「シン・エヴァンゲリオン劇場版」にモヤモヤ

「シン・エヴァンゲリオン劇場版」、観てきました。エバー終わるんですって。イヤですね。めんどくさいですね。憂鬱ですね。観たくないですね。しかしまあしょうがないので観てきました。

DVヒモ野郎が更生したからって褒めちぎるのかという問題 (★3)


白状するとエバンゲリヨンでわたくしが何より好きなのは、自動ドアから巨大兵器に至るまでありとあらゆる無機物の美しい機構がキビキビと動く、刹那の快楽の積み重ねである。このフェティシズムだけはテレビ版から今作に至る四半世紀、世界チャンピオンとして防衛戦を重ね、長期政権を築いてきたと思っている。後のアカデミー賞監督が撮った「パシフィック・リム」の、イェーガー操縦システムのどんくささを思い出してください。あれが普通の人が思いつくやつです。庵野秀明は全然普通じゃない。エントリープラグが軸回転しながら挿入される動きなんかスゲー気持ちいい。それでもこれらはただカッコいい「見せ場」であって、それ以上の意味はない。エントリープラグが軸回転する合理的な必然性はたぶんない。視覚的に気持ちいいだけだ。中でシンジくんもグルリと軸回転してんのかな。熱膨張してんのかな。


エバンゲリヨンのお話は、昔っからかなりいいかげんだ。なにしろ「原作:庵野秀明の今の気分」みたいなアニメで、そこには新しさもあったが、致命的な欠陥も当然あった。だって思わせぶりなだけで内実は空虚なんだもんな。


今作「シン・エヴァンゲリオン劇場版」は完結編とあって、ここまでに積み上がった多くの問題がガンガン解決されてゆく。「Q」でああなったシンジくんの精神状態は映画の前半で目覚ましい回復を見せる。廃墟で座りこんで黒波と数回喋っただけで回復するか? オバチャンと農業やるべきなのはシンジくんなんじゃないの? 魚が釣れたって庵野は食えないんだろ? などと頭に浮かぶ疑問は決して小さくないのだけど、なにしろ主人公が復活しないと映画にならんので断固復活するのである。ホネホネ戦艦に出戻って収容所生活。エバには乗らんでくださいゼッタイ。このフリ「Q」でもあったなあ、押すなよ絶対押すなよってやつだ。戦略級の救世主シンジくんがエバーに乗らねばお話にならないので、戦術級ベテランエースのアスカさんは前座でいい試合して逆エビで負ける。満を持して出撃したシンジくん、片っ端から全ルートクリアしてエロゲ主人公みたいな大活躍。最終回も3度目だから、セーブデータ持ってるんだろうな。


ただ、オヤジルートのオヤジの独白はたいへん不快で鼻白んだ。1995年のテレビ版からそうなんだけど、エバンゲリヨンなんてシンジくんがオヤジをブン殴ったらすぐ解決する話なんですよ。殴ればいいんです。カウンセリングも和解も特に必要ないと思う。暴力では解決しないとか言ってたけど、それはオヤジ側の言い分であって、息子にはオヤジを問答無用でブチ殺す(否定する)権利があるんです。あと負けたオヤジが電車降りるだけって表現として弱くないですか。そういえば新海先生みたいな静物ショット(電車の扇風機)があったけど、少しは意識してるのかな。神木隆之介とか無用でしょう。最後まで緒方恵美に演らせてやれよ。


実はわたくしこの映画を観ながら、プラグスーツ田植えはナンチャッテ高畑勲ですなー、特撮博物館のミニチュアセットは「幕末太陽傳」をアニメでやって虚構性が倍率ドンさらに倍、おなじみ原画撮影はアニメ解体表現だけど嫁さんのおかげでアニメに戻れてよかったなー、「惑星大戦争」や「さよならジュピター」は、マ、お好きなんでしょうな… ボカー好きじゃないですけど… など、など、などと庵野秀明の心境をつらつら考えている自分にふと気づき、背筋が凍りつくような衝撃を受けたのだ。庵野秀明のお気持ちを忖度する義理など、観客であるオレにはいっさいない。にも関わらず、オレは無意識に庵野秀明の顔色を伺っていたのである。長年にわたって庵野作品によるDVを喰らい続けた、これが後遺症でなくて何であろうか。


今作がポジティブな後味だったために、長年の呪縛から解放されたような気持ちになっている方々は多い。すべてのエバンゲリヨンさようなら。すべてのチルドレンにおめでとう。おめでとう(拍手)。わたくしとてそういう気持ちはよく理解できるんだけど、イヤしかし、ちょっと待ってくださいよ。それってDVヒモ野郎にボコボコ殴られた直後に「でも愛してるんやで…」と抱きしめられてコロッとイカレる女の心理と、完全に無関係なんでしょうかね。オレは無関係じゃないと思う。よしんばDVヒモ野郎が本当に心を入れ替えて更生して女をいっさい殴らなくなったとして、それを褒めちぎるのかという問題がある。殴らないのって、それは普通のことじゃないのか。だから今作をとても素晴らしいとはわたくし全然思いませんが、やっと終わったなあという感慨は確かにあって、画面はたいへんゴージャスで、お話は庵野秀明の現実の気分を反映しつつもおおむね空虚で、今はなんだかちょっと戸惑い、モヤモヤしている。


以下、ごくごく私的な感想(じゃ今までのは何だ)。オレはなぜかこの映画を観ながら、メチャクチャ好きな映画「王立宇宙軍」(1987)のことが脳裏をよぎっていたんだ。戦艦の中でワイヤーで吊られて作業する乗組員に「王立」のグノォム博士を連想したのと、幼いアスカちゃんが雪の中を走って白い息を吐く姿に「王立」のアバンタイトルを連想したからかもしれない。そしてなにより、明らかに「シン・エヴァ」が「トップをねらえ!」を反復していたからだろう。大人になった同級生との再会は、「トップ」におけるノリコとキミコの再会の再現だからだ。庵野秀明が監督したOVAトップをねらえ!」の脚本は岡田斗司夫がクレジットされているが実際には山賀博之が書いており、「山賀の脚本がよかったから本気になった」とは庵野秀明も認めていたことだ。庵野秀明は「王立」のメインスタッフだった。学生時代からの友人同士であるこの2人の人生を考えて、オレはさらにモヤモヤしていたんだ。山賀博之は若干25歳での処女作「王立」がいきなり大傑作というピカピカの若き才能で、当時わたくしも入れ込んだんだよな… 山賀博之はその後、「王立」に匹敵する作品をモノにすることはとうとうなかった。「王立」の頃の庵野秀明はすでに巨神兵を描いた凄腕アニメーターだったが、監督ではなかった。あれから幾星霜、山賀博之ガイナックスの不発の核弾頭と化したこの長い年月の間、庵野秀明はあれこれたくさん監督して作品を世に出し続けてきた。傑作もあれば、ひどいものもあった。エバーのテレビ版最終回や旧劇場版や新劇場版(特にQ)では日本中からボロクソ言われたし、オレもボロクソ言ってた。そもそも力ある作品だから話題にもなるしボロクソにも言われるのだが、イヤまあラブ&ポップなんかただ酷いだけと思ったけど、我々がどんなにボロクソ言っても、庵野秀明は作り続けたんだよな。我々も観続けてるんだよな。そしてその間、かつてオレが庵野の100倍期待した山賀博之は、監督としては映画を作れなかった。作ってくれなかった… ガイナックスはいろいろ問題があって、庵野秀明山賀博之ガイナックス勢と袂を分かつことになった。かつて爆発描くのがうまいだけの貧乏な若者だった庵野秀明は、今やアニメでも実写でも国民的な映画作家であり、有数のマネーメイキング監督でもある。そして山賀博之は、今はどこで何をしているのやら… 「シン・エヴァ」とは、珍作も駄作も傑作も作り続けて満身創痍になった庵野秀明から、デビュー作が素晴らしすぎたために映画を作れなくなってしまった山賀博之へ向けた、極めて私的な手紙なのではないかという気がする。そしてこういうことを考えてる自分が、本当に気持ち悪い。山賀博之監督の「蒼きウル」、オレは待っています。終劇。

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  • 発売日: 2012/02/24
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