新型コロナウイルスゲノム解析

ウイルス全ゲノムシーケンシングを用いた感染拡大防止支援システムの基礎研究

新型コロナウイルス感染症は、その感染力と死亡率の高さから公衆衛生上極めて重要な疾病と認識されています。医療崩壊の危機が迫る中で、新型コロナウイルスゲノム配列情報を利用した新しい診断法と感染予防体制の構築が喫緊事です。

慶應義塾大学医学部臨床遺伝学センターは、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の支援により、ウイルス全ゲノムシーケンシングを用いた院内感染拡大防止支援システムの基礎研究を推進しています。

協力医療機関より患者様の検査残余検体及び臨床情報を収集するウイルスゲノムネットワークを構築、さらにウイルス全ゲノム解析プロトコルの最適化を図り、種々の検査残余検体から抽出したウイルスRNAの全ゲノム配列を高精度で解析することに成功しました。解析により得られた新規ゲノム配列情報は、積極的に国際データベースに登録・公開し、全世界の公衆衛生研究発展に寄与します。

ウイルスゲノムネットワークの構築による院内感染拡大防止支援
解析した新型コロナイルスのゲノム配列情報は感染ルートを正確に把握するための判断の一助となります。感染の伝搬の有無や経路を科学的に決定するシステムを構築・活用することで、本感染症による院内感染の拡大回避・医療体制の早期回復、及び医療従事者の負担の軽減が期待されます。また、ゲノム配列情報から得られたウイルス変異に臨床情報を突合することで、新型コロナウイルスの病原性や感染性などのメカニズムを解明し、本感染症の診断、治療、感染対策への貢献を目指します。

免疫逃避変異E484Kを含むR1株の国内分布2021-04-07

  • わが国においてスパイクタンパクに免疫逃避変異とされるE484Kを有するR.1株が初めて検出されたのは、2020年11月である。われわれはR.1株が、少なくとも関東3都県で増加していることを示した。
  • R.1株由来地は不明であるが、海外から流入したと考えられている。
  • 国際新型コロナウィルスゲノムデータベースGISAIDに日本から登録されいてるウィルス株の配列情報と慶應義塾大学グループが解析した株の配列情報を統合して分析し、R.1株の分子系統樹を作成した。データを登録した検査室が位置する都道府県を図示すると、R.1株は関東地方のみならず、関西地方でも検出されている。
  • R.1株はN501Y変異を持たない。2020年11月以来、R.1株は変異を蓄積しているが、感染性や病原性を増加させる可能性のある変異の発生は認められていない。
注)
わが国においてPCR陽性患者の一部のみのゲノム配列が決定されていることから、実際の患者数はこれより多いと考えられる。積極的にゲノムシーケンシングが行われ、ウィルス由来地が公開されている都道府県ほど、データ数が多く表示されているので解釈に際しては留意されたい。E484K変異という免疫逃避変異を含んでいるR.1株の流行状況をより正確に知るためには検出地情報の共有が望まれる。

日本における R.1 株の分子系統樹と検出地

日本における R.1 株の分子系統樹と検出地

スパイクタンパク E484K変異を有するR.1株が徐々に増加している2021-04-03

スパイクタンパクの484番目の場所(アミノ酸)にEからKに変わる変異があるE484K変異は、免疫逃避変異ではないかと懸念されている

(British Medical Journal https://www.bmj.com/content/372/bmj.n359.full

少なくとも試験管内の実験では、変異のないウィルスのスパイクタンパクに対して作られた中和抗体はE484K変異のあるウィルスを抑える効果が弱くなっているとの報告がある。

このためE484K変異は、米国CDC(疾病対策予防センター)により”Variant-of-interest” 「注目すべき変異」に指定されている。
https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/cases-updates/variant-surveillance/variant-info.html

R.1株と呼ばれるスパイクタンパクにE484K変異を有する株が国内で徐々に増加している

国際ウィルスゲノムデータベースGISAIDに日本から登録されているウィルスゲノムシーケンスを解析すると、2021年の1月以降R.1株が徐々に増えている。慶應大学を中心とする研究グループの3病院(東京都・神奈川県・埼玉県)におけるウィルスゲノムシーケンスの結果、関東地域においても、1月以降R.1株が徐々に増えている(下図)。

免疫逃避変異としてのE484Kの意義に関する考察

理論的には、一度新型コロナウィルスに罹った人でも、E484K変異ウィルスには再感染するあるいは現在世界で使われているワクチンがE484K変異ウィルスに対する予防効果が低くなるなどの懸念があるが、今のところそのような臨床データは示されていない。今後の流行の動向を注視する必要がある。

国際的な観点からのR.1株の由来は現在のところ不明である

われわれは2021年3月5日に国内で発生したと考えられるE484K変異を有するウィルス株について公表したが、今般、都内での増加が懸念されているR.1株はこの国内発生株とは異なるウィルス株である。
R.1株(E484Kを有する)の動向

R.1株(E484Kを有する)の動向

日本においてもスパイクタンパク E484K変異株が発生していた2021-03-04

知見の内容

背景

2021年3月3日に国立感染症研究所が国際データベースGISAIDに公開したSARS-CoV-2ゲノム配列データと、慶應義塾大学グループが蓄積して既にGISAIDに公開している配列を比較し、以下の知見を得た。

  1. E484K変異は、いわゆる南アフリカで発見された変異(501Y.V2)株、ブラジルで確認された変異株(501Y.V3)などに存在し、従来株よりも免疫やワクチンの効果を低下させる可能性が指摘されている(※1)。
  2. このほかに「N501Y変異はないがE484K変異のある変異株」が国内でも検出されているが、海外株に類似しており、いずれも海外より流入したと考えられてきた(※2)。

知見

  1. 昨年から主に日本のみで流行しているB.1.1.214株にE484Kが加わったウィルス株が2検体、存在した。
  2. 国立感染症研究所のデータによれば1検体(➀GISAID Virus name: hCoV-19/Japan/PG-19986/2020)は、2020年の8月19日に採取され、もう1検体(②GISAID Virus name:hCoV-19/Japan/PG-16810/2020)は2020年の12月23日に採取されたものである。
  3. 慶應義塾大学グループにより確認されていたB.1.1.214に属する2つの株(➀GISAID Virus name:hCoV-19/Japan/Donner66/2020 2020年7月24日、②GISAID Virus name: hCoV-19/Japan/Donner231/2020 2020年12月3日)と、今回確認された2つの株はE484K変異以外の配列が類似しており、E484K変異が日本国内で発生したことが強く示唆された。

考察

  • 世界的に注目されているE484Kが国内で自然発生したという知見は、ウィルス変異株の全国的な監視の必要性を裏付ける。
  • 今回、同定されたB.1.1.214株にE484Kが加わったウィルス株は、2020年8月および12月に採取されたものであり、その後は検出されていないので、現時点で広く流行している可能性は低い。
(※1) 厚生労働省新型コロナウィルス感染症対策推進本部
新型コロナウィルス感染症(変異株)への対応」より
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000748323.pdf

(※2) 国立感染症研究所の2021年2月19日段階の発表
「国内の主流2系統(B.1.1.284およびB.1.1.214)からE484K変異を獲得した株は現在のところ検出されていない」とされる
https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2488-idsc/iasr-news/10188-493p02.html

フィンガープリント

E484K フィンガープリント

①上:慶應義塾大で確認された株(2020/7/24)、下:国立感染研で確認された株(2020/8/19)
②上:慶應義塾大で確認された株(2020/12/03)、下:国立感染研で確認された株(2020/12/23)
③日本で11月から確認されているS_protein:E484Kを有する株の一例

日本における新型コロナウイルス・メインプロテアーゼ(3CLpro)変異株の消長と新薬開発への手がかり2021-02-05

発表論文の内容

2020年9月までの慶應義塾大学病院の臨床データ・ウィルスゲノムデータ・生化学実験データを統合し、 以下の結論を得た。

  1. 昨年の第2波で初夏から秋口にメインプロテアーゼ酵素(3CLPro)に変異(Pro108S変異)のある株、  B.1.1.284が急速に増えた。メインプロテアーゼ酵素は、連なって作られる長いタンパクを、部品として切り出して働かせる分子のスイッチである。
  2. この変異株のウィルスに罹患した患者は重症化(酸素投与を要する)する割合が、非変異株に感染した患者に比べて1/4程度であった。つまり軽症となる可能性が高かった。
  3. この変異株のメインプロテアーゼ酵素の働き(基質結合能)は半減していた。

コメント

  • 2020年9月以降の慶應義塾大学の多施設共同研究として公開しているデータおよび国立感染症研究所等が公共データベースに公開している日本由来データの解析では、この変異株B.1.1.284は夏から秋の第2波では増えたが、 第3波では消退傾向にある。

    今は、このメインプロテアーゼ変異がなく酵素の働きの高い株( B.1.1.214)が日本の株の主流を占めている。

    「今は気を抜くべき時ではない」

  • メインプロテアーゼ酵素阻害剤は、同じ酵素を持つコロナウィルスの一種である「ネコ感染性腹膜炎ウイルス」に感染した猫の特効薬である。
    本研究のデータは、メインプロテアーゼ酵素の抑制薬が、ヒトでも効果が期待できる事をさししめす。
2020年夏の日本独自の変異株の発生と軽症化

2020年夏の日本独自の変異株の発生と軽症化

タンパク質解析からわかった新型コロナウィルス治療の可能性

タンパク質解析からわかった新型コロナウィルス治療の可能性

新型コロナウィルス変異株の推移

新型コロナウィルス変異株の推移

参照

関東圏における新型コロナウィルス変異分子系統樹情報(慶應義塾大学分析分)2021-02-02

関東圏において、新型コロナウィルス(SARS-Cov-2)がどのように変異してきたのかを2つの方法で図示しています。

関東圏における新型コロナウィルス分子系統樹情報

関東圏における新型コロナウィルス分子系統樹情報

詳細はこちら

2020年11月に米国西部から20C系統のウィルス株が1株のみ国内に流入2021-01-12

  • 関東地方の13の協力病院でCOVID-19患者198人の検体を対象に全ゲノム配列解析を行った。
  • 90%以上の株がClade 20Bの2系統(B.1.1.284およびB.1.1.214)のいずれかに属していた。
  • しかし、2020年11月に採取された1株は、米国西部で流行しているClade 20CのB.1.346系統に属していた。この患者には海外渡航歴がなく、海外渡航者との接触もなかったことから、このウィルス株は検疫の壁を越えて、米国西部から輸入された可能性が高いと考えられた。
  • COVID-19患者から得られたSARS-CoV-2の全ゲノム配列は,感染対策や地域的な傾向の評価に有用である。

研究成果

関連報道記事

研究事業: 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)

Variant calling pipeline for amplicon-based sequencing of the SARS-Cov-2 viral genome

Overview of the analytic pipeline “Donner” for variant calling from amplicon-based sequencing of the SARS-Cov-2 viral genome sequences.

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ご協力いただける医療機関・公的検査機関を募集しています

本研究は、現在、首都圏を中心に11の医療機関にご協力いただき推進されています。院内感染対策に資することはもちろん、本感染症の診断、治療、感染予防法を一刻も早く確立するためにも、本研究の全国規模の展開が望まれます。
本研究の趣旨をご理解いただき、ご協力いただける機関がございましたら、事務局までご連絡ください。

概要
貴機関で陽性となった患者様の検査残余検体をご提出いただき、ゲノム解析結果をお返しします。
対象機関
日本全国の医療機関・公的検査機関
期 間
2025年3月31日まで
費 用
2022年3月末までに解析結果が得られる検体については、全て本研究費で賄います。以後の解析関連費用につきましては、依頼機関でご負担願います。
事務局
慶應義塾大学医学部臨床遺伝学センター covid19_genome@cmg.med.keio.ac.jp まで電子メールでご相談ください。

ご注意

  • 個人のお問合せには対応いたしかねます。
  • 迅速な対応を心がけておりますが、返答に時間を要する場合もございます。
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以上、ご了承ください。

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