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魔導具師ダリヤはうつむかない~番外編 作者:甘岸久弥
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魔物討伐部隊~紫の二角獣討伐後の飲み会

本編「紫の二角獣」(https://ncode.syosetu.com/n7787eq/104/)後の飲み会のお話です。

 紫の二角獣(バイコーン)の討伐を終えた魔物討伐部隊員三十名は、水場の近くにある馬止めに移動した。

 平らで少し開けた場所で、馬も置いておける。野営に最適な場所である。


 馬を早駆けさせれば夜には王都に戻れる距離だが、本日はここで泊まり、明日早朝に帰ることとなった。

 その理由は、隊員達の精神的ダメージである。


二角獣バイコーンの大馬鹿野郎ーっ!」

「滅べ、紫っ!」

「おのれ、魔物の分際で……」

「本当に、未練がましいことよ……」


 防水布に座る隊員達の顔色はさえない。

 討伐後、これから疲れを癒やす飲み会のはずなのに、あちこちで怒りと怨みと嘆きが入り交じって聞こえてくる。


「これは、仕方がありませんね」

「はい、紫の二角獣バイコーンですので」


 副隊長のグリゼルダのため息に、壮年の騎士が革袋のワインを渡しつつ答えた。


 紫の二角獣(バイコーン)は変異種であり、戦闘力は通常の黒い二角獣(バイコーン)と変わらない。しかし、その性質がすこぶる悪質である。


 相手の大切な者の幻覚を己と重ねる――

 よって、二角獣(バイコーン)の姿は、各自の妻子や家族、恋人などに見えることが多い。


 その上、紫の二角獣(バイコーン)は魔法防御が高く、遠距離魔法が効きづらい。

 結果、接近戦中心となるのだが、剣で斬る、あるいは弓で射るのは、愛しい、あるいは大切な者の姿で――精神に大変悪い。


 よって紫の二角獣(バイコーン)の討伐は、魔物討伐部隊員に蛇蝎だかつの如く嫌われている。


「本日の紫の二角獣バイコーンの討伐、お疲れ様でした」

「明日は帰るだけだ、持って来た酒は全部飲んでかまわん。いろいろと思うところがあるなら、ここで吐き出して忘れろ! 今日言ったことは互いに他言無用、持ち帰り厳禁だ! 以上、乾杯!」

「「「乾杯!」」」


 討伐の成功も明日の幸運も祝わぬ乾杯に、各自がワイン入りの革袋を持ち上げる。

 そこにいつもの任務完了の明るさはない。


「妻に弓を向ける日がくるとは……」

「そこは混ぜるな、お前が射たのはただの馬だ!」

「王城騎士団員失格です、子供達が見えて魔法がずれるなど情けないことを」

「きっと位置迷わせの幻覚も入ってたんですよ。お気になさらず、さあ、まずはこの酒を――」


 決めてはいないのだが、落ち込む者と支援に回る者に分かれつつあった。

 皆が座る防水布の上には、干し肉もドライフルーツもあるのだが、本日は酒の減りの方がはるかに早そうだ。


「うわぁ……」


 ワインの革袋を配って、自分の場に戻ると、隣のヴォルフが革袋の白ワインをちゅうちゅうとすすり飲み続けていた。

 すでに一つ、カラになった革袋が膝の前に転がっている。

 金色の目がとても虚ろで、声をかけづらい。


 前回の紫の二角獣バイコーンの討伐では、二角獣バイコーンにしか見えなかったと言っていたが――どうやら今回は『大事な人』が見えたらしい。


 向かいのランドルフは、手のひらにドライフルーツをごっそりとのせて口に含み、その後に革袋のワインを飲んで咀嚼していた。

 呑み込んだ後、隠したため息を耳が拾ったので、遠慮なしに声をかける。


「で、ランドルフ、お前、ホントに誰が見えた?」

「……黙秘する」

「ランドルフ、たまには吐けー、楽になるぞ」


 仲間の隊員の声に、革袋をつかむ指に力が入ったのがわかった。 


「……楽になどならん」


 低い声に、からかいの主は次の声を止める。


「まあ、口にしたくない相手というのはあるものだ。家族だけではなく、いなくなったり、亡くした者だったりすることもあるからな」


 他の隊員が、ランドルフに干し肉を差し出す。彼は礼を言うと、それをひたすらに噛み始めた。

 黙る理由にちょうどいいものを与えられたようだ。


 ふと気づくと、反対隣の若い騎士が、片手で目を覆っていた。

 こちらはワインの革袋にまだ手をつけていない。


「大丈夫か? 具合が悪いなら早めに横になって――」

「婚約者の顔を見ずに初恋の人を見たなど、申し訳なくて、戻っても会いに行けぬ……」

「飲め、そして完全に忘れろ!」


 そのさらに隣、遠い目で夕闇を見る隊員に、ドリノは自分と重なるものを感じた。


 自分が紫の二角獣バイコーンに重なったのは、花街、宵闇よいやみやかた一番人気の美女、ファビオラ。

 夢に見るほどの想いはあるが、届かぬことも承知している。


 いいや、自分は無理そうだが、そこにいる男には、まだ可能性がある。


「おい、戻ったらそのメイドさんの名前を調べようぜ」

「メイドさん……あんなにかわいいんだから、きっと恋人がいるよ……」

「お前、さっきと同じこと言ってるぞ。いっそ、明日、花束を買って王城へ行ったらどうだ?」

「い、いきなりそんなことをして、嫌われたらどうするのさ?!」


 思いきり慌て出す彼に納得する。思い入れがすでに深いらしい。


「ところで、そのメイドさんって、どんな人だよ?」

「背があまり高くなくて、肩までの黒に近い紺の髪をこう、後ろで結っていて……」


 なんとなくその『メイドさん』がわかったが、ドリノは挨拶以外、言葉を交わしたことがない。


「一目惚れか?」

「うん。それと、誰にでも態度が同じで、鍛錬の後の泥だらけのときも、きちんと挨拶をしてくれて、その声がとてもきれいで……討伐で怪我して戻ったときも声をかけてくれて――笑顔がかわいくて……」

「あー、わかった」


 一目惚れどころか、完全に惚れきっているではないか。

 ドリノは次のワインの革袋を仲間に渡し、ぽんぽんとその肩を叩いた。

 なんとか応援したいものだ――そう思ったとき、けふりと隣で音がした。

 黒髪の男が、二つ目の革袋のワインをすすりきっていた。


「ヴォルフ、もう一つ、いや、二つ、白ワインはいるか?」

「赤がいい……」

「今取ってきてやるから、ちょっとこれ食ってろ」


 ヴォルフにナッツを渡すと、素直にそれを食べ始めていた。

 今日は、どうにも放っておけない者が増えそうだ。

 ドリノはそう思いつつ、新しい酒の革袋を取りに向かった。




 しばしの歓談の後、白髪交じりの壮年の隊員が、チーズをのせた黒パンを持ってやってきた。


「悪酔いしないように食べておけ」

「ありがとうございます……」


 メイドについて語っていた若い隊員は、素直にそれを受け取る。

 確かに、何も食べずに飲むと、今日は悪酔いしそうな気がする。


「ルシュ、さっきの話だが――」

「先輩のところまで聞こえてましたか?」

「私の耳はいいのでな。そのメイドは、背が低めで、光によって青さの出る黒髪、鼻の左右にそばかすが少しあり、口元の右に黒子のある女性か?」


 ずいと近寄り耳元でささやかれた言葉に、ルシュは目を丸くする。


「先輩、なんでそんなにくわしいんですか……?」


 先輩は既婚、自分とは年代も違う。

 まさか同じように想う人ということはないだろうが、つい不安が募り――


「心配するな、姪だ。あと、王城勤務の保証人が私だ」


 先輩に見透かしきった笑顔を向けられ、思わず固まった。


「すみません! その、けして、浮ついた思いでは……!」

「ああ、聞いている限りで理解した。姪は実家暮らしの独身で、恋人もおらん。紹介してもいいが、その前に――お前、トカゲは平気か?」

「トカゲ、ですか? 特になんとも思いませんが……」


 なぜメイドさんの話からトカゲの話になるのかわからず、首を傾げてしまう。


「そうか、ならよかった。その――メイドゥーラ、ああ、姪の名だ。メイドゥーラがとてもかわいがっているペットが、少々大きいトカゲでな……嫁ぎ先につれていくのが条件なのだ。それで、どうも男性側がひくらしい。ルシュも一度、トカゲを見てから判断を――」


 こんな機会は二度とない。トカゲが馬を超える大きさでもかまわない。

 ルシュは拳を硬く握って願った。


「ぜひ、メイドゥーラ嬢のご紹介をお願いします、『おじ様』!」



 ・・・・・・・



 数日後、ルシュこと、ルシュロイスは、先輩隊員と共に、とある男爵家を訪れた。

 メイドゥーラは目と同じスミレ色のドレスを着て、笑顔で出迎えてくれた。

 あまりのかわいさに、これだけでも勇気を振り絞った甲斐があったと思った。


 顔合わせの茶会中、ご家族の他、ペットの紹介も受けた。

 彼女の飼う青い舌で濃灰のトカゲ『タカラ』は、なかなかに大きく、ルシュの身長の三分の二程あった。

 真横にきてせっせと威嚇されたり、その青い舌を伸ばされたりしたが、実害がないので笑顔で受け流した。


 爬虫類は苦手ではないし、魔物討伐部隊員として戦ってきた魔物と比べれば、じつにかわいいものである。

 何より、憧れのメイドゥーラの番犬ならぬ番トカゲである。尊重したい。

 そう思っていたところ、タカラは足元にごろりと寝そべり――茶会の間中、そこにいた。


 その後、ルシュはメイドゥーラとの交際を許された。

 『タカラ』は、『宝物』から名前をとったというだけあって、メイドゥーラが大変にかわいがっていた。

 夜は同じ部屋で眠っているという話に、少し妬けたのは内緒である。


 会う度に彼女と共に餌をやり、庭を散歩するうちに、タカラは自分にもよくなつくようになった。


 一度、タカラに後ろからじゃれられて噛まれたが、メイドゥーラが――そのときにはもう『メイドさん』と呼んでいたが――珍しく烈火の如く怒り、濃灰のトカゲは一回り小さくなるほど縮こまって反省していた。

 ちょっとかわいそうだった。



 なお、タカラと同種のトカゲ、その求愛行動が噛むことだとルシュが知るのは、しばらく先。

 その話を『メイドさん』にし、赤い顔で肩を噛む真似をされ――婚約腕輪を買いに全力疾走するのは、もう少し先の話である。

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おかげさまで「魔導具師ダリヤはうつむかない」6巻「服飾師ルチアはあきらめない」書き下ろし、4月24日発売となります。
どうぞよろしくお願いします。
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