日立、中国退け「ワシントン地下鉄」受注の裏側
新工場を建設し、川崎重工業の牙城に食い込む
アメリカには公共事業体が製品を購入する場合、一定割合がアメリカ製でなくてはいけない「バイアメリカン条項」というルールがある。このため、中国中車も車両製造に際し、ボストン近郊や、シカゴ近郊に新工場を建設し、そこで車両を製造している。にもかかわらず低価格を実現しているのは、採算よりもアメリカ国内でのシェア拡大を優先したいという計算が働いているのだろう。
2018年9月、ドイツ・ベルリンで開催された世界最大の鉄道見本市「イノトランス」で、中国中車が出展したプロトタイプ車両が来場者の注目を集めた。軽量化のためカーボンファイバーを使用した真っ黒な外観もさることながら、客室窓にタッチスクリーンディスプレーを採用し、インターネットとつなげて窓にニュースや沿線の情報を映し出すといった機能のほか、走行データをリアルタイムで収集し故障予知を行うといったハイテク機能が売り物だ。ワシントン地下鉄8000系の仕様もデジタル技術をふんだんに取り入れることを求めている。技術力の高さを世界にPRしたい中国中車にとっては、8000系は喉から手が出るほど獲得したい案件だった。
ところが、中国中車が力を注ぐ「ハイテク」という部分が裏目に出た。「中国製の鉄道車両に搭載されたカメラや位置情報の追跡機器によって、鉄道車両内の情報が中国側に監視される可能性がある」と、米議会で指摘されたのだ。
中車製は購入禁止に、日立が勝利
鉄道業界のロビイスト団体「レール・セキュリティ・アライアンス」は2019年10月に発表したニューズレターで、中国中車は軍事・民生融合体であり、ファーウェイのIoT(もののインターネット)技術を活用して各国の情報を収集することで中国の軍事戦略に貢献していると主張している。
結果として、2019年12月に成立した国防権限法(アメリカの国防予算を決めるために議会が毎年通す法律)には、政府予算による中国製の鉄道車両やバスの購入を禁止する条項が盛り込まれた。これにより、WMATAが中国中車に発注する可能性は消えた。
そして今年3月、8000系の製造先に指名されたのが日立である。1980〜2000年代のワシントン地下鉄を支えた車両を製造したブレダが日立の鉄道事業に組み込まれていることを考えれば、日立はWMATAにとってなじみ深いメーカーだったともいえる。
日立は北米では、ハワイ州ホノルルの鉄道車両製造や運行システムを手掛けたほか、フロリダ州マイアミ・デイド交通向けの車両も製造した。メリーランド州ボルチモアでも地下鉄車両と信号システムを2017年に受注し、最初の車両が今年登場する予定だ。
海外では英国や欧州大陸で存在感が大きい日立だが、アメリカの首都ワシントンでのデビューを機に、北米での存在感も徐々に高めていくことになる。