拠をもみ消した時に、交渉材料の質草にと手元に置いておいた不正の証拠であるとか、農務尚書としての職権を少々乱用して貯めた金貨の裏帳簿であるとか。

 部下に万が一にも見つけられては面倒だ。龍が暴れていると不測の事態もあり得るが、ここは自分の監視が必要だと判断した。


 そして、部下たちに部屋の封鎖をさせつつ、執務室を開けた時。

 伯爵の目には、荒れ果てた内部の姿があった。


 「おい、止めろ!! お前ら、あの暴れ龍を抑えろ」


 慌てて大龍を捕まえようと動き出す面々。


 「ぎゃあ、最高級の絨毯が穴だらけに!!」


 脚力が強いのか、或いは穴でも掘ろうとしたのか。

 一流の職人が三年以上かけて作ったという最高級の絨毯が、大龍のせいで穴だらけになってしまっている。

 こんな損失、想定外だとグメツーナ伯爵は頭を掻きむしる。


 「おい、そのテーブル、幾らすると思ってるんだ!! あぁ!!」


 更に、逃げ回る龍がテーブルを壊す。体当たりして足を折ったところで、天板も尻尾の一撃でべっこりと折れた。

 何とかして抑えようと部下も奮闘するのだが、龍の力が馬鹿みたいに強い。二人三人に捕まられた状態で、普通に走り回っている。


 「おい、餌だ!! 餌で釣れ!!」


 龍の餌は魔力。

 この事実がモルテールン家によって明らかにされたことは大きい。少なくともグメツーナ伯爵が、部屋の外に龍をおびき出すことに成功したのだから。

 元々、王宮には常時多くの魔法使いが雇われている。国の共有財産のようなものだが、農務としては地面に対して作用するような魔法を持つ者を常に抱えている。

 土壌の操作や、水撒きに適した魔法を使う者。グメツーナ伯爵は、大龍の餌の為に、かなり出費を覚悟して魔法使いを専用に雇っていた。


 「糞ッ、餌に金が掛かり過ぎる!!」


 グメツーナ伯爵がまた頭を掻きむしる。

 大龍が部屋を出て徘徊した理由が、食事を欲してのことだという推測は出来た。しかし、魔法使いが五人、倒れるまで魔力を絞り切っても、大龍の腹は満ちていないらしいと分かったところで、頭を抱える。


 「魔法使いもタダでは無いのだぞ!!」


 一人雇うにも大変な魔法使いを、五人も雇う。

 これとて、大龍を自分で抱えるためには必要なことだった。

 必要経費と割り切っていたはずなのだが、大龍の食欲の旺盛さが予想以上だった。完全に計算外である。


 「もう駄目だ!!」


 結局、グメツーナ伯爵は五日間、頑張って飼育した。

 大龍の餌の為に魔法使いを増員し、しょっちゅう逃げ出しては邸を破壊するのにも耐え、金貨が馬鹿みたいに飛んでいくことも投資だと言い聞かせて我慢に我慢を重ねたのだ。

 しかし、五日目。ついに龍によってグメツーナ伯爵自身が吹っ飛ばされて、足の骨と肋骨と手の骨を折るという重傷を負ったことで、我慢も限界だと結論付けた。


 「……どうしますか?」

 「陛下に返還するか」

 「それだと面目が……」


 自分たちならば大丈夫、と請け負って預かった者が、やっぱり無理でしたと泣きつく。

 どう考えても格好悪い。面目というなら潰れに潰れた有様。

 だがしかし、これ以上はどうあっても飼育が出来ない。グメツーナ伯爵家が破産しかねない。


 「やむをえない。やむを得んのだ。このままでは家ごと潰されるのも時間の問題だ」


 今でこそ、部屋の破壊で済んでいる。

 しかし、これが家ごとの破壊になるまで、どれほどの時間が要るのか。或いは明日にでも壁やら柱やらを壊し始めるかもしれない。

 そこまでやられれば、もう無理だろう。


 ならばどうするか。

 グメツーナ伯爵は、実に安直な解決方法を思いついた。


 「誰か、別の奴に押し付けてしまおう。何なら、モルテールンでも構わん!!」


 結局、元のさやに収めるに限る。

 グメツーナ伯爵は、大損をしたまま涙を流すのだった。


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