第166話 奴隷、やりすぎる
反応がない、というより動けないでいるらしく、ライザは俺のゴーレムを見上げたまま、顔を絶望の色に染めてゆく。
俺が指を鳴らすと、巨城のようなゴーレムがライザのゴーレムを殴りつけた。
「あ、……ああ、私の特異魔法が……ははは、あははは、ありえない、こんなことが現実に起きるわけがない。これはきっと夢ね、そうよ、夢なのよ……。こんなバケモノ相手にして、勝てるわけないもの」
粉々に砕け散ったゴーレムの関節部から電撃が延び、再生を始めるも、俺のゴーレムが魔法ごと吸収することでさらに巨大化した。
ゴーレムが攻撃の意思を見せず、ゆったりととした動きでライザの目の前まで顔を近づける。
だが、この行動だけで、ライザは団長とは思えない情けない声を出して尻もちをついた。
「ヒィッ!……ごめんなさい……すみませんでした…………お願い、殺さないで、こっち来ないで……」
涙を浮かべて怯えきっている表情には、さっきまでの団長としての威厳などどこにもない。
ライザのあまりの豹変ぶりに、こちらが言葉を失ってしまう。
団長ともあろう者が、まさかこんな醜態を晒すなど思ってもみなかった。
子どものように怯えているライザを前に、俺にできることは全て終わった、とセレティアに顔を向けるも、その先も自分でやりなさいよ、という表情を返される。
「……ライザ、俺たちはこれ以上、お前たちをどうこうするつもりはない」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
俺の声が届いていないのか、ライザはゴーレムから目を離さず、ただブツブツと謝罪の言葉を投げかけてくる。
「こっちを見ろ」
「ごめんなさいごめんなさい……もうしません……」
いっそのこと、魔法で一度眠らせるか?
そうすれば落ち着きを取り戻すかもしれない……。
「はぁ……ウォルス、そのゴーレム消したほうがいいわよ」
「……そうか、失念していた」
魔法を解除すると、ゴーレムが霧のように風にまぎれ、空へと消えてゆく。
それを確認できたためか、ライザの表情も幾分落ち着き、感情を取り戻していくのがわかる。
「ウォルスはわたしやアイネス、フィーエルが基準になっちゃって、感覚が麻痺してるんでしょうね」
特異魔法の即時複製、それも強化して出したのはダメだったか……。
「少しやりすぎたようだな」
セオリニング王国のボーグやリンネに関しては、
だがそれに対し、今回は突然やってきた、それも暗殺者と疑っている俺に、ここまで力の差を見せつけられたことで、完全に心が折れてしまったと思われる……。
子供をあやすように、ライザと同じ目線となるようにしゃがみ込み、攻撃の意思がないことを理解させるほかあるまい。
「これで理解できただろう。俺がもし暗殺者なら、お前たちじゃ相手にならないということを。だがこのとおり、何もしない。俺たちは暗殺者じゃないということだ」
ライザに微笑みかけながら言ったのだが、引きつった笑顔が返ってくる。
「……わ、わかった、それは理解したわ……それより、あなたたちは、一体何者なの……」
「この国があると言いながら、クロリナ教に頑なに渡さなかったものがあるだろう。それを見せてもらうために、俺たちはここへやってきた」
「あなたたち……教会の者なの?」
「それも違うとだけ言っておく。教皇が死んだのは知っているか?」
「ええ……自裁されたのよね」
教会は教皇の尊厳を最低限保ち、自裁という形で幕を引いたか……。
「教会があんなことになっているのも、全てはさっき言ったもののせいだ。見せてくれるなら、暗殺の件に協力してやってもいい」
「それは私個人じゃどうにもならない……陛下に取り次ぐことならできるけど……」とライザは怪訝な目で俺を見つめてくる。
「どうしたんだ」
「……あなたは、ムーンヴァリー王国の使者ということでいいのよね?」
「表向きはそれでいい。俺たちもムーンヴァリー王国を利用したにすぎない。俺たちがここで何をしようと、ムーンヴァリー王国とは
最初は理解していない目をしていたライザだが、すぐに合点がいったとばかりに頷いた。
こんな事態になった全ての原因は、普段からピスタリア王国との外交をおざなりにしていた、ムーンヴァリー王国にある。
暗殺阻止については、直接ピスタリア王国の女王、アーリン・エメットと話をつければいいだろう。
その前に、目の前の問題を片付ける必要がある。
「ところで、団長としてありえないその醜態をどうにかできないか。部下が目覚めた時に今のままなら、団長の座がなくなってしまうぞ」
「少し時間をちょうだい……元に戻ってみせるから」
◆ ◇ ◆
「ライザ団長、申し訳ありません。あのような不甲斐ない姿を晒してしまい……」
顔を伏せ、肩を震わせるバルドたちの肩に、ライザがそれらしく手を置いていく。
その姿は威厳ある団長の姿そのもので、さっきまでの、迷子の少女のような姿はどこへやら。
この姿に戻るまで、かなりの時間を要したが、バルドたちは同じ時間だけ気を失っていたことで頭がいっぱいのようだ。
「いいのよ、あなたたちが気を失ったのも仕方のないこと。彼が暗殺者じゃないのは、私が確認しておいたから」
ライザが団長の見本のような、堂々とした口調で答える。
「流石は団長です。問題がなかったということでしたら、このまま城へご案内してよろしいので?」
「ええ、問題ないわ。彼らは凄い力を持ってるから、陛下もきっとお喜びになるわ」
五人のやりとりを横目に、セレティアとアイネスがほくそ笑みながら近づいてくる。
「アタシは結構長い付き合いだけど、アンタが困ってるところなんて初めてじゃないかしら」
「珍しいものを見せてもらったわね」
セレティアにアルスだということを告げてから、魔法をセーブすることを怠っているのは否めない。
記憶の改竄が戻るかもわからず、あまり目立つ行動は控えておいたほうがいいのは間違いないんだが。
「こんな失態をおかすのは今回だけだ。せいぜい脳裏に焼き付けておくといい」
「セレティアにいいところ見せようって、張り切ってんでしょ!?」
アイネスが耳元で囁くが、俺はそんな声を無視して馬車へと乗り込んだ。