スカルファロット家の騎士と報告書
本編「尾行と星空」(https://ncode.syosetu.com/n7787eq/88/)後の護衛達のお話です。
「十五ぐらい、いや、十二、三ぐらいかも……」
「いや、今どき初等学院生ですら、デートで手をつなぎますよね?」
「俺に振るな、報告書の文字が歪む」
いろいろとこらえつつペンを動かせば、近くで騎士仲間が付けていた暗器を外し始める。
長剣を持たぬ代わり、腕に二本の短剣、腹回りに隠し盾と投げナイフ四本、長靴に二本。
自分も似たようなものだ。
本日の任務はヴォルフレード様の護衛。
万が一、外出中にトラブルに遭ったときのための対応だった。
「ヴォルフレード様に気づかれるとは思わなかった……グイード様からのお叱りが怖いな」
港近くの通りを二人で尾行していたところ、酔っ払いがぶつかってきた。
強く当たらぬようには避けたものの、一人の騎士の隠し盾の位置が少しずれた。おかげで投げナイフが当たってしまい、わずかに音を響かせた。
今日に限って――いや、今日は大事な『連れ』がいたから気づかれたのだろうが。
角を曲がった瞬間、赤髪の女性を腕に抱き、夜空へ飛んだ。
羽根があるかと思えるほどの跳躍にまったくついていけず、見事に見失った。
その後は、塔と兵舎近くで先回りして張り込み、無事に戻ったところを確認し――ようやくスカルファロット邸に戻ってきた。
正直、
「大丈夫だろう。一応、お二人の発展につながる可能性を……つながってくれ、俺達の首と共に!」
不穏なことを言う仲間に苦笑しつつも、丁寧に文字を綴る。
報告書というものは私情をはさまない。
誰とどこへ行った、こういった行動をした、その箇条書きだけ。
ただ、この報告書は、
ヴォルフレード・スカルファロットと、赤髪の魔導具師の、デートと呼びたいが微妙なお出かけ。
家から離れるように、魔物討伐部隊の
王都の南区、緑の目の女性と歩く姿に、幼い頃の彼が重なった。
最初にヴォルフレードと会ったのは、まだ母ヴァネッサが存命だった頃だ。
自分はスカルファロット家で働くようになったばかりの新人騎士で、庭で警護となった。
ヴァネッサは、子供につけるとは思えぬほどに厳しい稽古をヴォルフレードに課していた。
目の前の庭で練習をしていたため、地べたに転がる彼に駆け寄りたくなることも多くあった。
だが、彼は泣くことも動きを止めることもなく、泥だらけになっても母と向き合っていた。
どうにも気になり、先輩騎士に警護報告に混ぜて話すと、声をひそめて教えられた。
「ヴォルフレード様は身体強化だけで外部魔法がない。あれは己で身を守るのに必要なのだ」
上の三人の兄達は、皆、魔法が使える。
特に、長兄であるグイードはすでに氷魔法の使い手として有名なほど。
何かあれば魔法で身を守ることも可能だ。
だが、ヴォルフレードにはそれができない。
稽古が終わった後、毎回ヴォルフレードをぎゅうぎゅうに抱きしめていたヴァネッサに、ようやく理解した。
自分は新人で、庭で立つだけの警護役だ。
ヴォルフレードとは会釈する以外のことはほとんどなかった。
だが一度だけ、庭での鍛錬の後、自分に話しかけてくれたことがあった。
「明日は領地に行って、グイード兄様と、母上と、馬に乗るのです!」
金の目を輝かせ、天使のように笑う少年に、自分も思わず笑み返した。
「ヴォルフレード様、皆様にとって、楽しい時間となりますようお祈り申し上げます」
「ありがとうございます!」
そうして、彼は母と手をつなぎ、屋敷へと戻って行った。
それが、二人をそろってみた最後だった。
翌日、馬車は移動中に襲撃を受け、ヴァネッサは野盗と戦って亡くなったと聞いた。
続いて次兄が遠乗りに出て亡くなり、護衛騎士がそれを追い、次兄の母である第二夫人は屋敷を出た。
その後に神殿から戻ってきたヴォルフレードは、同じ顔の別人だった。
あの無邪気さと快活さは片鱗もなく、その金の目は誰も映さず、見るほどにさみしかった。
彼はすぐ別邸へと移り、滅多に見かけることもなくなった。
思うところは色々とあったが――
上役の騎士に『教えられた事実を受け取り、一切の詮索をするな』と言われ、従った。
だが、今日、あの日以来初めて、ヴォルフレードの心からの笑顔を見た。
緑色の目に偽装する眼鏡をかけていても、はっきりわかった。
どれだけおかしい話をしているのか、二人そろって、恋人というより子供同士のように笑っていた。
まさかそんなふうに報告書に書くわけにはいかないが、グイードへ提出するとき、『ヴォルフレード様は本当に楽しそうに笑っておられました』ぐらい、口頭で告げてもいいのではないか――
口元がゆるみかけたとき、騎士服に着替えた仲間が不意打ちした。
「しかし、腕を組まず、袖をつかんで……じつに初々しかった……」
「俺もあんな時代がほしかったです……」
「やめろ! お前達は本気で報告書の邪魔をしたいのか?」
思い出して肩が震え、ペンを紙から慌てて離す。
危うく最初から書き直しになるところだった。
「いや、でも思わなかったか? あの年でも、あの二人だとおかしくないから不思議だが……」
「あの純粋さを俺はどこへ置いてきたのだろう……」
「本当にやめろ……報告書がいつまでも書き上がらないだろう……」
困ったふりで片手で目元を押さえる。
思い出す笑顔に、どうにも目が痛くて――
報告書を書き上げるには、まだ少し時間がかかりそうだった。