山田誠一の民事法務頁
1999年度民法Ⅰ
民法Ⅰ講義教材〔5〕
現在神戸大学法学部で、民法Ⅰの講義を受講している学生による利用で、
学習のためのもの以外の利用は、堅くお断わりします。
転載・引用は、もとより、禁止します。
民法Ⅰ(民法総則)講義教材〔5〕
1999.11.1.
山田誠一
…………………………………………………………………………………………………
◆講義項目表
第1章 法律行為(その2)
[3]公序良俗違反(四宮・能見229-240頁)
(1) 契約自由の原則:①人と人とが、契約を締結するとき、両当事者は、自由に契約内容を決定することができるという考え方がある。②人は、契約をするかしないかを自由に決定することができ、また、誰と契約をするかを、自由に決定することができるという考え方がある。これらを総合して、契約自由の原則という。社会のなかで、取引が行なわれるかどうか、どのような取引が行なわれるかは、その当事者の決定に委ねるという考え方(私的自治)に基礎づけられる。私的自治の考え方は、自由主義経済の経済システムに対応する。民法は、私的自治の考え方に基本的に基礎づけられ、契約自由の原則を、原則的に採用している。ただし、①にも、②にも、限界・例外がある。②の例外として、締約強制がある(例、電気・水道の供給契約)。
(2) 公序良俗違反の契約:民法は、公の秩序または善良の風俗(公序良俗)に反する事項を目的とする契約を、無効であるとする(90条)。両当事者が、決定した契約内容が、公序良俗に反する場合、その契約は無効であるとし、契約自由の原則の①の考え方の限界を設けている。
(3) 契約が無効な場合と有効な場合:両当事者の意思表示が合致すると、契約は成立する。①その内容が公序良俗に反すると、その契約は無効となる。無効な契約には、拘束力はない。無効な契約(拘束力のない契約)にもとづいて、物を渡し、金銭を支払い、サービスを提供した場合は、それらを受け取った当事者は、相手方に、その物や金銭を返還し、または物やサービスの価値を金銭に置き換えて金銭を支払わなければならない。物を渡したり、金銭を支払ったり、サービスを提供していない場合は、物を渡す義務、金銭を支払う義務、サービスを提供する義務は、生じていないことになる。②反対に、契約の内容が公序良俗に反さず、また、その他の無効となる事情がない場合、契約は有効である。有効な契約にもとづいて、物を渡し、金銭を支払い、サービスを提供した場合は、それらを受け取った当事者は、相手方に、その物や金銭を返還する義務はなく、サービスの価値を金銭に置き換えて金銭を支払う義務はない。物を渡したり、金銭を支払ったり、サービスを提供していない場合は、物を渡さなければならず、金銭を支払わなければならず、サービスを提供しなければならない(契約の拘束力)。
(4) 公序良俗とは何か:一般には、社会的妥当性の有無を判断する基準として、理解されている。契約内容が、社会的妥当性を欠くとき、無効とされる。①その契約が犯罪となるものは、公序良俗に反し、無効となる(例、賭博の契約(刑法185条))。②契約内容が、家族に関する秩序と衝突するものは、無効となる。ただし、家族に関する秩序であって、それと衝突する契約が無効になるものとは何かは、必ずしも明らかではない。妻子ある男性が性的関係のある別の女性に財産の3分の1を包括遺贈する行為(遺言)は、公序良俗に反しないとした判決がある(最判昭和61年11月20日民集40巻7号1167頁)。③著しく不公正な勧誘によって成立した契約を、公序良俗に反し、無効とした判決がある(最判昭和61年5月29日判時1195号102頁。非公認市場における金地金の先物取引)。④競業を禁止する契約が問題となるが、競業禁止の期間・区域などが限定され、営業の自由を過度に制限するものでないものは、公序良俗に反しないとするのが、判例の傾向である。⑤男女別定年制を定める就業規則は、性別のみによる不合理な差別であり、公序良俗に反し、無効である(最判昭和56年3月24日民集35巻2号300頁・百選15事件)。
(5) 暴利行為:他人の窮迫・軽率・無経験に乗じて、著しく不相当な財産的給付を約束させる契約は、無効となる。契約内容の不当性とともに、契約当事者の態様の不当性をもって、暴利行為と判断する。クラブの経営者とそのホステスとの間の契約で、客の代金債務をホステスが保証するものを、任意に締結したものであって公序良俗に反しないとした判決がある(最判昭和61年11月20日判時1220号61頁・百選14事件)。
(6) 不法原因給付:売買契約が無効の場合、その契約にもとづいて、支払われた代金は、返還しなければならず、金銭消費貸借契約が無効の場合、その契約にもとづいて借りた金銭は、すぐに、返還しなければならない(民法703条)。しかし、不法の原因のため、代金を支払ったり、金銭を貸し付けた場合は、その金銭の返還を請求することができない(民法708条)。不法原因給付となるためには、原因となる行為が、倫理・道徳を無視した醜悪なものであることが必要であると解されるため、公序良俗に違反する契約は、常に、不法の原因にあたるとは限らない。
(7) 芸娼妓契約:親が置屋から金銭を借りる金銭消費貸借契約を締結し、その返済方法として、娘を芸娼妓として働かせてその収入から返済する契約(稼働契約)を芸娼妓契約と呼ぶ。稼働契約は、人の自由を不当に拘束し、また、人格の尊厳を侵す契約であり、公序良俗に反し、無効である。さらに、最判昭和30年10月7日民集9巻11号1616頁は、稼働契約と金銭消費貸借契約は、密接に関連して互いに不可分の関係にあり、稼働契約の無効は、金銭消費貸借契約を含む契約全体の無効をもたらすと判断し、金銭消費貸借契約にもとづく金銭の交付は、不法原因給付にあたると判断した。
(8) 動機の違法(動機の不法):貸与される金銭が賭博の用に供せられるものであることを知ってする金銭消費貸借契約は、公序良俗に違反し無効である(最判昭和61年9月4日判時1215号47頁)。金銭消費貸借契約自体は、賭博ではない。契約の動機・目的に違法な事情(犯罪)がある場合を、「動機の違法」と呼ぶ。一方当事者の意思表示の動機に違法があるだけでは、無効とはならず、少なくとも、相手方が、動機を知っていることが、契約を無効とするためには必要である。
民法Ⅰ講義教材〔4〕
民法Ⅰ講義教材〔6〕
山田誠一の民事法務頁
1999年度民法Ⅰ
作成:山田誠一*勤務先所在地と勤務先:657-8501神戸市灘区六甲台町2-1神戸大学法学部