「皆にはラジオとか雑誌でしか僕たちのことを話せなくって、ずっとこうして直接話せる機会を待っていました。
皆、凄く急な話に僕たちに対してぶつけたいことあると思います。今日はもう一度ちゃんと話したいと思います」
僕は何万人というファンの前にいた。
横には悠介がいる。
僕は悠介を見、話すよ、と目で言った。
悠介が頷いて僕はマイクを握り直した。
「色々な噂が飛び交って、皆を惑わせたけど、僕は本当に悠介のことをそしてこのバンドのことを愛してます。僕にとって悠介との出会いは人生の中で一番素晴らしいものでした。僕には皆も知ってるように人には見せられない傷痕があって、そのことで幼い頃から周りに馴染めず、人が嫌いでした。恋も一人前にしました。でも、やっぱり彼女にもこの傷痕のことを受け止めることは出来ませんでした。勿論だと思う。自分だってあんまり見たくないものだもの。でも、悠介はそんな僕を何の戸惑いもなく受け入れてくれた。僕にとって悠介はそのときから唯一の人となったんです。それから僕が悠介に向ける情熱は恋に似たくらい強くなって、悠介を縛り、苦しめるほどになっていた。自分自身、全く気づかずに。そんなときでした、僕たちのことが週刊誌に載って、悠介に対する自分の気持ちを突きつけられた気分でした。それで僕は、二人は、違う道を歩こうと決めたのです」
ファンのざわめきが大きくなった。
横から悠介がマイクをとって
「悪いのは零だけじゃないんです。僕の弱さが彼を傷つけていたのも事実です。今まで二人で何度も話し合いました。どうするか、どうしたらお互いが対等でいられるか。そして出たのが今の道でした。僕は零に出会っていろんなことを知りました。友情ってものの意味、自分という人間、僕たちはお互いに自分にないところに惹かれて、お互いがいないといけない存在でした。だから今、一人一人になってとても不安です。でも、きっとお互いの活動を支えにやっていけると思ってます。だから皆さんもこれからの一人一人になった僕たちを見守ってください」
そう言うと僕にマイクを返した。
客席から自然と拍手が起こった。
バックの皆がさりげなくバラードのイントロを弾き始め、僕は歌った。
心を込めて、もう歌うことのないこの歌を。
そしていつしかラストの曲。
一度、袖に引っ込んだ僕は今度は一人でステージに出ていった。
これが本当に最後の皆へのメッセージだ。
「この世の中、友情とか愛情とか語ることなど誰もしなくなって、その本当の意味に気づかずに生きてる人が殆どだと思います。でも、僕はあえて言いたいんです。皆に知ってほしいんです。愛することの素晴らしさを、愛する力の強さを。人は憎むためではなく、人を愛するために産まれてきたんだってことを。僕の悠介に対する気持ちは一番強い情熱で、それが恋情なのか友情なのか区別をつけることは自分でも出来ません。でも、世間が何と言おうと人を一生懸命想うってすごいことだと思うんです。人はいろんなことに線を引きたがります。同性だから、人種が違うから、瞳の色が違うから、宗教が違うから、愛しちゃいけないなんておかしい。愛するってことはそんなもので片付けられるものじゃないんです。自然に心が動き出すのを誰が止められるんだろう。もっと自由に愛してください。人を、自然を、そして自分自身を。そんなふうに世界中の人々が互いを愛せたなら、きっと全てが変わるはずです。きっと何かが生まれるはずだと、僕は思います」
言い終わった僕は知らないうちに泣いていた。
皆の拍手が僕を優しく包んだ。
そして、二人での最後のライブも静かに幕を降ろした。
「零、いい曲が出来そうだよ。やっと」
白み始めた空。
まだ、冷たい空気の中、僕に悠介がそう言った。
「良かったじゃん。早く聴きたいよ。楽しみにしてるからさ」
僕は笑顔で答えた。
何か胸に淋しさを感じながら。
「うん。スタジオまで届けるよ」
「ありがとう。明日の今頃は別の道にまた戻ってるんだね。僕はきっと飛行機の中で、悠介はスタジオ?」
「寝てるかも、久しぶりに家で」
そんな言葉に二人して笑った。
合わせて歩く僕の心にいろんな想い出が浮かんでは消えていく。
僕はそんな想い出たちを断ち切るように悠介に向き直って足を止めた。
悠介も止まって僕を見つめた。
「長いようで短かったよね、悠介との毎日って。これからはゆっくりと歩いて行こうと思ってる。自分のペースで歌も、辛くなったらまた顔を見に行くから、よろしくね」
「うん。僕も零のことを見てるから。零とはこれからライバルだし、負けないように頑張らなきゃ」
悠介はそう言うとそっと僕の胸の傷痕に触れた。
瞬間に僕の中にブレーキをかけてた想いが溢れ出して、崩れそうに苦しくなった。
もう二度と悠介と共に音を作っていくことは出来ない。
隣を見ても、もう一緒に笑ってくれる優しい瞳はいないんだ。
そういくつもいくつも帰れない想い出が僕を包んで、跪きたくなるほど切なかった。
そんな僕を諌めるように悠介が言った。
「この傷痕のおかげだね。きっと。零は出会ったときから強かった。そして今でもとても強い人だよ。サヨナラは言わないでもいいよね。また、いつでも会えるから」
・・・今でもとても強い人・・・
そんな悠介の言葉が、僕の溢れ出す情熱を断ち切り、僕を想い出から引き剥がし、進むべき道へと押し出した。
僕は悠介のその手を胸から離してグッと握りしめた。
「ああ。サヨナラは言わない。お互いの成功を誓おう、この手に」
「うん。近いの握手だ」
朝焼けがそんな僕らを包んで、鳥が舞い青空が広がった。
もう、春も遠くなり、夏が近づいて来ていた。
続く。
そんなふうに言って頂けるなんて凄く嬉しいです。
私としてはなかなか伝わってもらえないなぁ、こんな言葉は嘘くさいかなぁとか思ってたので、そう言って頂けて本当に報われました。
ありがとうございました。