中核派と革マル派の内ゲバが最も激しかった'74年頃、中核派は機関紙「前進」の発行ができなくなり、代わりに「革共同通信」という名前の機関紙を発行していた。 「前進」がブランケット版の新聞の体裁をとっていたのに対して、「革共同通信」はB4版ホチキス止めで発行されていた。 今回紹介する資料は、革マル派機関紙『解放』編集局員Nの旧蔵書がまとまって古書市場に流れたときに、革マル派の地方委員会やマル学同の各大学支部の機関紙誌、『解放』創刊号~200号前後などとともに入手したもの。 おそらく革マル派内部の回覧ないし資料用として使われたものと思われる。 この革共同通信は、ざら紙に印刷され、ホチキス止めは中央の1か所のみである。このホチキスどめの仕方は当時のビラなどの少量印刷物ではよく用いられた方法であるが、さすがに当時の中核派「革共同通信」といえども、ここまでではない。 きちんと白い一般的なコピー用紙に印刷され、右側2か所止めになっている。(号外の場合には1か所止めの例がある。) …なんて書いてみたけど、この革共同通信37号に限ってこんなものだったりしたらどうしようか…。 |
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