対決
「……入れ」
お父様の低い声が、私の耳に入る。それと同時に、私は部屋に入った。
「失礼致します」
重々しい雰囲気の中、正面の席に座る。怜悧な面持ちの彼は、現役の宰相職に就いているだけあって眼光が鋭く、そして纏う雰囲気が常時硬い。……それが今では通常の2割増しでそうなのだから、対面している私は居た堪れない。
「……本日はお時間を取ってしまい、申し訳ございません」
「ほう。自分がそれだけのことをしたと、分かっているのか」
「いいえ」
ピクリと父の顔面の血管が動いた……気がする。だから、怖いって。
「宰相職である父にも、公爵である父にも迷惑はかけたと思っておりません。私が謝罪すべきなのは、父としてのお父様だと思っております」
「ほう……?それは、何故」
「第一に、私のしたことと言えば流言と小さな悪戯ばかり。それも状況証拠のみですから、宰相職である父が出るほどの案件ではないかと。……何より、あちら側は公爵家を蔑ろにした上に、一方的な婚約破棄をしておりますから強くは出れない筈。学園の中でも、大分私の方に情状酌量余地があることを印象付けましたから、この問題を大きくできないでしょう。エドワード様がどんなに喚こうとも、大方厳重注意のみかと」
「……学園でのやり取りは既にこちらも聞いている」
「そうでしょうね。それから、公爵であるお父様に対しての謝罪ですが……そもそもお父様は、私とエドワード様の婚約を反対していたのでは?」
「何故、そうだと」
「私の血筋というのは、王家と婚姻を結ぶ場合、王家のパワーバランスを崩しかねないからです。何せ筆頭公爵であり宰相であるお父様と将軍の地位を賜る侯爵の1人娘である母の血を引いているのですから。第一王子と婚姻を結ぶのならまだしも、第二王子ではいずれ国を二分化しかねませんもの」
私の言葉に、お父様はここにきて初めて表情を変えた。とはいえ、ニヤリという効果音が出てるような意地の悪い笑み……当人にとってはそんな意図は全くないのだろうけれども……だから、やっぱり私は怖く感じる。
「そうだとして、では何故私はお前とエドワード様の婚約を許したと思う?」
これに関しては、私もここに来るまで随分考えた。状況から言ったら、私なら前者を絶対選ぶ。
「……どちらでも、良かったのでは?」
「それは、どういう意味だ?」
「私が第一王子と婚約した場合は、弟も第一王子に仕えさせて第一王子の地盤を盤石なものに。私の婚約者が第二王子であれば、弟は第一王子の陣営に。その場合、私が第二王子側の動きにおかしなものがないかを見張りつつ手綱を握ることを期待して。まあ……前者の方が手間が掛からない上、非常にシンプルですからお父様としては前者の方が良かったでしょうけれども」
実はこの物語、ゲームだと第一王子にそんなにスポットが当てられていない。むしろ、第二王子が次期王様になるみたいだな……ぐらいに描かれている。第一王子は亡くなられた正室の子供、第二王子は現在唯一の妃にして側室の子供。正室腹の第一王子が次期王に決まっていると思うが、そこはそう問屋が卸さない。
側室は我が家とはまた別の、現在力を付けつつある侯爵家の娘であり、正室の家は伯爵家のため家格でいえば側室に劣る。王が殊の外正室を愛していたが為に、反対を押し切って王妃の位を与えるという力技をしてしまったが故に、このような微妙なバランスとなってしまった。
そしてその微妙なバランスの上に成り立つ貴族社会も、ここから先揺れに揺れるのは目に見えている。
ゲームだとこんなドロドロとしたところは描かれてなくて、ザックリと第一王子は国外に留学しているという設定で終わっていたから、そうなんだ……程度にしか思っていなかったけれども、やはり現実は厳しい。
そしてお父様は、王家ではなくこの国に仕えていると言っても過言ではない程、徹底して宰相職として王家のいざこざには中立の立場を取っている。今回第一王子寄りの陣営なのも、あくまで国法に基づき下した判断であり、もしも第一王子が暗愚な人物であれば国の為にならないとすぐに切り捨てるであろう。……王家の争いがあった場合、収まるまで行政はストップするであろうから、正しい反応といえばそうだ。
「とはいえ、弟は完全に第二王子寄り。であれば、お父様は私と第二王子の婚約破棄を狙っていた筈。……良かったですね、父様」
最終的に私の一件があっても、父様ならば私を第二王子妃に捻じ込めた筈。それだけの力が、ウチにはある。けれどもそうしなかったのは、他ならぬお父様がそれを願わなかったからだ。
「ふははははっ」
お父様は、楽しそうに笑った。けれどもやっぱりお父様の笑い方は、悪役のそれにしか見えないわ。第三者が見たら、完全に萎縮するでしょう。
「そうだな。確かに、私はお前とエドワード様の婚約破棄を願っていた。アレには散々エドワード様と距離を取るよう言い含めていたのだがな……奴め、己が役目を忘れて完全に今では『第二王子の取り巻き』の一員と化している。……だが、アイリスはそれで良いのか?エドワード様に惚れていたのではないか」
「恋は病のようなもの。冷めてしまえば、それまでですわ。……私としても、早々にこうなって良かったと思っております」
アレじゃ、百年の恋も冷めるものでしょう。
「……ふむ。だが、アイリス。
「……っ!そうですか……」
一瞬目の前が真っ暗になる。
人生を賭けた大勝負に、私は負けたのか……と。
やっぱり身分剥奪、勘当からの教会幽閉コースは免れないのかと。ターニャは付いてきそうだけど、何とか残るように説得しなければ。
「お前には、領地に戻り謹慎とさせてもらう。無論、王都より遠く離れた地のため、お前が何をしようとも私の預かり知らぬところだがな」
「………え?」
それって、何をしてもオーケーってこと?え、幽閉はなし?
「それと、ただそこにいるのは勿体無い。お前には領主代行の地位をやるから、恙無く、領地を治めよ」