301話 重臣会議の貧乏くじ
ドラゴン事件、とあえて呼称するべき一連の騒動を受け、国王カリソンは文武の重鎮たちを呼集した。
集められたのはカドレチェク中央軍大将を筆頭にヴェツェン中央軍参謀やスクヮーレ=カドレチェク中央軍第一大隊隊長など軍人が十六名。モルテールン第二大隊隊長もここに含まれる。
そしてジーベルト内務尚書を筆頭に、財務尚書、農務尚書など内務系貴族が二十二人。更には外務尚書を筆頭にカールセン子爵やグース子爵、ミロー伯などの外務系貴族が十二人。
何よりも特筆すべきは、国王陛下の臨席のみならず、ルニキス第一王子も席についていることだろう。
部屋の中には近衛騎士が等間隔に居並び、給仕に控える執事や侍女を含めれば百人近い人数が集められている。
まさに、神王国の宮廷政治を動かす重鎮が集まっている場ということだ。
「では、始めよ」
彼らの主であるカリソン国王は、重々しく会議の開催を告げた。
その命令を受け、王族に近しい位置に座っていた老人が立ち上がって参加者を見回す。
「おほん、この度の会議に先立ち、不肖、
堅苦しい内務尚書ジーベルト侯爵の挨拶から会議は始まる。この場の全員が何かしらの権力と発言力を持つ重要人物ばかりであるため、発言の細部まで気を遣うのだろう。
「お集まりいただいたのは、先の
既に神王国のみならず南大陸の全土に渡って、伝説とまで言われていた怪物が現れ、人的にも物的にも大きな被害を与えたことは周知されている。況や、国家中枢部の人間ともなれば独自の情報収集も行っていることだろう。故に、今更過去の細かい話を説明するようなことはしない。
「諸卿もご存じの通り、魔の森から現れた大龍は我が国に少なくない被害を
集まった面々は、神王国の中でも大きな影響力を持つ者たちなのは先の通り。無論、領地貴族としては四伯を筆頭に同じぐらいに影響力を持つ者はいるが、こと宮廷の中に限れば彼ら以上の貴族など居ない。だからこそ集められたというのもあるが、彼らにとっては大龍禍からの復興とて政治の一環。あの手この手で自分たちの利益となるよう画策しているわけであり、多かれ少なかれ復興政策に噛んでいる者ばかり。
「幸いなことに、陛下の御威光の下、大龍は無事に討伐されたわけであり、その結果として大龍の素材という恩恵を受けることになりました」
「カドレチェク公爵やモルテールン子爵ほどではないがな」
誰かの茶化した発言に、場の中から笑い声が産まれた。
先の競売を取り仕切ったのはカドレチェク公爵。モルテールン家との縁故から行った興行であったが、利益はとんでもないものになった。売り上げの一部をカドレチェク家にという約定で行われたわけだが、金貨を樽の個数で数えるような有様に公爵も驚いたぐらいである。
ましてや、実質的に利益の大半を得たモルテールン家は、お金が多すぎて使い道が無いぐらいであった。この場の面々であれば、最早常識である。
「そうですな、モルテールン卿やカドレチェク公の計らいで、我々としても龍の恩恵を手にすることが出来ました。とりわけ癒しの力のある龍の肉と、軽金に変わる魔法素材の龍金は、我が国の国力向上という面でも大きく貢献したと思われます」
実際のところは癒しの肉というのは風説であり、効果がないというのはモルテールン家内部の秘密である。勘の鋭いレーテシュ家や、思惑をこっそり聞いているカドレチェク家などは事実に気付いているが、秘密であることは事実。
一方、龍の鱗などから作られた合金は、龍金と名付けられて既に実用化されている。今まで魔法的な素材として重宝されていた軽金の、完全上位互換となる金属だからだ。有れば有っただけ需要がある為、既に転売が三重にも四重にもなっているという状況である。
しかし、ここまでの話は状況の説明と前振り。本題はここからだ。
「さて、斯様な状況を皆さまご承知おき頂けたところで、実は更に新たな“素材”が発見されました」
「何!?」
「また大龍が出たのか!!」
場が騒然とする。
モルテールン家が討伐したとはいえ、大龍の大きさや危険性は実例を以て明らかだ。男爵家が一つ実質的に滅んでいるし、そうでなくとも頭蓋骨が王家に献上されてより、広間に飾られているのだ。下手な一軒家なら丸ごと入りそうな口と、人の胴回りより太い牙が並んでいるのを見て、甘く見る人間は居ない。やはり伝説になるだけはあると畏怖する。
新たに龍が現れたとなれば、即座に国家総動員体制を取るべきであると、場がざわついた。
「ご静粛に。大龍が“出没”したというのは少々不正確であります。より正確には“発生”した、或いは“誕生”したというべき状況が
騒がしくなっていた場が、困惑に包まれる。
「実は先ごろ、王都で放火騒ぎがありました」
一同は、落ち着きを取り戻しながらも困惑したままだ。
話がいきなり放火犯の話になるというのは、いささか筋違いのようにも思えたからである。
しかし、勿論この場の一部は、何故内務尚書が放火犯について言及し始めたのかを理解している。
「その放火犯は、とあるものを盗む目的で、貴族街の一軒に火をつけたのです」
この辺りで、勘の良いものはある程度全体像に見当がつき始める。
「そのとあるものとは?」
「放火されたのはモルテールン家の別宅、盗まれそうになったものとは、大龍の卵であります」
「卵!!」
「そんなものが有ったのか!!」
今度こそ、場は大きな喧騒に包まれた。
龍の卵などと言うものが存在していたという事実にも驚かされるが、それが盗まれていたというのも大事件だ。色々な思惑が走り、ざわつく場内。
「静まれ!! 余の前で
余りの騒がしさに内務尚書の制止も利かなくなっていたところで、国王カリソンが一喝した。
確かに、王の御前において私語を以て場を乱すなど、不敬極まりない。
そのことに気付いた会議参加者は、一斉に口を噤む。
「侯爵、続けよ」
「はっ」
内務尚書は、場が異常な雰囲気になったことで、こほんと一つ咳ばらいをしてから話を続ける。
「この大龍の卵は、討伐された大龍の排泄物の中から発見されたとのことで、競売に掛けられなかったのはその為であると、モルテールン卿の報告がありました。左様ですな」
「然り、その通りであります閣下」
発言を求められたカセロールが、衆目を集めながらはきはきと答えた。
「そこでモルテールン卿から陛下に対し奉り、龍の卵が献上される運びとなっておりました」
モルテールン家としても、今更多少の金を貰っても持て余すし、欲しいものも特になかった。ペイスの我がままを除いて。
故に、抱え込むこともせずに献上しようとしていたのは事実である。
「そこに、先にも申しました放火騒ぎがあり、龍の卵の献上については日を改めることとなっておりました」
ここで、何故か内務尚書も軽く深呼吸を繰り返した。
どうしてそこまで間があくのかと皆が訝しがる中、ひと際大きく息を吸い込んだ侯爵が、気合を入れて話を再開する。
「
その場の全員が、息をのんだ。
「まさか龍の卵が存在し、かつそれが生きており、更には孵化するなどとは誰もが想像だにしておりませんでした。事の次第を知った陛下は、重大性を鑑みて諸卿を集められた、というのが本日お集まりいただいた経緯であります」
長々とした説明が終わり、侯爵は自分の席に座る。
そして、それと入れ違いになるようにしてカリソン陛下が椅子から立ち、皆を見渡した。
「説明ご苦労。皆、聞いての通りだ。龍の子供が我らの手に入った。龍の素材が値千金であることは既に説明のあった通りであるが、今後、上手くすれば継続的に素材を入手出来る可能性が出てきたのだ。しかし、余としても大龍の子供などというものを今後どう扱うか決めかねている。そこで、皆に聞きたい。如何様にすべきか。意見のある者は遠慮なく発言するように」
物が、前例など有るはずもない大龍の赤ちゃん。
龍の鱗や爪、或いは血といったものが極めて有用な資源であり、今も研究が進められていることを思えば、生きた大龍などというものは、上手くすれば宝の山である。
と同時に、今後下手をすれば先の大龍以上に災厄をまき散らす可能性も秘めている。先の大龍が“最大”である可能性よりは、それ以上に大龍が成長する可能性の方が高いだろう。人の手で育てられた龍が、人に懐けば良い。しかし、懐きもせず、或いは人に恨みを募らせるようになってしまえば未曽有の大災害を育ててしまうようなものだ。最悪のケースを想定するのならば、国家滅亡もあり得る特大のリスクを想定するべきだ。
国王としても、軽々に判断できるものではない。王の着座よりしばらくの間の沈黙があって、集まった者たちが早速とばかりに意見を交わし始めた。
「すぐにも然るべき部署が引き取るべきです。有用さは疑いようも無いのですから、国家の財産として管理するのが適当ではありませんか」
「どう育てるかも分からぬものを、どこが引き取るというのだ」
「国有財産というなら、財務の管轄でしょう。我々財務官が管理するというのが適当では?」
「いや、物が
「家畜として扱うというのなら、軍馬の扱いに準じてはどうか。それならば、軍の管轄だ。今はまだしも、今後どのように成長するかも分からん。暴れ出した時に迅速に対処できるよう、軍が監視下に置くのが正しいように思われる」
喧々諤々と議論が続く。
最初こそ、大龍の生み出す富を目当てに我こそはと綱引きをしていたのだが、軍が大龍の危険性を論じ始めたところで議論の流れが変わる。
「危険というのもどうだろう。今のところ危急に対処せねばならないものでは無いのだろう?」
「しかし放置も出来ますまい」
「生まれたての赤ん坊というではないか。それを今から恐れるのは、流石にやり過ぎではないか?」
「小さいからと侮るのもおかしいでしょう。どのような力が有るかも分かりません」
「そうだな。万が一強力な力を持っているようなら王城に置いておくわけにもいかん」
基本的に、集まった面々は大なり小なり慎重さを持った人間だ。リスクを冒してでも大きな利益を貪ろうなどと言う人間は居ない。既にある程度の立場を得ていることから、階段を確かめながら登るような気持ちで議論を進め始めた。
となると、やはり未知の部分が不安を煽り始める。
大龍が、一飲みで何十人と人間を喰らったという話を聞けば、今は赤ん坊の大龍が、やがて人を食い始める可能性は無視できない。そして、大龍の成長速度など誰も分からないのだ。明日にも人間を襲い始めたとして、何の不思議が有ろうか。
危険性を考え始めると、未知なものというのは不気味でしかない。全員が、改めてリスクを避けようとし始める。
「ならばどこが預かるか?」
「誰に預けたところで揉め事になる」
「危険は出来るだけ王都から遠ざけるべきだと愚考しますぞ」
「しかし、不測の事態が幾らでも考えられよう。いざという時に目が届かぬでは話にならん」
利益に関しては脇に置くとしても、ある日突然暴れ出すかもしれない生き物ならば出来るだけ王都から遠くに置いておきたいのは当然の理屈。
かといって、物はお宝そのものと言っていい資源の宝庫。頻繁に情報を得られなければ、出遅れて利益を逸失するかもしれず。
出来得ることなら、両方を満たしたい。
「モルテールン家か……」
誰の呟きであったのか。少なくともカセロール当人では無かった。
確かに、モルテールン家であれば、元々大龍の対処をやってのけた実績もある。王都からも遠い辺境が領地であるし、領地の広さは申し分ない。何より当主のカセロールが【瞬間移動】でいつでも行き来出来るので、何かあった時でもすぐに分かる。
幸いと言うべきなのか、カセロールはかつて傭兵稼業もどきで稼いでいただけに顔が広い。この場の誰にしたところで、モルテールン家とのパイプがあるのだ。
自分だけ先んじて抜け駆けはし難いとしても、自分だけ出遅れて利益を喪失する可能性も低い。危険なところだけ“誰か”に押し付けてしまえれば最良、と賢しい人間は考える。
「モルテールン家にとりあえず預けるというのは良い。今は何も情報が無い状況だ。しばらく様子を見るという意味でも、モルテールン家に一旦預けるというのは正解では無いだろうか」
幾人かが、揃ってモルテールン家へ預けることに賛同した。
しかし、それぞれに思惑があるのだろう。
一旦預ける、などという提案が実に腹黒いではないか。カセロールなどは議論を聞きながら苦笑するしかなかった。
現状、どんなリスクが有るか不明なのが一番の問題なのだ。育て方や、将来の見通しがある程度たったなら、その時改めて懐に入れるかどうかを考えればいい。リスクが高いようならそのままモルテールン家に押し付けてしまえばいいし、リスクが低いようなら我こそが引き取って利益を貪れば良いのだ。
大方、そのような考えだろうとカセロールは看破した。しかし、対案が有るわけでもない為、結局は議論の大よそは決した。
「よし、それではとりあえずひと月。その間はモルテールン家に預けるものとする」
国王の決を以て、議題は決着した。
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