魔物討伐部隊~紫の二角獣討伐後の飲み会
本編「紫の二角獣」(https://ncode.syosetu.com/n7787eq/104/)後の飲み会のお話です。
紫の
平らで少し開けた場所で、馬も置いておける。野営に最適な場所である。
馬を早駆けさせれば夜には王都に戻れる距離だが、本日はここで泊まり、明日早朝に帰ることとなった。
その理由は、隊員達の精神的ダメージである。
「
「滅べ、紫っ!」
「おのれ、魔物の分際で……」
「本当に、未練がましいことよ……」
防水布に座る隊員達の顔色はさえない。
討伐後、これから疲れを癒やす飲み会のはずなのに、あちこちで怒りと怨みと嘆きが入り交じって聞こえてくる。
「これは、仕方がありませんね」
「はい、紫の
副隊長のグリゼルダのため息に、壮年の騎士が革袋のワインを渡しつつ答えた。
紫の
相手の大切な者の幻覚を己と重ねる――
よって、
その上、紫の
結果、接近戦中心となるのだが、剣で斬る、あるいは弓で射るのは、愛しい、あるいは大切な者の姿で――精神に大変悪い。
よって紫の
「本日の紫の
「明日は帰るだけだ、持って来た酒は全部飲んでかまわん。いろいろと思うところがあるなら、ここで吐き出して忘れろ! 今日言ったことは互いに他言無用、持ち帰り厳禁だ! 以上、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
討伐の成功も明日の幸運も祝わぬ乾杯に、各自がワイン入りの革袋を持ち上げる。
そこにいつもの任務完了の明るさはない。
「妻に弓を向ける日がくるとは……」
「そこは混ぜるな、お前が射たのはただの馬だ!」
「王城騎士団員失格です、子供達が見えて魔法がずれるなど情けないことを」
「きっと位置迷わせの幻覚も入ってたんですよ。お気になさらず、さあ、まずはこの酒を――」
決めてはいないのだが、落ち込む者と支援に回る者に分かれつつあった。
皆が座る防水布の上には、干し肉もドライフルーツもあるのだが、本日は酒の減りの方がはるかに早そうだ。
「うわぁ……」
ワインの革袋を配って、自分の場に戻ると、隣のヴォルフが革袋の白ワインをちゅうちゅうと
すでに一つ、カラになった革袋が膝の前に転がっている。
金色の目がとても虚ろで、声をかけづらい。
前回の紫の
向かいのランドルフは、手のひらにドライフルーツをごっそりとのせて口に含み、その後に革袋のワインを飲んで咀嚼していた。
呑み込んだ後、隠したため息を耳が拾ったので、遠慮なしに声をかける。
「で、ランドルフ、お前、ホントに誰が見えた?」
「……黙秘する」
「ランドルフ、たまには吐けー、楽になるぞ」
仲間の隊員の声に、革袋をつかむ指に力が入ったのがわかった。
「……楽になどならん」
低い声に、からかいの主は次の声を止める。
「まあ、口にしたくない相手というのはあるものだ。家族だけではなく、いなくなったり、亡くした者だったりすることもあるからな」
他の隊員が、ランドルフに干し肉を差し出す。彼は礼を言うと、それをひたすらに噛み始めた。
黙る理由にちょうどいいものを与えられたようだ。
ふと気づくと、反対隣の若い騎士が、片手で目を覆っていた。
こちらはワインの革袋にまだ手をつけていない。
「大丈夫か? 具合が悪いなら早めに横になって――」
「婚約者の顔を見ずに初恋の人を見たなど、申し訳なくて、戻っても会いに行けぬ……」
「飲め、そして完全に忘れろ!」
そのさらに隣、遠い目で夕闇を見る隊員に、ドリノは自分と重なるものを感じた。
自分が紫の
夢に見るほどの想いはあるが、届かぬことも承知している。
いいや、自分は無理そうだが、そこにいる男には、まだ可能性がある。
「おい、戻ったらそのメイドさんの名前を調べようぜ」
「メイドさん……あんなにかわいいんだから、きっと恋人がいるよ……」
「お前、さっきと同じこと言ってるぞ。いっそ、明日、花束を買って王城へ行ったらどうだ?」
「い、いきなりそんなことをして、嫌われたらどうするのさ?!」
思いきり慌て出す彼に納得する。思い入れがすでに深いらしい。
「ところで、そのメイドさんって、どんな人だよ?」
「背があまり高くなくて、肩までの黒に近い紺の髪をこう、後ろで結っていて……」
なんとなくその『メイドさん』がわかったが、ドリノは挨拶以外、言葉を交わしたことがない。
「一目惚れか?」
「うん。それと、誰にでも態度が同じで、鍛錬の後の泥だらけのときも、きちんと挨拶をしてくれて、その声がとてもきれいで……討伐で怪我して戻ったときも声をかけてくれて――笑顔がかわいくて……」
「あー、わかった」
一目惚れどころか、完全に惚れきっているではないか。
ドリノは次のワインの革袋を仲間に渡し、ぽんぽんとその肩を叩いた。
なんとか応援したいものだ――そう思ったとき、けふりと隣で音がした。
黒髪の男が、二つ目の革袋のワインを
「ヴォルフ、もう一つ、いや、二つ、白ワインはいるか?」
「赤がいい……」
「今取ってきてやるから、ちょっとこれ食ってろ」
ヴォルフにナッツを渡すと、素直にそれを食べ始めていた。
今日は、どうにも放っておけない者が増えそうだ。
ドリノはそう思いつつ、新しい酒の革袋を取りに向かった。
しばしの歓談の後、白髪交じりの壮年の隊員が、チーズをのせた黒パンを持ってやってきた。
「悪酔いしないように食べておけ」
「ありがとうございます……」
メイドについて語っていた若い隊員は、素直にそれを受け取る。
確かに、何も食べずに飲むと、今日は悪酔いしそうな気がする。
「ルシュ、さっきの話だが――」
「先輩のところまで聞こえてましたか?」
「私の耳はいいのでな。そのメイドは、背が低めで、光によって青さの出る黒髪、鼻の左右にそばかすが少しあり、口元の右に黒子のある女性か?」
ずいと近寄り耳元でささやかれた言葉に、ルシュは目を丸くする。
「先輩、なんでそんなにくわしいんですか……?」
先輩は既婚、自分とは年代も違う。
まさか同じように想う人ということはないだろうが、つい不安が募り――
「心配するな、姪だ。あと、王城勤務の保証人が私だ」
先輩に見透かしきった笑顔を向けられ、思わず固まった。
「すみません! その、けして、浮ついた思いでは……!」
「ああ、聞いている限りで理解した。姪は実家暮らしの独身で、恋人もおらん。紹介してもいいが、その前に――お前、トカゲは平気か?」
「トカゲ、ですか? 特になんとも思いませんが……」
なぜメイドさんの話からトカゲの話になるのかわからず、首を傾げてしまう。
「そうか、ならよかった。その――メイドゥーラ、ああ、姪の名だ。メイドゥーラがとてもかわいがっているペットが、少々大きいトカゲでな……嫁ぎ先につれていくのが条件なのだ。それで、どうも男性側がひくらしい。ルシュも一度、トカゲを見てから判断を――」
こんな機会は二度とない。トカゲが馬を超える大きさでもかまわない。
ルシュは拳を硬く握って願った。
「ぜひ、メイドゥーラ嬢のご紹介をお願いします、『おじ様』!」
・・・・・・・
数日後、ルシュこと、ルシュロイスは、先輩隊員と共に、とある男爵家を訪れた。
メイドゥーラは目と同じスミレ色のドレスを着て、笑顔で出迎えてくれた。
あまりのかわいさに、これだけでも勇気を振り絞った甲斐があったと思った。
顔合わせの茶会中、ご家族の他、ペットの紹介も受けた。
彼女の飼う青い舌で濃灰のトカゲ『タカラ』は、なかなかに大きく、ルシュの身長の三分の二程あった。
真横にきてせっせと威嚇されたり、その青い舌を伸ばされたりしたが、実害がないので笑顔で受け流した。
爬虫類は苦手ではないし、魔物討伐部隊員として戦ってきた魔物と比べれば、じつにかわいいものである。
何より、憧れのメイドゥーラの番犬ならぬ番トカゲである。尊重したい。
そう思っていたところ、タカラは足元にごろりと寝そべり――茶会の間中、そこにいた。
その後、ルシュはメイドゥーラとの交際を許された。
『タカラ』は、『宝物』から名前をとったというだけあって、メイドゥーラが大変にかわいがっていた。
夜は同じ部屋で眠っているという話に、少し妬けたのは内緒である。
会う度に彼女と共に餌をやり、庭を散歩するうちに、タカラは自分にもよくなつくようになった。
一度、タカラに後ろからじゃれられて噛まれたが、メイドゥーラが――そのときにはもう『メイドさん』と呼んでいたが――珍しく烈火の如く怒り、濃灰のトカゲは一回り小さくなるほど縮こまって反省していた。
ちょっとかわいそうだった。
なお、タカラと同種のトカゲ、その求愛行動が噛むことだとルシュが知るのは、しばらく先。
その話を『メイドさん』にし、赤い顔で肩を噛む真似をされ――婚約腕輪を買いに全力疾走するのは、もう少し先の話である。