黒色中国BLOG

中国について学び・考え・行動するのが私のライフワークです

突然、ツイッターから消えた人たち

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今年の6月でツイッターを始めて丸12年になる。

私は飽きっぽい性格だが、ツイッターだけは随分長く続いている。

12年も続けていると、その間に色んな人たちとの出会いがあり、色んなことがあって、別れがありました。

* * * * *

2012年の初め頃、相互フォローの数人が更新してないのに気がついた。

最初3人ぐらいに気づいて、それから更に調べて8人ぐらいいたと記憶している。

全員に共通していたのは、2011年3月11日か、その数日前が最後のツイートで、東北に住んでいることだった。

それ以来、東北の海の映像や写真を見ると、彼らのことを思い出すのであった。

【目次】

白い墓標

2009年にツイッターを始め、数年経ってから相互フォローになった女性がいた。非常に聡明で、優しく素直な人だった。20代前半で大学を卒業して間もないように見受けられた。文学が好きらしく、自分が読んだ本の話をよく書いていた。中国語に興味があるようで、何度か話したことがある。とても品の良い言葉遣いで、キレイなツイートを書くので(こういう人はツイッターでは非常に貴重である)、私は彼女のツイートを楽しみにしていたのだが、時折、変なアカウントに絡まれているのを見かけた。クソリパーなのか、ストーカーなのか。

私はその時すでにフォロワー1万を越えていた。フォロワーが多いのは良いことばかりではなく、モメゴトに首を突っ込み始めると、影響が波及する範囲が広いので、他の人が次々に殺到して面倒が更に大きくなることがある。彼女なら、頭が良いので、なんとか上手く逃げ切るだろう…と思って静観することにした。

それからしばらくして、「最近見かけないな…」と気づき、彼女のアカウントを確認したら、ツイートが全部消えていた。名前も消されて、アイコンは真っ白のものに変わっていた。プロフにただ一言、「今までありがとうございました」とだけ書かれていた。

昔のツイッターは、アイコンは丸ではなく四角だったので、白い四角のアイコンを呆然と見ていると、まるで墓標のように感じた。アカウントを消すのではなく、このような終わり方をするのは、最初から居なかったことにするのではなくて、ここに居た痕跡を残し、ここを去らねばならなかった事情を察して欲しかったのだろう。

彼女はあまりたくさんツイートするタイプではなかったが、数千はツイートしてたと思う。それを全部消して、名前も消して、白いアイコンに差し替えて、プロフに「遺書」を残すのは、まるで「自殺」のようにしか見えなかった。

ツイッターでは、こうやって嫌がらせで追い詰められ、やめる人が結構いて、私は他に数人、そういうフォロワーを記憶している。ただ、白いアイコンの彼女のようなケースは他に見たことがない。

アルファだった画家

私がツイッターを始めたのは2009年6月なのだが、それ以前のまだツイッターが完全に日本語化してない時期に始めた人は、当時かなり情報の感度が良いというのか、まだ海の物とも山の物ともつかぬSNSを、世に知られる前に使い始めただけあって、独特の個性や感性を持つ人が多かった。特に、アーティストが多かったように記憶している。

私が始めた当初、既にフォロワーが8000以上あった画家がいて、この人は30代の女性だったが、非常に繊細な言語センスというのか、豊かな感性を精密に文章化できる能力を持っていた。今はフォロワーが数十万の有名人でも、当時は3000ぐらいだった。私は400ぐらいだった。芸能人でもないのに、フォロワー数8000といえば立派なアルファ・アカウントだった。当時私は、その人のツイートを読んで「どうして140字でこんな文章が書けるのか」と羨むばかりで、今も彼女ほど優れたツイートは書けない。フォロワー8000越えて当然、十分納得できる文章力の持ち主だった。

ただ、彼女は入院して、しばらくツイッターから離れた。

数年経ってから帰ってきたが、その時のツイッターは今と同じく大荒れの状態だったので(確か2012年以後で、反原発や反アベ、在特会などで毎日荒れている状態だったと記憶している)、繊細な感性を持つ芸術家の美しい文章を拝読するような場所ではなくなっていた。

それでも彼女は、数週間、数ヶ月置きに、ツイートをしていたが、様変わりしたツイッターの状況についていけなかったようで、結局辞めてしまった。本業の作品制作に集中するようになったようだ。

ブロックした男の闘病記

かなり前にツイッターでモメた男がいて、去年何かのキッカケに彼を思い出した。

絵に描いたようなサヨクで、反アベで、何が何でも日本は悪い国だと信じている人だった。

額に入れて飾りたくなるぐらいの、時代遅れで典型的なサヨクだった。40代半ばぐらいだったように思う。

私は、この人の思想はどうでも良い。ただ、彼は私のことが嫌いで、いろいろ絡まれて、面倒だったからブロックしたのだ。

「彼とはどうしてモメたんだっけ?今はどうしているんだろう?」

…と気になって、彼のアカウントを検索して、ブロックを解除してみたら、2017年を最後に更新されてなかった。

良く見ると、最後の数ヶ月のツイートは、ほとんどが写真付きで、それらは全て病室で撮られたものだった。

正確には何の病気だったのかわからない。肺とか心臓について触れていたかな。入院当初からツイートは暗く、死を覚悟しているように見えた。たぶん、何らかの持病があって、その末期だったのではないか。

入院を始めて、みるみる顔色が悪くなって、死者のような顔をしていたが、目は大きく、眼光は鋭く、最後の幾つかのツイートは、ただ鬼のような形相でカメラを睨みつけ、何かを叫んでいるように見える写真だけで、文章はなかった。たぶん、病状の悪化で、スマホで文字を打つこともできず、写真を送るのが精一杯だったのだろう。

彼は、何のためにそんな写真をツイートしたんだろうか。

さかのぼって、彼のツイートを確認したら、私以外の複数の人ともモメていた。というより、「複数」とかじゃなくて、この人はツイッターで片っ端に保守とかネトウヨにケンカを売っており、常に誰かと戦い続けている…戦うために生まれて、敵を求めてツイッターをさまよっているような人だった。

最後の力を振り絞って、今までツイッターで戦い続けた「敵」に、自分の最期を見せたかったのか。

最後の一枚は、どう考えてもこの人物がここから奇跡の回復をすることはありえないような、苦悶と絶望だけの形相だった。ツイッターでその写真を見る者を睨みつけているようであり、言葉にできない激怒を眼光にこめているようでもあり、「オレはまだ死にたくない!こんなハズじゃなかったんだ!」と叫んでいるようにも見えた。

私は写真を見ながら手を合わせ、彼のツイッターのページを閉じた。

ブロックは解除したままにしておいた。

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高橋まつりさん

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彼女のことを知ったのは、亡くなってニュースになった後で、アカウントを確認してみたら、私のフォロワーだったことに気づきました。

だから、彼女の生前に一切交流はなかったのですが、上掲のブログ記事でも書いたように、私も北京に留学していたし、財布にはいつも人民元が入っているし、彼女は私の言葉が届く範囲にいる人だったので、ツイッターで彼女のお母さんのツイートを見かける度に、私が日頃から、見る人の心が明るくなるようなツイートをしていたのなら、別の結果になっていたのかも知れないな…と思います。

みやけ雪子さん

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みやけ雪子さんとは、以前相互フォローだった。

確か、2015年の天津大爆発がキッカケだったろうか。

もう6年も前のことなので、「天津大爆発と黒色中国って何か関係あるの?」と言う方は…

▲こちらを御覧下さい。

天津大爆発で私のツイートがたくさんの人々に注目されたので、この時からジャーナリストや学者、そして政治家のフォロワーが増えるようになったのだが、みやけ雪子さんはその中の一人だった。

私は当時、匿名・初期アイコンの捨て垢でもなければ、フォローされたら無条件にフォローを返すようにしていたので、相互フォローになった。数年はフォローしていたが、彼女のアカウントは、私にとっては無関心の国内政治の話題がほとんどだったのでフォローを外したら、彼女もしばらくして私のフォローをやめた。その間、彼女とは全く話したこともなかった。

それからしばらく経って、2019年11月の末頃、また彼女にフォローされた。

その時、私は何かの話題で特にバズってたわけでもないので、彼女のような有名人にフォローされる心当たりがなく、不思議な気がした。

「何かあったのかな」

と思った。一般的に、地位のある有名人と相互フォローだったところ、私からフォローを外したのに、また有名人がフォロワーに帰ってくる…という「出戻り」は稀である…というのか、ツイッターを12年やってても、そういうケースはみやけ雪子さん以外にいない。

私は、以前はどんな立場の政治家でも、フォローされたらフォローを返すようにしていた。いろんな政治的立場の人の意見を知りたかったからだ。自分からフォローすることはなかった。私に興味を持ってくれる人は、私にとっても知るべき何かの情報や関心…中国につながる何か…を持っている、と考えるからだ。

ただ、2019年の半ばあたりで、政治家のフォローは全て外すことにした。

特定の政治家と相互フォローの関係にあるのは、私の政治的立場とは無関係の人であっても、長く見ているとそちらに考えが引きずられてしまうというのか、心情的に寄り添ってしまいそうになる。私は、黒色中国のフォロワー数が大きくなるに従って、より多くの、色んな立場の人に読んでもらえるように、不偏不党を心がけるようになった。私がツイッターで求められているのは中国に対する公正で正確な情報なので、政治家のフォローはしない…というルールを決めたのだ。

ただ、みやけ雪子さんは「元議員」である。この場合はどうすればいいのか。

もしかしたら、彼女はもう一度政治家になることを志して、中国事情について知見を広めたいのかも知れない。

私は、この時代に野党の政治家が、中国にどんな対してどんな関心を持つのか…それには興味があった。

だから、彼女のツイートをさかのぼって読んで、一体どういう心境の変化なのか調べてみたが、よくわからなかった。ただ彼女のツイートを読んでいると、以前の反アベツイートの頃とは違う、漠然とした不安…諦観のような、何か吹っ切れた印象を感じたのだけは覚えている。

「よくわからないが、しばらく様子をみよう」

と考えて、静観することにした。

それから年が明けて、彼女に関するニュースを目にすることになった。

彼女は自死の一ヶ月前に、中国についてどんな興味を持っていたのだろうか。今となっては、知る由もない。永遠にわからないままである。

2021年1月

1月の第一週を過ぎた頃に、フォロワー数が6万を越えた。

私はフォロワー数が1万積み上がる度に、フォローやリストに入れている気になるアカウントを確認して整理するのだが、その作業をしている時に気がついた。

  • 去年のゴールデンウィークから夏にかけて、更新を止めたアカウントがいる。
  • 特に11月を越えてから、新しいツイートがないアカウントが多い。
  • その中でも特に目立つのは海外に住んでいるアカウントで、私が楽しみにツイートを見ていた米国に居住するアカウントは、12月の初め頃を最後に、更新してないのがわかった。

コロナとの関係はわからない。感染を告白して更新を止めたアカウントはまだ見たことがない。

ただ、私の相互フォローの中でも、去年コロナに感染した人はいるので、全くありえないことでもない。

発症後の重症化が早ければ、ツイッターで感染を報告する余裕はないだろう。

2011年3月11日に更新を断った東北のアカウントは、地震や津波のせいでツイッターどころではなくなっただけかも知れないが、彼らの身に降り掛かったことは察しが付く。

コロナの場合、感染する時期が各人違うので、本人がツイートで告白しない限りは、なぜツイッターが更新されなくなったのかはわからない。

静かに、何も言わず、更新が止まり、TLから消えていく。

白いアイコンの彼女や、サヨク男のように、「終わり」を明示する人は少ない。

今年は正月から、ツイッターでたくさんの…生存確認ができない消失…を身近に感じていたので、昔のことも含めて、ブログに書き残しておきました。ツイッターは、気の合う人ばかりではないですが、一人一人との出会いを大切にして、これからも続けたいと思います。

故人サイト

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  • 作者:古田雄介
  • 発売日: 2015/12/11
  • メディア: 単行本