2019年2月13日、株式会社レッジは日本最大級のビジネスAIカンファレンス『THE AI 3rd』を開催。「AI時代の適者生存 ── 生まれ変わるために“今”すべきこと」をテーマに、業種や産業を跨いだAI、ディープラーニングの活用事例が業界のトップランナーにより語られました。
「AIが浸透しはじめた今、企業と個人の生存戦略は?」と題して行われた、シンギュラリティ・ソサエティ代表理事 中島 聡氏、東京大学 松尾研 特任助教/株式会社Daisy CEO 大澤 昇平氏、株式会社ABEJA 執行役員の菊池 佑太氏によるパネルディスカッションは、AIの現状認識ひとつとっても意見が割れる、激しい議論となりました。
中島 聡氏
一般社団法人 シンギュラリティ・ソサエティ
代表理事
早稲田大学大学院理工学研究科修了。大学時代に日本のCADソフトの草分けである「CANDY」を開発。大学院修了後はNTTに入社したが、わずか1年で設立間もないマイクロソフト日本法人へ転職。3年後、米国本社へ移るとWindows 95、Internet Explorer 3.0/4.0等のチーフアーキテクトを担った。2000年代に入り、独立を果たすとXevo、neu.Pen等を起業。2018年8月には「 i-mode を世に送り出した男」として知られる夏野剛氏を共同発起人として、NPO法人シンギュラリティ・ソサエティを設立。テクノロジーを操り、シンギュラリティの時代にふさわしい「未来の設計者」である若者を支援するため、精力的に活動をしている。毎週火曜日発行のメルマガ「週刊 Life is Beautiful」の執筆を今も継続中。主な著書に『なぜ、あなたの仕事は終わらないのか スピードは最強の武器である』(文響社刊)、『結局、人生はアウトプットで決まる 自分の価値を最大化する武器としての勉強術』(実務教育出版)がある。米国シアトル在住。MBA(ワシントン大学)
https://www.singularitysociety.org/
大澤 昇平氏
東京大学大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻 特任助教 /
株式会社Daisy CEO
文京区で猫と暮らす東大教員。専門はAIとブロックチェーン。学生時代に師事した松尾豊の研究室に助教として所属。19歳で経産省から未踏スーパークリエーターの認定を受け、起業。IBM Researchにて社長賞を1年半で受賞し、現職。現在は自ら創業した会社の社長を兼務し、ブロックチェーンによる未来予言AI「Daisy」を提供する。
菊池 佑太氏
株式会社ABEJA
執行役員
学生時代は知能情報工学を専攻。2007年に新卒でYahoo!入社。インターネットユーザーの興味関心情報を膨大なアクセスログから導き出し、最適な広告配信に還元する仕組みを開発。部門全体として1年間で売上3倍を達成、現在の年間1000億規模の売上を作るCore技術の責任者として従事。その後独立を経てFreakOutに入社。FreakOutではDivision Manager・Product Manager・TechLead・Data Scientistを兼務し、機械学習によるダイレクトレスポンス広告のClick / Conversion率の改善施策を担当。CPA指標を劇的に向上させた実績を持つ。 2017年4月からABEJAに参画し、ABEJA Platformを活用した新規ビジネスの開発に従事している。2018年3月よりABEJAの執行役員、同年4月よりCA ABEJAの取締役副社長に就任。
AIはバブルの渦中か? 3人の現状認識
ひとつめのトークテーマは、「AIの現状をどう捉えるか?」。 3人の現状認識を聞きました。
――中島
「AIへの注目度はまだ上り調子です。そうすると、企業にはお金が集まるし、勉強する学生も増えるし、メディアも騒ぐ。今はバブルだと思いますが、人を育て、技術を育てる健全なバブルだと思います。まあ、どこかでドーンと落ちるとは思っているんですけど。GoogleやMicrosoftなどのように、しっかりしたビジネスモデルを持つ企業から、AIへのチャレンジが生まれてきている状況です」
しっかりした収益基盤を持つ企業が、蓄えた財力を元手にハイレベルなAIへのチャレンジを加速させる。今日、AI関連のニュースを聞くときは、GAFAMの名前があることが多いです。
※GAFAM……(Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoftの頭文字をとってそう呼ばれる)
――菊池
「バブルとは思っていませんが、AIのポテンシャルはめちゃくちゃ高いと思っていて。今後あらゆる生活に溶け込んでいくと思うんですよね。意識するものではなく自然に存在するものとして認識されるようになります。
直近では、成功事例と失敗事例が明確に分かれてくると思います。失敗事例に触れてしまうと、AIに対して尻込みしてしまうユーザーも多い。そこを乗り越えていただくため、ABEJAでは経験と事例に基づく知見を広く公開しています。
今後、アルゴリズムの汎用化、パッケージ化が進むにつれ、戦略からデータを、データから戦略を相互に作っていく必要が出てきます。そのために、まずはAIに対するリテラシーを高めていただき、ベンダー、ユーザー相互に助け合って失敗の壁を乗り越えることが重要だと感じています」
数々のAIユーザー企業を支援してきた経験から、知見をシェアするABEJA。その姿勢はカンファレンス「ABEJA SIX」の開催を見ても現れています。
では、日本のAI研究の中心地とも言える東京大学松尾研の大澤氏は、AIの現状をどう見るのか? 大澤氏は、そもそもバブルの定義とは何か? と中島氏に異を唱えます。
――大澤
「松尾研は研究室としては特殊で、基本的に学生は全員起業させるスタンスを取っています。企業のお手伝いをするなかで、やはりディープラーニングは圧倒的なブレイクスルーだなと。ただ、僕は現状をバブルというのは違うと思っていて、むしろAIの価値自体はもっと上がると思っています。中島さんはバブルの定義はなんだと思われますか?」
――中島
「バブルというのは、期待値が実質の価値よりも高い状態のことでしょう」
――大澤
「期待値と実態が合っていない状態である、と。私は、皆がAIの価値を正しく知ればもっと上がると思っています。もちろん(マーケティング的にAIという言葉を使っている)危ない企業のバブルは弾けるでしょうが、AIのニーズ自体は今後も下がらないんじゃないでしょうか?」
――中島
「もちろん、AIは今後20〜30年以内には当たり前の技術になるので、
使いこなせない企業は消えていくと思います。少なくとも、
上から『AIやれ』と言われてやっているところは絶対にうまくいかないでしょう。
つまり今、人をたくさん抱えていて、どう切っていいか分からないような企業がAIを導入したところで何をできるわけもなく、そこの投資はバブルなんですよ。でも私は、役者が変わると思っている。いわゆる大企業ではない、失うものが何もない新しい企業が突然ポッとビジネスを奪っていく。
20年後に今の銀行はほとんどなくなっていますよ。今の銀行が、何をどうすべきかの答えを持っているとは思わないし、理解もしていないと思います。もたもたしてないでさっさと新しいフィンテック作れよ! と思いますけどね。日本企業は人を切れないから何も変われない」
「既存業務の効率化」だけのためにAIを利用する企業は淘汰され、本質的に自社のビジネスと統合できている、新しいプレイヤーだけが生き残ることができる。まさに、今回のカンファレンスのテーマでもある「適者生存」の時代が来ると言えます。
AIの民主化で、エンジニアの価値は希薄化する?
では、今後もAIの価値は下がらないという前提を踏まえ、これから日本企業がすべきことはなんなのか? 「企業がAIに取り組む上での問題は3つある」と ABEJAの菊池氏は語ります。
――菊池
「我々が向き合っているユーザー企業の中でも、おおよそ問題は
お金、人材、データの3つに集約されます。この3要素で負のスパイラルが回っており、そこから脱却できない企業が多い。採用、教育への予算がないので、人が育たない。人が育たないからデータから戦略を考える環境が作られないというふうに。
私はもともとデジタルマーケティング畑の出身なのですが、デジタルマーケティングの世界では、すでに10年ほど前からAIの活用が進んでいます。効果に対して、いくらでどの広告を誰に当てるのかなどを考えアルゴリズムを設計するため、デジタルマーケティング業界の人たちのAIリテラシーは高い。
一方、リテラシーが高くない企業もあります。そのような企業には、お金をかけて人を採用するか、人を教育するかの2択しかないわけです。その結果、AIを使う前段階のデータを作るところに時間が取られてしまう。
そうなると、事業設計に時間を7割方取られ、AIの導入時期がずれ、結果的に全体へのAIの浸透が遅れる……ということになりかねない。なのでまずはデータを利活用できる環境にしていくことが重要です」
――菊池
「今あるデータから事業としての改善戦略を練る、またその逆として戦略に必要なデータを定義するなど、ビジネスとテクノロジーを行ったり来たりできる感覚を持つ人は、アカデミックな世界でコンピューターサイエンスを学んだ後にそのまま独立したスタートアップのCEO、CTOにはいますが、社会全体に浸透しているかというとそうではありません。
プログラミングが義務教育で必修になっていますが、それよりもデータ分析を取り入れていくべきです。プログラミングは問題解決や、データを分析することに本質があり、プログラム自体はただのツールでしかありません。
AIについての知識がない方でもモデル作成や運用をスムーズに行えるようなツールが出てきているので、エンジニアの価値はこれから希薄化していくでしょう。使う側と作る側の垣根もどんどんなくなっていく。まさにAIの民主化がやってくると思います」
――大澤
「今はエンジニアが神格化されすぎていますよね。それほど属人化してしまっているのもありますが。今は誰でもAIが作れる。今目の前にいるみなさん、AIは3ヶ月で勉強できますよ(笑)」
――中島
「エンジニアの価値が希薄化するかは分かりませんが、そもそも、
データを集めることの大事さを分かっていない人が多いんです。
アリババ、テンセントといった企業がこぞってデータを集めているのは『人や企業のファイナンシャルリスクが把握できる』ことの優位性を知っているからです。どのくらいのリスクでお金が返ってこないかが計算できる。そんなことができるデータを持っている銀行は日本にないでしょう。危機的じゃないですか。
本当に、銀行は今日にでもfreeeとかの会計ソフト企業を買うべきですよ。そうすれば企業のキャッシュの流れを覗ける。与信ができる。まずはデータを得るところから、という発想がないんだと思います」
では、データの重要性を浸透させるのに、日本企業はどのように変わっていけばいいのか? 議論は日本企業の構造的な問題点に移っていきます。
――中島
「とりあえず、デジタル・デバイドの向こう側にいる人には早く退いてもらうしかないと思います。トップがITを理解していないので辞めて起業したいが、起業しても食べていけるか分からないからどうしよう、という人からよく相談を受けます。
そんな人には『思いっきり暴れろ』と伝えています。どの道、そんな会社は今後10年も持ちません。上司が馬鹿だったら従わなくてもいい。起業できなければ社内でも好き放題やったらいい。そのくらいの元気がある人が騒がないと、日本の企業はダメになると思います」
――大澤
「まあその人たちにも家族がいますからね。リスクは取りづらいと思いますよ」
――中島
「長期的に見れば、そんな会社にいるほうがもっとリスクです。日本企業はスペシャリストを嫌いジェネラリストを好みますが、こと
ITにおいては手を動かしてプログラムを書ける人が強い。
海外企業はそれを知っているからエンジニアに莫大な額を投資しているのに、日本企業がお金を払うのは下請け会社の派遣さん。未だにSIerというビジネスが成り立ってしまっている現状には、危機感を感じています」
AI導入は子育てである
――大澤
「でも、今AIで稼ぐとなったら、受託で稼ぐSIerしか選択肢がない気がしますが? 企業から受託を受けて、代わりにAIソフトウェアを作るところでしかお金を取れない」
――中島
「SIerはビジネスになるからやっているので、それはそれでいいですが、本当のエンジニアは育ちませんよ。手を動かしていないから」
――大澤
「そもそも本当のエンジニアは必要なのか?というと疑問で。Googleがエンジニアにお金を払ってるから大きくなったのか、大きいからエンジニアにお金を払えるのかは議論の余地がある気がします。Googleのビジネスって広告ですから、そもそもエンジニアリングバリューって必要なんでしょうか?」
――中島
「全然、100%違います。優秀なエンジニアが引っ張っているからこそ、儲けられる会社になったんです。エンジニアへの投資を終えたら終わりますね」
――菊池
「私も大澤さんに近い考えで、先程も申し上げた通りエンジニアの価値は希薄化すると思っています。
AIは今後どんどん人間の脳を模倣していき、より人間の脳に近い機能を果たすようになるかと。それが進むと、人間がAIの中身をチューニングできるポイントはますます少なくなっていきます」
――菊池
「よく言うのが、子育てのプロセスです。思い浮かべてほしいのですが、子供は立ち上がったり、話せるようになったり、自分で着替えができるようになったりと、さまざまな形で成長します。AIもどのようなデータや戦略で育てていくのかを考える過程で、まったく同じプロセスを踏みます」
――大澤
「僕の大学での専門は強化学習ですが、授業で作ったAIでトーナメントをさせるんです。格闘ゲームで。
そこではプログラミングがうまいやつじゃなく、子育てがうまいやつが勝つんです。コーディングじゃなく育て方がうまい、というか。コードが長いよりも少ないほうが勝ったりします」
――菊池
「親子でも親が最初ケアしますが、最終的に子供が自立する過程を見守りますよね。AIにおいても長く時間がかかるのは大前提。長時間かかったとしてもAIが自立していくプロセスを理解した上で、AI導入を推進していただくといいと思います」
子育てをするようにAIを育てる。そう考えると、AIで短期間で成果を出そうとする姿勢が、いかに間違っているかが分かります。2018年は、短期間で成果を出そうとするあまり、PoCを繰り返すことを揶揄する「PoC貧乏」という言葉も流行しました。
局所最適では、すべてを最適化した企業に負ける
最後に、AIを導入しようとしているビジネスパーソンに向けて、3人からメッセージがありました。
――菊池
「新入社員すべてをデータサイエンティストにするくらいの、大胆な転換が必要です。おおげさですが、極端に振らなければ、データの考え方が浸透しません。加えて、パッケージ化などを進めていかなければ、AIの限界費用は下がりません。AI=高価なものという思考から抜け出せない。規模の経済を働かせて限界費用を下げるとともに、人材教育に投資していくべきです」
――大澤
「世の中、実力があっても飼い殺しにされている若手が多いです。そんな若手を大事に、ちゃんと評価することをしてほしいですね。具体的には、1on1を実施してあげてください。実力がある人の宝探しをしてもらいたいです」
――中島
「この会社は10年で潰れるという、危機感と覚悟を持ちましょう。『上司に言われたから』『目の前の仕事が』などの言い訳をせずに、上からのミクロしか見ていない指示とどう戦うか。それをしなければ、局所最適になり、すべてを最適化した企業に負けますよ」
登壇者のひとりである中島氏がかつて在籍したMicrosoftには、「失われた10年」とも呼ばれる、停滞した期間があります。そこからMicrosoftが復活したのは、クラウドに注力するという決断をし、大胆にビジネスモデルの構造改革を実施したからでした。
健全な危機感を持ちつつ、大胆に自社のビジネスを根こそぎ変革する決断をできること。そしてそれを可能にするカルチャーが、AI時代に「適者生存」する術なのかもしれません。
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