警官に覚醒剤を飲ませた疑いがあると裁判所が逮捕・起訴された被告を無罪にするという衝撃の判決があった。
覚せい剤取締法違反(使用)で逮捕されたY被告(45)に対して、3月19日に無罪判決を言い渡したのは、名古屋地裁。
判決では「Y被告に採尿前に大量の水などを飲ませた際、秘密裡に警官が覚せい剤を混入させた疑いがある」と指摘し、警察の「自作自演」の冤罪である可能性まで示唆したのだ。
判決文によると、事件は2019年11月、Y被告の交際相手などから「様子がおかしい」と愛知県警に連絡が入り、東海署が捜査に乗り出した。同年11月13日にY被告は東海署に出頭し、採尿検査を受けたが、覚せい剤は検出されなかった。
同年12月5日に東海署はY被告を逮捕した。強制捜査をしたが、覚せい剤、注射器などは発見されなかった。同日午後9時39分ころから、翌日未明の午前2時45分頃まで約5時間も、X警官らはY被告に20−30杯のお茶、水を飲ませた。その後、Y被告は病院で強制採尿検査となり、覚せい剤反応が出たため、逮捕された。
起訴されて裁判を受けることになったY被告に対し、名古屋地検は有罪だとして懲役3年6か月を求刑した。しかし、Y被告は採尿検査や取り調べ、捜査の違法性を訴え無罪を主張した。
だが、裁判で違法捜査の実態が浮かび上がってきた。Y被告が逮捕された当日、お茶や水を大量に飲ませたことは、愛知県警の「被疑者取調べの高度化及び適正化推進要綱」に違反しかねないものだった。
採尿のため、水分補給させる場合は未開封のペットボトルを被告人にあけさせて飲ませることになっている。しかし、X警官らは紙コップにお茶や水を入れて飲ませた。時には、Y被告の求めに応じて、砂糖をお茶や水に入れていたという。
公判でY被告は「お茶の濃さが毎回違っていた。おかしいと思った。1度、すごく苦いことがあった。X警官に文句を言ったが、お茶の粉が溶けていないだけと言われた」と証言した。
一方、X警官は公判で「無理にお茶や水を飲ませていない」と主張した。
裁判所は最終的に警察の捜査を断罪した。
「X警官らは強制捜査で覚せい剤や注射器などを発見できなかった。Y被告を覚せい剤使用の罪により確実に有罪に持ち込むための決定的な証拠を獲得するために、採尿前に提供する飲料に覚せい剤を混入させる動機がないとはいえない」
「5時間に渡って、20〜30杯のお茶や水を飲ませており、Y被告に気付かれずに秘密裡に覚せい剤を混入する機会がないとはいえない」
採尿前に飲ませた飲料にX警官らが覚せい剤を混入させた可能性を強く示唆した。そして、X警官らが覚せい剤を入手する方法についてもこう言及した。
「薬物事件担当の警官においては、覚せい剤関係者との接点があったり、捜索差押の過程で覚せい剤に触れる機会がある。警察署で正規に保管されている覚せい剤を持ち出す以外の方法でも、入手できる」
X警官や検察側の主張の大半を否定するという裁判所の珍しい判決だった。その背景には、X警官らの「不法行為」があった。
X警官は逮捕後、Y被告に携帯電話を渡して、使用させていたことが明らかになった。知人にLINEでメッセージを送信させ、それが既読になっていたことで裏付けられた。
Y被告が知らないはずの交際相手の女性の住所や部屋番号まで、X警官が教えたことも発覚した。
また、X警官はY被告から「携帯電話のことを裁判で暴露するなどと言われて、脅された」とも主張。拘置所にいるY被告宛に1万円を2回、現金書留で差し入れたことも法廷で明らかになった。
X警官は最初の証人尋問で現金の差し入れを否定したが、2度目の尋問では認めたため、裁判所はより強く不信感を抱いたようだ。判決では以下のように認定している。
「Y被告の兄の名前を使って私印偽造罪に該当しかねない方法で、現金1万円が入った書留郵便を2度にわたり送付した」
「X警官は現金送付を一旦は明確に否認する偽証をした」
「X警官が現金送付という不当極まりない便宜供与をして、それを否認する偽証をした。証言は到底信用できない」
そして、X警官ら愛知県警の捜査を裁判所は強く非難した。
「不正が行われた疑いを強く生じさせる」
「遵法精神が著しく鈍麻している」
そして無罪判決を下した。元東京地検特捜部の検事、落合洋司弁護士はこう語る。
「私も名古屋地検にいた時、愛知県警の捜査が荒っぽいと感じました。ある事件で、簡単に発見される場所から覚せい剤が押収され、警官が置いたんじゃないかと疑われた。案の定、その事件は無罪になった。今回の場合、採尿前に5時間も紙コップで20〜30杯もお茶や水を飲ませたことは捜査でわかっていたはず。その時点で、検察は起訴をやめるべきだった。裁判所がここまで厳しい判決を書くというのは、普段から愛知県警の捜査をかなり疑っていると感じました」
(本誌取材班)
※週刊朝日オンライン限定記事