▼行間 ▼メニューバー
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
魔導具師ダリヤはうつむかない~番外編 作者:甘岸久弥
3/5

小物職人見習いフェルモと銀の小箱(後)

 孫娘が友達を連れ、久しぶりに家にやってきた――もとい、可愛い可愛い孫娘が男連れでやってきた――そう聞いた親方は、家の奥からすっ飛んできた。


「バルバラ、男の友達ってのは?!」


 そして、つい先ほどまで工房にいたフェルモを見て、目を大きく見開いた後、無言のままに細くする。

 完全に不良品探しの目であった。


「あ、お祖父じいちゃん! 道で話したら楽しくて、連れてきちゃった。お祖父ちゃんのお弟子さんなのね。あ、フェルモさん、ここに座ってて、今、お茶を淹れてくるから」


 彼女がお茶を淹れている間、居間のテーブルで、親方と向き合って座ることになった。


「『道で話したら楽しくて』?……おい、フェルモ、お前、道端でナンパするような奴だったか?」

「……生まれて初めて、自分から女性に声をかけました」


 取り繕っても仕方がない。

 背筋を正し、自白のごとく答えたが、完全に敬語になってしまった。


「そうか……お前、見る目はあるな……」


 空気が重い、あと薄い。


「お前はバルバラと会ったことはないんだったな。他の弟子達は顔見知りなんだが、フェルモは休みですれ違ってたからな……」


 職人見習いの休みは少ない。夏祭り、冬祭り、そして月に一度の二日続きの休み。

 フェルモが家に帰っている間に、親方の家に遊びに来ていたらしい。

 自分は一度も会ったことがなかった。


「ううむ……性格は融通は利かんがまっすぐ、物作りの腕はいい、健康、女遊びも賭け事も浪費もしない、ガンドルフィ工房の跡継ぎ、家族親戚も問題なし。何より家が近い……まあ、及第点か……」


 ぼそぼそと独りごちている親方が、作業ミスで怒られているときより怖い。


「フェルモ、さっきもうすぐ一人前の話をしたが、撤回させろ」

「は?」

「余裕で売れる物が作れるぐらい腕は上がったし、実家の工房が忙しそうだったから、あとはお前の親父に教わるよう、早く帰そうと思ったんだが――やめだ」


 自分の評価と帰せるの意味がわかったが、同時にお流れになったらしい。

 うれしさと不安が同量で、心の天秤が動かない。


「この先の『もしや』を考えると、何が何でも本当の一人前、女房子供に絶対に不自由させない力量はいるわな。せめて、俺を超える腕になってもらわないと……」


 親方の濃い紫の目が、らんらんと光っている。

 額から汗が吹き出してきた。


 『せめて』で超えねばならぬのが父の親方、それにとても不条理を感じるが言えない。

 あと、この先の『もしや』の意味合いについて、聞くに聞けない。


 わかるのは――明日からの親方の指導が、まちがいなく厳しくなることだけ。


「はい、お茶!」


 バルバラが紅茶のカップをトレイにそろえて戻ってきた。


「お祖父ちゃん、今、『俺を超える腕』って聞こえたんだけど、それって、フェルモさんがお祖父ちゃんの自慢の弟子だから?」

「は? 自慢の弟子?」


 聞いたことのない話に、つい聞き返した。


「お祖父ちゃん、すごく腕のいい新弟子が入ったって自慢してたから。関節が痛いから、もう弟子はとらないって言ってたのに、その人が持って来た小物入れを見て、その場で弟子にするって決めたって。あれ、フェルモさんのことだったのね」


 四年前、父に弟子入り先として勧められ、己が作った銀の小箱を持ち、一人で工房を訪れた。

 挨拶もそこそこに小箱を手にした目の前の親方は、つなぎが甘い、底がきっちり平らではない、指触りがひっかかると、あれこれ注意してきた。


 これは見込みなしだと思った自分に、『フェルモ、明日から荷物をまとめて工房に来い』、そうぶっきらぼうに言った。


「まあ、そんなこともあった、かな……」


 濁し損ねた親方が、熱い紅茶のカップを持ち、飲むに飲めないでいる。

 その顔をじっと見返せば、濃い紫の目が泳いだ。


「俺を超える腕にしたいのに、フェルモさんを家に帰すの? もしかして、お祖父ちゃん、関節の調子が悪い?」

「いや、俺は元気だ! フェルモがそれなりの腕になったから家に帰そうと思ったんだが、気が変わった。やっぱりうちの工房で俺が教えて、俺よりいい腕になってもらおうと思って――なあ、フェルモ」

「よかったわね、フェルモさん!」

「ああ、ありがたいことで……」


 無駄に四年も共にいない。

 余計なことは言うなと、親方に目で釘を刺されているのがよくわかる。


「そうだな、孫ほどかわいくなりそうなんでな、これからも頑張れよ、フェルモ!」

「はい! 親方」


 互いに半ば自棄やけであった。

 しかし、目の前でにこにこと笑うバルバラに、それ以上互いに何も言えない。


 お茶はいつしか酒になり、夕食をご馳走になることとなった。

 親方の絡み酒を警戒したが、ご夫婦でバルバラが幼い頃、いかにかわいかったかを教えてもらう、貴重な機会となった。



 翌日以降、親方の望む高い技量と厳しい指導に、フェルモは必死に食らいついていくことになる。

 だが、周囲から同情されるほどのそれにも、不平不満をこぼすことはなかった。


 親方の家に時々来るバルバラと励まし合い、そろって職人としての腕を磨いていると、辛さもそう感じなかったのだ。

 むしろ早く本物の一人前になりたいと、相手には負けられぬと、互いの想いに火がついた。


 フェルモが実家のガンドルフィー工房に帰れるのは、ここからたっぷりと三年後。

 そのまた半年後には藤色の髪の妻を迎えることとなるが――今はまだ見えぬ話である。


(弟子達の様子見と称して、しょっちゅう孫娘に会いに来る親方)

  • ブックマークに追加
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。
おかげさまで「魔導具師ダリヤはうつむかない」6巻「服飾師ルチアはあきらめない」書き下ろし、4月24日発売となります。
どうぞよろしくお願いします。
更新はTwitterでもお知らせしています。

感想を書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。