●少年死刑囚一覧
少年死刑囚や少年に対する死刑求刑・判決を一覧表にした。確定者のうち、鬼頭正一以降永山則夫以前の死刑囚は永山事件・光市事件の検察官上告趣意書添付の別表「犯時少年の事件に対し死刑の判決が確定した事例」より作成した。検察庁が作成した公式のデータだが、表中には犯時成年であった者(32番)が含まれていたり、逆にに少年でも欠落している者がいる可能性もあり(特に1947年までに確定した事件)、内容は完全ではない。
全体を概観して感じることは、一審と控訴審で量刑判断が異なる事例が多いことである。無期から死刑になった者、死刑から無期に減軽された者…その割合は成人に比べて多いように思われる。少年に対する量刑判断の難しさを示しているといえる。
確定者以外は私個人の調査で判明した内容なので、誤りが含まれている可能性があること、未確認事例が多いことをお断りしておく。
下表のほかにも、インターネットサイト等で未成年者の死刑囚として扱われている者がいるが、成人後の犯行であったり、あるいは死刑以外の判決が確定していることもある。
なお、少女(未成年の女性。法的には性別の如何を問わず「少年」)に対する死刑求刑は、管見の限りでは1例も確認していない。参考までに、把握している少女に対する無期懲役求刑・判決の事例(6例)も一覧にした。
裁判員裁判では言い渡し時未成年に死刑判決が下されたが、45年ぶりのことである(厳密に判断して河野を除く)。
未成年のまま死刑が確定した事例は、安斎金蔵(1951年10月確定)が最後と思われる。
また、松江昇三郎は未成年のまま執行された可能性が高い。
少年法をめぐる専門的な話として、成人1~2日前の判決が多い理由を検討したが、長くなったので最下部に移動した。この疑問にお答え頂ける専門家の方がいらっしゃいましたら、ぜひご連絡ください。
| 【犯行時少年の確定死刑囚一覧】 | ||||||||
| 氏名・犯時年齢 | 犯罪事実の要旨・裁判罪名 | 凶器 | 害 | 一審 | 控訴審 | 上告審 | 備考 | |
| S 17歳4か月 |
1944(昭和19)年7月29日深夜1時過ぎ、神奈川県足柄上郡松田町で、旧制中学4年生(伯爵の孫)が同性愛関係にあった1年生の友人宅に侵入、友人、友人の祖父母を殺害、母親に重傷を負わせ、放火した。 (殺人、殺人未遂、戦時放火) |
出刃包丁 ナイフ |
3 | 1944-45 横浜地裁 小田原支部? 死刑 |
- | 1945.9.5 大審院 上告棄却 |
・戦時中犯行、戦後確定。 ・個別恩赦で無期懲役に減刑 |
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| 松江 昇三郎 17-18歳? |
1945(昭和20)年1月20日、兵庫県明石郡岩岡村で朝鮮人男性2名に「自家の牛を盗み出して売ってやる」と別々に山林に誘き出し、1名を殺害、1名に重傷を負わせた。 (戦時強盗殺人、同未遂) |
金槌 | 1 | 1945 神戸地裁 死刑 |
- | 1945.12.4 大審院 上告棄却 |
・戦時中犯行、戦後確定。 ・未成年のまま執行か? |
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| 渡辺 茂 | 1945(昭和20)年9月21日、静岡県志田郡葉梨村で、近隣の老女を殺害して米や蒲団を強奪。 (強盗殺人) |
1 | 1945-46 静岡地裁 死刑 |
- | 1946.4.15? | ・1947年4月26日の静岡新聞では執行済みと報道 | ||
| 斉藤 和一 18-19歳? |
1946(昭和21)年7月9日、長野県北アルプスの山小屋で宿泊客の慈恵医大生4人を角棒で殺傷。 (強盗殺人、同未遂) |
角棒 | 2 | 1946.11.28 長野地裁 松本支部 死刑 |
1947.8.11 東京高裁 死刑 |
1947.9.20 上告取下 |
・実年齢不詳(成人の可能性) ・共犯の香川義春も死刑確定 |
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| 1 | 鬼頭 正一 17歳4か月 |
金員に窮した結果、民家に押し入り金品を強取しようと企て、 1.ほか3名と共謀の上、1947(昭和22)年6月18日、民家に侵入し、夫妻と娘を縄で緊縛し、現金約600円及び衣類等20数点を強取し、その際被告人において騒ぎ立てた妻(67歳)を刺身包丁で切り付け10日間の傷害を負わせ、 2.ほか3名と共謀の上、同月21日、民家の物置から天秤棒等を携えて同家に侵入し、就寝中の女性2名(56歳・51歳)のうち1名の頭部を被告人において天秤棒で殴打したうえ、被告人らにおいて前記女性両名を紐で緊縛して布団蒸しにして窒息死させて殺害し、衣類等30数点を強取した。 (強盗殺人、強盗傷人) |
紐 刺身包丁 天秤棒 |
2 | 1947.9.4 名古屋地裁 死刑 |
1948.3.11 名古屋高裁 控訴棄却 |
上告せず | ・旧少年法適用事件 ・現行法施行後、恩赦で無期懲役に減刑 ・共犯の服部繁雄は無期懲役判決(求刑死刑) |
| 2 | 邑神 一行 19歳8か月 |
1946(昭和21)年9月16日、実家において、勤務先の金を費消し、辞めさせられ実家に帰ってもまじめに仕事をせず、母(49歳)、妹(16歳)から邪魔者扱いされていたところ、夕食を残さず就寝した母、妹の態度に憤慨し、殺意をもって、わら打槌で母、妹をそれぞれ殴打して殺害したうえ、古井戸に投機した。 (尊属殺人、殺人、死体遺棄) |
わら打槌 | 2 | 1947.5.23 広島地裁 無期懲役 |
1947.8.25 広島高裁 死刑 |
1948.3.12 最高裁 上告棄却 |
・窃盗の前歴1件あり ・死刑制度合憲判決事件。この上告審判決の憲法解釈が、現在も死刑制度存置の根拠とされている |
| 3 | 李 祥根 17歳7か月 |
1947(昭和22)年4月9日、雇主方において、雇主の妻に服を購入する代金の借用を申し出たのに、これを拒絶され、口論の上、同女(29歳)から雑炊を盛った皿を投げ付けられて立腹し、同女を包丁で刺殺し、更に犯罪の発覚をおそれて順次長女(3歳)、次男(7歳)を前記包丁で刺殺し、逃走資金として現金70円及びオーバー等数点を窃取した。 (殺人等) |
包丁 | 3 | 1947.7.16 岐阜地裁 高山支部 無期懲役 |
1947.11.25 名古屋高裁 死刑 |
1948.6.8 最高裁 上告棄却 |
・旧少年法適用事件 ・現行法施行後、恩赦で無期懲役に減刑 |
| 4 | 青木 敏朗 17歳8か月 |
金員に窮した結果、民家に押し入り家人を殺害の上、金品を強取しようと企て、1947(昭和22)年12月18日、民家に侵入し、夫(41歳)・妻(33歳)を細引きで縛り上げ、現金約3400円及び衣類等数10点を強取し、手斧で前記夫妻を殴打して殺害して、更に長女(3歳)を殴打して重傷を負わせ、犯跡隠蔽のためかんな屑に放火したが、付近の者に消し止められ未遂に終わった。 (強盗殺人、同未遂、放火未遂) |
手斧 | 2 | 1948.2.27 鹿児島地裁 死刑 |
1948.11.29 福岡高裁 宮崎支部 死刑 |
上告せず | ・旧少年法適用事件 ・現行法施行後、恩赦で無期懲役に減刑 ・現在、最長期の無期懲役服役囚 |
| 5 | 山本 明秋 18歳5か月 |
母に告げ口した女性(41歳)を恨み、同女を殺害して金品を強取しようと企て、1948(昭和23)年2月5日、同女方炊事場の出刃包丁を携えて、就寝中の同女を突き刺して殺害し、さらにその傍らで就寝中の長男(12歳)の頸部をタオルで絞めて窒息死させた上、衣類等30数点を強取した。 (強盗殺人) |
出刃包丁 タオル |
2 | 1948.3.31 和歌山地裁 田辺支部 死刑 |
1948.8.12 大阪高裁 死刑 |
1949.2.15 最高裁 上告棄却 |
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| 6 | 遠藤 進 19歳5か月 |
金員に窮した結果、ほか1名と共謀の上、金をためている一軒家の夫婦を脅かし、金を取ろうと決意し、1947(昭和22)年6月6日、前記夫婦の家を裁判所の家庭調査を装って訪れ、雑談を交わし、機会をうかがっていたが、その機会がなかったことから、前記夫婦を絞殺して強盗しようとはかり、被告人において手拭で夫(58歳)の頸部を、共犯者においてその内妻(61歳)の頸部をそれぞれ絞めて殺害した上、現金1900円ほか衣類等数10点を強取した。 (強盗殺人) |
手拭 | 2 | 1947.9.18 福島地裁 死刑 |
1948.9.7 仙台高裁 死刑 |
1949.3.3 最高裁 上告棄却 |
・共犯の藤倉二郎も死刑確定 |
| 7 | 斎藤 守 19歳0か月 |
負債の返済に窮した結果、1947(昭和22)年8月27日、知人の女性(31歳)を砂糖の買出しに誘い出し、雑木林において、所携の折畳式西洋小刀で同女の胸部を突き刺した上、更に人頭大の石塊を頭に落とす等して殺害し、現金1万1800円を強取した。 (強盗殺人) |
小刀 石塊 |
1 | 1947.11.24 熊本地裁 死刑 |
1948.10.12 福岡高裁 死刑 |
1949.4.20 上告取下 |
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| 8 | 守護 和雄 19歳1か月 |
金員に窮した結果、ほか1名と共謀の上、かつて衣類等を売却したことのある老女(69歳)が一人暮らしで金があると考え、同女を殺害して金品を強取しようと企て、1948(昭和23)年3月7日、同女方において、同女の首を手拭等で扼圧して窒息死させた上、現金約600円及び衣類20数点を強取した。他に窃盗2件の余罪あり。 (強盗殺人、窃盗) |
手拭 | 1 | 1948.9.27 札幌地裁 死刑 |
1949.2.8 札幌高裁 死刑 |
1949.5.17 上告取下 |
・共犯の佐藤茂も死刑確定 ・佐藤とともに個別恩赦 |
| 9 | 山田 秀則 18歳10か月 |
淋病の治療費欲しさから、近隣の老夫婦(男70歳・女72歳)が多額の現金を持っていることを知り、前記夫婦を殺害して所持金を強取しようと決意し、1947(昭和22)年12月20日、同人方において、老夫婦が火鉢を挟んで対座していたところを所携の斧でそれぞれその頭部を殴打して即死させ、丸帯1本を強取した。 (強盗殺人) |
斧 | 2 | 1948.4.26 熊本地裁 八代支部 死刑 |
1948.11.13 福岡高裁 死刑 |
1949.5.31 最高裁 上告棄却 |
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| 10 | 山田 作一 18歳3か月 |
金員に窮した結果、民家に忍び込み発見されたときは、家人らを殺害して金品を強取するもやむなしと決意し、1948(昭和23)年4月2日、同被害者方に侵入し、主婦(29歳)に誰何されて所携の金具(バリ)でその頭部を殴打したところ、同女が金品を差し出して哀願するのに、続けてバリで頭部を殴打し、更にあいくちで胸部を突き刺して殺害し、次いで同女の長男(9歳)、次男(6歳)の各頭部を前記バリで殴打して殺害した上、現金1000円及び衣類数10点を強取した。 (住居侵入、強盗殺人) |
バリ あいくち |
3 | 1948.5.11 札幌地裁 小樽支部 死刑 |
1948.10.27 札幌高裁 死刑 |
1949.7.15 上告取下 |
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| 11 | 宗岡 省吾 18歳10か月 |
勤務先の同僚教員と関係し、妊娠させる等素行がおさまらず、平素両親から叱責されていたことを恨んでいたところ、父から厳しく叱責された上、母からも殴打されたことに憤慨し、両親を殺害しようと決意し、1948(昭和23)年6月11日、自宅において、入浴中の母(53歳)の頸部をあいくちで突き刺して即死させ、更に帰宅した父(57歳)に背後から飛びかかって前記あいくちで頸部を突き刺して即死させて殺害した。 (尊属殺人) |
あいくち | 2 | 1949.2.12 広島地裁 死刑 |
1950.1.25 広島高裁 死刑 |
1950.2.21 上告取下 |
・政令恩赦で無期懲役に減刑 |
| 12 | 古川 高志 19歳5か月 |
金員に窮した結果、ほか1名(実兄)と共謀の上、民家に侵入して家人を殺害し金品を強取しようと企て、1947(昭和22)年5月23日、民家に侵入し、被告人において就寝中の夫婦(男37歳・女35歳)の頭部を所携の斧で強打して、前記両名を死亡させた上、衣類等数10点を強取した。他に強盗の余罪1件あり。 (強盗殺人、強盗、住居侵入) |
斧 | 2 | 1947.11.14 神戸地裁 姫路支部 死刑 |
1948.7.20 大阪高裁 死刑 |
1949.5.10 最高裁 破棄差戻 |
・実兄・古川時夫は控訴審で無期懲役確定(求刑死刑) ・兄の身代わり説あり |
| 1949.12.26 大阪高裁 死刑 |
1951.2.2 最高裁 上告棄却 |
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| 13 | 大谷 欣完 19歳4か月 |
金員に窮した結果、他人を殺害した上で金品を強取することを企て、1949(昭和24)年6月3日、民家に侵入し、就寝中の夫婦(男37歳・女33歳)、長男(9歳)及び次男(4歳)の一家4名を所携の短刀で刺殺したが、金品の強取は未遂に終わった。 (強盗殺人) |
短刀 | 4 | 1950.4.5 福島地裁 平支部 死刑 |
1950.12.28 仙台高裁 控訴棄却 |
1951.7.6 最高裁 上告棄却 |
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| 14 | 杉山 優 18歳4か月 |
隣家の夫婦に馬鹿にされたことに憤激し、同人らを殺害しようと企て、1949(昭和24)年9月14日、前記隣家に侵入して、就寝中の夫婦(男45歳・女42歳)及びその母(80歳)を所携のなたで殴打して殺害し、さらに次女(8歳)、長男(3歳)の各頸部に電気コードを巻きつけて絞め付けた上、所携の肉切包丁で、その頸部を突き刺して殺害した上、長女(18歳)の頭部を前記なたで殴打して殺害をはかったが、傷害を負わせたにとどまり未遂に終わった。 (殺人、同未遂) |
なた 電気コード 肉切包丁 |
5 | 1950.1.12 横浜地裁 小田原支部 死刑 |
1951.3.20 東京高裁 控訴棄却 |
1951.9.6 最高裁 上告棄却 |
・政令恩赦で無期懲役に減刑 ・1984年12月19日、仮出獄後の殺人未遂罪(被害者2名)で懲役8年判決 ・2009年10月27日、獄死。79歳没 |
| 15 | 安斎 金蔵 18歳3か月 |
ほか1名と共謀の上、金があることを聞いた民家の家人を殺害して金品を強取しようと企て、1950(昭和25)年4月26日、前期民家に侵入し、被告人においてまさかりをもって就寝中の同家雇人(20歳)の頭部を、共犯者においてなたをもって就寝中の主人(43歳)の前額部を各々切り付け、次いで被告人において、その妻(35歳)の頭部を切り付け、雇人には全治約50日間の、主人に全治未定の重傷を各負わせ、妻を殺害した上、現金約1万円及び預金通帳等を強取した。 (強盗殺人、同未遂) |
まさかり なた |
1 | 1950.12.7 仙台地裁 無期懲役 |
1951.5.18 仙台高裁 死刑 |
1951.10.18 最高裁 上告棄却 |
・少年院入院歴あり |
| 16 | 神戸 政男 19歳4~8か月 |
小遣銭に窮した結果、婦女を襲い金品を強取し、あるいは強いて姦淫しようと企て、 1.1947(昭和22)年11月30日、帰宅中の女性を脅迫して強いて姦淫し、更に通行人の気配がしたため、発覚をおそれて同女(52歳)の咽喉部を扼圧して同女を窒息死させ、衣類等10数点を強取し、 2.1948年3月29日、通行中の女性(35歳)の咽喉部を扼圧して姦淫し、同女を窒息死させて現金約1000円及び衣類等15点を強取し、 3.同年4月7日、通行中の女性(48歳)の咽喉部を扼して人事不省に陥れて現金約1万2000円及び衣類2点を強取し、前記暴行により約1週間の傷害を負わせた。 他に強盗強姦5件、強盗2件の余罪あり。 (強盗強姦、同致死、同致傷、強盗傷人、強盗、窃盗) |
手(絞扼) | 2 | 1948.12.28 大阪地裁 死刑 |
1951.2.22 大阪高裁 死刑 |
1951.12.21 最高裁 上告棄却 |
・16歳の時、強姦致傷等により懲役15年に処せられたものの、肋膜炎により刑執行停止後の犯行 |
| 17 | 坂本 登 19歳10~11か月 |
ほか1名(古谷惣吉)と共謀の上、 1.古谷の知人の小金をもっている男から金品を強取しようと企て、1951(昭和26)年5月15日、同人を誘い出し金品を強要したところ、同人が逃げ出したので同人を殺害して金品を強取するほかはないと考え、被告人において所携のマフラーで前記男(40歳)の首を緊縛し、古谷において同様腰紐で絞め付けて殺害し、現金約8600円在中の財布を強取し、 2.窃盗の犯意で同年6月3日、民家に侵入し、物色中、主人が帰宅し発見されたため、同人(70歳)を殺害して金品を強取しようと考え、被告人においてその首を絞め、古谷においてその首を紐で絞めて窒息死させ、現金250円及び服・時計・白米等を強取した。 (強盗殺人) |
マフラー 紐 |
2 | 1951.11.7 福岡地裁 死刑 |
1952.4.9 福岡高裁 控訴棄却 |
1952.4.21 上告取下 (24日、検察非上告で確定) |
・共犯の古谷は坂本の処刑後に逮捕・起訴され、1955年6月16日、福岡地裁で懲役10年判決(求刑無期懲役)。10月27日、福岡高裁で控訴棄却。56年2月3日、上告棄却で確定。出所後に8人を殺害し、死刑確定 |
| 18 | 勝又 清一 19歳11か月 |
借財の返済に窮した結果、役場から金員を窃取し、もし発見されたときは殺害もやむなしと考え、1952(昭和27)年3月3日、自宅より薪割りを持ち出し、宿直員が寝静まるのを待って事務室に忍び込んだが、宿直員に発見されたような気配を感ずるや、宿直室に飛び込み、就寝中の宿直員2名(21歳・29歳)に対し所携の薪割りで殴打していずれも即死させ、現金4750円及びライター1個を強取した。 (強盗殺人) |
薪割り | 2 | 1952.8.30 静岡地裁 沼津支部 死刑 |
1953.4.3 東京地裁 控訴棄却 |
1953.11.19 最高裁 上告棄却 |
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| 19 | 中島 英蔵 19歳10か月 |
ほか1名と共謀の上、知人から金品を強取しようと企て、1947(昭和22)年1月23日、前記知人方に1泊し、同人らが就寝したのをみはからって、被告人において、野球用バットで前記知人(60歳)の頭部を殴打し、更に電気コードで頸部を絞めて窒息死させ、前記暴行を目撃した前記知人の養子(12歳)の頸部をマフラーで絞扼して窒息死させてそれぞれ殺害した上、現金約2000円及び洋服等を強取した。他に窃盗2件、強盗1件の余罪あり。 (強盗殺人、窃盗、強盗) |
野球用バット 電気コード マフラー |
2 | 1952.9.9 大阪地裁 死刑 |
1953.5.19 大阪高裁 控訴棄却 |
1954.1.12 最高裁 上告棄却 |
・共犯の中島謙治は1948年11月9日、死刑確定 |
| 20 | 松井 永明 19歳7か月 |
かねてから待遇などについて雇主に反感を抱いていたところ、被告人が愛情をもっていた女店員が叱責されたことに憤激して、雇主一家4名を殺害しようと考え、1953(昭和28)年9月15日、就寝中の雇主夫婦(男29歳・女27歳)、長女(4歳)、次女(2歳)の順で所携の角材で殴打した上、次いで前期雇主及び長女、次女の3名に対しその頸部をジャックナイフで突き刺し、前記4名を殺害した。 (殺人) |
角材 ジャックナイフ |
4 | 1955.2.26 大阪地裁 死刑 |
1956.2.20 大阪高裁 控訴棄却 |
1956.12.21 最高裁 上告棄却 |
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| 21 | 谷口 繁義 19歳2か月 ※冤罪※ |
負債の支払いと小遣銭に窮した結果、以前盗みに入ったことのある民家に侵入し家人を脅迫又は殺害して金品を強取しようと企て、1950(昭和25)年2月28日、民家において、所携の刺身包丁で就寝中の主人(63歳)の咽喉・心臓部を突き刺して殺害し、現金約1万3000円を強取した。 (強盗殺人) |
刺身包丁 | 1 | 1952.2.20 高松地裁 丸亀支部 死刑 |
1956.6.8 高松高裁 控訴棄却 |
1957.1.22 最高裁 上告棄却 |
・再審無罪確定(財田川事件) |
| 再審 1984.3.21 高松地裁 丸亀支部 無罪 |
控訴せず | |||||||
| 22 | 井戸 八郎 19歳9か月 |
1.1954(昭和29)年12月1日、道路上に自転車を止めて用便中の女性(23歳)をみて劣情を催し、同女にあいくちを突き付けて強いて姦淫し、 2.前記犯行直後、前記女性が警察に届け出て犯行が発覚することをおそれ、また、多額の金員を所持していることを目撃し、同女を殺害して金品を強取しようと企て、同女を前記あいくちで突き刺して殺害した上、現金6220円及び腕時計等6点を強取した。 (強姦、強盗殺人) |
あいくち | 1 | 1955.8.27 神戸地裁 姫路支部 無期懲役 |
1956.9.18 大阪高裁 死刑 |
1957.4.5 最高裁 上告棄却 |
・窃盗等の前歴あり ・常にあいくちを携帯 |
| 23 | 山野井 鴻志 18歳4か月 |
遊興費を得るため内情を熟知している自宅裏の質店に押し入り、発見された場合は殴り殺すこともやむなしと決意し、1954(昭和29)年11月27日、こん棒を携えて、同店に至り、出て来た店主(58歳)を前記こん棒で乱打し、次いで同家茶の間で店主の妻(51歳)及び次男(15歳)を殴打し、現金1万3000円、印鑑及び銀行預金通帳等在中の金庫1個を強取し、前記暴行により店主、妻を殺害、次男に対し加療約2か月間の傷害を負わせた。 (強盗殺人、同未遂) |
こん棒 | 2 | 1955.3.9 札幌地裁 無期懲役 |
1956.8.7 札幌高裁 死刑 |
1957.8.30 最高裁 上告棄却 |
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| 24 | 松下 今朝敏 19歳7か月 |
遠縁の男ほか1名と共謀の上、不和な遠縁の一家をみな殺しにして宿怨をはらし、かつ、金品を強取しようと企て、1949(昭和24)年10月1日、大工道具刀広及び日本刀を携え前記居宅に侵入し、被告人において、就寝中の主人(41歳)、妻(44歳)、長男(15歳)、次男(4歳)の各頭部等を所携の刀広で殴り付けて前記4名を殺害し、鎖付き懐中時計、腕時計各1個、衣類等10数点を強取した。 (強盗殺人) |
刀広 | 4 | 1950.3.31 長野地裁 松本支部 死刑 |
1955.12.19 東京高裁 控訴棄却 |
1958.4.17 最高裁 上告棄却 |
・共犯の川井春雄も死刑確定 |
| 25 | 大久保 公文 19歳9か月 |
金銭に窮した結果、 1.ほか1名と共謀の上、知り合いの飲食店経営の女性を殺害して金品を強取しようと企て、1955(昭和30)年2月3日、前記飲食店に赴き、福笑い遊びの遊戯中所携の麻縄で同女の頸部を強扼し、更に空ビール瓶で後頭部を強打して殺害し、現金約1万7000円、預金高3万5000円の銀行預金通帳等を強取し、 2.ほか2名と共謀の上、洋服店夫妻を殺害して金品を強取しようと企て、同年3月12日、客を装って前記店内に入り、すきをみて前記妻(40歳)の頭部を樫棒で強打したが、同女が救いを求めたため殺害の目的を遂げず、その際レインコート1着を強取した。 (強盗殺人、同未遂) |
麻縄 空ビール瓶 樫棒 |
2 | 1955.9.28 東京地裁 八王子支部 死刑 |
1958.9.22 東京高裁 控訴棄却 |
1959.6.16 最高裁 上告棄却 |
・共犯の吉井房雄は一審で死刑確定 |
| 26 | 上田 主税 18歳7か月 |
住み込み農夫として稼働していたものであるが、 1.1958(昭和33)年2月18日、留守番中の住み込み先農夫方の次女(16歳)の姿を見て劣情を催し、強いて姦淫しようとしたが、抵抗されたため所携の手拭で同女の頸部を絞めたところ失神したのに驚き、同女を殺害して姦淫し、犯行を隠ぺいしようと決意し、手拭で頸部を緊縛して窒息死させて殺害し、 2.次いで金品を窃取して逃走しようと企て、手提金庫を開けようとしていたところ、帰宅した同家の主人の姪(26歳)に発見されたため、犯行の発覚をおそれて同女を殺害して金品を強取しようと決意し、その場にあったなた及び薪割まさかりで頭部を強打して死亡させた上、現金1500円及びカメラ、腕時計等22点を強取した。 (強姦致死、殺人、強盗殺人) |
手拭 なた まさかり |
2 | 1958.9.3 旭川地裁 死刑 |
1959.3.24 札幌高裁 控訴棄却 |
1960.3.15 最高裁 上告棄却 |
・窃盗により少年院入院歴あり |
| 27 | 久保 章 19歳1か月 |
飲食費に窮した結果、子供を誘拐して両親から身代金を獲得しようと考え、1957(昭和32)年12月17日、通学途上の小学生(女11歳)に住所、氏名、学校名等を尋ねて脅迫状を作成した上、小学校に赴き、担任教諭に母親が急病で入院したなどと嘘を言い、前記小学生を学校から市内の雑木林に連れ出して誘拐したが、疑念を抱いた同女が大声で助けを求めたため、殺意をもって、その頸部を両手で絞扼し、さらにビニール製細紐等で頸部を緊縛して窒息死させた後、脅迫状を幼児をして前記同女宅に届けさせたが、警察に届出されたと思いその場から逃走して金員喝取は未遂に終わった。他に詐欺4件、窃盗3件、同未遂1件の余罪あり。 (営利誘拐、殺人、窃盗、恐喝未遂、詐欺、窃盗未遂) |
手(絞扼) ビニール製細紐 |
1 | 1959.6.30 福岡地裁 飯塚支部 死刑 |
1959.10.6 福岡高裁 控訴棄却 |
1960.6.9 最高裁 上告棄却 |
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| 28 | 李 珍宇 18歳1~5か月 |
<小松川女高生殺し事件> かねてから女性に接したいという欲望を抱いていたところ、 1.1958(昭和33)年4月20日、自転車で進行中の女性を認めて劣情を催し、強姦しようと企て、同女(23歳)を道路脇の田圃の中に転落させ、手でその咽喉部・頸部を絞める等の暴行を加えて姦淫し、同女をして前記暴行により間もなく窒息死させ、 2.同年8月17日、学校の屋上で読書中の女高生に劣情を催し、強いて姦淫しようと企て、同女(16歳)にナイフを突きつけ屋上時計台近くまで連行したところ、抵抗しながら大声をあげたため、犯行の発覚をおそれ殺害して姦淫しようと決意し、同女の頸部を所携の手拭で絞扼して窒息死させた上、強いて姦淫した。 (強姦致死、殺人・強姦致死) |
手(絞扼) 手拭 |
2 | 1959.2.27 東京地裁 死刑 |
1959.12.28 東京高裁 控訴棄却 |
1961.8.17 最高裁 上告棄却 |
・窃盗事件により保護観察中 ・強姦の事実を否認 ・犯行後マスコミ等に匿名電話をかけて世間が騒ぐのを楽しむ |
| 29 | 小山 輝夫 19歳7か月 |
自動車工作所に修理見習工として勤めていたが、借金がかさんで金銭に窮した結果、雇主の妻を脅して金品を強取しようと企て、1958(昭和33)年8月7日、海軍士官用短剣を携えて雇主夫妻の居間に至ったところ、外出中と思っていた雇主が在宅していたので、前記夫妻を殺害して金品を強取しようと企て、前記夫妻(男39歳・女36歳)の頭部・胸部等を前記短剣で突き刺し、更に物音に目覚めて別室から出て来た雇主の母親(64歳)を認め殺害を決意し、前記短剣で同女の胸部、腹部等を突き刺し、前記3名を殺害した上、現金約1万6650円及びズボン等4点を強取した。他に窃盗10件の余罪あり。 (強盗殺人、窃盗) |
短剣 | 3 | 1961.3.27 神戸地裁 死刑 |
1962.5.28 大阪高裁 控訴棄却 |
1963.2.8 最高裁 上告棄却 |
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| 30 | 平 徹雄 19歳8か月 |
1.借金を抱えて苦慮した結果、警察官を毒殺して制服、拳銃を奪取して金作りの手段に利用しようと企て、1961(昭和36)年5月31日、あずきドリンクス2缶を買い求め、あらかじめ用意していた青酸カリをうち1缶に混入し派出所に赴き、勤務中の巡査(23歳)に身上相談をする如く装って話しかけて信用させた上、青酸カリ混入の前記ドリンクスを飲用させて、中毒により昏睡状態になるやSW拳銃、実弾、警察官制服等の官給品ほか現金等を強取し、そのころ前記巡査を前記中毒により死亡させて殺害し、 2.前記犯行後、奪取した警察官制服を着用してタクシーに乗り込み逃走したが、運転手(24歳)が前記犯行を知ったものと思い犯跡隠蔽のため同人の頸部に拳銃2発を命中させて殺害した。 (強盗殺人、殺人) |
青酸カリ 拳銃 |
2 | 1961.9.28 熊本地裁 死刑 |
1962.6.7 福岡高裁 控訴棄却 |
1963.5.10 最高裁 上告棄却 |
・強姦未遂、窃盗の前歴あり |
| 31 | 水尻 隆幸 19歳11か月 |
遊興費に窮し、かつ冬期を控え防寒用衣類の購入に迫られ、金銭を渇望した揚句、かつて掛買をしたことのある雑貨店に現金があると見当をつけ、1963(昭和38)年11月6日、前記店舗に侵入し、奥座敷に就寝中の夫婦を認め、窃盗の目的で物色中に前記両名が目を覚ました場合には、殺害の上同人等の金品を強取するもやむを得ないと決意し、所携の手斧を紙袋から取り出し、同座敷にしのび入り、主人(73歳)が寝返りをうったことから、手斧をもって同人の頭部を数回強打し、更に気配で目覚めた同人の妻(58歳)の頭部をも数回強打し、前記両名を殺害した上、現金1万8000円、30万5397円預入の預金通帳等2点を強取した。他に窃盗1件、同未遂1件の余罪あり。 (住居侵入、強盗殺人、建造物侵入、窃盗、窃盗未遂) |
手斧 | 2 | 1964.4.27 釧路地裁 無期懲役 |
1965.4.22 札幌高裁 死刑 |
1966.2.4 最高裁 上告棄却 |
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| 堀江 勇 ※20歳0か月 |
建築業者に大工見習として住込みで稼働していたが、雇主からの叱責が積み重なり、憤懣極度に高まり、雇主一家を皆殺しにして恨みを晴らすと同時に金品を強取しようと決意し、1964(昭和39)年10月25日、2階で就寝中の長男(9歳)、長女(7歳)の各頭部を所携の玄能で数回殴打し、更に妻(33歳)が戸締りのため2階に上ってくるのを待ちうけて、同女の頭部を前記玄能で数回強打し、次いで雇主の帰宅を待ちうけ、同人(34歳)の背後からその頭部を玄能で強打し、玄関へ逃げる同人の頭部を薪割りで数回乱打して、一家4名を殺害した後、同家内を物色し、現金約21万円及び郵便貯金通帳類18冊等を強取した。 (強盗殺人) |
玄能 薪割り |
4 | 1965.6.28 横浜地裁 死刑 |
1966.5.24 東京高裁 控訴棄却 |
1966.12.1 最高裁 上告棄却 |
・検察の資料(永山上告趣意書・福田上告趣意書)では18歳0か月となっている ・その原因として、「死刑事件判決集」(刑事裁判資料189号)の事件一覧表において年齢が18歳とされていること、「事件の概要」で犯行年度を2年間違えていること(昭和37年となっているが実際は39年)が挙げられる。これを引用したとみられる前記各上告趣意書でも同様になっている。参考:永田憲史『死刑選択基準の研究』関西大学出版部(2010) |
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| 32 | 片桐 操 18歳3か月 |
銃に対する執着心から、自己のライフル銃で警察官を襲撃し拳銃を強取することを決意し、 1.1965(昭和40)年7月29日、嘘の100番通報をして出動した巡査(21歳)から職務質問を受けるや、隠し持っていたライフル銃で同人を撃って同人を殺害し、拳銃1丁等を奪取し、 2.前記犯行後、警察官に変装して現場を去ろうとしたところ、パトカーで駆けつけた巡査2名に出会い、前記両巡査に拳銃を突きつけて脅迫したが、1名の巡査が発砲して抵抗したため、殺意をもって同人に対し拳銃3発を発射してしたため、拳銃を強取する目的を遂げず、かつ、同人に全治約1か月間の傷害を負わせたにとどまり殺害は未遂に終わり、 3.更に自動車に乗車して逃走中、停止を命じた警察官2名を脅迫してその公務の執行を妨害し、次いで通過する自動車3台を次々に強取して、運転手らを車内に監禁し、 4.爾後の逃走に備えるべく銃及び銃弾を強取するため、銃砲店に押し入り、拳銃を突きつけて店員らを脅迫して、ライフル銃3丁及び銃弾517発を強取し、約1時間20分にわたり、包囲した多数の警察官及び一般人らに対し、合計100発以上発射し16名の者に傷害を負わせたが、殺害は未遂に終わった。 (強盗殺人、同未遂、脅迫、公務執行妨害、強盗、監禁) |
ライフル銃 拳銃 |
1 | 1967.4.13 横浜地裁 無期懲役 |
1968.11.12 東京高裁 死刑 |
1969.10.2 最高裁 上告棄却 |
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| 33 | 笹沼 充男 19歳11か月 |
女性(28歳)に結婚すると偽って情交を重ねるとともに、相当額の金を貢がせていたところ、強く結婚を希望されるに及んだことから、前記女性を殺害した上、金品を奪って飲食店の営業資金にしようと企て、1967(昭和42)年1月26日、結婚を母に承諾させるから会いに行こうと同女を連れ出し、人里はなれた道路に自動車を停車させ、同女の首を手で絞めつけて、さらにハンドルカバーを首に二重に巻きつけ緊縛して窒息死させた上、現金約1万3350円及び腕時計、指輪等在中のハンドバッグ1個を強取し、更にその死体をトランクに押し込み、玉川上水路に投棄して前記死体を遺棄した。 (強盗殺人、死体遺棄) |
手(絞扼) ハンドルカバー |
1 | 1968.2.7 東京地裁 八王子支部 無期懲役 |
1969.5.13 東京高裁 死刑 |
1970.8.20 最高裁 上告棄却 |
・控訴中に拘置所から脱走し、加重逃走罪にも問われる |
| 34 | 松本 二三男 19歳4か月 |
母らと会うのに着て行く服装類、みやげ等を購入する金員に窮したため、客として出入りしたことのある呉服店に入り、家人を殺害して金員を強取しようと決意し、1969(昭和44)年1月3日、裁鋏(たちばさみ)を片刃に分解したものを携えた上、客を装って赴き、応対に出た同店主の妻(31歳)の背後から頸部・頭部等を50数回にわたり突き刺して殺害し、引き続き同店2階に上がり、同店主人(39歳)の顔面・頸部等を前記片刃鋏で数回突き刺して殺害し、更にこれを見て泣き出した幼女(3歳)の後頭部等を突き刺して殺害した上、現金5000円及びネクタイピンセットを強取した。 (強盗殺人) |
裁鋏 | 3 | 1970.11.11 宇都宮地裁 死刑 |
1971.6.14 東京高裁 控訴棄却 |
1971.8.17 上告取下 |
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| 35 | 菅野 純雄 19歳6か月 |
1969(昭和44)年9月1日、帰宅途中の女性(20歳)に出会い、日頃の欲望を満足しようと考え、同女を殺害した上姦淫しようと決意し、背後から左手を首に巻きつけ後方に引き寄せ、所携の小刀を背中に数回突き刺す等して強いて姦淫し、同女を失血死により殺害した。他に犯行後逃走途中に民家物置に侵入した住居侵入の余罪あり。 (殺人、強姦致死、住居侵入) |
小刀 | 1 | 1971.1.28 仙台地裁 無期懲役 |
1971.8.2 仙台高裁 死刑 |
1972.6.27 最高裁 上告棄却 |
・強姦致傷事件により保護観察中 |
| 36 | 黒岩 恒雄 19歳0か月 |
質店経営者の長男(6歳)を誘拐して近親者から身代金を交付させようと企て、通学途中の同人を誘拐し、騒いだ場合は殺害することもやむを得ないと考え、1969(昭和44)年9月10日、くり小刀を用意して通学路で待ち受けた上、同人を付近の公衆便所に拉致して略取し、口にテープを貼り付けたりしたが泣き叫んで暴れたため、所携のくり小刀で心臓部めがけて突き刺して同人を殺害して、その後死体をオープンケースに入れて搬出し、駅構内の携帯品一時預かり所に預けて死体を遺棄した上、同人方に電話をかけ、父親に対して「500万円用意しろ。」などと身代金を交付するよう要求した。他に、身代金目的拐取予備1件、器物毀棄2件、恐喝未遂1件、現住建造物放火未遂1件の余罪あり。 (身代金目的略取、同要求、殺人、死体遺棄、身代金目的拐取予備、器物毀棄、恐喝未遂、現住建造物放火未遂) |
くり小刀 | 1 | 1972.4.8 東京地裁 死刑 |
1976.7.20 東京高裁 死刑 |
1972.12.20 最高裁 上告棄却 |
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| 37 | 永山 則夫 19歳3~4か月 |
<永山事件> 1.1968(昭和43)年10月初旬、横須賀の米軍基地から拳銃1丁・実包50発を窃取。 2.同月11日、東京のホテルの敷地を徘徊中、警備員(27歳)に見とがめられて、逃走しようと拳銃で射殺。 3.同月14日、京都の神社境内で警備員(69歳)を射殺。 4.同月26日、函館でタクシー運転手(31歳)を射殺し、現金を強取。 5.同年11月5日、名古屋でタクシー運転手(22歳)を射殺し、現金等を強取。 6.1969年4月7日、東京のビルで窃盗目的で物色中、警備員(22歳)に発見され射殺しようとしたが、命中せず未遂。 (窃盗、殺人、強盗殺人、同未遂、銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反) |
拳銃 | 4 | 1979.7.10 東京地裁 死刑 |
1981.8.21 東京高裁 無期懲役 |
1983.7.8 最高裁 破棄差戻 |
・計画的犯行 ・保護観察中の犯行 ・2名の遺族に慰謝の措置 ・不法出国、窃盗等の前歴あり |
| 1987.3.18 東京高裁 控訴棄却 |
1990.4.17 最高裁 上告棄却 |
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| 38 | 関 光彦 19歳1か月 |
1992(平成4)年3月5日、暴力団関係者から要求された金銭を工面するため、以前強姦をした少女(15歳)方に赴き、当初は窃盗の目的であったものの、すぐに強盗に転じて、在宅していた少女の祖母(83歳)の頸部を電気コードで絞め付けて殺害し、その後帰宅した母(39歳)と父(42歳)を順次柳刃包丁で突き刺して殺害した上、現金、預金通帳等を強取し、さらに、犯行の発覚をおそれて少女の妹(4歳)を同包丁で突き刺して殺害した。加え、前記強盗の最中、少女を強姦するなどした。ほか、傷害、強姦、強姦致傷、恐喝、窃盗の計14の余罪あり。 (傷害、強姦、強姦致傷、強盗殺人、殺人、強盗強姦、恐喝、窃盗) |
電気コード 柳刃包丁 |
4 | 1994.8.8 東京地裁 死刑 |
1996.7.2 東京高裁 控訴棄却 |
2001.12.3 最高裁 上告棄却 |
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| 39 | 小林 正人 19歳6か月 |
1.【大阪事件】1994(平成6)年9月28日、大阪市中央区の路上で通りがかりの柏原市の無職男性(26歳)を同区内のたまり場に連れ込み、絞殺。遺体を高知県の山中に遺棄。 2.【木曽川事件】同年10月6日夜、愛知県稲沢市の知人宅を訪れた同市の型枠解体工(22歳)をビール瓶などで殴打。翌7日未明、同県尾西市の木曽川堤防でさらに暴行、河川敷に放置して殺害。 3.【長良川事件】同7日夜、同県稲沢市のボウリング場で3人に因縁をつけ、車で連れ回し暴行、11,000万円を強奪。翌8日未明、岐阜県輪之内町の長良川河川敷で3人のうち、尾西市の会社員男性(20歳)と同市のアルバイト男性(19歳)を金属パイプで殴り殺した。大学生は大阪市で解放。 (強盗殺人、殺人、強盗致傷、監禁、死体遺棄、傷害) |
4 | 2001.7.9 名古屋地裁 死刑 |
2005.10.14 名古屋高裁 死刑 |
2011.3.10 最高裁 上告棄却 |
・同一事件で複数の少年の死刑確定は戦後初 | |
| 39 | 小森 淳(大倉に改姓後、現姓黒澤) 19歳2か月 |
無期懲役 | ||||||
| 39 | 河渕 匡由(現姓芳我) 18歳11か月 |
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| 42 | 福田 孝行(現姓大月) 18歳1か月 |
1999(平成11)年4月14日午後2時半頃、山口県光市のアパートに住む会社員男性(23歳)方に、排水管の検査を装って強姦目的で侵入。男性の妻(23歳)を強姦しようとしたが抵抗されたため、首を両手で絞めて殺害後、姦淫した。さらに、そばで泣いていた長女(11か月)を床にたたき付けた後、持ってきたひもで首を絞めて殺害した。その後、事件発覚を恐れ2人の遺体を押し入れに隠し、妻の財布を奪って逃走した。 (殺人、強姦致死、窃盗) |
両手 ひも |
2 | 2000.3.22 山口地裁 無期懲役 |
2002.3.14 広島高裁 無期懲役 |
2006.5.20 最高裁 破棄差戻 |
・18歳と29日の犯行 ・現行少年法下、犯行時最年少の死刑確定事例 ・差戻し上告審では裁判官1名が差戻し意見 |
| 2008.4.22 広島高裁 死刑 |
2012.2.20 最高裁 上告棄却 |
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| 43 | 千葉 祐太郎 18歳7か月 |
元交際相手の少女(18歳)に復縁を迫っていた解体工の千葉は、2010(平成22)年2月10日午前6時40分ごろ、無職少年(17歳)を連れ、宮城県石巻市の少女宅に牛刀(刃渡り約18センチ)を持って押し入り、2階寝室で少女の姉(20歳)、友人の少女(18歳)を刺殺=殺人、銃刀法違反罪。居合わせた友人男性(20歳)も刺した=殺人未遂罪。その後、少女を車に乗せ連れ去った=未成年者略取罪。同4~5日には鉄棒で全身を殴るなどして少女に重傷を負わせた=傷害罪。 (傷害、殺人、殺人未遂、未成年者略取、銃砲刀剣類所持等取締法違反) |
牛刀 | 2 | 2010.11.25 仙台地裁 死刑 |
2014.1.31 仙台高裁 控訴棄却 |
2016.6.16 最高裁 上告棄却 |
・裁判員裁判で初の少年に対する死刑判決(死刑判決2例目) |
| 【軍事法廷で死刑判決】 | ||||||||
| 田村 勝則 18歳 |
1945(昭和20)年12月19日午前2時、札幌市の米軍基地に少年3人(17~18歳)が侵入。倉庫から物資を盗もうとして米軍MPに捕まったが、田村がMPを銃剣で刺殺して逃走した。 | 銃剣 | 1 | 1946.1.23 米軍事法廷 死刑 |
- | - | ・3人は窃盗罪で少年保護更正施設に入っており、施設を抜け出して数回この米軍基地で窃盗を働いていた ・共犯2少年には強制労働30年 ・1946年5月17日、巣鴨プリズンで絞首刑執行 |
|
| 【米占領下沖縄での死刑判決】 | ||||||||
| 本 秀里 19歳 |
沖縄県泡瀬で発生した強盗殺人事件。 | 1948.3 中央巡回裁判所 死刑 |
- | 琉球上訴裁判所 無期懲役 |
・詳細不明 ・占領下の沖縄は二審制 |
|||
| 【少年に対する死刑判決(非死刑確定)一覧】 | ||||||||
| 横田 猛 | 六甲郵便局ピストル強殺事件 | 1 | 1947.3.7 神戸地裁 死刑 |
1947.6.25 大阪高裁 無期懲役 |
上告せず | |||
| 新井 洪来 | 静岡一家5人強殺事件 | 5 | 1947.4.25 静岡地裁 死刑 |
1950.9.25 東京高裁 無期懲役 |
・主犯の三本龍守も一審死刑判決を言い渡されたが、控訴中に病死 | |||
| 丹野 祐次 19歳3か月 |
川上村農家3人強盗殺傷事件 | 2 | 1947.10.22 大津地裁 死刑 |
1948.9.27 大阪高裁 無期懲役 |
上告せず | |||
| 打越 喜久一 18歳4か月 |
||||||||
| 藤本 久二 | 大矢国有林内強盗殺傷事件 | 1 | 1947.10.27 熊本地裁 死刑 |
49.9.13 福岡高裁 無期懲役 |
49.10.13 上告取下げ |
・共犯の後藤二郎は一審で懲役15年判決(求刑無期懲役) | ||
| 中村 忠治 19歳1か月 |
八坂村母娘強盗殺傷事件 (住居侵入、強盗致死) |
1 | 1948.2.25 大分地裁 死刑 |
1948.8.28 福岡高裁 無期懲役 |
上告せず | ・共犯の勝見吉雄と柳吉洙も同判決 | ||
| 岩下 祐三 | 豊岡村主人一家3人殺人事件 | 3 | 1948.6.16 前橋地裁 高崎支部 死刑 |
1950.5.4 東京高裁 無期懲役 |
上告せず | ・一審強盗殺人認定、控訴審殺人認定 | ||
| 小熊 一男 17歳10か月 |
滋賀刑務所看守部長殺人事件 | 1 | 1948.10.20 大津地裁 死刑 |
1949.5.24 大阪高裁 無期懲役 |
1949.10.20 最高裁 上告棄却 |
・主犯の徳久炳浩は死刑確定(後に講和恩赦減刑) ・控訴審では死刑選択の上、新少年法により緩和 |
||
| 坂田 里志 | 南方村主婦強殺事件 | 1 | 1948.11.20 広島地裁 呉支部 死刑 |
1950.12.26 広島高裁 無期懲役 |
上告せず | ・控訴中に身代わりを仕立てて無罪放免計画 | ||
| 龝山 厚 | 中瀬村一家4人強殺事件 | 4 | 1948.12.3 静岡地裁 浜松支部 死刑 |
1949.11.16 東京高裁 無期懲役 |
上告せず | ・共犯の印宮正信も同判決 ・共犯のうち中国人の鮑東民と鄭浩安は占領下の日本に裁判権なし。2人には独立後に求刑どおり無期懲役判決 |
||
| 佐藤 忠治 18歳8か月 |
仙台独居女性強殺放火事件 (強盗殺人、放火) |
1 | 1948.12.28 仙台地裁 死刑 |
1950.7.24 仙台高裁 無期懲役 |
上告せず | |||
| 小島 敏雄 19歳4か月 ※冤罪※ |
幸浦事件 | 4 | 1950.4.27 静岡地裁 浜松支部 死刑 |
1951.5.8 東京高裁 控訴棄却 |
1957.2.14 最高裁 破棄差戻 |
・共犯とされた近藤勝太郎と近藤糸平も死刑判決を受けるが、全員無罪判決 ・窃盗罪は懲役6月・執行猶予3年判決 |
||
| 1959.2.28 東京高裁 無罪 |
1963.7.9 最高裁 上告棄却 |
|||||||
| 須藤 満雄 18歳8か月 ※冤罪※ |
二俣事件 | 4 | 1950.12.27 静岡地裁 浜松支部 死刑 |
1951.9.29 東京高裁 控訴棄却 |
1953.11.27 最高裁 破棄差戻 |
・窃盗罪は懲役1年・執行猶予2年判決 | ||
| 1956.9.20 静岡地裁 無罪 |
1957.12.16 東京高裁 控訴棄却 |
上告せず | ||||||
| 津々木 一行 | 那珂町女性店員強盗強姦殺人事件 | 1 | 1952.8.6 福岡地裁 死刑 |
1953.1.17 福岡高裁 無期懲役 |
上告せず | |||
| 舟橋 富美男 | 味岡村近隣農家5人殺傷事件 | 3 | 1955.5.25 名古屋地裁 死刑 |
1956.6.21 名古屋高裁 公訴棄却 |
・公判中死亡 | |||
| 石垣 貞夫 19歳 |
1954(昭和29)年10月29日、平塚市営プール内の管理人宅に被告人両名が押し入り、子供(2歳)の前で管理人の妻(36歳)に服を脱ぐように強要。首を絞めた上に刺殺し、現金8百円や背広など強奪した。 (強盗殺人等) |
ナイフ | 1 | 1955.9.26 横浜地裁 小田原支部 死刑 |
1956.12.4 東京高裁 無期懲役 |
上告せず | ||
| 原 英蔵 19歳 |
上告取下 | |||||||
| 片山 洋哉 18歳0か月 |
美唄母子強盗殺傷事件 (強盗殺人、同未遂、窃盗) |
鉞 | 1 | 1957.4.26 札幌地裁 岩見沢支部 死刑 |
1958.1.28 札幌高裁 無期懲役 |
上告せず | ・18歳と8日の犯行 ・現行少年法下、犯行時最年少死刑判決 |
|
| 本田 昌三 18歳8か月 ※冤罪※ |
木間ヶ瀬事件 | 4 | 1958.9.22 千葉地裁 松戸支部 死刑 |
1961.5.30 東京高裁 無罪 |
上告せず | ・業務上横領罪は懲役6月・執行猶予2年判決 | ||
| 川上 昭治 18歳11か月 |
1959(昭和34)年2月25日深夜、私立高校定時制4年生の両被告人が長崎市の深夜家具店に押し入り、就寝中の主人(50歳)をノミとナタでめった打ちにして殺害、妻(48歳)に2か月の重傷を負わせ、3万2000円を強奪した。 (強盗殺人、同未遂) |
ノミ ナタ |
1 | 1961.12.16 長崎地裁 死刑 |
1962.10.29 福岡高裁 無期懲役 |
上告せず | ||
| 宮崎 敏明 19歳4か月 |
||||||||
| 吉本 増己 18歳7か月 |
八尾タクシー運転手強殺事件 | 1 | 1965.2.26 大阪地裁 死刑 |
1965.11.12 大阪高裁 無期懲役 |
上告せず | |||
| 河野 信行 19歳0か月 |
川崎女性タイピスト轢き捨て事件 | 1 | 1969.2.28 東京地裁 八王子支部 死刑 |
1970.12.26 東京高裁 無期懲役 |
上告せず | |||
| 小島 茂雄 19歳6か月 |
大高緑地アベック殺人事件 | 2 | 1989.6.28 名古屋地裁 死刑 |
1996.12.16 名古屋高裁 無期懲役 |
上告せず | ・共犯のうち徳丸信久は死刑相当としながらも、犯行時17歳だったため無期懲役に緩和(求刑同。控訴せず確定) ・ほかは有期刑、不定期刑が確定 |
||
| 【少年法51条1項(死刑相当、刑の緩和)事例】 | ||||||||
| 小熊 一男 17歳10か月 死刑求刑 |
・一審死刑判決 | |||||||
| 鬼頭 三郎 17歳7か月 死刑求刑 |
||||||||
| 櫻井 十四夫 15歳6か月 死刑求刑 |
・旧少年法では死刑適用可能年齢を16歳以上としていたが、皇族に対する罪と尊属殺人罪は例外とされていた | |||||||
| 箱山 勝 17歳10か月 無期懲役求刑 |
上田煙草屋強盗殺傷事件 | 1 | 1949.2.28 長野地裁 上田支部 無期懲役 |
控訴せず | ||||
| 沢野 功 17歳1か月 無期懲役求刑 |
札幌母子強殺事件 | 2 | 1950.7.10 札幌地裁 無期懲役 |
控訴せず | ||||
| 山下 貫逸 17歳5か月 無期懲役求刑 |
物部村母娘3人強殺事件 (強盗殺人、放火) |
3 | 1950.11.8 京都地裁 無期懲役 |
1951.7.13 大阪高裁 懲役13-15年 |
上告せず | ・一審は死刑選択の上、少年法により緩和 ・控訴審で放火罪は無罪(無期懲役選択の上、緩和) |
||
| 1951.12.21 最高裁 原判決破棄 |
・非常上告 ・少年法の解釈適用に誤り ・被告人に利益なことが明白とは言えないため、更に判決せず |
|||||||
| 鮑 東民 16歳11か月 無期懲役求刑 |
中瀬村一家4人強殺事件 | 4 | 1949.5.19 軍事法廷 重労働30年 |
- | - | ・1952.4.28 サンフランシスコ講和条約で無効 | ||
| 1952.7.30 静岡地裁 浜松支部 無期懲役 |
1953.3.12 東京高裁 控訴棄却 |
1955.9.20 最高裁 無期懲役(自判) |
・龝山厚らの共犯 | |||||
| 滝 淳之助(千野に改姓) 17歳8か月 死刑求刑 |
3 | |||||||
| 道本 輝清 16-17歳 無期懲役求刑 |
呉雑貨商夫婦強殺事件 | 2 | 1957.5.14 広島地裁 呉支部 無期懲役 |
・共犯の倉永勇は死刑確定 | ||||
| 勝又 昭文 15歳11か月 無期懲役求刑 |
鎌倉ブース氏夫妻強殺事件 | 2 | 1957.8.20 横浜地裁 無期懲役 |
・16歳3日前の犯行 | ||||
| 鶴巻 17歳10か月 懲役15年求刑 |
被告人は中学生の途中から土工生活に入り、各地を転々とした。隣家に住み、小中学校の同級生だった被害者(県立高校3年生、当時17歳)にはかねてから思いをよせ、1958年9月28日に福島電鉄の電車に被害者と乗り合わせ、思いを打ち明けようとしたが避けられ、失望の念を強めた。10月2日の朝も同じ電車で被害者と会い、ともに保原駅で降りたが振り切られてしまった。そこで夕方の被害者の帰りを待ち、もう一度思いを打ち明け、冷たい態度をされたら殺そうとの決意を固め、シノを隠し持った。夕方保原駅で6時10分の掛田行き電車に乗ろうとした被害者をみつけ、話し掛けようとして断られ、多くの人がみている前でシノを被害者の頭、顔、首などに39カ所もつき刺して殺害した。 (殺人) |
シノ(工具) | 1 | 1959.4.28 福島地裁 無期懲役 |
控訴せず | ・求刑超え判決 ・併合して起訴された火薬類取締法違反(ダイナマイト不法所持)は無罪判決 |
||
| M 16歳 懲役15年求刑 |
日立タクシー運転手ピストル強盗殺人事件 | ピストル スパナ |
1 | 1965.7.2 水戸地裁 無期懲役 |
・求刑超え判決 ・共犯2名(いずれも犯行時16歳)は不定期刑判決 |
|||
| ○石 16歳5か月 無期懲役求刑 |
静岡警察官轢殺・拳銃強奪事件 | 1 | 1969.6.16 静岡地裁 無期懲役 |
|||||
| 佐藤 隆 16歳5~7か月 無期懲役求刑 |
混血少年連続殺人事件(広域重要指定106号事件) | 3 | 1971.9.9 千葉地裁 松戸支部 無期懲役 |
控訴せず | ・「犯行時(死刑を適用できない)16歳だが死刑を求刑された」と記述する著作やサイトが散見されるが、求刑は無期懲役 | |||
| 17歳少年 無期懲役求刑 |
高月老夫婦強殺事件 | 2 | 1979.7.5 大津地裁 無期懲役 |
|||||
| 16歳少年 無期懲役求刑 |
1980(昭和55)年3月7日午後4時30分ころ、埼玉県入間市のパチンコ店従業員女性(45)宅の2階6畳間の窓から侵入、同じ2階4畳半で寝ていた長女(15)の腹を刃渡り14.7cmのナイフで数回突き刺し、1階に降りたが物音で気付いた女性に顔を見られたので、2人を殺害することを決意。女性の背中、胸などを十数回突き刺して殺害。この後2階にいた長女の背中、胸を数回突き刺して2か月の重傷を負わせたうえ、乱暴しようとしたが、未遂に終わった。 (強盗殺人、同未遂、強盗強姦未遂) |
ナイフ | 1 | 1981.1.16 浦和地裁 川越支部 無期懲役 |
||||
| 徳丸 信久 17歳0か月 無期懲役求刑 |
大高緑地アベック殺人事件 | 2 | 1989.6.28 名古屋地裁 無期懲役 |
控訴せず | ・小島茂雄(一審死刑、控訴審無期懲役確定)の共犯 | |||
| 大倉 翼 17歳11か月 無期懲役求刑 |
石川県松任市に住む大倉は2004(平成16年)年9月13日午前3時頃、金沢市に住む会社役員宅に裏口のガラス窓を割って侵入。役員の妻に気付かれたため、役員の男性(66歳)と妻(64歳)をサバイバルナイフで160ヶ所以上刺して殺害。現金3700円とカードが入っていた妻の財布を盗んだ。妻は110番通報していたため、金沢西署員が駆けつけ、裏口から出てきた少年を現行犯で逮捕した。少年は夫婦と面識はなく、運転免許を取得する費用が欲しくての犯行だった。 (強盗殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反) |
サバイバルナイフ | 2 | 2006.12.18 金沢地裁 無期懲役 |
2007.2.13 控訴取下 |
・18歳11日前の犯行 | ||
| 【犯行が少年から成人にまたがる事例】 | ||||||||
| 渡邉 清 19歳1か月~25歳0か月 |
売春婦ら4人強盗殺人事件 | 4 | 1975.8.29 大阪地裁 無期懲役 |
1978.5.30 大阪高裁 死刑 |
1988.6.2 最高裁 上告棄却 |
|||
| 【上記以外の少年に対する死刑求刑事例】 | ||||||||
| 不詳 | 大正村木工所殺人事件 | 1 | 1947.4.30 奈良地裁 葛城支部 無期懲役 |
・共犯の井上初夫も同判決(求刑死刑) | ||||
| 服部 繁雄 | 名古屋愚連隊殺人事件 | 2 | 1947.9.4 名古屋地裁 無期懲役 |
控訴 | ・確定事例1(鬼頭正一)の共犯 | |||
| 吉田 勇 18歳10か月 ※冤罪※ |
榎井村事件 | 1 | 1947.12.24 高松地裁 無期懲役 |
1948.11.9 高松高裁 懲役15年 |
1949.4.28 最高裁 上告棄却 |
・共犯とされた奥野義明(19)には懲役6年判決(控訴せず) | ||
| 再審 1994.3.22 高松高裁 無罪 |
上告せず | ・建造物侵入罪等は懲役2年・執行猶予3年判決 ・共犯とされた奥野も事実上無罪と認定 |
||||||
| Y 17歳 |
桃谷自転車商強殺事件 | 1 | 1947.12.19 大阪地裁 無期懲役 |
検察控訴 | ・17歳 | |||
| 松田 孝行 17歳2か月 |
造田村少年3人組強殺事件 | 1 | 1947.12.25 高松地裁 無期懲役 |
1948.6.22 高松高裁 懲役15年 |
1949.2.8 最高裁 上告棄却 |
・共犯は有期刑、不定期刑が確定 | ||
| 大森 康吉 | 烏山署2警官暴行事件 | 0 | 1948.2.27 宇都宮地裁 懲役5-10年 |
1948.9.22 宇都宮地裁 懲役3-6年 |
・死者0人で死刑求刑 ・共犯2人は一審死刑、二審懲役15年 |
|||
| 大倉 銀次 18歳1か月 |
遠敷村老女強殺事件 | 1 | 1948.3.12 福井地裁 無期懲役 |
1948.8.9 名古屋高裁 金沢支部 無期懲役 |
1948.12.24 最高裁 上告棄却 |
|||
| 清水 昭男 17歳8か月 |
京都・滋賀連続老女強殺事件 | 2 | 1948.4.27 大津地裁 無期懲役 |
1948.8.11 大阪高裁 無期懲役 |
1949.2.8 最高裁 上告棄却 |
・共犯の矢代勲司も同判決(求刑死刑、1948.8.30 上告取下) | ||
| 中村 竜典 18歳6か月 |
滋賀伯母強殺事件 | 1 | 1948.10.22 大津地裁 無期懲役 |
1949.4.27 大阪高裁 無期懲役 |
上告せず | ・共犯の石川満雄も同判決(求刑死刑) | ||
| 不詳 | 阿野村雑貨商夫婦強盗殺傷事件 | 1 | 1948.10.25 徳島地裁 無期懲役 |
・共犯の大平武美は死刑確定 | ||||
| 鬼頭 三郎 17歳7か月 |
豊山村母娘強殺事件 | 2 | 1948.11.1 名古屋地裁 無期懲役 |
1949.4.23 名古屋高裁 無期懲役 |
二審確定 | ・死刑を選択の上、少年法適用で緩和 | ||
| 西浦 廣次 19歳1か月 |
1949.12.17 最高裁 上告棄却 |
・無期懲役を選択 | ||||||
| 藤原 忠志 17歳2か月 |
岡山津賀村雑貨商強殺事件 | 1 | 1948.11.29 岡山地裁 懲役15年 |
1949.4.30 広島高裁 無期懲役 |
・一審では無期懲役求刑、控訴審で死刑求刑 ・共犯の実兄・藤原古男は一・二審とも無期懲役判決(求刑死刑) |
|||
| 櫻井 十四夫 15歳6か月 |
小名浜祖父母強殺事件 | 2 | 1948.12.21 福島地裁 平支部 無期懲役 |
1949.4.27 仙台高裁 無期懲役 |
上告せず | ・共犯の鬼島和夫も同判決(求刑死刑) ・死刑を選択の上、少年法適用で緩和 ・旧少年法では死刑適用可能年齢を16歳以上としていたが、皇族に対する罪と尊属殺人罪は例外とされていた |
||
| 会沢 勝男 18歳11か月 |
笠間飲食店男女強殺事件 | 2 | 1949.2.7 水戸地裁 無期懲役 |
控訴せず | ・心神耗弱 | |||
| 時谷 康博 19歳9か月 |
愛別村営林署強殺事件 | 2 | 1949.2.16 旭川地裁 無期懲役 |
控訴せず | ||||
| 青木 正明 18歳11か月 |
上城井村賭博仲間強殺事件 | 1 | 1949.7.4 福岡地裁 無期懲役 |
控訴せず | ||||
| 鍋島 仁 19歳9か月 |
舞鶴主婦強殺事件 | 1 | 1949.10.28 京都地裁 舞鶴支部 無期懲役 |
控訴せず | ||||
| 福島 良夫 19歳5か月 |
平古物商妻強殺事件 | 1 | 1950.7.12 福島地裁 平支部 無期懲役 |
1950.12.17 仙台高裁 控訴棄却 |
・共犯の日下部幸七は懲役15年判決(求刑死刑)、控訴棄却 | |||
| 高橋 良平 18歳7か月 |
吉田村3人組母子強殺事件 | 2 | 1950.10.31 仙台地裁 無期懲役 |
1951.7.19 仙台高裁 控訴棄却 |
二審確定 | ・共犯の小沢徳次・高橋勇(実兄)は死刑確定 | ||
| 神場 武平 19歳 |
大宮漬物店一家3人殺傷事件 | 1 | 1950.11.28 浦和地裁 懲役15年 |
1951.3.13までに 東京高裁 控訴棄却決定 |
- | ・1名に対する傷害罪は無罪 ・検察控訴を被告人控訴と取り違えた高裁のミス。控訴趣意提出期限経過後、一度は控訴棄却決定を出すが、無効 |
||
| 再開 | ||||||||
| 赤間 勝美 19歳0か月 ※冤罪※ |
松川事件 | 3 | 1950.12.6 福島地裁 無期懲役 |
1953.12.22 仙台高裁 懲役15年 |
1959.8.10 最高裁 破棄差戻 |
・共犯とされた被告人は最終的に全員無罪が確定 | ||
| 1961.8.8 仙台高裁 無罪 |
1963.9.12 最高裁 上告棄却 |
|||||||
| 井畑 豊作 | 紫雲寺村工場主強殺事件 | 1 | 1950.12.23 新潟地裁 新発田支部 無期懲役 |
|||||
| 羽山 嘉男 | 粟野町住職夫婦ら殺人事件 | 3 | 1951.2.9 宇都宮地裁 無期懲役 |
・共犯の河津嘉四郎は死刑確定 | ||||
| 山本 繁 | 飾磨関電集金人強盗致死事件 | 1 | 1951.11.12? 神戸地裁 姫路支部 無期懲役 |
1952.6.13 大阪高裁 控訴棄却 |
||||
| 田中 新 | 呉少年兄弟強盗殺傷事件 | 1 | 1952.2.26 広島地裁 呉支部 無期懲役 |
|||||
| 渡辺 和市 | 軽井沢両親殺傷事件 | 1 | 1952.4.4 長野地裁 上田支部 無期懲役 |
|||||
| 岩佐 修 | 広島西署巡査殺人事件 | 1 | 1952.5.2 広島地裁 無期懲役 |
|||||
| 崎下 純 | 春日町主婦偽装殺人放火事件 | 1 | 1952.2.4 福井地裁 無期懲役 |
|||||
| 中山 泰太郎 19歳 |
灘署橋口巡査強殺事件 | 1 | 1952.7.14 神戸地裁 無期懲役 |
検察控訴 | ||||
| 福成 進 19歳 |
検察控訴 | |||||||
| 田中 義一 | 神戸毛糸商妻子殺人事件 | 2 | 1953.4.22 神戸地裁 無期懲役 |
1953.11.27 大阪高裁 控訴棄却 |
||||
| 滝 淳之助(千野に改姓) 17歳8か月 |
市川一家8人強盗殺傷事件 (関東広域連続強盗殺傷事件) |
3 | 1953.6.13 東京地裁 無期懲役 |
1953.9.10 控訴取下 |
・無期懲役+懲役5年+懲役5年判決 ・殺人は17歳時の1件(3名殺害)のみ ・犯行は成人後にまたがるが、所定刑に死刑があるのは17歳時の強盗殺人のみだったため、死刑を言い渡すことは不可能だった |
|||
| 再審 1981.3.27 東京地裁 無期懲役 |
控訴せず | ・強盗1件無罪判決 | ||||||
| 荒川 靖久 | 秋田叔父夫婦殺人事件 | 2 | 1954.10.4 秋田地裁 大曲支部 無期懲役 |
1955.3.22 仙台高裁 秋田支部 控訴棄却 |
二審確定 | |||
| 戎 薦 | 尼崎連続自動車強盗殺傷 | 1 | 1954.10.19 神戸地裁 無期懲役 |
検察控訴 | ||||
| 本山 忠末 | 荒尾菓子屋老人強殺事件 | 1 | 1957.2.28 熊本地裁 無期懲役 |
|||||
| 川島 一一 | 防空壕交際女性連続殺人事件 | 2 | 1957.4.12 静岡地裁 浜松支部 無期懲役 |
不明 東京高裁 |
1958.6.6 最高裁 上告棄却 |
|||
| 城本 彰 19歳11か月 |
フトン包み殺人事件 | 1 | 1957.11.18 東京地裁 無期懲役 |
1958.3.25 東京高裁 控訴棄却 |
二審確定 | ・成人5日前の犯行 | ||
| 城市 勲 | 益田農家夫婦強殺事件 | 2 | 1957.12.12 松江地裁 無期懲役 |
検察控訴 | ||||
| 河西 清高 | 富士川アベック強姦殺傷事件 | 1 | 1958.1.24 甲府地裁 無期懲役 |
1959.3.16 東京高裁 控訴棄却 |
・仮出獄後の1990年1月31日、殺人再犯。1991年11月20日、東京地裁で無期懲役判決(求刑同) | |||
| 深見 忠弘 | 設楽町姉一家3人殺人事件 | 3 | 1958.5.7 名古屋地裁 豊橋支部 無期懲役 |
|||||
| 額田 泰彦 19歳5か月 |
東成姉妹殺人事件 | 2 | 1958.11.5 大阪地裁 無期懲役 |
1959.3.27 大阪高裁 破棄差戻 |
- | ・一審判決文の裁判所名欠落による法令違反のため破棄差戻 | ||
| 1959.11.2 大阪地裁 無期懲役 |
||||||||
| 鈴木 守雄 19歳8か月 |
相模原精肉店夫婦強殺事件 | 2 | 1959.11.30 横浜地裁 無期懲役 |
1960.8.24 東京高裁 控訴棄却 |
二審確定 | ・共犯の森本正夫は死刑確定 | ||
| 本多 輝行 | 六ツ美町タクシー運転手強殺事件 | 1 | 1960.2.3 名古屋地裁 岡崎支部 無期懲役 |
1960.10.4 名古屋高裁 無期懲役 |
・一審では強盗致死罪認定(殺意否定)、控訴審で強盗殺人罪認定 ・2001年に水戸地裁で無期懲役判決(求刑死刑)を受けた人物は同姓同名の別人 |
|||
| H | 横浜弘明寺公園主婦殺人事件 | 1 | 1964.3.27 横浜地裁 無期懲役 |
1964.10.28 東京高裁 控訴棄却 |
||||
| 吉国 省治 | 三河島タクシー運転手強殺事件 | 1 | 1965.2.23 東京地裁 無期懲役 |
1966.1.20 東京高裁 控訴棄却 |
二審確定 | |||
| 朴 錫司 | 千種中華料理店主内妻強殺事件 | 1 | 1966.3.18 名古屋地裁 無期懲役 |
|||||
| 佐藤 | 伊勢原少年アベックによるタクシー運転手強殺事件 | 1 | 1966.10.26 横浜地裁 小田原支部 無期懲役 |
|||||
| 富田 和弘 19歳 |
広島・山口連続老女強殺事件 | 2 | 1968.4.12 山口地裁 無期懲役 |
一審確定 | ||||
| 伊東 二郎 19歳 |
大宮両親殺人事件 | 2 | 1971.12.21 浦和地裁 無期懲役 |
・1972年無期懲役確定 | ||||
| L.C 19歳 |
大阪・山香中国人留学生連続強盗殺傷事件 | 2 | 2005.4.14 大分地裁 無期懲役 |
2007.2.26 福岡高裁 控訴棄却 |
2009.12.17 最高裁 上告棄却 |
|||
| 【その他の死刑相当事例】(心神耗弱等による減軽、非死刑求刑) | ||||||||
| 畑岡 聰司 | 船津村豆腐屋家族4人殺傷事件 | 3 | 1955.4.21 神戸地裁 姫路支部 懲役15年 |
・無期懲役求刑 ・心神耗弱 |
||||
| 葛井実 | 蕨連続通り魔殺傷事件 | 1 | 1959.2.17 浦和地裁 懲役15年 |
1959.8.18 東京高裁 無期懲役 |
・無期懲役求刑 ・一審、控訴審とも死刑適用、心神耗弱認定 |
|||
| 【少女に対する無期懲役求刑事例】(少女に対する死刑求刑は未確認) | ||||||||
| 松平 郁子 18歳? |
垂水夫婦強殺事件 | 2 | 1947.11.8 神戸地裁 懲役10年 |
・共犯3名のうち、福原政義と小西学は懲役15年(求刑無期)。主犯の増田博信の判決は未確認 | ||||
| 坂井 穎子 19歳 |
オリオンホテル毒殺事件 | 1 | 1957.1.30 大阪地裁 懲役7年 |
1959.3.27 大阪高裁 懲役10年 |
上告 | ・一審は心神耗弱認定 ・殺人教唆罪で起訴された愛人・今井久能は一・二審とも無罪判決、確定(求刑無期懲役) |
||
| 山崎 れい子 19歳 |
江戸川家族4人毒殺事件 | 4 | 1957.2.18 東京地裁 懲役15年 |
|||||
| F 19歳9か月 |
実母殺人・内夫養父母殺人予備事件 | 1 | 1972.4.26 札幌地裁 無期懲役 |
控訴せず | ・内夫H(少年)も求刑通り無期懲役判決、控訴せず確定 | |||
| 高木 幸子 19歳 |
芽室祖母強殺事件 | 1 | 1976.10.7 釧路地裁 帯広支部 無期懲役 |
1977.4.19 札幌高裁 控訴棄却 |
上告せず | ・共犯の内夫・古谷英夫も求刑通り無期懲役判決、控訴取下げで確定 | ||
| 池田 真弓 19歳8か月 |
会社社長・安川奈智(23)と同棲中の大学生・池田真弓(19)は共謀。1991(平成3)年11月22日、札幌市北区の自宅で寝ていた池田の両親である北海道職員とその妻(いずれも45)を刺殺。現金20数万円を奪った上、両親の預金や生命保険などを解約し、約450万円をだまし取った。同12月1日、同市東区の原野で遺体を乗せた乗用車を焼き、車ごと埋めた。 | 2 | 1994.3.29 札幌地裁 無期懲役 |
1996.2.21までに 控訴取下 |
・共犯の愛人・安川奈智は死刑求刑に対し無期懲役判決が最高裁で確定 | |||
| 湯浅 成美 18歳1か月 |
千葉県船橋市のアルバイト・湯浅成美(18)は、住所不定、無職の中野翔太(20)、同井出裕輝(20)、東京都葛飾区の鉄筋工の少年(16)と共謀。2015(平成23)年4月19日夜、千葉市中央区の路上を歩いている船橋市の被害少女(18)に湯浅が声をかけ、井出が運転する車に乗せた。その後、井出、中野、湯浅は被害少女に車内で手足を縛るなどの暴行を加え、現金数万円が入った財布やバッグを奪った。さらに20日午前0時ごろ、芝山町の畑に連れて行き、中野が井出の指示で事前に掘っていた穴に被害少女を入れ、中野が土砂で生き埋めにして、窒息死させた。少女の顔には顔全体に粘着テープが巻かれ、手足は結束バンドで縛られていた。 (逮捕監禁、強盗殺人) |
1 | 2017.2.3 千葉地裁 無期懲役 |
2018.12.11 東京高裁 控訴棄却 |
2019.6.3 最高裁 上告棄却 |
・共犯の井出裕輝(交際相手)と中野翔太も求刑通り無期懲役が最高裁で確定 ・一審は未必的殺意、控訴審は確定的殺意を認定 |
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| 大内 万里亜 19歳2か月 |
大内万里亜(19)は、2014(平成26)年12月7日午後3時ごろ、名古屋市昭和区にあるアパートの1階の自室で、千種区に住む女性(77)の頭を手おので数回殴り、マフラーで首を絞めて殺害した。 ほか高校在学時の同級生に対するタリウム混入殺人未遂事件など。 (殺人未遂、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、器物損壊、殺人、現住建造物等放火未遂) |
1 | 2017.3.24 名古屋地裁 無期懲役 |
2018.3.23 名古屋高裁 控訴棄却 |
2019.10.15 最高裁 上告棄却 |
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| 【犯行時18歳未満に対する無期懲役求刑(刑の緩和非適用)事例】 | ||||||||
| 丸山 博樹 17歳8か月 |
千葉県船橋市で2001(平成13)年6月20日、丸山博樹(17)、金川雄(17)、柴山正道(18)は共謀し、たまたま通りかかった大学生(21)を車に押し込んで現金5000円を奪った。さらに近くの山林に連れ込んで金属バットで数10回殴り続けて殺害した。 (強盗殺人、窃盗) |
1 | 2002.6.20 千葉地裁 無期懲役 |
2003.5.22 東京高裁 控訴棄却 |
2005.2.10 最高裁 上告棄却 |
・共犯の柴山正道(18歳と2日)も同判決(控訴審判決日は2003.5.15) ・3名とも一審途中から分離公判 |
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| 金川 雄 17歳10か月 |
2002.6.20 千葉地裁 無期懲役 |
2004.5.27 東京高裁 控訴棄却 |
2005.2.10 最高裁 上告棄却 |
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| 今井 アレックス 17歳7か月 |
東京都武蔵野市に住む無職ルーマニア人少年・今井アレックス(17)は2013(平成25)年2月28日午前1時48分頃、日野市に住む無職・飯塚滉暉(18)と共謀し、武蔵野市吉祥寺で通行中のファストフード店店員女性(22)の背中2箇所や左手首付近などをペティナイフで刺して殺害。現金1万円入りの財布などの入ったバッグを奪った。直後、現場近くのコンビニエンスストアのATMで女性のキャッシュカードを使って現金を引き出そうとしたが、暗証番号がわからず失敗した。 (占有離脱物横領、強盗殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反、窃盗未遂) |
1 | 2014.3.4 東京地裁 立川支部 無期懲役 |
2014.9.25 東京高裁 控訴棄却 |
上告せず | ・ルーマニア国籍 ・裁判員裁判 ・共犯の飯塚滉暉(18歳6か月)も2014.2.7、無期懲役判決。同年7.10、控訴棄却判決。上告せず確定 |
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| 立川 ハヤト 17歳 |
東京都葛飾区の解体工、立川ハヤト(17=氏名表記不明)は2014(平成26)年3月26日、母親の無職、立川千明(41)の指示で、埼玉県川口市に住む母方の祖父母(73,77)に借金を申し込んだが断られたため、独断で殺害。その後、母親の指示を仰いでキャッシュカード等を強取した。さらに強取したカードを使い、ATMから現金を窃取した。 (強盗殺人、窃盗) |
コード 包丁 |
2 | 2014.12.25 さいたま地裁 懲役15年 |
2015.9.4 東京高裁 控訴棄却 |
2016.6.8 最高裁 上告棄却 |
・母親は強盗罪と窃盗罪で懲役4年6月判決が先に確定 ・裁判員裁判 ・報道によれば、検察は成育歴を考慮して死刑求刑を回避したとされているが、犯行時17歳の少年に死刑適用は禁止されているため、「死刑相当として少年法51条を適用した上での無期懲役」ではなく、「無期懲役相当の無期懲役」を求刑したものと思われる ・成育歴考慮し減軽 ・控訴審では母親の強殺指示を認定 |
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| 不詳 17歳1か月 |
千葉県茂原市の無職少年C(17)は、同市内のアパートで同居する土木作業員の少年A(18)、無職少年B(18)と共謀。2018(平成30)年2月26日午前1時15分ごろ、同市に住む女性(85)宅に侵入。寝室で女性を床に押し倒して殴ったり首を絞めるなどして現金約10,000円を盗み、包丁で首を3回刺して殺害した。 (建造物侵入、窃盗、無免許危険運転致傷、道路交通法違反、住居侵入、窃盗未遂、強盗殺人) |
1 | 2019.5.31 千葉地裁 懲役20年 |
2019.10.28 東京高裁 控訴棄却 |
2020.6までに 最高裁 上告棄却or取下 |
・強盗致死罪認定 ・裁判員裁判 ・共犯の土木作業員少年(18歳)は2019.1.24、無期懲役判決。同年6.27、控訴棄却判決。その後確定 ・同・無職少年(18歳)は2019.10.2、無期懲役判決。2020.6.3、控訴棄却判決。上告 |
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【成人1~2日前の判決が多い理由】
少年に対する死刑求刑事件で、20日の誕生日の1~2日前に一審判決を言い渡されている者が3名(確認分)もいることは興味深い。
・平徹雄 1941年9月30日生
1961年9月28日 熊本地裁 死刑判決
・片桐操 1947年4月15日生
1967年4月13日 横浜地裁 無期懲役判決
・河野信行 1949年3月1日生
1969年2月28日 東京地裁八王子支部 死刑判決
一般に「少年犯罪」といえば、犯行時に未成年だったケースを指す。しかし、判決や刑の執行に少年法が適用されるのは、判決言い渡し時未成年の場合である(その違いは、条文に「罪を犯す時」の文言があるか否かのようである)。なので、成人する前に判決を言い渡そうと審理を急ぐことがある。
少年に対しては不定期刑や仮釈放の要件の緩和がある。たとえば、無期懲役判決であれば、通常なら10年以上服役しないと仮釈放の申請が認められないが、少年の場合は7年以上で申請が認められる上、仮釈放後、10年間無事に過ごせば刑が免除される。有期懲役刑の場合は長期10年以下の範囲内で不定期刑に処せられる。この適用を受けるためには、判決言渡し当日に少年でなければならない。
平徹雄に対する判決の際には、「平は(注:1961年9月)30日で満二十歳になるため未成年のうちにという弁護人側からの申し入れで、8月23日の第1回公判から約1カ月で審理を終わるというスピード裁判だった」(西日本新聞1961年9月28日夕刊)と報じられている。
片桐は無期懲役だったので、そのまま確定すれば少年法の恩典を受けられたが、控訴審で死刑判決を言い渡されたため無意味になった。死刑判決でも成人直前の判決が多いのは、あくまで無期懲役以下の判決が言い渡される可能性を考慮に入れての措置と思われる。
なお、控訴審判決時に成人していた場合、控訴棄却であれば一審判決時が基準となるが、破棄自判では控訴審判決時が基準となるので少年法は適用されない。被告人側のみの控訴の場合、「不利益変更の禁止」が問題となるが、不定期刑を定期刑に変更する場合は、一審判決の長期と短期の中間以下程度であれば、不利益変更とはならないとされている。
また、一般常識と異なり、法律上年齢が加算されるのは誕生日前日であるため、河野に対する判決は厳密には成人1日目となってしまう。このように「20歳の誕生日前日」も少年として扱われるのか否かが問題となるのだが、「新幹線ひかり21号爆破未遂事件」の少年は、誕生日前日に不定期刑判決を受けた。よって、前日までは少年として扱われるようである。ひかり事件判決の際の読売新聞記事には、この「不定期刑」に関する詳細が掲載されている。なお、河野は一審死刑、成人後の控訴審で無期懲役が確定しているので、結局少年法の適用外である。
【少年法適用をめぐる事例】
・成人前日に判決 裁判所の温情
いわゆる「新幹線ひかり21号爆破未遂事件」で、爆発物取締罰則違反、電車破壊未遂、殺人未遂等の罪に問われた少年に対し、東京地裁は20歳の誕生日前日に懲役5年以上10年以下の不定期刑を言い渡した。不定期刑の最高刑を言い渡していることから読売新聞では「きびしい判決」と評する一方、同じ記事の中で「温情判決」と矛盾したことが書かれている。検察官の求刑は懲役13年。犯行時17歳だった少年に対し、無期懲役刑を選択の上、少年法51条により刑を緩和したのか、成人後に言い渡されることを見越して定期刑を求刑したのは不明とのこと(判例時報578号)。いずれにせよ、成人前日に言い渡したことでこの少年は不定期刑の恩恵を受けられた。非常に危険な犯行であったが、実害が生じていないため、裁判所としても悩んだのではないかと推測されている。控訴せず確定。(東京地裁 昭和44年5月15日判決)
・成人翌日に判決 不定期刑の求刑に定期刑
19歳少年の強盗事件において、判決言渡しが成人翌日(20歳の誕生日翌日)になってしまったため、求刑は懲役4年以上6年以下の不定期刑だったが、懲役3年の定期刑を言い渡された。(福岡地裁 昭和31年11月29日判決)
・成人前に判決を -事件から1か月で判決に至った強盗殺人事件
強盗殺人事件において、被疑少年Mの成人が間近に迫っていたため、弁護人の要請でスピード審理が行われ、1か月余りで判決に至った。無期懲役判決確定。(熊本地裁 昭和34年11月20日判決)
上記平徹雄と同じ熊本地裁で、時期も近いのは興味深いが、弁護人、裁判長、検察官とも別の人物である。
・判決当日に求刑を変更
殺人事件において、検察は被告人に懲役12年を求刑したが、まだ少年であることに気づき、判決当日に求刑を不定期刑(懲役5年以上10年以下)に変更、求刑通りの不定期刑判決が言い渡された。この少年は後に連続殺人事件を起こして死刑が確定した西川正勝である。(鳥取地裁 昭和50年2月25日判決)
・判決が誕生日を過ぎたために…
強盗事件の被疑少年に対し、検察は少年事件として扱い、不定期刑を求刑したが、判決が誕生日翌日になってしまったため、少年法の適用を受けずに定期刑の判決を受けた。ただし、懲役4年以上6年以下の求刑に対し、判決は懲役3年であった。(大阪地裁判決であったと記憶)
・二段構えの求刑
名古屋アベック殺害事件の論告求刑の際、成人が近づいていた1被告人に対し、判決が成人前の場合は不定期刑(懲役5年以上10年以下)、判決が成人後の場合は定期刑(懲役15年)と、検察が二段構えの求刑を行った。判決まで半年ほど費やしたため少年は成人し、懲役13年の判決を受け確定した。(名古屋地裁 平成元年6月28日判決)
・成人なら死刑 異例の求刑超え判決
強盗殺人事件で犯行時16歳、判決時17歳の少年に、懲役15年の求刑に対して無期懲役が言い渡された。検察の求刑でも軽く、成人であれば死刑と判断され、所定刑中死刑選択の上、少年法51条1項を適用し、無期懲役に緩和されたものである。(水戸地裁 昭和40年7月2日判決)
・法曹三者も見逃した違法判決
強盗殺人事件を起こし、一審で無期懲役を言い渡された少年に対し、控訴審は情状酌量して懲役15年に減軽した。少年は上告したが、間もなく取下げて懲役15年が確定。ところが、服役を開始して数年後、この少年は控訴審判決時に未成年であったことが判明し、検事総長が非常上告。最高裁は懲役15年の控訴審判決は明らかな違法として破棄し、懲役5年以上10年以下の判決を改めて言い渡した。また、この判例では、非常上告の判決は原判決時(本件の場合、控訴審判決時)を標準とすると判示された。(東京高裁 昭和33年11月27日判決、最高裁第二小法廷 昭和42年2月10日判決)
・法曹三者も見逃した違法判決2(少年法51条後段の解釈適用誤り)
強盗殺人(3人殺害)と放火事件で起訴され、一審で無期懲役を言い渡された犯行時17歳の少年に対し、控訴審は放火罪を無罪とし、強盗殺人罪は無期懲役で処断すべきとしたが、少年法51条後段により懲役13年以上15年以下に緩和した。少年は上告せず確定。ところが、これは少年法の条文を誤って解釈、適用した判決である。「罪を犯すとき18歳に満たない者に対しては、(中略)無期刑をもって処断すべきときは、10年以上15年以下において、懲役又は禁錮を科する」との条文は、10-15年の範囲内で定期刑を科すという意味であり、同範囲内で不定期刑を科すという意味ではない。誤りに気付き検事総長が非常上告。最高裁は控訴審判決のうち、不定期刑を科した部分を破棄したが、「更になさるべき判決が原判決より利益なことが法律上明白であるとはいい得ない」として、新たに刑を量定することはしなかった。(大阪高裁 昭和26年7月13日判決、最高裁第二小法廷 昭和26年12月21日判決)
同様の判決は他にもみられ、強盗殺人罪に問われた18歳未満の少年に懲役12年以上15年以下の判決を下し(宮崎地裁 昭和24年10月26日判決)、控訴審で法令の解釈の誤りを認めて破棄し、懲役12年を言い渡した事例(福岡高裁宮崎支部 昭和25年2月3日判決)もある。また、検察官が求刑を誤る場合もあるようで、連続強盗殺傷団(3人殺害)のメンバーの16歳少年に懲役10年以上15年以下を求刑したケースが確認されている。(判決は求刑超えの無期懲役。奈良地裁 昭和22年9月18日判決)。
・少年に対し懲役10年
女子高生殺人事件の被告人、犯行時17歳の少年に対し検察は無期懲役を求刑したが、一審判決は懲役5年以上10年以下の不定期刑。これに対し、双方が控訴。控訴審は検察側の控訴を受け容れ、一審を破棄、改めて懲役10年を言い渡した。この時、少年は18歳。一見、前述の非常上告事件判決に抵触するかのようにみえるが、このケースは少年法51条2項を適用して無期懲役刑を緩和したものであり、酌量減軽ではないという点に注意が必要である。(高松高裁 昭和55年11月19日判決)
・上限を超えた違法判決
強盗殺人事件の共犯少年に、無期懲役の求刑に対し、懲役12年以上15年以下の判決が言い渡された。しかし、不定期刑の上限は懲役5年以上10年以下である。控訴審は一審を違法な判決として破棄したが、既に成人に達していたためか、懲役12年の実刑が言い渡された。なお、この少年は犯行時18歳未満との情報もあり、そうだとするなら控訴審の懲役12年は無期刑の緩和(少年法51条2項)によるもので、成人したための実刑ではない。(一審:宮崎地裁 昭和24年10月26日判決、控訴審:同25年2月3日 福岡高裁判決)
・不定期刑求刑に対し、無期懲役判決
暴力団抗争の殺人事件において、懲役5年以上10年以下を求刑された少年に対し、無期懲役が言い渡された例がある。その判決文が凄まじいのでそのまま引用する。なお、相被告人の成人にも求刑どおり無期懲役判決が下っている。(静岡地裁浜松支部 昭和39年3月27日判決)
「被告人等がその真の動機を隠し、拳銃の出所についても固く口を閉し、その弁解が逮捕当時より公判終結に至るまで種々変転し、ときには供述を拒否しているのも、被告人両名が将来永劫にこの種暴力団組織に帰属してその組織のために忠誠をつくすべく誓っていることとの証左に外ならない(本件犯罪の真相については結局判示の事項以外は厳格な証明がなく不明といわねばならない)。というのは、被告人等暴力団員は、組織のために犯罪を犯し、それにより刑務所に服役することをもって一種の名誉と心得、出所後は組織内でより高い地位を与えられてその褒賞を受けることより将来の昇進を予期して進んで罪を犯しているからであり、そのためにその点の指令命令系統については全く口を閉して真相を語らないのである。しかも、この種暴力団は中世暗黒時代そのままに現在の下層社会を強力に支配し、しかしてその勢力は近時に及んでかえってますます蔓延の状況を呈していることは周知の事実であり、まことに近代法治国家として他国に例を見ない恥辱の限りである。したがって、もしもこの種暴力団同志の争闘を被害者もまた素人でないというような理由で軽く考えるならば、それはこの種暴力団を容認する甚しい謬見に通ずるのである。けだし、この種暴力団がいわゆる縄張り争いから互に争闘し殺傷事件を惹起するのは、一見すれば直接にその暴力団自体の勢力圏の防衛にすぎないように見えるのであるが、現実においては、暴力団内部の鉄の掟によって真の命令者を隠しつつも、半ば公然たる兇行により善良な市民に対し暴力団の強固な組織と絶大な殺傷力を誇示して、広汎な社会層を不正な影響の下に置くことを目的としている甚だ悪質な目的を兼ねているからである。近時暴力団員の兇悪犯罪の検挙が激増し、しかも外部に出ないその種犯罪の暗数は非常なものと予想されているのであるから、司法の職にある者はこれ等兇悪犯人の撲滅をこそ第一の任務と心得ねばならないのである。そこで、この種犯罪風潮を一掃するには、被告人等をして暴力団に忠誠を誓うことが到底引き合わないことを認識させるより外はないのであり、したがって、従来の暴力団員が当然のことと予期するような五年や一〇年程度の拘禁では到底その目的を達することはできない。しかも、被告人Yは、少年とはいえ既に成人に間近く、心身共に成人に劣らぬ発育程度を示し、かつ犯行の詳細とその後の情況についても、公判においてさえも平然として言を左右にする等改悛の情が全く見られない。したがって、これを軽く扱うが如きことがあれば、暴力団を志願してこの種の殺傷事件を敢行する少年が頻発することは必定である。また被告人両名いずれも既に犯罪歴を有するものである。よって被告人両名に対しては無期懲役の重刑をもって臨む必要がある。」
不定期刑求刑、無期懲役判決は、奈良地裁 昭和22年9月18日、連続強盗殺傷事件の強盗団の1人(犯行時16歳)に言い渡された事例もあるが、報道によれば求刑が懲役10年以上15年以下という違法なものであるため、詳細は不明である。
・控訴審係属中に成人
一審で不定期刑判決を受けた少年が、控訴審で有期懲役の判決に変更された例として、「龍門事件」がある。和歌山県で起きた女性銀行員殺害事件で、当時62歳の男性と18歳の少年が起訴された。検察は男性に懲役15年、少年に懲役5年以上10年以下を求刑。一審和歌山地裁は男性に無罪判決を言い渡す一方、少年の単独犯行として求刑通りの有罪判決を言い渡した。これに対し控訴審では、両名を共犯として男性に懲役8年、元少年に懲役6年を言い渡した(元少年は上告せず確定。男性は上告棄却で確定。後に再審を申し立てるが、請求中に病死。冤罪の可能性が指摘される事件である)。
ここでも問題にしたいのは、元少年に対する量刑である。本件では元少年と検察の双方が控訴したため、不利益変更は適用されない(少年への量刑が求刑通りだったにも関わらず検察が控訴したのは、男性との共謀が否定されたことに対する事実誤認の主張である)。しかし、被告人側のみの控訴だったとしても、「懲役6年」は「懲役5年以上10年以下」の中間以下なので、不利益変更とはならない。(和歌山地裁 昭和28年11月13日判決、大阪高裁 昭和29年12月4日判決)
・報道により異なる年齢
無謀なドリフト走行で児童5人に重軽傷を負わせ、危険運転致傷罪に問われた犯行時18歳の少年の裁判で、京都地裁は自動車運転過失致傷罪を適用して懲役1年6月以上2年6月以下の判決を言い渡した(求刑は懲役2年6月以上4年6月以下)。判決の報道(いずれも判決当日配信)は各社で年齢が異なっていた。「元少年(20)」と報じたのは毎日新聞とABCテレビ。「少年(19)」が大多数で、朝日新聞、読売新聞、産経新聞、中日新聞、京都新聞、時事通信、NHK。毎日放送は「当時18歳の少年」と報じているが、「元少年」と書いていないところを見ると、後者と同義と判断してよい。一体どういうことなのか。おそらく、年齢法に忠実に判断し、誕生日前日に1歳加算したのが毎日新聞とABCテレビ。それ以外は一般的な感覚と同じく、誕生日で成人と判断したのだろう。そして、少年法も、誕生日前日は少年として運用していることが伺える。仮に少年が成人していたら、不定期刑は言い渡せない。なお、控訴して一審が破棄された場合、実刑になるのは確実である。(京都地裁 平成26年10月14日判決)