序章
修行だよ。
朝目覚めるとメイドが朝食を持ってくる。
メニューは、パン、茹で卵、ベーコン、サラダ、紅茶。
日によって多少変わるが、だいたいこんなもんだ。
貴族の割には普通だと思ってたが、一般人はもっと粗末なものを食ってるらしい。
屋敷からほとんど出た事がないし、他人の飯など知ったこっちゃないが。
貴族、サイコーです。
その後、お付きのメイドに顔を洗われ、服を着替えさせられる。
初めは下着から何から絹だったが、あの肌触りと冷たい感触が好きになれたなかったので、駄々をこねて木綿の服を着ている。
「男爵家の御曹子が綿の服など」
と、執事のおっさんが説教に来たが、別に外に出る機会もないし、社交界デビューも十年ほど先だろう。
部屋着みたいな扱いで、なにがダメなのか問いただし、最後は子供の必殺技「なんで?」を連発して沈黙させた。
ムキになり過ぎた感はあるが、やはり絹より綿の方が、俺は好きなのだ。
さて、こんなやりとり以外は特に変わった事もなく、俺は五歳になった。
両親は色々と忙しいらしく、あまり顔を合わせる事もない。
だらしない生活をしている訳ではなく、領地の経営や王宮でのコネ作りは、本当に忙しいらしい。
まぁ、俺は誰かに任せる気満々だが。
五歳になったので、俺に魔法の先生と武芸の先生がついた。
初日こそワクワクしながら挨拶したが、そこからは地獄の日々。
今思えば、座学の家庭教師は、本当に優しい先生だった。
前世の貯金がある俺は、三歳児としては非常に優秀な生徒だったのもあるのだろう。
余った時間は好きな本を読んだり、メイドにかまってもらったりしながらテキトーに過ごせたのだ。
だが、この二人は違う。
朝から晩まで、修行漬けである。
朝食を済ませると、魔法教師の監視付き座禅。
魔力を知覚する修行らしい。
それを二時間ほどやってから、今度は魔法の基礎理論概説。
これがとんでもなく難解で、若干数学っぽい。
公式を覚えた上で、ひたすら応用の繰り返し。
理解しないと魔法が暴発する事もあるらしいので、予習復習は怠れない。
また、魔法の発言にはイメージが関わる部分もあるらしく、色んなモノに対する知識を深めねばならなかった。
例えば、水とはなんなのか、H2Oです、ならばHとOとはなんなのか、と言った具合に突き詰めていくのだ。
あくまで例えだからね!この世界じゃまだ原子は発見されてない。
これが終わって昼食。
だが、本当の地獄はここからだ。
武芸の先生の教育方針は至極単純。
曰く、身体で覚えろ。
具体的には、貴族の子弟にこんな事して良いのかってほど打ち据えられる。
手にする武器も日によって変わり、昼過ぎから夕方までひたすらボコられる日々。
身体中、痣だらけで前世でいう、喧嘩に負けた不良みたいになっていた。
あ、最初の一週間に武器の握り方とか、ある程度の使い方は習ったよ。
そして、夕方から日が落ちるまでは、乗馬の訓練。
こちらは順調である。
最初の頃は内腿の筋肉痛と、落馬による全身打撲に悩まされたが、すぐに普通に乗れるようになった。
今は手綱を離して、足だけで馬を動かす練習をしている。
一度、執事のおっさんに、もうやりたくないって言ったら
「お父上に仰るのですな。私共にやめさせる権限はございません。」
と、突っぱねられた。
親父になんか言うの苦手なんだよな。
妙に威圧感あるし。
まぁ、必要な事っぽいので諦める事にする。
と言うより、他にする事がないんだけどな。
屋敷にある本、全部読んじゃったし。