スカウト
2日で資料を読み終えた私は、予め目星をつけていた領内各地を見回る。領都は勿論、領の隅の村まで。
勿論全てを見ることはできないから、今回は特に税収が落ちている南の方と特に税収が多い東を見て回った。
ライルとディダには申し訳なかったが、今回の視察の大半の時間である旅程では賊に遭遇することなく旅程は至って順調。時折村ではレーメに教えを乞いつつ、現在の状況把握に努めた。
そうして貰った1ヶ月もほぼ終わり…最後にモネダとの面談。実は私にとって、彼との面談が最初の難関なのだけれども。
私たち一行は、商業ギルドの応接室に通された。商業ギルドは貴族のそれとは違い、無駄に豪華で煌びやかな内装ではなく、落ち着いていて重厚なものとなっている。見る人が見れば価値あるものがおいてある、といったところか。
「お久しぶりですね、アイリス様」
後から入って来たのは、メガネをかけた爽やかな青年……とは言っても、私にはその笑顔がどうしても胡散臭いものに見えて仕方ないのだけど。
「久しぶりね、モネダ。ああ、そんなに畏まらないでちょうだい。今日はあくまでお忍びなのだから」
「いえ、これは仕様なので」
「そうね。貴方は確かに昔からそうだったわ」
「それで、ご用件は?」
早速切り込んできたか。昔を懐かしんで場を温めるとかないのね……。まあ、モネダはそれこそ昔からこんな感じだったかも。
「まあ、モネダ。久しぶりに会うと言うのに。それで、モネダ最近調子はどう?」
「私の調子ですか?まあ、至って順調ですよ」
「でしょうね。流石は、商業ギルドの副会計長。であれば、私の動向も当然ながら知っているでしょう?」
「まあ……そうですね」
モネダは苦笑いを浮かべていた。噂や情報を掴むのが早いのは、商人の特徴。流行り廃りが分からないというのは、商いをする以前の問題だしね。つまり、金を多く落とす貴族の動向なんかも当然把握している訳だ。
「貴方も知っての通り今回の騒動がございまして、私は領に戻ってきたのよ。ところで、モネダ。最近ギルドの動向はどうかしら?」
「それも順調ですね」
「あら、そうなの?随分王都の方への交易が減ったように思いますけれども?」
ピシリと、それまで和かだった表情が凍った。
「まあ、ダメね。そんなに顔に出していては、直ぐに相手に懐を探られてよ」
ほほほ、とお嬢様笑いをして場を和かなムードに戻せるかと思ったけれども、モネダの表情は固いままだ。
「モネダ、ごめんなさいね。カマをかけただけなのよ。けれども、やはり我が領からの王都への交易は減っているのね」
そりゃ、政情が不安な王都への交易は減るか。とはいえ、まだまだ本当に微々たるものだろう。それこそ、毎日帳簿と睨めっこしていないと分からないぐらい。
因みに私が彼に問いかけたのは根拠も何もなく、本当にカマをかけただけ。政情が少しずつ読み難くなった今は、それまでよりも慎重にならざるを得ない……私が商人だったらそう考えるなというだけのこと。
「……やられましたね。参考までに、何故そうだと思ったのですか」
「今の政情を見れば、自ずと分かります。とは言え、モネダ。私は貴方に意地悪をしに来た訳じゃないのよ」
「それで、ご用件は?」
話の流れが、元に戻った。ただ今回は、先ほどとは違うと感じた。最初に切り出された時は、あくまで対等…ないし話の主導権は向こうが持っていたのに対し、今回のは此方が主導権を握った上で切り出してくれた。少しは此方のお願いも聞いてくれるかもしれない。
「モネダ。もっと大きなお金を動かしてみたくないかしら」
「もっと大きなお金ですか。私を公爵家に雇って下さると?」
「ええ。ただし、公爵家に仕えるのではなく、公爵領に仕えて欲しいの」
「……それは、どういった意味ですか?」
「今後、公爵領の領制は改革が進められます。行政と我が家を分けるのもその内の1つ。つまりは、貴方にこの領の予算の管理及び運用を行なって欲しいのよ」
「何故、それを私に?公爵家にも人材がないわけではないでしょうに」
「より現場を知る貴方だからこそです。それに、今回の改革は中長期で行い、抜本的な改革を推し進めるつもりだから…今の知識は不要なの。勿論、ある程度素地は必要だけど…それもその若さで副会計長をしている貴方なら大丈夫でしょう。何より、貴方なら私は信頼できる。信頼は、お金を動かす上で何にも勝るものじゃないかしら」
「ははは、随分壮大な話ですね。それが事実ならば、今後の公爵領が楽しみです。……けれども失礼ですが、貴方にその任命権はあるのですか?」
あ、信じてないな。大方、父様辺りが着想していてそのお使い…もしくは自らの手柄の為に引き抜こうとしているとでも思っているのかしら?
という訳で、ここで最後のカードを切る。
「勿論。私は、この度領主代行の地位を承りましたから」
一緒に、任命された時に渡された書状を見せる。これは、領に来るときに父様に渡されたものだ。
…実は私、まだ領主代行に任命されたことを大々的に発表していないのよね。これからも、あまり大きく発表しないつもり。ここぞという時にのみの方が、効果デカそうだし。……今みたいにね。
私がまさか領主代行に任命されていると思っていなかったのか、モネダは驚いたようにそれを見ていた。
しかもこの領主代行、領主である父様は一切の責務を私に引き継がせる代わりに、権限はほぼ領主と同格という破格なものなのだ。つまり父が反対しようが弟が後から何と言って来ようが、私は私の行いたいことを押し通せてしまえるという何とも仰天な状態なのです。その旨も書状に書いてあるのだから、そりゃ驚きもするでしょう。……父様も、何を考えているのだか。
役に立つものだから、私にとってはありがたいけれども。