地獄への道、破滅への道4
身の程知らずはよく吠える見本というのがヴァンですね。
「わたくしの夫は王家やラティッチェに関わることになるわ。
政の中枢にあり、この国のリーダーシップをとるほどのカリスマ、人脈、財力が必要なの。そして、それがあると証明できる実績がないと、候補にすら出せないわ。
お忘れになって? もうすでに陛下にきつく断られてしまっているのよ。
マクシミリアン侯爵家はわたくし以外の誰かに事業を貰うか……ドミトリアス伯爵のように何か大きな武勲を立てるのも手ね。
わたくしの手を借りず、成功して力を証明しなければ何も得られないのよ」
最初の事業を多少不備があっても成功させていれば、まだ何とか出来たかもしれない。したくはないけれど……
不自然でない程度には取り立てねばならない。
でも、あの酷い失敗でラウゼス陛下もフォルトゥナ公爵家一家も相当お冠なのよ。勿論、ラティッチェ家でもね。
「そこを何とかならないのですか!」
「ならないわ。わたくし、あの消えたお金にしてもそうだけれど、耳を揃えて返せなどと求めていないし、資金の詐取と訴えもしていない。賠償どころか利息も付けていないのよ? 貴方がたは今までの不敬罪だけでなく横領罪で問うことができるけれど敢えて不問にしているの。
それだけで十分過ぎる程の目こぼしをしていると、周囲に不審がられているの。
庇い切れないわ。これでも十分譲歩しているし、これ以上の特別扱いは貴方がたの不利になるの」
実力がない、金魚の糞であると肯定するようなもの。
本当の意味でわたくしの夫に臨むなら、自力で達成し、引き寄せる力を持っていないと。
マクシミリアン家にはもう十分なほどの不名誉なレッテルはついています。そして、それを剥す実力も忍耐力もない。だからわたくしに集ろうとしている。
「貴方がわたくしの欲しいものを持ってきてくれれば、考えてもいいのだけれど……」
まあ、考えるだけですが。
在り来たりな匂わせにも、ヴァンは疑いもなく食いついてきた。
それはそうよね、マクシミリアン家はわたくし以外に頼る寄る辺がないのですから。それが毒藁だろうが腐った藁だろうが縋るしかないのです。
「それは何ですか!? すぐにご用意します!」
「マクシミリアン侯爵が大事に保管しているのよ」
魔法の契約書で確認したけれど、あれはかなり決定的な言葉を出さなければ約定に抵触しないはずです。
マクシミリアン侯爵にとっては、劇薬であると同時に命綱でもある。
さぞ、大切にしていることでしょう。
「最近は見せてもくれないの。酷いと思わなくて? 状態も大事なのに」
「俺が持ってきます! そうすれば俺を助けてくれるんですよね!」
ようやく縋りつけるようなものを見つけたと必死に詰め寄ろうとするヴァン。
ベラやアンナの鋭い視線に、あからさまに不機嫌そうに引き下がる姿が、非常に小物という印象ですわ。
もはや『マクシミリアン侯爵家』ではなく自分さえ助かればいいのね。
それくらいの本心、隠せないと生き残れなくてよ?
「そうね。マクシミリアン侯爵家がダメでも、男爵か子爵くらいであれば融通できるわ」
あれがバレれば、マクシミリアン家のお取り潰しは免れない。
この男が大きな権力や財力を持っても、すぐに身持ちを崩すことは解り切っている。
貴族より騎士候あたりの方がまだ無難だとすら思うけれど、プライドは高いようだから納得はしないでしょう。
聡明な部下を付ければ問題はないけれど、この貴族の恥部みたいな男に永代爵位はダメね。一代爵位が無難でしょう。
領地経営や交易に全く興味がないようですし、大きな領地を与えても荒廃させるだけだわ。
「低すぎる! そんなのあんまりです! それだけならばラティッチェの、ローズ商会の工房をもらい受けることはできませんか!?」
思わずまた扇を落としてしまった。
アンナすら目を見開いて、信じられないようなものを見て足を止めてしまっています。
アンナだけはないです。殺気立っていた護衛も、静かに淑やかに怒気を燃やしていたメイドたちも、とんでもない発言に度肝を抜かれています。
あり得ない。この男、どこまで傲慢なのでしょうか。
「あれはわたくしの大事なものよ」
この男、わたくしの話を聞いていたのかしら。
ぽかんとした顔をしているヴァンだけは、訳がわからなそうな顔をしているのが怖い。
「ラティッチェの、アルベルティーナ様のモノなら問題ないのでは? 将来、俺が持つものになるでしょうし」
ふ……
ふざけるな!!!
あれは! わたくしがラティお義母様に素敵なドレスを着て欲しくて作った商会よ!
そのあとわたくしの我儘で複合事業となりましたが、お父様やキシュタリアに美味しいものを食べて貰うためやジブリールやミカエリスに似合うプレゼントを贈るために試行錯誤したものが沢山あるの!
わたくしの我儘を、お父様が受け入れ赦し、ジュリアスがあそこまで育ててくれたの!
思わず怒鳴ろうと口を開こうとしたが、声が出ない。
むしろ喉や胸に詰まるような感覚を覚える。
「今はあのジュリアスとか言う商売汚い使用人が大きな顔をしているそうですが、あれのもとの生まれは下級貴族ですらないのでしょう? 早く叩きだした方が良いでしょう。
あんな出自も怪しいドブネズミ――」
声は出ずとも、立ち上がることはできた。顔が怒りで紅潮するのが分かった。
淑女としてあるまじき激し音を立ててしまったが、急に立ち上がったので立ち眩みを起こして床にへたり込んでしまった。
すぐさまアンナが支えてくれたので、床に体を打ち付けることはなかった。
「姫様!」
「アンナ……ごめんなさい、すこし眩暈が……」
「お気を確かに! 顔色が良くありません……早く侍医を! ヴァニア卿を呼んでください!」
アンナがいてくれてよかった。アンナのエプロンドレスを無意識に握る。
周囲が一気に騒がしく、バタバタする。ベラが指示を飛ばし、足が速い騎士がヴァニア卿を探しに走り去っていく。ヴァンはわたくしの体調不良に棒立ちになっている。
アンナの声が、匂いが、握ってくれる手が泣きたくなるほどほっとしてしまう。
「おい、使用人。気安くアルベルティーナ様に触るんじゃ――」
うるさい、だまれ。
アンタなんて嫌い。近づかないで。きらい、きらい、だいきらい、
嫌で嫌で仕方がないのに、立ち上がることも身を捩ることもできない。
汚い声で使用人たちを恫喝しながら、ヴァンが近づいてくる。怖い手を伸ばしてきて、身がすくむ。心臓が絞られるような恐怖に、心ごと強張る。
おとうさ、ま。
わたくし、強くなりたいのです。
つよく。
わたくし、もっと早く生まれたかった。お父様を守れるくらい強くなりたかった。
お父様、わたくしは幸せよりも力が欲しい。
「ヴァン・フォン・マクシミリアンを王族暴行容疑、および殺人未遂で捕らえろ」
霞む視界の中で、何かがわたくしとヴァンの間に立ちふさがる。
酷く冷たい声を聴いた気がした。
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