広島原爆の日に



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20150803 入道雲


今日8月6日は広島に原爆が投下された日です。
つつしんで哀悼の意を表し、黙祷を捧げたいと思います。

広島に原爆が投下された8月6日、
長崎に落された8月9日、
終戦のの8月15日、
これに通州事件(7月29日)を加えた4つの日は、日本人が絶対に忘れてはならない日だと思います。
なかでも広島と長崎への原爆投下は、その残虐性、大量殺戮性、無辜の市民に対する暴力行為のはなはだしさとして、人類史上、最悪の出来事として記憶されるべきものです。

広島だけで20万人の市民が殺されました。
長崎では14万9000人の市民が殺されています。
ただ死んだだけでなく、原爆の熱戦を浴びて、その何倍もの多くの人が、苦しみ続けています。
大きな被害が起きた事件です。
しかもそれは、地震などの自然災害でなく、人為によって起こされた大厄災(人的災害)です。

いまではだいぶ常識化してきたようですが、広島と長崎に落された原爆の「種類」がそれぞれ違っていたという事実は、広島や長崎の慰霊祭でも、ほとんど語られることがありません。
このことをねずブロにはじめに書いた6年前は、軍事をご専門にしている方からも「それは事実ですか?」とご質問をいただいたくらいです。
けれど、このことはたいへん重要な意味を持ちます。


やまと新聞 小名木善行の「百人一首」 第18番歌 藤原敏行朝臣

まず、8月6日に広島上空に投下された原爆、通称「リトルボーイ」は、「ウラン235型」原爆です。
次いで8月9日に長崎に投下された通称「Fat Man」は、「プルトニウム型」原爆です。
そしてこの二つは、まったく種類の異なる原爆です。

ウラン型はプルトニウム型とくらべて威力は強いが、数が作れず値段が高くて量産しにくい。
プルトニウム型は、破壊力はウラン型より落ちるけれど、値段が安く量産しやすいが、放射能が強くて取り扱いが難しいという難点があります。
けれど、問題の焦点は、そんな技術的価格的な事柄ではありません。

2つの「種類が違っていた」という事実そのものに、たいへんに大きな意味があります。
このことについて、米国で原爆開発のマンハッタン計画を担当した ロス・アラモス研究所は、広島、長崎への原爆投下のあと、次の公式見解を述べています。

******
「我々は、史上二度の『原爆実験』に成功した」
******

これは実に衝撃的な声明です。
「我々は実験に成功した」というのです。
あの二度にわたる原爆が「実験」だというのです。
そして、「実験」だからこそ広島と長崎には、それぞれ別な種類の原爆が投下されたのです。

その「実験」は、わたしたち日本人の命(いのち)に対して行われたものです。
彼らは、民間人への人的被害の発生を承知で、この「実験」をしたということになります。
その「実験」によって、広島長崎合わせて、約35万人の命が奪われているのです。

ではなぜアメリカは、わざわざ種類の違う原爆で「実験」したのでしょうか。
最近の左巻きの学者さんや評論家さん、あるいは議員さんのなかには、「二つの原爆投下は、軍国主義化し侵略国となった日本を懲らしめるためであった」と、臆面もなく主張する人がいます。
けれど、日本を懲らしめるための正義の雷(いかづち)ということと、「実験」という言葉には、あまりにも大きな落差があります。
35万人の命を奪う「実験」など、人道上あり得ないことだからです。

では、日本への原爆投下の本当の理由はなんだったのでしょうか。
これについて歴史学者のバーンスタインが、次のように述べています。
~~~~~~~~
日本への原爆投下は
「ソ連を威嚇すること」が根本理由であり、
ソ連の影響力が
日本、満州、China、Koreaに及ぶことを阻止するために、
いわばソ連に対する威嚇攻撃として、
日本に原爆を投下したのである。

~~~~~~~~

これもよく語られる話で、またバーンスタイン博士は、たいへん立派な先生ですが、これも少しおかしな話です。
そのような意図をもって行われた原爆投下なら、「実験」という言葉と矛盾するからです。
対ソ威嚇という目的も、結果からみれば失敗しています。
なぜなら米国による広島への原爆投下の3日後には、ソ連は一方的に日ソ不可侵条約を破棄して、対日戦線に参加しているからです。

米国トルーマン大統領は、広島への原爆投下のあと、次の公式声明を出しました。
~~~~~~~~~
President Harry S.Truman Address to the Nation, 6 August 1945
広島への原子爆弾投下のトルーマン大統領声明
(1945年8月6日)

今から16時間前、米国の一航空機は日本陸軍の最重要基地である広島に1個の爆弾を投下した。
その爆弾は、TNT火薬2万トン以上の威力を持つものであった。
それは、戦争史上これまでに使用された爆弾の中で最も大型である英国の「グランド・スラム」の爆発力の2000倍を越えるものであった。

(原文)
Sixteen hours ago an American airplane dropped one bomb on Hiroshima, an important Japanese Army base. That bomb had more power than 20,000 tons of TNT. It had more than 2,000 times the blast power of the British "Grand Slam," which is the largest bomb ever yet used in the history of warfare.
~~~~~~~~~

これまたおかしな声明です。
広島を「日本の陸軍の最重要基地(=an important Japanese Army base)」と言っています。
しかし、原爆被害を受けた広島の市街地は、陸軍基地ではありません。
ただの市街地です。
そして広島で原爆によって亡くなられたのは、一般市民です。

戦時国際法は、一般市民の大量虐殺を「してはならない」と明確に規定しています。
すなわち、原爆投下は明らかな戦時国際法違反行為です。
米国だって馬鹿じゃありません。
広島が一般人の住むところであることくらい、承知しています。
にも関わらず、広島が「日本の陸軍の最重要基地」と公式に声明しています。
これはただの後講釈の自己正当化による強弁に他ならなりません。

終戦後の昭和20年9月に日本に訪れた、米国戦略爆撃調査団が書いた「最終報告書」という資料があります。
トルーマン大統領に提出された公式報告書であり、米国の公式史観のもととなるものです。
~~~~~~~~~~~~~
たとえ原爆が 投下されなかったとしても、
ソ連が参戦しなかったとしても、
本土上陸作戦が行われなくても、
日本は非常に高い確率で九州上陸作戦の決行予定日である昭和20年11月1日から、12月31日までの間に、確実に降伏したであろう。

(U.S Strategic Bombing Surbey,Summary Report ( Pacific War ) ,1946、の26頁)
~~~~~~~~~~~~~

原爆を投下しなくても、「日本は確実に降伏したであろう」と書いてあります。
実はここに原爆投下が「実験」として行われた重大な意味があります。

昭和20年6月に沖縄戦が終息しました。
この直後に、ブラッドレー米国統合参謀本部議長が提出した報告書には、次の一文があります。
この文書は、米国大統領宛に提出されたものです。
短文です。
*******
日本は既に事実上敗北しており、降伏を準備している。
*******
この時点で、日本はすでに制海権も制空権も失なってました。
陸軍も事実上、使える武器弾薬が乏しく、すでに戦える状態にありませんでした。
そしてそのことを米国の諜報網は、沖縄戦終結の時点で確実に掴んでいたのです。
つまり米国は、「あと少しすれば日本は間違いなく降伏する」と見極めていたのです。

もちろん日本国内には、それでも戦う、という意見はありました。
皇国の必勝を信じ、本土決戦となって尚、戦い続けようという意向もありました。
実際、そのために多くの特攻隊員が出撃して米艦隊を沖縄に釘付けにしていました。

特攻隊の攻撃を怖れて、米艦隊は日本本土に進撃することができない。
さりとてフィリピンあたりまで艦隊を後退させれば、日本を恐れたことになり、それは米艦隊の後方の南方にいまだ残存する日本軍を活気づかせて反撃のチャンスを与えることになる。
だから、米艦隊は沖縄の海で、進むことも退くこともできずに、ただ特攻隊の餌食になっていたのです。

こうして米艦隊が沖縄に釘付けにされている間に、当時の日本はジェット戦闘機の開発が完成に近づいていました。
ジェット戦闘機は、昭和25年に始まる朝鮮戦争で初めてソ連製のミグが使用されましたが、これが導入されると、それまで「超空の要塞」として覇王を誇っていた米軍のB29は、ただの無抵抗な空の的(まと)になりました。
高高度を飛ぶB29は、プロペラ型の戦闘機には覇者となっていましたが、B29よりもはるかに高い空から猛スピードで飛来するジェット戦闘機の前では、無抵抗で鈍足な、ウドの大木でしかなかったのです。
そしてそのジェット戦闘機を、すでにこの時点の日本はほぼ開発を終えていました。

ジェット戦闘機が就航すれば、日本の空を制していたB29は、ただのマトでしかありません。
またジェット戦闘機の前に、米海軍の空母もまた、ただのマトでしたから、米軍は制空権と制海権を同時に失います。
そして、原爆をすでに完成させていた日本は、これを米国領土の比較的人的災害の少ないエリアで爆発させ、米国を恐怖に陥れて一気に和平交渉を実現していく。
それが、当時の日本軍の描いた絵でしたし、またそのために特攻隊の若者たちは若い命を散らせていました。

ちなみにこの時点で日本が用いるジェット戦闘機の燃料は、なんと松ヤニから精製したガソリンを使うことが予定されていたのだそうです。
まに日本おそるべし、だったのです。

マックス・フォン・シューラー先生によれば「アメリカ人はいまでも日本人を恐れている」そうですが、なるほどディズニー映画の『ベイマックス』でも、日本人の少年(Hiro Hamada)が、愛と高い技術力で強大な敵をやっつけています。
日本人の怖さを一番わかっているのは、実は日本人ではなくて、日本と真正面から戦った米国人であるのかもしれません。

ただ、本土決戦に関する上に述べた絵(作戦)は、実行すればなるほど大東亜戦争を日本の勝利に導いたかもしれないけれど、失敗に終わる可能性もゼロではありません。
そしてもし、失敗に終われば、本土決戦が何を招いたか、その歴史上の事実を、私達はまさにその本土決戦で戦い勝利した私達日本人と同祖人であるベトナムに見ることができます。
そのベトナムでは、ベトナム戦争が15年の長きに及び、結果はベトナムの勝利となったものの、北と南、軍民合わせて814万人の死者行方不明者が出ています。

昭和天皇の大御心は、そうした被害の発生を良しとしませんでした。
だからこそ、日本はポツタム宣言を受け入れ、自主的に戦闘を終結させています。
それが8月15日です。

ここで間違えてはいけないのは、8月15日というのは、あくまで戦闘行為を終結させた日であるということです。
だから「終戦記念日」と呼びます。
戦争は、その後も続いています。
日本は連合国と交戦状態(戦時下)にあったからこそ、日本は占領されたのです。
占領は、戦争行為の一部です。
そして大東亜戦争が終わったのは、昭和27(1952)年4月28日のサンフランシスコ講和条約発効の日です。

ちなみにこのサンフランシスコ講和条約は、昭和26年9月8日に調印が行われていますが、この調印の日に日本を代表して調印を行ったのは、当時内閣総理大臣だった吉田茂ですが、このときの吉田茂は、日本国内閣総理大臣として書名を行ったのではなく、全権大使として書名を行っています。
全権というのは、誰かからその全ての権限を委任された者のことを言います。
そして大東亜戦争を戦ったのは、大日本帝国であって、占領下の日本国ではありません。
ですから戦争終結のための講和条約も、当然のこととして大日本帝国憲法に基づく大日本帝国の統治権者である日本国天皇の名代として、吉田茂は全権を受けて調印式に臨んでいます。
つまり、日本国憲法が施行されていても、大日本帝国憲法は、ちゃんと生き続けているのです。ここも大切なポイントです。

ちなみにこのサンフランシスコ講和条約の締結に際して、出席を要請されながら、出席を断った国が3つあります。
それがインド、ビルマ(現・ミャンマー)、ユーゴスラビアです。
理由は、ネール首相が明確に述べています。
3つあります。
(1) 講和して戦争を終結させる以上、日本にある外国軍は全て撤収すべきであること。
(2) 千島列島や樺太、澎湖諸島や台湾に関する領土主権の帰属先を明確にすべきこと。
(3) 沖縄や小笠原諸島を日本へ返還すべきこと。
です。

講和条約を締結する以上、領土問題に曖昧なことがあってはならないとした当時のネール首相、ビルマのシアヌーク殿下、ユーゴの大統領らは、戦後70年経った今、まさに中共の暗躍を許すことになっている現実を考えれば、きわめて先見の明に富んだ見解であったと思います。

また、サンフランシスコ講和会議には、会議に出席しながらも、調印を拒否した国があります。
それがソ連と、ポーランドとチェコスロバキア(当時)です。
ポーランドとチェコは、ソ連に強制されて調印しなかっただけのことですが、ではソ連がなぜ調印を拒んだかといえば、まさに北方領土等に関して、ソ連の意向が反映されなかったからです。

そして、サンフランシスコ講和条約には、ハナから招待されなかった国もあります。
それが中華民国です。
蒋介石率いる中華民国は、まさに日本と戦闘を繰り広げた政権ですが、この昭和27年の時点では、すでに大陸を追われ、台湾に亡命政権となっていました。
米国は中華民国を国家として承認していましたが、英国はこの時点ですでに中華人民共和国をChinaの正当な政府として承認していましたから、米英の意見が整わず、結果、中華民国は招待されていません。

ついでに申し上げますと、このサンフランシスコ講和会議に対して中華人民共和国は、周恩来外相がなにかといちゃもんをつけていましたが、大東亜戦争当時、中華人民共和国は建国さえされておらず、また中共軍に正式な日本との戦闘行為さえもなく、連合国側の全ての参加国から、中共政権は完全無視されています。
あたりまえのことです。

そして、ついでのついでのオマケに申し上げると、このサンフランシスコ講和会議に、署名国として参加させろとうるさく言って回っていたのが韓国で、韓国は国をあげての運動の結果、一時的には署名国名簿に名を連ねるまで外交を成功させています。
ところが、世界には、常識があるものです。

韓国は、戦時中に「大韓民国臨時政府」を打ち立てて抗日闘争をしていたと主張しましたが、現実には「大韓民国臨時政府」なるものは、ただの私的団体(というよりも李承晩個人)であったにほかならず、「大韓民国臨時政府」を承認した国も世界中どこにも存在していません。
それに世界には亡命政府は数々あるけれど、「大韓民国臨時政府」の指揮下には、他の亡命政府にあるような「軍」も存在していない。
「軍」がないから、当然、日本とも交戦していない。
交戦したのは、大東亜戦争終戦から5年経ってからで、しかも相手は武器を持たない自国民(韓国民)だったからです。
呼ばれるわけがない。

さて、話が大きく脱線しました。
もういちど原爆に話を戻します。
なぜ日本に原爆が投下されたか、です。

なるほど日本には、米軍に対する本土決戦による反撃の可能性はありました。
目論見通りにいけば、日本はもしかすると戦争に勝っていたかもしれません。
戦争というのは、それほどまでに、切羽詰まった紙一重のものなのです。

けれど、沖縄戦終結後の米軍にしてみれば、この時点で日本には戦争継続能力が失われ、もはや日本には戦争遂行能力がなく、仮にあったとしても、それはあくまで本土迎撃の範囲を出ない、というものでしかなかった。
つまり言葉を変えて言えば、この時点で米国は、日本にいかなる非人道的なことをしても、日本から反撃される可能性は、皆無とみなされた、ということです。

すくなく見積もっても、この時点で日本は、米国本土や、フィリピンなど米国の占領地域に対して攻撃や報復を行うだけの能力を持ち合わせていません。
そのことを米国はちゃんとわかっていた、ということです。

ここで「米国がなぜ二つの種類の異なる原爆を投下したのか」という疑問の点と点が繋がります。
つまり米国はこの時点で、「米国が日本に何をしても、絶対に日本から報復を受けるおそれがない」と踏んだから、日本に対して原爆投下「実験」をしたのです。

つまり理由は、ただひとつです。
それは、
「その時点で、日本に何をしても、日本からの反撃や報復攻撃を受ける可能性が皆無だった」ということです。

日本に原爆が投下された以降、世界各地で、戦争はたくさん起こりました。
けれど、いずれの戦争においても核が使われたことはありません。
なぜなら相手国に核を打ち込めば、自国がその報復を受けるからです。

ところが日本には、原爆が投下されました。
理由は「実験」のためです。
なぜそれができたのか。
その時点で、「日本に反撃能力がなく、日本から報復される心配がまったくなかったから」です。
反撃される心配がないから、日本人は、実験材料としての「モルモット」にされたのです。

古来、モルモットは、さまざまな動物実験に用いられています。
なぜモルモットが使われるのかといえば、答えは簡単です。
モルモットが人間を襲う確率が100%ないからです。
モルモットは、過ちを犯したから実験材料に使われるのではありません。
人間の都合で実験材料にされているのです。
なぜなら、モルモットが人間に反撃する可能性が皆無だからです。

広島の平和記念公園には、「安らかにお眠り下さい。過ちは二度と繰り返しませんから」と刻まれた石碑があります。
広島に原爆が投下され、長崎にも投下され、35万人もの犠牲者を出した日本の、では、いったい何が「過ち」だったのか、そのことを碑文は書いていません。

けれど、実験に使われたモルモットが、
「もう過ちは繰り返しません。わたしたちは二度と実験しません」と言ったところで、実験が終わることはありません。
モルモットは、人間の「都合」で実験材料に使われているだけだからです。
同様に日本は、米国の「都合」で実験材料にされたのです。
反撃の心配がないからです。

もうひとつ大切なことを補記しておきます。

広島、長崎に原爆が投下される前に、日本は、すでに原爆の開発を終えていました。
開発途上だったという人もいます。
そうではなく完成段階にあったという説もあります。
はっきりしていることは、その原爆(これを日本では新型爆弾と呼びました)は、すでに使用できる段階にまで至っていたという事実です。

当時、軍の上層部は、この新型爆弾をもって米国に乾坤一擲の大勝負を挑みたいと昭和天皇に奏上しました。
これは記録に残っています。
けれど昭和天皇は、この上奏を却下しました。

そのとき昭和天皇は、次のようにおおせであったそうです。
=========
その新型爆弾によって、
たとえ我が国の戦況が有利になることがあったとしても、
そのために、
相互が新型爆弾の投下合戦にいたり、
結果、何百万もの無辜の民が死ぬようなことになるとしたら、
私はご先祖に申し訳がたたない。

=========

陛下はそのように述べられ、原爆の製造の禁止を、現下に却下しただけでなく、その開発の中止までをも命じられています。

そしてそのような事実があったからこそ、日本は、広島、長崎に原爆が投下されたとき、それがすぐに新型爆弾(原子爆弾)だとすぐにわかったのです。
日本は、原爆後、すぐにスイスを通じて米国政府に抗議文を出しています。
その抗議文です。

~~~~~~~~~
【米機の新型爆弾による攻撃に対する抗議文】

今月6日、米国航空機は、広島市の市街地区に対し新型爆弾を投下し、瞬時にして多数の市民を殺傷し同市の大半を潰滅させました。
広島市は、何ら特殊の軍事的防衛機能や、そのための施設を施していない普通の一地方都市です。
同市全体を、ひとつの軍事目標にするような性質を持つ町ではありません。

本件爆撃に関する声明において、米国トルーマン大統領は、「われらは船渠(せんきょ)工場および交通施設を破壊した」と言っています。
しかしこの爆弾は、落下傘を付けて投下され、空中で炸裂し、極めて広い範囲への破壊的効力を及ぼすものです。

つまり、この爆弾で、この投下方法を用いるとき、攻撃の効果を右のような特定目標に限定することは、物理的に全然不可能なことは明白です。
そして本件爆弾が、どのような性能を持つものであるかは、米国側は、すでに承知しているものです。

実際の被害状況は、広範囲にわたって交戦者、非交戦者の別なく、男女老幼を問わず、すべて爆風および幅射熱によって無差別に殺傷されました。
その被害範囲は広く、かつ甚大であるだけでなく、個々の傷害状況を見ても、「惨虐」なるものです。

およそ交戦者は、害敵手段の選択について、無制限の権利を有するものではありません。
不必要の苦痛を与えるような兵器、投射物その他を使用してはならないことは、戦時国際法の根本原則です。
そのことは、戦時国際法であるハーグ陸戦条約規則第22条、及び第23条(ホ)号に明定されています。

米国政府はこのたびの世界大戦勃発以来、再三にわたって、
「毒ガスその他の非人道的戦争方法の使用は文明社会の世論によって不法であり、相手国が先に使用しない限り、これを使用することはない」と声明しています。

しかし、米国が今回使用した本件爆弾は、その性能の無差別かつ惨虐性において、従来かかる性能を有するが故に使用を禁止せられをる毒ガスその他の兵器よりも、はるかに凌駕するものです。

米国は国際法および人道の根本原則を無視して、すでに広範囲にわたって日本の大都市に対して、無差別爆撃を実施しています。
多数の老幼婦女子を殺傷しています。
神社や仏閣、学校や病院、一般の民家などを倒壊または焼失させています。

そしてさらにいま、新奇にして、かつ従来のいかなる兵器、投射物とも比べ物にならない無差別性、惨虐性をもつ本件爆弾を使用したのです。
これは、人類文化に対する新たな罪悪です。

日本政府は、ここに自からの名において、かつまた、全人類、および文明の名において、米国政府を糾弾します。
そして即時、かかる非人道的兵器の使用を放棄すべきことを厳重に要求します。

昭和20年8月11日


【英文】
PUBLIC INTERNATIONAL LAW - ATOMIC BOMBING OF HIROSHIMA AND NAGASAKI WAS AN ILLEGAL ACT IN VIOLATION OF INTERNATIONAL LAW.

The Japanese Government presented a letter of protest as stated below, to the Government of the United States through the Government of Switzerland on August 10, 1945.

August 10, 1945

A New-Type, Cruel Bomb Ignoring International law; Imperial Govern-ment Protest to the Government of the United States.
With regard to the attack by a new-type bomb on the city of Hiroshima by a B-29 bomber on the 6th inst. the Imperial Government filed the following protest on the 10th inst. to the Government of the United States through the Government of Switzerland, and gave instructions to the Japanese Minister to Switzerland, Kase, to make the explanation of explanation of the same effect to the Inter-national Committee of Red Cross.

Protest against the Attack of a New-Type Bomb by American Airplane:

On the 6th of this month, an airplane of the United States dropped a new-type bomb on the urban district of the city of Hiroshima, and it killed and wounded a large number of the citizens and destroyed the bulk of the city. The city of Hiroshima is an crdinary local city which is not provided with any military defensive preparations or establishments, and the whole city has not a character of a military objective. In the statement on the aerial bom-bardment in this case, the United States President “Truman” asserts that they will destroy docks, factories and transport facilities.
However, since the bomb in this case, dropped by a parachute, explodes in the air and extends the destructive effect to quite a wide sphere, it is clear to be quite impossible in technique to limit the effect of attack thereby to such specific objectives as mentioned above; and the above efficiency of the bomb in this case is already known to the United States. In the light of the actual state of damage, the damaged district covers a wide area, and those who were in the district were all killed indiscriminately by bomb-shell blast and radiant heat without dis-tinction of combatant or non-combatant or of age or sex. The damaged sphere is general and immense, and judging from the most cruel one that ever existed. It is a fundamental principle of international law in time of war that a belligerent has not an unlimited right in chosing the means of injuring the enemy, and should not use such weapons, projectiles, and other material as cause unnecessary pain; and these are each expressly stipulated in the annex of the Convention respecting the Laws and Customs of War on Land and artices 22 and 23(e) of the Regulations respecting the Laws and Customs of War on Land. Since the beginning of the present World War, the Government of the United States has declared repeatedly that the use of poison or other inhumane methods of warfare has been regarded as illegal by the pubic opin-ion in civilized countries, and that the United States would not use these methods of warfare unless the other countries used these first. However, the bomb in this case, which the United States used this time, exceeds by far the indiscriminate and cruel character of efficiency, the poison and other weapons the use of which has been prohibited hitherto because of such an efficiency. Disregarding a fundamental principle of international law and humanity, the United States has already made indiscriminate aerial bombardments on cities of the Empire in very wide areas, and it has already killed and injured a large number of old people, children, and women and collapsed or burned down shrines, temples, schools, hospital and ordinary private houses. Also, the United States has used the new bomb in this case which has indiscriminate and cruel character beyond comparison with all weapons and projectile of the past. This is a new offence against the civilization of mankind. The Imperial Government impeaches the Government of the United States in its own name and the name of all mankind and of civilization, and demands strongly that the Government of the United States give up the use of such an inhumane weapon instantly.

Note: Japan Branch of the International Law Association, Japanese Annual of International Law, 8, pp.251-2. (Tokyo: 1964)

~~~~~~~~~~~~~~~

日本国政府は、この抗議文で、原爆を「非人道的兵器」と呼び、その使用を米国政府に「放棄せよ」とまで言っています。
科学技術としての開発はともかく、それを兵器として使用することは、人道上許されないと明確に述べています。これが日本です。

原爆を投下によって無差別大量殺人をしていながら、大統領声明で「広島は軍事基地だ」と強弁した米国政府、それが自国の原爆開発をむしろ積極的に放棄した日本国政府と、理はどちらにあるのでしょうか。

亡くなられた広島や長崎の一般市民が「過ち」をおかしたわけではないことは、疑いのない事実です。
では、日本という国家が、過ちを犯したのでしょうか。何が日本の「過ち」だったのでしょうか。
戦争をしたことでしょうか。
その戦争によって、東南アジアはもとより、世界中の植民地となっていた民族が、国家を築き、独立を勝ち得ています。

もし大東亜戦争がなかったら、500年続いた欧米列強による有色人種への植民地支配は、21世紀となった今日でも、なお続いていたことでしょう。
世界でただ一国、たったひとりになっても、正義のためには武器を持って戦う。その武士道の国が、世界の有色民族を、独立へと導いています。

そしてその日本は、戦争の末期、敗色が濃くなった厳しい状況下にあっても、なお、自ら開発した原爆を製造中止にし、その使用をやめています。

一方、同時期に原爆の開発をしていた米国は、報復のおそれのない日本に対し、「実験」と称して広島長崎に原爆を投下しました。
人類史上、「過ち」を犯したのは、果たして誰なのでしょうか。

日本はなぜ実験に使われたのか。
その答えは、「日本に報復能力がなかったから」です。

私たちは、そこから大切なことを学ぶ必要があると思います。
それは、正義には常に「報復能力」が必要だ、ということです。
「報復能力」がなければ、人の命も道徳も正義も、すべて踏みにじられてしまう。それが世界の現実だということです。

もうひとつたいせつなことは、昭和天皇が、世界が核競争になることを未然に防ぐため、技術レベルでは原爆を開発することができ、それを米国に撃ち込むことさえできたにもかかわらず、それを人類のためにと、却下されたということです。

このことは、終戦の詔勅にも明確に述べられています。
========
敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所真ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ尚交戦ヲ継続セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ

(口語訳)
敵国は新たに残虐なる原子爆弾を使用し、いくども罪なき民を殺傷し、その惨害の及ぶ範囲は、まことにはかりしれない。
この上、なお交戦を続けるであろうか。
ついには、わが日本民族の滅亡をも招きかねず、さらには人類文明そのものを破滅させるにちがいない。
そのようになったならば、朕は何をもって億兆の国民と子孫を保てばよいか。
皇祖神・歴代天皇・皇室の神霊にあやまればよいか。
========

世界中、どこの国でも、すべてに優先するのが国益です。
どの国も、自国の利益のためだけに思考し行動します。
けれど、昭和天皇は、「人類文明そのもの」と述べられています。
人類史上、人類の福祉と幸福のために、身を切る覚悟とその実行をしてきたのは、昭和天皇のご意思です。
私たち日本人はそういう国の民です。

どこかの国のように、いつまでも恨みを忘れないなどというのは論外です。
決して良いこととは思わない。
むしろ未来志向でいくべきです。

歴史は、良いとか悪いとか、批判するものではありません。
そこで思考が停止するとろくなことになりません。
実際に起きた事実は事実です。

そのことをきちんと知った上で、二度と同じ目に遭わないように備える。
そのために必要なことは、なによりも自国の報復能力をどこまでも確保しぬくという国家的決意です。

いかなる国の民であれ、一般の民間人が大量に殺戮されるようなことは、これからの人類史において、絶対にあってはならないことです。
そうであるならば、私たち日本人は、実際に被爆した国の民として、まさに世界が二度と同じ過ちをしないように、日本国として、国の内外で最大限の努力をし続ける。

広島でも長崎でも、亡くなられた方々の御霊は、自分たちが殺されたから復讐してほしいなどと、誰も望んでなどいないと思います。
むしろ、二度と俺たちと同じ目に遭わないようにしてくれよ。
そのために思考停止などにならず、むしろ積極的に必要な努力をしてくれよ。
そう望んでおいでのことと思います。

最後にひとつ、大切なことを書き留めておきたいと思います。

日本は、かつて米国と戦いました。
英仏蘭とも戦いました。
英仏蘭には勝利しましたが、最後に米国との戦争に敗れました。

けれど、かつて力の限りを尽くして戦った日米は、その後、英仏蘭も含めて東西冷戦を一緒になって闘いぬきました。
そして冷戦に勝利しました。

世界大戦といえば、日本人の感覚では、第一次、第二次の世界大戦がそれにあたり、これからもしかしたら第三次世界大戦が・・・などと思い込んでいる人は多いようです。
けれど、第三次世界大戦は、すでに起こり、そして終結しています。
それが「東西冷戦」です。

原爆ができてから、いわゆるドンパチは局地戦では行われても、大国同士の大決戦のようなものは、最早行われません。
このことは、戦中に石原莞爾が「最終戦争論」ですでに喝破していることです。

核を用いれば、核によって報復される。
そのことによって、戦争は「冷戦」のカタチをとらざるを得なくなりまりした。
こうしてはじまったのが、昭和20(1945)年のポーランドやベルリン問題に端を発する「東西冷戦」です。
この「冷戦」は、局地戦としての朝鮮戦争、ベトナム戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争や、ソ連や中共国内での数千万から億単位の粛清と称する大量虐殺を招きながら、なんと昭和64(1989)年まで、まる44年間も続いています。
そしてこの「東西冷戦」によって亡くなられた方の数は、第二次世界大戦による死者行方不明者の総数をはるかに上回る大規模な死傷者を出しているのです。

日本は、米英仏蘭等とともに、この東西冷戦を戦いました。
そして日本の技術力、経済力、そして誠実さは、見事、この東西冷戦を勝利へと導き、ソ連を崩壊させ、西側陣営の勝利へと導いています。
かつて、敵同士として戦った日米英仏欄は、ともに冷戦を戦い、勝利した戦勝国となったのです。

そして冷戦時における世界の敵であった共産主義は、いま、世界ではアジアにのみ残存しています。
世界はいま、共産主義からの自由と、共産主義の撲滅のための最終決戦に入ろうとしています。
日本も米英蘭仏も、いつまでも第二次世界大戦時の世界秩序である連合国(国連=United Nations)に縛られていることはありません。
世界は、新しい世界秩序を得ようと、すでに動き始めているのです。

そんなわけで、今日は午前8時15分に黙祷を捧げさせていただきます。

小名木善行 拝

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コメント

忘れてはならない日はもっとある・・・本当の人種差別
忘れてはならない日はもっとあると思います。

都市空襲です。その中でも東京空襲は一晩で10万人殺傷されたそうです。

他の都市空襲を合わせれば100万近くなるのではないですか?
専門家は発表してほしい。

都市空襲、原爆、まるで虫けらのように殺傷殲滅された日本人。
これが人権侵害、人種差別ということです。

民団などにリードされてる朝鮮民族があらゆる特権を持って日本から奪い、
日本侵略しているのに、「人種差別だ、レイシスト、ヘイトだ」と叫んでいる朝鮮民族。、
何寝ぼけたこと言ってるのか、ということです。

サムライ

「報復してはいけない」とか「怒りを持ってはいけない」とか「隣国と同レベルになってはいけない」というのは完全に戦後の敗戦国根性です。サムライ魂を忘れた臆病な平和主義者の妄想。ありもしない被害を捏造して日本に請求書を送りつけてくるのとは根本的に違う。中韓と日本の持つ正当な復讐権を同レベルでいう人間は、愚か者である。原爆で被災した女性が亡くなる前に日本兵に対して「兵隊さん、この仇を必ず取ってください」と懇願して亡くなったそうです。この想いを理解せずして何が日本人だ。臆病な平和主義から脱却せねばならぬ。中韓のような偽ではなく正当な「怒る権利」、「憎しむ権利」を取り戻さないといけない。

nt

No title
個人として原爆慰霊碑の文の内容を変えてほしいです。

せめて
「過ちは繰り返させませんから」
という碑文に。

桜子

No title
初めまして。
私が、保守になったのは、7~8年前です。
それまで、自虐史観の塊でした。
でも、アメリカに対して、
怒りや恨みを持っていません。
二つの理由で。

一つは、戦後、アメリカは日本の復興のために、
協力してくれました。
もう一つは、当時のアメリカの決断で、
今のアメリカを非難してはいけないと思うからです。
(現在の価値観で、過去を裁くのは、おかしい)

-

No title
8時15分の後に広島のラジオ局では、市立大の講師を呼んで、関係のない安保反対を唄ってましたね~死者を冒涜しとるとしか思えん。

はっちょもん

冷戦=実戦
>そのとき昭和天皇は、次のようにおおせであったそうです。
=========
その新型爆弾によって、
たとえ我が国の戦況が有利になることがあったとしても、
そのために、
相互が新型爆弾の投下合戦にいたり、
結果、何百万もの無辜の民が死ぬようなことになるとしたら、
私はご先祖に申し訳がたたない。
=========

この言葉を国連で代読できる人はいないのか?
ノーベル平和賞に匹敵するであろう。

しかし、今の国際状況では核抑止の為に核保有しなければならない状況である。
時代が変われば戦争を起こさない為の力関係が抑止に必要とされる。

>日本は、米英仏蘭等とともに、この東西冷戦を戦いました。
そして日本の技術力、経済力、そして誠実さは、見事、この東西冷戦を勝利へと導き、ソ連を崩壊させ、西側陣営の勝利へと導いています。
そして冷戦時における世界の敵であった共産主義は、いま、世界ではアジアにのみ残存しています。
世界はいま、共産主義からの自由と、共産主義の撲滅のための最終決戦に入ろうとしています。
日本も米英蘭仏も、いつまでも第二次世界大戦時の世界秩序である連合国(国連=United Nations)に縛られていることはありません。
世界は、新しい世界秩序を得ようと、すでに動き始めているのです。

結局、日本は憲法9条がありながら冷戦を終結させる為に大きな影響を与え、貢献している。
安全保障法を整備しなくても陰ながら戦争に加担してきたのが事実である。
ならば、堂々と世界に公表すべきであるし、実戦そのものが戦争では無く、扇動工作やプロパガンダなどで既に戦争状態に引きこまれているのに気付かなければならない。

ポッポ

No title
もう、40年程前になるでしょうか、大戦中の日本でも原子爆弾を開発していたけれど、完成には至らなかった。その理由は、原子爆弾の完成にはウランが10キログラム必要なのに、採掘量はそれに至らなかったというものでした。
日本が原爆を作れなかったことが、非常に残念だったと思った記憶があります。
天皇陛下がその損害の大きさを考えて開発を思いとどまれたことに、改めてお心の広さに感じ入るものです。

もし、大戦に日本が勝っていたならば、トルーマン大統領やカーチス・ルメイ氏は人道に対する罪でC級戦犯となり、死刑になっていたと思います。



戦後70年首相談話の策定に向けて議論を重ねてきた有識者懇談会は、安倍首相に報告書を提出しました。

報告書が提出されることは、談話作成のための資料ですからよろしいのですけれど、その内容がなぜ論議の対象になるのでしょう。また、マスコミのテーマになるのかと思います。
これでは、まるで談話の方向性を示すように、誘導しているものとしか思えません。
政府は様々な報道機関に影響されることなく、未来志向のものとなることを願っています。

団塊の世代なのですが、戦後わずか数年で生まれました。
そして今、60歳を超えて70歳が近づいています。
その私ですら、生まれる前の戦争の責任を云々されることに、いつまで過去の謝罪をいわれるのかと思いますが、それ以上に若い人たちに何の責任があるのかといいたくなります。

アメリカは原爆を投下したことすら、過去のこととしているのです。また、侵略の定義すら現在ではなく、70年前の世界を考えるとき、確としたものはないと思います。
もう、過去とのこととして、未来を考えるべきだと思います。

田舎者2

No title
亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
地元の新聞が戦後70年の特集をやっています。戦争をしてはならない、平和の尊さや戦争の悲惨さを伝えなければ、などなど。それは賛成なのですが、記事の結論として、アジアに迷惑をかけた、間違った戦争だった、植民地支配した、日本は反省を、などに至っては毎年憤慨しています。
なぜ日本は戦わなければならなかったのか、何のためにたたかったのか、3世代4世代前の日本人が世界にどう立ち向かったか、などの視点がありません。地元の中高生が読んで納得して日本人として誇りを持てるような記事を書いてもらいたいものです。

岡山のネトウヨ

No title
こんばんわ。
本日広島に慰霊のため訪れました。現地の方々は式典が始まる前の5時ごろから慰霊に訪れるという話を聞いたのですが、胸が締め付けられる思いです。
私は昼1時ごろに現地に到着したのですが、やはりいました。あのウシハク人間たちが!今日は慰霊の日であるにも拘らず彼らは原発反対!アベハヤメロ!集団的自衛権反対!とがなりたてていました。ツイッターで回ってきた画像で平和公園を占拠して横たわって寝ている様子が映っていたのを見てドン引きしました。表現の自由言論の自由は最大限尊重しますが、これは規則あっての自由であってfreeの自由ではないのです。こんなこと言いたくないですが一刻も早くあの団体には消えてもらいたいです。ルール守らない、マナー守らない、自分の意見と違う人はタヒね、でも自分の言論に対し阻害をするな何て傲慢自由気まま身勝手かつ最低な人がいなくなることを切に願う今日この頃。

たまにはコメントして見ます。

No title
拝啓。
8月6日という今日を語るのはとても重要なことであるし思慮深くならなければいけません。史実の詳細はブログ記事に譲りますが、Webにより一般人に不足していた情報が捕捉されて行くことにより感情的に成る人が少なからず居ると思われます。そういった人達が新たな反社会運動に走らないように、あるいは反日本や反自由主義の悪党に洗脳されないように啓蒙も必要ではないかと考えます。東大を出ても某政治家の様な悪党が居るわけですから油断できません。広島や長崎の出来事は許しがたい側面もあるのは事実ですが、だからと言って今度は日本が核爆弾でお返しなんて事はいけません。だからこそ備えとして自衛力はとても大事だと考えます。安保法案に反対だけして議論が出来ない悪党の様な議員に対しては怒りに似た思いです。

>「松ヤニから精製したガソリン・・・」
ええその通りです。私の祖父と父親(当時15歳)はガソリンを作るために山から松を運び出した話をしていました。松の大木が枯れた後、根っこは長い間残っているんです。その根っこを大勢で掘り出して運び出したとも証言していました。またガソリンを精製する途中で水分が混ざってしまうので、その水分を取り省くために鹿の革で濾すのだそうです。そうすると、水分だけが鹿革の上に残ってガソリン成分だけが抽出できるそうです。なんともアナログというか現代では思いつかない発想ですよね。物質的には貧しかったけど知恵は溢れるほど豊かな人達が居たんだと思います。

この話は私が小学生3年の時に聞きました。懐かしい思い出です。こんな心持になったのは本当に久しぶりで、ねずさんには感謝です。

敬具

ふくのすけ

No title
本日8時15分、黙祷を捧げました。
NHKの放送を見ながらのことです。
テレビ局によっては8時15分に全く関係なく放送していた様ですね。
日本人としては忘れてはならない日だと思うので、毎年6日と9日には1分間の黙祷を多くの人に広めて欲しいと願います。
日々に忙殺されて、日本人らしさが失われている昨今ですが、ふとした瞬間に日本人の心を思い出し、大切にしていきたいと感じます。
そんな自分を振り返る、良い機会にもなるかと思います。

木更津16号

ダウンフォール作戦
アメリカ統合参謀本部は、1945年2月に日本上陸作戦(ダウンフォール作戦)の計画案をまとめます。この計画に依ると米英軍は南九州に14個師団、関東に25個師団を投入する予定で、上陸部隊はサリンやマスタードガスを撒き散らかしながら進軍するとされていました。ソ連軍の満洲侵攻がかわいく見えるくらい、米軍は民間人虐殺に何ら躊躇していなかったことが分かります。

maru

No title
記事を読んで、今日が広島の原爆投下日だったことを思い出しました。
遅ればせながら黙祷させて頂きました。
気づかせてくださり、ありがとうございました。

新型爆弾使用却下の昭和天皇のお言葉に涙が出ました。
最近、「ある華族の昭和史」という酒井美意子さんの本を読んだのですが、その中に終戦直後、照宮様が皇居に駆けつけた事が描かれていました。父君と最後のご対面になるかもしれないと駆けつけたそうです。
天皇陛下が責任を取らされる可能性もあった時期に、ご自身やご家族の事ではなく、民を第一に考えてくださるお心に、感謝という言葉では言い表せない気持ちが沸いてきます。

広島、長崎だけではなく東京大空襲など、戦時中アメリカは外道な事を平気でしたんだな・・・と怒りがわいてきます。そして、今のアメリカに対してもどす黒い気持ちが沸いてきますが、そういう時にふと隣国の様子を思い出し、冷静さを取り戻せます。
怒りが収まらないようなひどい事をされた日本が、未来に向けて間違った方向に行かないよう、隣国が良い反面教師になってくれているように感じます。

-

No title
お疲れ様です。
まさに一言一句、おっしゃる通りです。
4年前他界した私の父も19歳の時に長崎で被爆しました。

今、国の在り方が問われています。戦争反対は全ての日本国民のねがいです、行き着くところは同じです。
勿論、個々の考えは一つではありません。
しかし、そこに行き着くまで迄の過程に問題があると思います。

それは、戦後教育(日教組)において自虐意識を刷り込まれ、その中での歴史だけを見て、闇雲に何でもかんでも反対を唱えている輩がいるという事です。
つまり、真実を見ないで何でまともな判断が出来るかという事です。

戦後70年、今こそ歴史の真実に目を向ける時が来ているのでは?

原爆犠牲者の方々の御冥福を、心よりお祈りします。



-

広島、長崎に投下された原爆により他界された方々の多くの御霊さまに哀悼の誠を捧げます。

日本国が平和でありますように
ご皇室が弥栄え、日本国民が平安でありますように
八百万の神々さま、天皇陛下、
ありがとうございます

鬼子

No title
日本以外のほとんどの国は「日本は二発の原爆をアメリカに落とす権利がある」と思っています。当のアメリカ自身も本気でそう思っています。そんなこと思っていないのは、ただ日本だけ。

ハーグ陸戦条約には報復手段としてやられたことをやり返す条約を盛り込むか議論になったのち、それではとめどない報復によって収集つかなくなるという理由で条約には書かれなかったそうですが、依然として「報復は正当な行為」という認識は各国が持っています。ですからアメリカは日本だけは原爆を持たせることを何が何でも反対してきました。

現在は、シナがアメリカの脅威となりつつあり、そして戦後の日本の姿勢を考えて、ICBM(大陸弾道ミサイル)以外のシナのみを狙う原爆なら持たせても良いと考えているそうです。
 実際、アメリカの消費期限の切れる核爆弾なら日本に売っても良いという議論が水面下で起こっているようです。(ミサイル本体は廃棄するが、先っちょの核弾頭なら使えるから売ってもいいよってことです。)

日本は天皇陛下が核に反対されましたし、今更アメリカに落としに行くこともまずないでしょう。しかしこれから世界をまとめ上げるためには圧倒的戦力が必要。ではどうするか?
 一つの答えとして、核爆弾以上の兵器を持つことです。まだ完成されてませんが、「核爆弾誘導自爆装置」を持てば、一気に世界最強の国になります。(核爆弾を持っている場所に電波とか信号を送ると、ウランやプルトニウムがいきなり核爆発を起こしてしまうという装置。)日本ならきっと作れる。完成した瞬間、世界は核爆弾を急いで解体して捨て始めます。

でもまあ、現状としては日本は核爆弾を所有するのが手っ取り早いですね。
そうなってもアメリカまで届くICBMは制約上作れませんが、あら不思議、アメリカまで水爆積んで行けるステルス戦闘機(特攻用)やステルスドローンは完成しちゃった、なんて展開が、なぜか日本では起こりやすい…かも。

えっちゃん

No title
今日も、ありがとうございます。

記事を要約し、ブログにアップしました。

スマホでは短くないと読みにくいことが分かっているので、大急ぎで

PCの方は、ねずさんのブログを検索していただくようにお願いして

8時15分に黙祷します。

junn

No title
韓国西南部でオーパーツ発見!?:日本の埴輪出土→韓国は倭国だったが証明された!http://quasimoto.exblog.jp/22679164
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
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