恋は冷めるもの
……こんな茶番に、これ以上付き合ってられない。
所詮、これはエド様とその愉快な仲間たちのフラストレーションを吐き出す場。そして、彼女を被害者として正当化する為の場。
こんな場面を迎えてしまえば、私は最早自宅謹慎は免れない。……この場でできることは、もうない。
後は教会に幽閉されることを免れるかどうか……でもそれは、父との交渉次第。重ねて言うが、この場ではもうすることがない。
「……以後、私は皆さんにお会いすることはないでしょう。ですからこの場をお借りして、挨拶をさせていただきますわ。皆様、今までありがとうございました。同じ学生としてこの学園に通ったこと、皆様に良くしていただいたこと、感謝に堪えません。御機嫌よう」
今後社交界というものに出ることはないだろうし。この学園に戻ってくることもないだろう。
「アイリス、待て……!」
良い感じで〆て、この場を去ろうとしたのにエド様が私を引き止める。空気が読めないわね……“私”、何故こんな男を好きになったのかしら。
「去る前に、ユーリに謝れ」
ほんっっとうに、何故こんな男を一時でも好きだと思ったのかしら?ああ、もう……聞き間違えかと思って思わず変な間を空けてしまった。
公爵令嬢たる私が、男爵令嬢に皆の前で謝れと?声を大にして問い詰めてやりたい。
……これは、私のプライドだけで憤然としている訳ではない。
たかが子女、されど子女。私の行動は、それ即ち公爵家ひいては貴族社会に大きな影響を示す。
つまり、私が謝るイコールアルメリア公爵家が男爵家に頭を垂れるということ。筆頭公爵家が男爵家に頭を垂れるなんて前代未聞、というかそれではウチだけでなく侯爵・伯爵の立つ瀬もなくなってしまう。新興貴族が増長して貴族のパワーバランスが崩れる事態だって起こり得るというのに……。ああ、本当に頭の中が恋愛脳になってしまっているのか。
というかそもそも、元婚約者である貴方がそれを言う?自分の胸に手を当てて良く考えなさい!……というこの想いは、私だけではなくこの場にいる野次馬……もとい関係のない他の生徒たちも思ったらしく、先ほどまで針の筵だったというのに幾分か視線は和らぎ、寧ろ同情の気持ちが向けられているのを感じた。
……これを逃す手はないかも。
「……謝りませんわ。私は私の矜持に従って行いましたもの。例え行き着く先がこの身の破滅であろうとも、私は私を曲げません」
それだけの覚悟をもってやったのだ、と言外に仄めかす。
「……ユーリ様。貴女様は、これ以上私から何を奪うというのでしょうか。私の婚約者、私の地位……」
ここで、ホロリと涙を流す。気分は悲劇のヒロインだ。お、良い感じでこの場の流れが私の方に向いてきた。さっきまで完全に悪役だったのが、今では私に情状酌量の余地があると印象づけられた気がする。
「ですが、私を私たらしめるモノは私だけのもの。矜持もその1つ。謝罪をするということは、私が自分で自分を踏みにじることと同意。ですから謝りませんし、これ以上、私は貴方がたに何も奪わせません」
ワタシの記憶を取り戻す前にあった私の怒りを言葉にして言い切った……ああ、スッキリした。そんな晴れ晴れとした気持ちで、私は部屋を後にした。エド様は何だか不満げな表情のままだし、渦中のヒロインはキョトンとしているけれども。
私はその場から離れると、学園の外へと出た。……変なところで準備の良い弟を信用しての行動だったけれども、予想通り弟は家に使いを出して既に迎えを寄越していた。
公爵家の紋が入った豪奢な馬車に、身一つで乗り込む。……どうせ荷物は、後で家の者が纏めて家に持って帰るなり、処分したりするだろう。
私は馬車の窓から、今の今までいた校舎を眺める。
……これで、学園ともお別れか。もう、ここに来ることはない。それは物語通り私が身分剥奪の上幽閉だった場合は勿論、その他の結果を勝ち取ったとしても。お父様が、私を学園から離すために。
ふう……と溜息を吐いた。茶番は終わりだ。ここまでの私は物語に沿ってきただけ。これより先に筋書きはない。そして何より、次はいよいよラスボスたるお父様との対面。正直さっきよりも緊張してきた。
気持ちがどんどん重くなる中、馬車はゆっくりと王都にあるアルメリア別邸へと走り出したのだった。