313話 名
神王国王都。
王宮の青狼の間に集められた面々は、居住まいを正して静かに座っていた。姿勢を正したまま黙っているのは、これから国王臨席の会議が有る為である。
尚、青狼の間ということは、ここに集められた人間は全員が貴族階級以上ということだ。大勢の人間がしわぶき一つあげずに着座を崩さない。
「一同、大義である」
部屋に最後に現れたのは、神王国国王のカリソンである。
「さて、かねてよりモルテールン子爵に申し付けていたドラゴンの飼育について、子爵から報告があった」
国王の言に、集まった貴族たちは色々な思惑で満たされる。
「詳しいことはジーベルト侯爵より説明してもらおう」
「はっ、
指名されたのは内務尚書たるジーベルト侯爵だった。
立ち上がった男は、集まった面々にも馴染み深い、宮廷貴族のドンである。
「では、私より経緯をご説明いたします。」
資料なのだろうか。
幾つかの羊皮紙の巻物を手元に置きながら、その一つを広げて確認しつつ、内容の要点らしきものを話し始める。
「そもそもの始まりは、ボンビーノ子爵家並びにモルテールン子爵家が、大龍を討伐したことに遡ります」
まずは前提の説明から。
集まった貴族には遠方から来た者も居て、事情をよく知らないまま集められたものも居る。そもそも領地貴族は中央の政治については疎くなりがちであるし、まして今回は秘匿性の高い事柄について取りざたされていた。情報伝達の精度に各家ごとのばらつきがあり、遅いところだと人伝の噂でしか情報を得られない人間すらいる。例え龍という特大の情報であっても、例えばモルテールン家とボンビーノ家が連合して倒したことなどは、知らなかったとしても不思議なことではない。
「両家の奮闘もあり討伐された大龍は、モルテールン家が引き取ることとなりました」
この辺りから、流石に殆どの人間は知っていることになる。
モルテールン家が自らの城に大龍を飾っているなどといって、大げさであったり、微妙に違ったニュアンスだったりで情報が伝わることはあるのだが、全く知らなかった人間はほぼ居ないだろう。
「モルテールン家では龍の解体を進め、素材については王都にて広く販売されたことはご承知のことと思います」
更に、王都で行われたオークションに至っては、知らないものはいまい。
貴族たるもの、龍の素材の一つぐらいは持っているべきだ、といった風潮もあった為、皆がこぞってオークションに参加したのだ。
つまり、ここまでが全員の知識について足並みを揃える前振り。ここからが、本題ということになる。
「そうして解体した結果、龍の残留物から卵と思しきものが発見されたのです。これを王家へ渡す際に窃盗騒ぎがあり、やむなくしばらくの間モルテールン家の手元に留め置かれたわけですが……留め置かれている間に、龍が卵より孵るという事件が起きました」
ここで、一旦場がざわつく。
龍の卵が見つかったということ、王都でその卵の窃盗騒ぎがあったこと、卵がモルテールン家の手に預けられていたこと、卵が孵化出来る卵であったこと、更には卵から龍が孵って龍の子供が生まれたこと。
貴族家とはいえ情報には偏りがあるわけで、全部について初めて聞いた人間も居れば、ほぼ全部知っていた人間も居た。
だが、どれをとっても一大事である。一つだけでもひと月は社交界を賑わせるであろう内容が、幾つも並べられた。ざわついてしまうのも仕方がない。
しばらくの間、ざわつきが収まるのを待っていたジーベルト侯爵。時間にして五分は待っただろうか。流石にざわざわとした雰囲気が落ち着いたところで、話を続ける。
「孵ってしまった龍がどのようなものか、その時点では全くの不明。何を食すのかも不明ですし、どの程度の力を持つかも不明でありました。まかり間違って王城で不利益をまき散らす可能性も懸念されたため、ひとまずは引き続きモルテールン家で預かるという決定が為された次第です」
集まった面々は一瞬戸惑ったが、龍の
全員の顔にある程度の納得感が浮かんだところで、ジーベルト侯爵は席に着く。
変わって話を続けるのは国王カリソンだ。
「ご苦労。既に件の
国王が目線を向けた先には、じっと気配を押し殺していたモルテールン子爵カセロールが居た。
ここで下問があったからには答えないわけにもいかない。
「はい」
短く一言、首肯したカセロール。
詳細についても既に報告済みなので、自分からは多くを語るつもりもないと、じっとしていた。
しかし、周りの空気がモルテールンに沈黙を許さない。国王や内務尚書の言葉といった二次情報でなく、モルテールンからの一次情報を直接聞きたいと誰しもが望んでいる。
「ふむ、詳しく聞こう」
場の空気を読んだ国王が、カセロールに対して続きを促した。
「さすれば、まずはドラゴンの食性を調べるにあたって、王都から研究員を雇用して作業に当たりました」
大龍について最初に調べねばならなかったのは、生育が行えるかどうかだ。
それが出来なければ早晩死ぬ。特に食べ物については調査の意義は大きく、“人間の肉”以外で育てることが出来るかを調べるのは最優先事項だった。
そこで、モルテールン家は王立研究所に出向き、有力な情報を既に持っていたと思しき研究員を“穏便に”雇用することとした。
更にそれらの研究員の協力と、モルテールン家独自の調査研究により、大龍の食事を含めた最低限の育て方を確立したとカセロールは説明した。
部屋の中のお歴々は、大龍の研究が一歩も二歩も進んでいるという現状を知り、どよめく。
「ドラゴンは、何を食べるのか」
「さすれば、ドラゴンは雑食性と判明しています。より正確に言えば、果実、芋、家畜の肉、飴、魚、葉野菜、果ては木材なども食べてしまいました」
「何でも食う、ということか。人間も食うのか?」
「人に噛みつくようなことは現状有りませんし、身体の大きさ的に当分は人間を餌とみることは無いと思われます。将来は分かりません」
「それでは、先々には人間を喰らうかもしれぬではないか」
大龍の被害を実際に受けたものや、大龍の伝説をおとぎ話として口伝してきたものなどは、カセロールの話に不安を煽られた。
今のところは人間を食うような真似はしていないが、雑食性ということで肉も食べるのが確定している。人の味を覚える前に、始末しておいた方が良いのではないか、との意見もチラホラ出ていた。
「勿論、将来のことは分かりません。しかし、当家の調べでは人を食う懸念は極小に出来得ると思われます」
「どういうことか」
「大龍は、人間を好んで食しているのではないと判明したのです」
「詳しく説明を」
皆が興味のあることだったのだろう。カセロールに更なる説明を促す声に、賛同する声が重なった。
「先に申し上げました通り、龍は雑食であることが早いうちに確認されました。そこに我が息子が、特定の条件によって明確な嗜好の違いを見出すことに成功しております」
「明確な嗜好?」
「はい。例えば龍金を用いて育てられたベリーに著しく反応を示したそうです。同じように育てながら、龍金を用いず育てたベリーにはさほど大きな興味を示さなかった。同様に条件を比較しながら、同じ食物を与えるという実験を行いました」
「ふむ、面白い」
普通、何かしら好物を探るとなれば与える餌の種類を色々と変えて試してみるところだ。
芋と葉っぱなら芋の方が好きそうだ。ならばじゃが芋とサツマイモと里芋ならばどれが好みだろうか。蒸かした方が良いのか、生の方が良いのか。
といった比較検討をするのが普通のやり方だ。
しかし、ペイス達はある意図をもって、一つの条件のみを変えただけで全く同じものを与えてみたのだ。
「結果、ドラゴンは魔力を多く含むものを好んで食すことが判明いたしました」
「魔力だと?」
「はい。幸いにしてモルテールン家には魔法使いが居ります故、魔力に不足はなく、ドラゴンをひと月の間育てることに成功。現在の所健康とみられ、これを以てドラゴンの生育に関する知見を得たと判断した次第です」
大龍が孵化する際に魔力をごっそり奪っていった、という情報は伏せられている。そんなものは貴族が聞いたところで意味は無いだろうし、一時的にとはいえ大龍がモルテールン家の金庫室の守りを弱体化させていたのだという話は、外に出しにくい情報でもあるからだ。
「暴力性は見られるのか?」
「いいえ。息子に非情によく懐き、愛くるしささえある程だと。人に害を為した例は報告されていません」
今のところ、大龍の赤ん坊は大人しいものだ。ペイスにじゃれつこうとするところは変わらないが、ある程度はペイス以外の家人にも慣れてきていた。
カセロールなどは、生まれて初めて龍の頭を撫でたことに年甲斐もなく興奮したほどである。
更には、躾けについても殊の外上手くいっていて、トイレの場所もきちんと覚えたし、食事についても待てを覚えた。
多少の芸を覚えたのだと思えば、大龍というものは中々に賢い生き物であるらしい。
「よくやった。ならば、これ以上はモルテールン家だけではなく、より多くの者にも協力を頼むべきであろう」
「御意」
元々モルテールン家は、龍に危険が無いかを見極める先導役であった。その役割を十全に果たしたというのなら、後のことは他に任せるのが筋というものである。
「重ねて、モルテールン子爵の功績には厚く報いよう。まずは、勲章といったところか」
「あり難き幸せ」
「うむ」
金は腐るほど持っているモルテールン家。新たに与えるのであれば、名誉であろう。
龍を手懐けるという功績をたてたのだから、賞するのが当然。
カセロールの胸に、また新たに勲章が増えることが決まった。
「では、後を引き継ぐのは誰が為すか」
「当家にお任せを。魔法使いを二人抱えておりますれば、龍の育成に関しては最善であると自負いたします」
「いや、それなら我々も同じ。翻って我々に龍を賜れば、もって国防に寄与すること疑いようもない」
「いやいや、それならばうちが」
カセロールは既に他人事のつもりで聞き流していたが、龍の恐怖が薄れれば、後に残るのは利益である。誰が龍を引き取るのか。実に醜い駆け引きが始まっていた。
そして、ある程度予想された利益の綱引きを、傍観している者は他にも居る。
国王カリソンだ。
彼は、騒がしい中からカセロールを傍に呼び、小声で尋ねる。
「ところで、龍には名前を付けたのか?」
「はい」
カセロールの顔が、一瞬歪む。
息子が、まさかあんな名前を付けるとは思っていなかったのだ。
「ピー助、と」
歴史に名を遺すであろう偉業の証として、あまりに気の抜ける名前である。
国王は、龍の名前にゲラゲラと笑いをあげるのだった。
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