勉強です
「視察は2日後からを予定しています。各自、必要なものがあったらターニャに言ってね。ターニャ。準備を宜しくお願いします」
「畏まりました」
「それから、誰かモネダと連絡は取れない?」
「モネダ、ですか?」
「ええ、そう。確か、商業ギルドで働いているのよね?」
商業ギルドとは、名前の通り幾つかの商店で集まった組織。日本で言うところの戦国期の座とほぼ同じものだ。
モネダも、私が拾ってきた子の1人なのだけれども、私が学園に入学する時に商業ギルドに入った。
「ええ、確か今は会計を行っていると言っていたような…。連絡は取れますよ」
「じゃあ、ライル。連絡を宜しく。できれば、旅程の最後の方で約束を取り付けて」
「分かりました」
それから、視察の細かい内容を詰めて3人は退出。丁度良いタイミングでセバスからお願いしていた資料が届いたので目を通す。
実は私、日本で生きていた頃は税務事務所で働いていたのよ。お陰で、収支報告書とか会計関係の数字を読むのは得意な方。特に苦にもならずに数字を追っていける。
「………お嬢様。昼食のお時間ですが」
「……あら。もう、そんな時間?」
時間が過ぎるのは早いもので、あっという間に昼ご飯の時間。にしても、準備して貰えるのってありがたいわー。正直昔は結構忙しさにかまけて食事とか適当だったしね。
ご飯をさっさと食べて、また仕事に戻る。…あ、しっかりと噛みましたよ。ダイエットは忘れません。忙しいと、空腹を忘れるので丁度良いわね。
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私の名前は、ターニャ。下の名前はない。平民の、それもスラム街の住民は大抵氏というのを持っていないかったから気にしたことはなかった。
そんな私は、何故か公爵家の令嬢に仕えている。食うものに困り、明日をも知らぬ我が身がまさかこのようになっているとは……当時はそんなこと夢にも思わなかった。
私が仕えるアイリスお嬢様は、貴族のお嬢様らしく気高く、けれども時折見せる天真爛漫なところが愛らしい女性だ。
国内屈指の名家に私が何故仕えることができるようになったかと言えば、単にお嬢様の気まぐれ。けれども、気まぐれで良かった。のたれ死ぬところだったこの命を救って貰ったのだ……それだけで十分。
なのに、お嬢様は事あるごとに私を“大切”だと言ってくれて、恐縮な事に友人のように扱ってくれる。……だからこそ、私はお嬢様に誠心誠意仕えたい。そう、思った。お嬢様は、取るに足らない存在だと思っていた私に、生きる理由まで与えてくれたのだ。
さて、その私の大切なお嬢様は此の度あの憎い男に婚約破棄をされた。
あんな奴が王家の男とは、本当に理解し難い。
お嬢様の素晴らしさが分からないのもそうだし、男爵令嬢に現を抜かして公爵令嬢たるお嬢様を蔑ろにし、あまつさえ大勢の人間の前で取り押さえるという屈辱を与えたなど言語道断。許し難い。
なのに肝心のお嬢様は、別邸に戻ってきた時には既にスッキリとした様子。あれ?あんなにお慕いしてます!というのが前面に出てたのに、どうしたのだろうか……とも思ったが、あんな男にお嬢様が未練を残す必要はないと特に深く聞くことはなかった。
旦那様の沙汰がどのようになるか分からなかったからなのか、お暇を出すようなことをお嬢様は仰られていたが、全力で拒否。例え地の果てでもお嬢様に着いてお嬢様仕えしたいというのが私の願いだった。
幸いなことに、お嬢様は領での謹慎のみでお咎めは特になかった。
けれども安堵するよりも早く、それに付随して言い渡されたことに驚愕する。……お嬢様が、公爵領主代行?
旦那様も、一体何を考えているのやらと聞いた時には耳を疑った。
私の大切なお嬢様は、貴族らしく気高くその名に恥ずかしくないような教養を積んでいらっしゃる。けれどもそれが実務に繋がるのかと言われればそうではないような気がした。
何せ、お嬢様のスケジュールといえば幼少期はマナーが中心で、学園では算術と詩や文学それから歴史と地理といった一般教養。
果たして、お嬢様はどのようにするのかと思えば………。
次々と私に指示を出され、今はセバスさんから受け取られた資料を読み漁っている。
私もチラリと中を拝見させて貰ったが、数字がギッシリと詰まっている小難しい書類を本当に読んでいるのかという早さで目を通していた。
時折手元のノートに何やら書き込みをしているところを見ると、本当に読んでいるのだろう。
お嬢様は、やはり私如きには計り知れない。そう思った。
けれども一先ず、どうやら集中し過ぎると周りのことが見えなくなるらしいお嬢様に、あまり根を詰め過ぎないように時折様子を見ることを誓った。