307話 怪しい研究室
「こちらが神学研究室になります。神の言葉の真意を探り、もって世界の真理を追究することを目的としております」
「ほう、それは凄い」
結局、ペイス達は王立研究所の目ぼしい研究室を一から案内してもらうことになった。
本来、モルテールン家の様に寄付を前提として訪れた客には所長が対応してきたのだが、今回は“何故か”副所長が担当することになっている。
寄付が確定している上得意を逃し、手柄を副所長に持っていかれた形。
満面の笑みでペイスの傍に居るホーウッド=ソキホロ卿の影響が有ったり無かったり。
副所長は、実質的に研究所を運営する中年の男性だ。
騎士爵家の次男坊であったが幼いころから頭脳明晰を謳われ、寄宿士官学校も上位席次で卒業。体を動かす実技が滅法苦手であったが、それを補って余りある頭の良さを見込まれて研究所に就職が叶ったという経歴。
一貫して哲学系の研究をしてきたという変わり者だが、事務方にも才能が有ったことから事務方に就任。以降は事務専任の実務担当としてキャリアを積み、今は副所長として実質的な組織運営を行っている。
「神学研究所の中にも幾つか研究班が分かれていますが、最近新しく作られたのは“大龍研究班”です」
「大龍ですか」
「はい。古代の文献や聖典の中に、大龍に関するものは多々あります。それらを整理することで大龍の実態に迫り、神と大龍の関係性を明らかにするというのが班の目標です」
大龍に関する記録は多く残っているが、大半は伝聞による記録だ。神王国では。例えば聖国ほどに過去の文献を揃えているわけでは無いが、ある程度の時期から代々聖職者や貴族たちが多くの記録や日記を残しており、それを調査・研究するのが大龍班の仕事だという。
「最近では聖アントニウスの手記に、かなり詳細な大龍についての記録があることが発見されました」
「詳細、とはどの程度ですか」
「物語として聞いた大龍の
「なるほど、上手く研究が進めば、過去に伝承として伝わっていた大龍と、僕が討伐した大龍が同じものかも判断できるようになる、ということでしょうか」
「ご明察痛み入ります」
神学と歴史や哲学は割と近しい研究分野である。お互いに資料を融通し合うことも有る為、大龍についても手を携えて研究を行っているという。
そも、大龍が現れたとなった時。この大龍は、過去に存在したとされる大龍と同一のものかどうかは大きな議論となった。もしも同一であるとするならば、その体は数百年の長きを生き抜いたことになる。歴史を探るものであれば、まさに生きた化石であり、丸ごと資料そのものだ。更には大龍にまつわる各地の伝承が、大龍の姿形という勘合符によって事実と虚偽を確定させられる可能性も出てくる。大龍の姿が真実に近しい伝承は、他の部分も正確性がある程度見込める、という訳だ。
つまり、過去に大龍について文献があり、その文献によって伝承と実物の類似性や相違点が整理されたとしたら、それは学問的にも大きな意義があるのである。
「ここの寄付について、5クラウンとします」
「ありがとうございます」
神学研は、その名の通り宗教勢力と近しい。故に、宗教関係者以外からの寄付は中々集まらないのだが、今回の大龍研究でモルテールン家から金貨五枚を得たのは大きい。一般の家庭の年収数年分だ。これだけでも大きいが、モルテールン家が寄付したことを喧伝すれば、他の貴族からも寄付が得られるかもしれない。
副所長の補佐として神学研から出張ってきた若手研究員などは、露骨に喜色を露わにしていた。
「次はこちら、芸術文化研究室。通称芸文研」
「どうもモルテールン卿。わざわざ足をお運びいただき恐縮であります」
別の研究室に移動したところで、新たに研究室から研究員が出てきた。
聞けば、芸術文化研究室の室長だそうだ。
補佐役として若手を付けるのではなく、室長直々に説明役を買って出たということだろう。
それも当然かもしれない。元々芸術というものはお金が掛かる。その割に直接的な利益には結び付きにくい所があり、多分に寄付集めが重要になってくる分野なのだ。
「室長自らのご説明、痛み入ります。僕は今日、大龍関係の研究について副所長に案内頂いているのですよ」
「左様でございますか。それでしたら当研究室は間違いなく御一助になると存じます」
実に腰の低い対応であり、いっそ清々しくさえあるのだが、ペイスは気にした風でも無く説明を促す。
「我々は、大龍について幾つも
「幾つも、とおっしゃいますと?」
「差し当たって、三つほど。今までに絵画などに描かれた大龍についてもう一度見直そうとするものが一点、実際の大龍をモデルにして芸術に活かそうという試みが一点。そしてもう一点はモルテールン卿を始め大龍討伐に関わった人々の話を芸術として後世に残そうという動きがあります」
「……前半二つは分かりますが、最後の一つの詳細な説明が欲しい所です」
「おお、そうでしょうとも。芸術とは、人々の感情に訴えかけることによって心をより豊かにし、想像力の発展に寄与し、表現力を磨き上げる力があるのです。そこで大龍の討伐についても芸術として題材にしたいと考えるものは多いのですよ。叙事詩として文学にしたいという者も居れば、音楽として残したいという者も居ます。勿論、絵画や彫刻としてモデルにしたいという者も居ます。どれにしたところで、モルテールン卿の華々しい活躍が後世まで伝わること間違いなしです」
滔々と語る内容を静かに聞いていたペイスの様子に、首を傾げる室長。
世に語られるほどの功績を挙げた新進気鋭の騎士というならば、自らの活躍を広める活動にもっと興味を持ってもよさそうなものである。
これは押しが足りないかと、更に言葉を重ねる男。その表現力は流石に秀逸であり、今にも現代の英雄が降臨しそうな雄大さで語られる。
が、ペイスはもういいと切って捨てる。
「それらの企画については、一切の援助をお断りするしかありませんね。先の二つはともかく、活躍を残すなどと言われては、羞恥の極みです」
「な、何と。ではせめて、せめてお気持ちだけでも」
寄付金獲得に失敗したらしい室長は、顔面蒼白でペイスに食い下がる。
しかし、ペイスとしては自分の銅像を王都に建てましょう、などと言われれば金など出せるはずも無いのだ。
平穏に、お菓子作りが出来ることこそ望みのペイスにしてみれば、何を好き好んでド派手に目立たねばならないのかと憤慨すら覚える。
「はあ、次は何処ですか?」
「次はまともですよ。土木技術実用研究室です」
いささか溜息を堪えながら案内されたのは、土木技術実用研究室。通称土木研。見学者の多い研究室ということもあって、対応は非常にこなれていた。
「ようこそモルテールン卿。ここからは私が担当します」
「ええ、頼みます」
研究室から補佐役として加わったのは、まだ年若い研究者。二十代そこそこといったところだ。
研究者としてはまだまだ若手に分類されるだろうが、経験というなら十年ぐらいは積んでいるはず。案内役としては過不足ない適任なのだろう。
「当室では、大龍を素材とする新建材の研究や、それらを使った新たな建築方法の考案、土木に関する新技術の研究を行っています」
「どれも興味がわきますね」
「領地をお持ちの方々であれば、必ずご満足いただけるかと思います。差し当たってお見せできるのはこちらです」
研究室の一角で、大きな木箱のようなものが置いてあるところに案内される。
高さは人の背丈ほどあり、幅は大人二人が両手を広げたぐらいの幅だろう。かなり大きなものだが、傍に足場が組みあがっていて、上から箱の中を見下ろせるようになっていた。
箱の中身は土砂である。
「こちらは新たな堤防の模型になります」
「ほほう」
「従来の堤防では、土砂の混じった水を防ごうとした場合に、土砂が蓄積してしまうという欠点がありました。また、それによって堤防の保水能力が劣化し、決壊するという現象もみられます」
「ふむふむ」
「こちらをご覧ください。龍金を用い【圧縮】の魔法が掛けられた堤防です。こちらは従来の堤防。今、土砂を含んだ水を流します」
若手研究員たちがぞろぞろと集まり、大きな木箱の周りで作業を始める。
「おお」
驚きを含んだ声をあげたのは、ペイスの傍に付いてきていたソキホロ卿であった。
元々金属は専門に近く、龍金に魔法を付与する技術に至っては自分が拵えた最新の研究成果でもある。元来は軽金に魔法を付与する基盤技術が存在し、それを汎用化しようと模索していたのがソキホロだ。上位互換たる龍金を使えば、効果も高くなる、と論文に書いたばかり。
自身の研究がどう活かされているのか。実際に目にするというのはやはり格別のものがあるのだろ。
泥水のような、或いは水気の多い土石流というのか。それを模した濁流が堤防の模型にぶつかったところで、従来の堤防の模型はそのまま土砂が溜まり、更に堤防を越えて土砂が流れ出た。対し、新しい方の堤防は土砂が堤防にぶつかると、そのまま堤防が大きくなっていくような雰囲気がした。勿論、土砂が堤防を乗り越えることも無い。
「軽金や龍金といった魔法金属への魔法付与については、ソキホロ卿は専門分野でしょうから説明を省きます。元々は軽金を用い、【圧縮】の魔法を堤防に付加することで、従来よりも頑丈な堤防が出来るという技術でした。それを龍金に変えたところで、堤防にぶつかる土砂にも魔法の効果が適用可能という技術を生み出すことに成功したのです」
「ほほう、これは凄いですね」
「この技術を実用化し、更には応用することで、より広大な農地の開拓・河川氾濫の防止・護岸工事の進展といった効果が見込めます」
流石は、王立研究所の看板研究室だけある。魔法金属への魔法付与の技術は既に確立された技術であるが、それを活かすことで誰にでも分かりやすく経済効果の見込める技術に仕上げていた。
「……率直に聞きましょう。この研究、続けるのなら幾ら欲しいですか?」
「え? えっと……」
いきなり突拍子も無い質問が飛び、説明役の若者は困惑した。
「ふむ、ならば二百クラウン出しましょう。それで、この研究を進めてください」
「は、はい!! お任せください!!」
ポンと大金を出すのも凄いが、ペイスとしてはこれでモルテールン家の利益になると判断したのだ。勿論研究が実って素晴らしい土木技術が手に入っても良し。そうでなくとも、龍金という素材の価値を高め、ひいてはモルテールン家の価値を高める技術であることも評価した。
実に有意義な視察であったと、満足げなペイス達一行。
次なる研究室はと副所長が足を向けたところで、ペイスは一つの研究室を指定した。
「ここが、薬用植物研究室です」
「なるほど、実に不思議な香りが漂ってきますね」
指定されたのは、薬用植物研究室。通称で薬植研。
ここは研究内容が、あまり大龍とは関係ないとのことだったが、ペイスのたっての願いで見学することになった。
副所長が研究室に入って二言三言。
ボサボサ髪の、いかにもな中年男性がペイスの案内役に抜擢された。
「あぁ、とりあえず見学とのことで、こちらへどうぞ」
研究室の中は、鉢植えなどの植物であふれかえっている。
サボテンのような刺々しい植物があるかと思えば、シダ植物のようなものが巨大に茂っていたりもする。
実にそれっぽい雰囲気にあふれていた。
「日頃はこのような研究を行っておりまして」
「なるほどなるほど」
かくかくしかじかと、研究内容を説明していく研究員。研究内容を人に説明するのも研究員としては大事な仕事であり、立派な業務の一つ。研究成果の還元は、社会的意義である。
詳細な説明がひと通り終わったところで、ペイスが研究員の労をねぎらう。
「実に興味深い研究でした」
「いや、モルテールン卿の御子息にそう言っていただけると嬉しいですな」
どこかぎこちない笑みを浮かべつつ、研究者は謝辞を述べる。
「ところで……最後に一つ伺っても良いでしょうか」
「はい、何なりと」
明るく爽やかな笑顔のペイス。
その様子は実に清々しく、清涼感さえ覚える。
「研究結果の横流しをされてますよね」
ただし、何の気なしに呟くように言った台詞は、爽やかさの真逆であった。
呟くように発されたペイスの言葉。聞こえたのは、薬植研の研究員だけだっただろう。
「な、何のことでしょう?」
見るからに狼狽える研究員。この時点で、ペイスのカマ掛けは成功したようなものだ。
ちょいちょいと、人目に付きにくい死角に誘うペイス。他の同伴者はいつの間にかソキホロ卿が離れたところに誘導していた。
「大金を投じた研究で、結果を出資者に還元するだけでなく、私腹を肥やすことに利用する。いやはや、何とも悲しい」
「憶測で物を言ってもらっては困ります」
「憶測?」
ペイスは研究員の言葉を鼻で笑った。
物的証拠となる横流し品が自分の手元にあることや、流出経路を既に特定していることなどをはっきり明言する。
研究員の顔色は蒼白だ。
「安心してください。何も不正を正して貴方たちをどうこうしようという気はありません。それに、どうせお金が欲しいというなら……当家が全てを買い取りましょう。横流しではなく、正々堂々と」
言うが早いか、ペイスが用意したのは“大樽一杯の金貨”だった。
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