服飾師ルチアとオレンジマフィン
『魔導具師ダリヤはうつむかない』の番外編を始めました。
どうぞよろしくお願いします。
(書籍『服飾師ルチアはあきらめない』は書き下ろしのため、こちらのお話は入っておりません)
「ルチア、痩せて見える服を教えてほしいの……」
久しぶりに会った栗色の髪の友人が、小さな声で切り出した。
初等学院時代の友人である彼女とは、半年ぶりに再会した。
服飾ギルドの服飾魔導工房で働くルチアは、そこにお菓子を配達に来た彼女と偶然会い、二日後の休みに食事をすることにしたのだ。
だが、王都中央区の喫茶店に来ても、彼女は好物のオムレツもマフィンも頼まず、野菜サラダだけ。甘党だったのはずなのに、紅茶に砂糖も入れていなかった。
「痩せて見える服って、ロミーナは全然太ってないじゃない」
元々丸い輪郭でソフトな印象のあるロミーナだが、太ってはいない。
本日は紺色のぴったりしたシャツに、しっかりした生地の黒いスカートと、どこか硬さを感じさせる装いだ。
夏にしては少々暑そうでもある。
以前の彼女は薄い色でふわり軽さを感じさせる服が多かったのだが、どうしたのか。
もしやと思い、ルチアは遠慮なく尋ねる。
「サイズが変わりがけで、服が着づらいとか?」
じつは今、自分がそれを危惧しているところだが――ロミーナは首を横に振った。
「そうじゃないんだけど、今より痩せて見えたいの……」
いつもハキハキと話していた彼女の歯切れが大変に悪い。
砂糖の入らぬ紅茶をおいしくなさそうに飲む彼女に、ルチアは察した。
「恋人が痩せたタイプが好みだと?」
げほり、彼女がむせる。
どうやら正解だったらしい。
「恋人じゃないわよ! 店の先輩よ!」
どうにかそこまで言った彼女は、口をぬぐい、大きく息を吐いた。
彼女は菓子職人を目指し、初等学院卒業後から菓子店に勤めている。
最近、自分の仕上げた飾りクッキーを店に出せるようになったと、二日前、服飾ギルドで会ったときに言っていた。
「じゃあ、店の先輩と痩せて見える服の関係は?」
「昨日、先輩に声をかけられて、来週、勉強のために他店のお菓子を食べに行くことになったの。お店は調理用の服で体型がわからないけど、私服で太ってみられたくないし、でも、この格好じゃなんか合わない気がするし……だからルチアに相談しようと思って……」
いつも明るく輝いていた赤茶の目が、迷いをこめて自分に向いた。
どう聞いても先輩への恋心がいっぱいである。
「相談してくれてありがとう。今より痩せて見えるだけなら簡単よ。黒か紺か濃茶で膝が隠れるストレートラインのワンピース、それに同色のハイヒール。あとは上着に白やアイボリーの明るい色を羽織って前を開けたままにする。これならすっきり見えるわよ」
「ありがとう、ルチア! 食べ終わったら買いに行きたいから、見立ててくれる?」
勢い込んで言うロミーナを、ルチアはじっとみやった。
「でも、ロミーナらしくて素敵かどうかは別の話よ」
「え?」
「仕事ならそういう服もありだし、イメージ違いで時々着るにはいいけど。ロミーナはそういった格好、本当に好き? 今の服もだけど」
「……大人だから、そろそろこういった服を着てもいいかもっては思ってる……」
視線を外して答える彼女の前、ルチアは無言でオレンジマフィンを食べる。
やわらかな甘さと、オレンジピールの少しだけの苦さをゆっくり味わっていると、向かいのロミーナが再び口を開いた。
「この服、痩せて見えそうだと思って、姉から借りたんだけど、やっぱり似合ってないわよね……」
「髪をアップスタイルにして、お化粧をきっちりして、ペンと書類を持つと似合いそうよ」
「らしくないってはっきり言って。ホントは明るい色が好きだし、着やすい方がいいし、お腹いっぱい食べても笑える服がいいけど、それじゃ太って見えるんだもの……」
ロミーナが少しだけ口を尖らせる。
「その先輩は、痩せた子が好みだと?」
「いえ、直接聞いたことはないの。でも、菓子職人仲間で食事会があったとき、男の人のグループで『細身で、守ってあげたいような女性がいい』って話になってて……」
「ロミーナ、皆での恋話と、聞いてもいない本人の好みは混ぜない方がいいわよ」
笑顔で聞いていても、その場で反論しないだけということも多いのだ。
仕事仲間の服飾師には、自分よりも背が高い女性が好みという者や、顔より筋肉に惹かれるという者、黒革の靴が素足に似合う人が好みという者――
いろいろあるが、普段は口にしていない。飲み会や個人的付き合いの途中で知ったことである。
「相手が好きで、その好みに合わせたいっていうのはわかるの。あたしも好きな人がいたらきっとそうだと思うから。でも、無理しても何度も会えば体型はわかるし、『素』も出ちゃうし。何より、勘違いして好きになられる方が、後で辛くない?」
「あ……」
付き合い始めてから、『こんな人だと思わなかった』――そう言われる方がダメージは大きいらしい。
もっとも、ルチアは言われたことがないので正確にはわからないが。
「よくわかったわ……そうよね、後で違ったって思われる方が嫌だものね……」
こくり、友が深くうなずいた。
「ありがとう、相談してよかったわ。やっぱり恋愛相談はルチアね」
学院時代から、なぜか友達の恋愛相談を多く聞いている。自分はどうやら話しやすいらしい。
友達の力になってあげられるならうれしいが、自分に恋人がいたことはない。
わずかな不条理を感じつつも、ルチアはロミーナに笑み返した。
「じゃ、しっかり食べてから、かわいいデート服を探しに行きましょ!」
「デ、デート……」
慌てる友の前、まだ手をつけていない二つ目のオレンジマフィンを置く。
ルチアとロミーナ、二人ともの好物だ。
「……ええ、違うかもしれないけどがんばる! お洋服の見立てはよろしくね!」
澄んだ赤茶の目に戻り、ロミーナが笑った。
追加の料理もしっかり頼んで食事を終えると、二人で服飾店を回った。
厳選に厳選を重ねた結果、薄いレモンイエロー色のふわりとしたセーターに、薄水色のフレアースカート。歩きやすそうなアイボリーの紐靴となった。
お洒落でかわいい、何より、ロミーナらしい装いである。
「これならウエストが目立たないし、しっかり食べられそう!」
甘物好きの菓子職人に戻った友に安堵しつつ、ルチアはそっと恋の幸運を祈った。
秋のはじめ、できたてのオレンジマフィンが一ダース、ルチアの家に届けられる。
差出人はロミーナ。
夏のデートは成功で、次の約束もしたと手紙をもらっていた。
だから恋愛成就の御礼だろうと思いつつ、メッセージカードを読む。
「『春になったら、結婚式の服の相談にのってください』……春。早いわね……」
ルチアは服飾師である。
春までに、ロミーナに似合いのドレスやワンピース、家着をたくさん描いておこう。
こっそりと一枚、かわいい家着を作って贈るのもありかもしれない。
なお、自分の春がまったく見えない件については考えないことにする。
その日、家族で食べたオレンジマフィンは、とてもおいしかった。