序章
転落したよ。
それは、突然やってきた。
魔法の実践授業を終え、昼食をとった後、騎士が屋敷に雪崩こんできたのだ。
「エンリッヒ男爵の嫡男、アルマンドだな?」
厳つい鎧に身を固めたおっさんに凄まれ、俺は思わず頷いた。
執事のおっさんが喚いているが、騎士達は完全に無視している。
「捕らえろ。」
その一言で、俺は縄を打たれ、乱暴に担がれて馬車に放り込まれた。
何が起こったのかまったくわからないが、あまりよろしくない展開である事は理解できた。
「エンリッヒ男爵家は取り潰し、領地、財産その他は一旦王家の預りとなる。家人はそのまま待機。逃亡は死罪。」
うへぇ。マジかよ。
厳つい騎士はメイドや執事達に言い渡すと、馬車に乗り込んで来た。
出せ、の一言で馬車が動き始める。
「父上がなにかしたのですか?」
自分でも声が震えているのがわかる。
小便ちびりそうだ。
「王家に対する反逆に加担した。既に夫人と共に処刑される事が決まってる。」
なんてこった。
「僕は、どうなるのでしょう?」
「悪ければ、連座で処刑だな。」
「一番軽い刑なら?」
「どこかの寒村に送られて、平民として生きる事になる。」
人生詰んだ。
親父、いったい何やらかしてんだよ。
貴族としての教育しか受けてない俺に、一般市民の生活なんて、まったくわからない。
これはマズイ。
俺はまだ死にたくない。
どうにか逃げ出せないか、色々魔法やら何やら試してみたが、この縄は普通じゃない。
良く見たら魔力が宿ってるし、捕縛用の特別な縄なんだろう。
三日ほど馬車に揺られ、王都っぽいとこに到着すると、すぐに地下牢にぶち込まれた。
ほとんど光がない。
精神的にクルものがある。
死ぬ前に発狂とか、マジでシャレにならん。
「アルマンドか。」
隣の牢から親父の声がした。
正直、口を聞きたくない。
「こんな事になってすまない。」
弱りきった声だ。
もしかしたら、泣いているのかも知れない。
こんな親父の声は聞きたくなかった。
母親も、どこか別の牢にいるんだろう。
「信じられなければ、信じなくても良い。だが、聞いて欲しい。」
俺は、返事をしなかった。
「私は、嵌められたようだ。反逆の意思などない。突然、捕らえられた。
アルマンド、こんな事に巻き込んですまないが、どうしようもなかったのだ。
全て、私が関知しない所で話しが進んでいたようだ。
貴族とは、そういう生き物だと、わかっていた筈だったのだが、甘かった。
許してくれとは言わない。
ただ、すまない」
息も絶え絶え、といった感じだ。
拷問でもされたのだろう。
心が折れそうになるので、俺はただ黙って聞いていた。
声を出すと、本当に折れる気がして、出せなかった。
牢は静かだったが、親父の声がいつまでも耳に残る。
泣きそうになった。