女秘書は港へ向かう。
「対魔獣用装備をした部隊を二千ずつ三部隊、メリルナガン、グラード、ラグンの国境近くに待機させてください。はい、戦争の準備と考えてください。糧食等については弊社にて手配し、現地にキャラバンを向かわせますので最低限で構いません。無理ばかり言って申し訳ありません。ああ、そうですね。この一件が終わったら、是非」
マティアル勅許会社、社長付き秘書グラムは、馬車に積んだ通信機材を止めた。
眼鏡を外し、軽く伸びをする。
背骨からバリバリと音がした。
(さすがに働きすぎでしょうね)
グラムは今年で七〇歳。
ハーフエルフとしてはまだまだ若いのだが、それでもこのところ働きすぎだ。今回はビジネスは度外視、仕事ではなく、ヴェルクトという
(ともかくこの件が終わったら、長期休暇をいただきましょう)
この戦いが終わったら、当面仕事は放棄しようと心に誓う。アレイスタ包囲網構築のための根回しや用兵、兵站の管理などは得意分野なのでまだいいが、勇者ヴェルクトの訃報を聞き、本社を出ていったきり戻ってこない
挙句の果てにグラムにも、アレイスタに出てこいと言い出した。
状況はわかっている。自分の力が必要なこともわかっているし、必要とされることへの喜びもある。
それはそれとして働きすぎだ。
退職願を叩きつけるつもりはないが、恨み言と休暇願いくらいは叩きつけてやってもいいだろう。
「激詰め終わりました?
馬車の前方の幌が開き、若い女が顔を突っ込んでくる。二十代前半、短い栗色の癖毛、女性にしては長身で、メガネをかけている。
名前はアステル。歳は若いが勅許会社傘下の傭兵部隊
「いえ、そういう交渉はこれからです」
先ほどの交渉は古い友人が相手だ。えげつない交渉をやらなくても話をつけられた。
タフな交渉になって行くのはこれからだろう。
「そーですか。まぁとりあえず一息入れません? チョコ練りました」
軽い調子で言ったアステルは顔の下からカップを二つ出す。チョコというのは、緑の地獄と言われた南方大密林付近に自生する豆を加工して作る新しい嗜好品だ。元はレストン族の伝統的な食品だったが、勅許会社の戦後の商売に加えるべく少量を生産し、法王国で試験販売をしている。
「そうですね、いただきます」
アステルの誘いに応じ、馬車の御者台に出る。街道をゆく馬車の周囲には、一号隊の騎馬三〇騎。三台の馬車を連ねた馬車を引くのは、通常の騎馬の三倍近い馬体を持つ魔物めいた巨馬である。
バイアリーターク。
御者台で砂糖を混ぜたチョコを練る団長アステルの愛馬である。
陽気で砕けた調子からは想像しにくいが、アステルは熱操作を得意とする魔術師だ。水筒から熱を
「どーぞ」
「ありがとうございます」
加熱されたミルクを掻き回してカップの底のチョコを溶かし、口に運ぶ。
思ったより熱い、少し風に当てて冷ましてから改めて口に運んだ。
ふう、とため息をつく。
自分の分を作ったアステルもまた「ふー」と声をあげた。
「そーいえば、ちょっと前にアレ見かけました」
「アレ?」
「アレですアレ」
「わかりません」
「教皇サマのデカイ羊」
「
「ソレです。やべーやつでした。デカいわ速いわ金色だわ。で、その後ろを聖堂騎士団がずどどどどおぉー」
今のアレイスタの状況を考えれば、中止して当然、聖堂騎士団が動ければ御の字と考えていたので、少し計算外だ。
フルール二世という人間を見誤っていたのかもしれない。
「最後の
「そう願いたいところですが」
あまり期待はできまい。人族というのは、そう賢い生き物ではないのが現実だ。
だが少しでも、長い平和が来て欲しいとグラムは祈る。
ヴェルクトという少女の戦いと、勅許会社を作った男の想いが、無駄なものにならないようにと。
○
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グラム、一号隊の到着と時を同じくして、
ここからは海路。九つの隊は九隻の船に分乗、九箇所からアレイスタ沿岸に上陸、王都に潜入し、バラドたちの勇者救出を支援する。作戦終了まで
会場はジース造船所の空きドック。階段状の段差がついたドッグの傾斜を座席代わりとし、グラム自身は水を抜いたドックの底に立ち、作戦概要を通達して行く。
「
「
「
「
「
「
アステルも問う。
「貴女の判断にお任せします」
「りょーかいしました」
「王都での戦闘ですが、新魔王、アレイスタ軍、異形の神の眷属群の他『
アレイスタ王都支店には
「まともに戦えば、
足元に置いたケースから、グラムは太い四角柱型の棒を取り出した。長さは三フィートほど、オリハルコン・アダマンティア合金製の杭を四角柱型の金属の箱の中に収めたものだ。杭の先端側は解放された構造となっている。
「
事前に用意しておいた分厚い鋼板に
どん!
重く、鈍い音がドッグに轟いた。
点火された結晶火薬が
「オリハルコン・アダマンティア合金の杭を結晶火薬の爆発力で押し出し、装甲を貫通、先端部から毒液を注入する仕組みになっています。後方にペレットを飛ばすことで反動を抑える構造となっていますので、軸線上に体や味方を置かないよう注意してください」
「毒が効くのかい?」
ゴーバッシュが問う。
「ボーゼン顧問が『
理論上はエリクサーを注入して免疫力を高めてやるのが一番早いそうだが、コストがかさみすぎる。オリハルコン・アダマンティア合金の杭だけでも結構な高額商品だ。
「同様の装備を千本用意しました。
ハーフエルフの女秘書の目に、刃物のような光が浮いた。百錬練磨の兵どもが、息を呑むような凄みがあった。有能とはいえ、あくまでも秘書、非戦闘員のはずのグラムが
「狩り殺してください。すべて」
『
『光の獣』を、勇者ヴェルクトの姉妹と言えるものを切り刻み、人間に縫い合わせて作られた怪物。
グラムの運命を変えてくれた少女を冒涜するもの。
地上から、駆逐しなければならない。
一体も残さずに。