シーボーズ
ウルトラマン「怪獣墓場」に登場した亡霊怪獣シーボーズ。
亡霊なんていうおっかない別称であり、おまけに剥き出しの骨のガイコツ怪獣。
シーボーズはこれまでウルトラマンに倒された怪獣の怨念が固まり実体化した復讐に燃える呪いの怪獣なのである!
・・・・・・・・・なんて嘘が怪獣ファンに通じるわけがない(笑)
シーボーズは亡霊怪獣なんていう恐ろしげな呼び名とは正反対の、子供っぽく泣き虫で頼りない寂しがり屋の怪獣だ。
そこが母性本能をくすぐるのか「シーボーズかわいい!」という女性ファンが多い。
宇宙のウルトラゾーンをビートルでパトロール中のイデ隊員とアラシが発見した不思議な空間。
そこはこれまでウルトラマンや科特隊に倒された怪獣が眠ったまま静かに浮遊する「怪獣墓場」だった。
しかし怪獣たちのほとんどは地球で倒され、その多くはスペシウム光線で爆発四散し肉体はあとかたもなく消え去っているはずだ。
なぜ死んだ怪獣たちが生きている姿のまま虚空に浮かんでいるのか?
どうやらそれは実態を持たない怪獣の霊魂であるらしい。
そんな目を疑う光景を目にしながらイデもアラシも、通信で連絡を受けたムラマツキャップやフジ隊員まで事実をあっさり受け入れる。
イデは
「生きているときは憎たらしい奴らばかりだったけど、こうして静かに眠っていると可愛いもんじゃないか」
などと呑気なことを言ったりする。
科学特捜隊なのにこんな非科学的なことを認めていいのか?
しかしハヤタだけはただ1人、穏やかな気持ちでいられなかった。
怪獣墓場の話を聞いていたたまれなくなったハヤタは科特隊本部を飛び出し、ウルトラマンに変身し、空を見上げながら心の中でつぶやく。
「許してくれ。
君たちを殺すつもりは無かった。
地球の平和のためにやむをえなかったんだ」
心の中で詫びるウルトラマン=ハヤタ。
ウルトラマンであるハヤタは自分の手で葬ってきた怪獣たちに申し訳なく思っていたのだ。
ウルトラマン本編でほとんどその内面を描写されることの無かったハヤタの珍しい心情吐露であり、心の痛みを伝える名シーンだ。
イデとアラシは地球に帰還。
科特隊本部にてムラマツキャップの発案で怪獣の霊を偲んで供養することになった。
お寺に怪獣の遺影写真を並べ、お坊さんを呼んでお経をあげてもらう。
木魚の鳴り響く中、電話がなる。
黒い喪服を着たフジ隊員はシクシク泣きながら電話に出る。
フジ隊員「はい・・・・・・こちら科特隊本部でございます・・・・・・シクシク」
しかし電話からの通報を聞いたフジ隊員はすぐに泣きやみ、叫ぶ。
フジ隊員「キャップ!大変です!」
ムラマツキャップ「しっ!静粛にしろ!」
フジ隊員「怪獣が空からおっこちてきて都心で暴れています!」
ムラマツキャップ「なんだって!」
神妙にしていた科特隊隊員はすぐさま出撃準備をとる。
お経をあげていたお坊さんは「なんだなんだ?」と目を丸くする。
って、てっきりお寺だと思っていたのは科特隊本部だった。
ビルの立ち並ぶ都心で怪獣シーボーズが泣いていた。
「ボエ~~~~!!!」とでもいうようななんとも情けない鳴き声をあげている。
イデとアラシはシーボーズに見覚えがあった。
怪獣墓場に浮かんでいて「見かけない奴がいるな」、「きっと他の星で倒された怪獣なんだな」と話していた怪獣である。
どうやらシーボーズは怪獣墓場からおっこちてきたらしい。
・・・・・・・って、実体の無い霊魂であるはずのシーボーズが肉体を持っていて、しかも宇宙から落下してくるってどういうこと?
納得のいく説明の無いまま、科特隊はシーボーズに攻撃準備をとる。
シーボーズはビルによじ登り、屋上に立つと鳥のように両手をばたばた羽ばたかせて飛び立とうとする。
が・・・・・・・そのまま落下。
周囲の建物を壊してしまう。
「あの野郎!飛べねえくせに!」
呆れて叫ぶイデ。
シーボーズはどうやら怪獣墓場に帰りたくて泣いているようである。
イデ「真っ暗な墓場に帰りたいなんて・・・・・・・」
フジ隊員「違うわ。怪獣にとって怪獣墓場だけが唯一静かに過ごせる場所なのよ」
なんだか可愛そうになってしまい、シーボーズを攻撃することがためらわれる。
キャップはシーボーズを攻撃するのをやめ、シーボーズを宇宙の怪獣墓場に帰してやることにする。
発射準備中の宇宙ロケットにシーボーズをくくりつけて、宇宙に送り返そうとロケットプロジェクトの博士にかけあってみるとキャップの提案は受け入れられた。
ビートルから発射したワイヤーをシーボーズに打ちこみ引っ張って、ロケットにくくりつけようとするがシーボーズはロケットを倒して破壊してしまう。
ハヤタはウルトラマンに変身し、シーボーズを抱えて宇宙に持ち運ぼうとするがカラータイマーが点滅しやむなく引き返す。
シーボーズ送還作戦は振り出しに戻った。
ハヤタはロケットをウルトラマンの姿に作り直したらどうかと提案する。
シーボーズはウルトラマンが自分を宇宙に帰してくれようとしていることを知っている。
ロケットがウルトラマンの姿をしていればおとなしくロケットにしがみつくのではないか?
そんな大胆な計画が一朝一夕で実現できるはずはないと思うのだが、ハヤタの案はあっさり受け入れられ、あっという間にロケットはウルトラマンの形に作り直された。
しかし、それでもシーボーズはロケットにつかまろうとしなかった。
夕陽をバックにさみしそうにトボトボ歩きながら地面に落ちていた石ころを蹴飛ばそうとするが空振り!
そのまますっ転ぶ。
やりばのない苛立ちを石ころに向けてギャアギャアわめくシーボーズの姿はまるでダダっ子のようだ。
ハヤタはウルトラマンに変身して、シーボーズにロケットに捕まるように説得するが、イジけたシーボーズはウルトラマンの話を聞こうとしない。
ついにカッとなって手を振り上げるがシーボーズは怖がって頭を押さえてヒイー!と泣き始める。
泣く子には勝てないといったふうにウルトラマンはシーボーズを叩こうとした手を止め、やれやれ、という風に肩をすくめる。
しかし、いつまでもこのままではラチがあかず、仕方なくウルトラマンはシーボーズをメタメタに叩きのめす。
シーボーズを叩きのめすウルトラマンの姿が静止画で延々と映し出された後、ついにウルトラマンはシーボーズを投げ飛ばし、シーボーズはようやくおとなしくなる。
ウルトラマンはシーボーズをロケットにくくりつける。
ロケットは発射され、ようやくシーボーズは回遊墓場へと帰っていった。
あばよ、シーボーズ!
静かな怪獣墓場で安らかに眠れ。
「怪獣墓場」はウルトラマンのエピソードの中でも異色の一編だ。
宇宙のどこかに、死んでいった怪獣たちが静かに眠る怪獣墓場がある。
幻想的でなんとも不思議な場所である。
遭難し、行方不明になった船たちの墓場があるという、サルガッソーの伝説が怪獣墓場のものになったのだろう。
「怪獣墓場」は、科学一辺倒ではない、ファンタジーやメルヘンの世界をも受け入れるウルトラマンという番組の懐の深さを伺わせるエピソードだ。
そして「怪獣墓場」はウルトラマンのスタッフが、自分たちの手で生み出してきた怪獣が、番組の中で倒されつづけることに対して可愛そうに感じていたと言うことを感じられるものである。
やられ役の宿命で、現れては常に倒されつづける怪獣たち。
しかし、怪獣は殺されなければいけないほど悪いことをしたのだろうか?
そんなに悪い奴らなのだろうか?
ただ大きいというだけで、力がありすぎるというだけで、人間に邪魔にされ、人間の都合で攻撃され倒されてしまう怪獣たち。
思えば可愛そうな奴らである。
ウルトラマンのスタッフは怪獣をただのヤラレ役として割り切ることが出来なかったのだろう。
自分たちの手で生み出した、いわば自分たちの子供のようなものだ。
たとえ番組の中でとはいえ、殺され死んだまま気にかけないと言うことが出来なかったのだろう。
だからせめて死んでいった怪獣たちが静かに眠れるような場所を用意してやりたくなり「怪獣墓場」という不思議な場所を用意作り上げたのだ。
「ウルトラマン」のスタッフが怪獣に対する愛情が現れている。
怪獣を可愛そうに思うのは、怪獣が大好きな子供たちも同じ思いだったと思う。
ウルトラマンと怪獣の怒涛の対決にやんやと喝采を贈る自分たち。
でも、それでいいのだろうかとふと思う。
怪獣たちが可哀想じゃないかと考える。
自分たちは怪獣が嫌いなわけじゃない。
むしろ大好きなのだ。
なにも怪獣がやっつけられてざまあみろ、と思っているわけじゃない。
それなのに怪獣が倒されるのを喜んでしまうのはよくないのではないだろうか?
怪獣好きだった人は誰もがそう思っていたのではないだろうか?
そうした怪獣好きな子供たちのかすかな自責の念にも「怪獣墓場」は答えてくれているようにも思う。
シーボーズはまるで子供のような怪獣だ。
泣き虫で寂しがりや。
スネたりイジけたりダダをこねたりする子供そのもののしぐさをみせる。
それはスタッフが怪獣を自分の子供のように思っていたことの現れであり、また視聴者の子供たちにはシーボーズを自分たちと重ね合わせて見ていたのではないかと思う。
スタッフは自分の子供のように怪獣に愛情を注ぎ、そして子供たちは、自分たちのことのように怪獣を思い好きになっていた。
「怪獣墓場」は優しい物語だ。
スタッフの怪獣に対する愛情が伝わってくると同時に、怪獣を好きでいてくれる視聴者の子供たちにも怪獣と同じ愛情を送っていた。
スタッフはおそらく子供たちが怪獣と自分を重ねて考えているということを知っていたのではないだろうか?
だからウルトラマンのスタッフは「怪獣墓場」という物語を通して、自分たちは怪獣と、そして怪獣を好きでいてくれる子供たちをこんなにも愛しているんだよ、ということを伝えていたように思う。
スタッフは自分たちが怪獣を愛しているのと同じくらいに、怪獣を好きな子供たちみんなを愛しているのだと言っていた。
怪獣の作り手たちからの愛情に包まれて育った、かつての、そして今の怪獣を愛する子供たちは幸せだと思う。