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玉葱とクラリオン 作者:水月一人

序章

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勇者教と言う病

「勇者教?」

「ああ。南方の島国って言ったら、それだろ。えーっと、なんて地名だったっけか……ブリ……ブリ……そう、ブリタニアだ」


 ブリジットたちに付き従って、彼らの乗ってきた馬の元へとやってくると、従者らしき青年が手綱を握って退屈そうに待っていた。ファーストコンタクトでいきなり弓を向けてきた奴である。いつか仕返ししてやろう。


 見たところ、彼が一番身分が低いらしく、上官二人にへえこらしながら馬を引き渡すと、但馬が最後にやってくるのを見て、おやっとした顔をした。そして眉を奇妙な形に歪めながら、ぬっと但馬に顔を近づけ、


「おまえ、何したんだよ」


 小声で、好奇心の赴くままに尋ねてきた。


 こっちが聞きたいくらいだ。


 駐屯地に帰りがてら、但馬を街まで案内するむねを告げると、ブリジットとエリオスは馬に(またが)り、さっさと来た道を戻り始めた。後ろを振り返ることは全くしない。おまえは歩いて来いと言うことか。


 憮然(ぶぜん)としながら後に付き従うと、残された青年が手綱を引いて横に並んだ。一緒に歩いてくれるのは気持ち的にあり難いが、どうせなら馬に乗せてくれれば良いのに。


 青年は筋肉ムキムキとは言わないが、絞るところは絞られたそこそこの体躯の、流石に軍人と言ったおもむきのある男だった。見た感じ、年のころは但馬とそう変わらない。人の良さそうな愛嬌のある顔をしていて好感が持てたが、同時にそこそこイケメンなのが気に食わなかった。金髪碧眼なのもしゃくに障った。弓を向けてきたことも相俟(あいま)って、晴れてマイナス評価である。


 軍人ではあるのだろうが、見たところ剣や槍のような長物は所持しておらず、代わりに左肩に長弓を担ぎ、矢筒をたすきがけにして、そして腰にはナイフと突撃ラッパ(クラリオン)をぶら下げていた。遠距離専門職なのか、良く見れば弓を引き絞る右腕の方が明らかに太かった。ラッパを持っているのは、ブリジットが偵察隊とか言っていたし、恐らく伝令係とか、そう言った役割なのだろう。


 そんな具合に、先を行く馬上のブリジットたちを見上げながら、地べたをダラダラ二人で歩いていると、無言が苦手なタイプらしい青年が、隣でやたらとベラベラ話しかけてきて、そして冒頭の台詞が飛び出したのである。


 勇者教? ファンタジーと言えば勇者が定番だが、ここでは勇者は宗教らしい。なんのこっちゃ。


「伝説の勇者様の真似事をする連中のことだよ。勇者様と同じ足跡を辿り修行を続ければ、彼のように神にも匹敵する力を得ることが出来るって。おまえも患者(かんじゃ)……じゃなくって、信者なんじゃないのか?」


 患者? 今、こいつは間違いなく患者と言ったな……


 道理でブリジットの目が急に冷たくなったわけだ。この世界で、勇者教とやらはまんま中二病扱いらしい。何もない浜辺で明らかに不審な行動をしていた自分が、どうして(とが)められなかったのか? それは勇者様になりきった馬鹿が、朝日をバックに修行をしていたと思われたからと言うわけか。


 うーむ……誤解を解きたい気持ちは山々であったが、話がこじれると厄介だし。バカにされて済むと言うのなら、甘んじて受け入れた方が得策だろう。とほほ……


 それより、もう一つ気になったのは、


「ブリタニア? ブリタニアって……あのブリタニア?」


 パックスブリタニカとかグレートブリテン島の……確かイギリスの古称だろう。


 イギリスがあるの? 南の方に? ……じゃあ、ここはアイスランドなのだろうか?


 確かに、遠目にはでっかい火山島が見えるが……しかし、アイスランドでは月が二つ昇るなんて話は聞いたことがない。やっぱり何かの間違いか、偶然の一致なのだろう。


「さあな、どのブリタニアかは知らないよ。行って帰ってきた者は、誰も居ないんだからなあ」


 この近辺の海流は一方通行で、外洋に出ると南方に船が押し流されるそうだが、南方からこちらへ戻ってくる海流はないらしい。じゃあ、なんで南に島があると知ってるのか? と言えば、勇者がその南の島・ブリタニア出身だと言っていたからだそうだ。


「大昔に流されて辿り着いた漁師たちが街を作ってそこで暮らしているんだと。で、島で暮らしていると、同じように時たま大陸から人が流されてくるらしくて、探険家であった勇者様は彼らから話を聞いて、この大陸を目指すことにした」

「でも、海流のせいで近づけないんだろ?」

「まあな。ところが勇者様が言うには、海流ってのは必ず渦を巻くように流れているもので、流れに逆らわず南へ向かえば、やがてぐるっと回って北へ向かい、大陸に着くはずだって。そうやって、何にも無い大海原を、何十日もかけて辿り着いたらしい」


 補陀落渡海(ふだらくとかい)かよ。恐ろしいことを思いつくやつである。彼が言ってるのは、多分、海洋循環のことだろうが、普通はそんな風に上手くいくわけがない。まず間違いなく漂流してお陀仏だ。勇者が本当に南方の島から来たというのなら、よっぽどの強運の持ち主だったに違いない。


 とにもかくにも勇者は渡来し、長い航海で食料が尽き、食うに困ってぶっ倒れていたところを、原住民のリーダー……つまり、今の領主に助けられた。その場所と言うのが、但馬がいた海岸付近であったらしい。


「それにしても、おまえやけに詳しいな。勇者教なの?」

「冗談言うなよ。俺の親父が、北の大陸出身なんだよ。勇者様の伝説は、寝物語に耳にタコが出来るくらい聞かされたのさ」


 先に述べた通り、かつてこの地には勇者が君臨していたらしい。


 当時、未開の地であったリディアの民は、勇者に知恵を授けられ、瞬く間に発展していった。天敵とされるエルフ相手にも、彼は強大な魔力と武威(ぶい)を発揮して互角以上に渡り合い、当時森林と山しかなかったリディアの地を切り開いて、徐々にその版図(はんと)を広げていった。


 やがて彼は開拓者の国リディアの建国を果たすと、今度はロディーナ大陸北部、エトルリアの地へ渡り、各地の戦場で一騎当千の活躍を上げ、名声を欲しいままにした。あまりの人気ぶりに、貴族のやっかみを買った彼は、最終的には彼の信奉者と共に、前人未到の北方大陸へと渡り、そこで国を興したそうな。


 勇者の国では黄金期が長きに渡って続き、ロディーナ大陸の国々がほぞを噛んで悔しがるほどの繁栄を見せた。


 しかし、その最期はあっけないもので、晩年の彼は冷静さを欠き暴虐の限りを尽くし、他国への野心をむき出しにした独裁者と成り果て、ついにかつて彼を崇拝し、彼に付き従ったはずの部下たちの手によって暗殺された。その後、国はいくつにも分裂し、酷い内戦を今も飽くことなく続けているのだそうだ。


「親父は戦乱を避けてこっちの大陸に渡って来たんだって。本土では差別されるから、流れ流れてリディアまで。ここは勇者様ゆかりの地だからな……って、人がわざわざ教えてやってるってのに、おまえは何をやってんだ、さっきから」

「いや……目にゴミが入ったと言うか、脳にゴミが入ったと言うか……」


 青年が勇者のことを色々教えてくれてる間も、但馬は首を捻ったり、頭を叩いたり、コメカミをグーで押さえたりと、忙しなく動いていた。


 実は、未だにメニュー画面が出っ放しで、それが気になって歩くのにも一苦労だったのだ。


「ところで、兵隊さんよ。ちょっと尋ねたいんだけど、目の中に幕がかかるって言うか、頭の中に文字が浮かぶって言うか……そうメニュー画面みたいなものが、若いうちは良く見えたり見えなかったりするとかって、聞いたことないかなあ?」

「任せろ。いい医者を知ってんだ。今度紹介してやるよ」


 このメニュー画面、もしかして他の人にも見えていたりしないのかなあ? ……と淡い期待を抱きながら、駄目元で聞いてみたが、やっぱり他人には見えていないらしい。さっき思いついた通り、見えてるならブリジットがイルカに反応していたはずだ。


 それじゃ、このゲームみたいなインターフェースは一体何なんだろう……さっきから勇者だエルフだ魔法だと、普通に会話に上っている感じからして、魔法を使うこと自体は珍しいことではないらしい。


 しかし、このメニュー画面が見えないのであれば、他の人たちは一体どうやって魔法を使ってるんだ? なんで自分だけ見えるんだ? と思いながら、とにかく歩きづらいのでウィンドウを引っ込めようと試行錯誤していたら、


「……お? 消えた……こうかな?」


 ようやくメニューの消し方を見つけた。


 久方ぶりのすっきりした視界にほっとする。


 分かってみれば単純明快。メニューは左のこめかみを叩くと消えて、右のこめかみを叩くと現れるようだった。何で今まで気づかなかったのだろう。但馬が右利きだから、偶然に避けていたのだろうか。


 そして、消し方がわかって余裕が生まれると、今度は色々試したくなった。ふと思い立ってウィンドウを消した状態で、左のこめかみを叩いてみる。すると但馬が視線を向けていた先にあった木に、なにやら文字列がポップアップした。


『Fatsia.Tree.Plants, 261, age.4, None.Status_Normal』


「おおー! なんかすげえ」


 いきなり数字とアルファベットの羅列が目に飛び込んできて、大学入試の英語の問題用紙を開いた瞬間みたいに一瞬絶望しかけたが、良く見たら木の名前や種類、状態を表しているだけのようだった。どうやら、但馬が意識して見ている物の状態が分かるらしい。差し詰め鑑定魔法と言ったところだろうか。そのまま今度は別の草木を調査し、石を調査ししていると、


「なあ、おまえ本当に何やってんだ。頭いかれちまったのかい」


 肩を竦めて呆れた様子で青年が話しかけてきたので、人間も試してみる。


『Simao.Male.Human, 181, 75, Age.18, 97, 88, 90, Alv.0, HP.148, MP.0, None.Status_Normal,,,,, Class.Private, Enlisted.Lydian_Army, Lydian,,,,, Archery.lv1, Equestrian.lv1, Smithing.lv5, Alchemy.lv1, Communication.lv6,,,,,,,,etc,,,,,,etc,,,,』


 もしかしてと思ったら、案の定、青年のステータスも表示された。


 それどころか人間のものは、木や石のような無機物とは違って、かなりの情報量のようだった。それにしても見難(みにく)い。なんと言うか、画面いっぱいに情報を出し切ろうとしてる感じで、とにかく文字が小さかった。よく分からない数字もあるが、RPGではお馴染みのHPやMPなどの数値。所属やら、履歴やら、装備やら、なんちゃらレベルがずらずらと、100以上は並んでいる。


 その全てを詳しく見てはいられないので、大事なものは大体先頭の方にあると決め付け、青年のプロフィールを眺めてみる。


「Simao……島尾?」


 一番最初の部分は彼の名前だろうか。Simaoという名前の、種族人間、性別男と言った感じだろうか。その後は良く分からない数字が並んでいるが、年齢は18で……ALV・HP・MPと続く。ALVとは一体何のことだろうか? MPもそうだが、0とは情けない。


 そのうしろは……状態異常は無し。次は職業やら何やらの表記があって、最後になんちゃらレベルと言うのがずらずらと、ざっと見ただけでも100以上は並んでいた。弓レベル、騎乗レベル、鍛治に……Alchemyとは練金だろうか? もしかして、本業は軍人ではないのかも知れない。そしてコミュニケーションレベルが高い。道理でうるさいわけである。


「シモンだっつーの。誰がシマオだ……って、あれ? 俺、名乗ったっけ?」

「名乗った名乗った」


 情報を読み込んでいるときに、声に出していたらしい。本人から直々に正しい読み方を教えてもらえた。尤も、男の名前を覚えるのは苦手なので、明日まで覚えているかどうか自信はない。


 ところで、名前は分かったが苗字のほうが見当たらない。まさかシモン・メールさんではあるまい。こちらの庶民は姓がないのが普通とかだろうか……


 試しに前方を行く巨漢を見てみると、


『Helios.Male.Human, 206, 114, Age.42, 118, 105, 113, Alv.0, HP.313, MP.0, None.Status_Normal,,,,, Class.Private, Mercenary.Lydian_Army, Celestian,,,,,Strength.lv3, Mace.lv5, Equestrian.lv2,,,,,,,,etc,,,,,,etc,,,,』


 彼にも苗字がないので、どうやらそれが普通らしい。思ったよりもずっと年を食ってて、HPも年齢もシモンの倍以上あったが、それよりも気になったのは、ALVとMPが同じく0だと言うことだった。


 本当に、ALVとは何なのだ? MP0ってのは例えば魔法が使えない人とか、そんな理由がすぐ思いつくのだが、ALVは想像がつかない。ちんぷんかんぷんである。


 明示されている個所も気になった。他の数値と比べても、先頭に近いのは重要なもののような気がするのだが……後ろの方を見ると、Maceだとかの、恐らく技能レベルが延々と一箇所にまとまって羅列されているのだが、ALVだけはポツンと独立して書かれている。場所的にはベースレベルみたいな感じなのだが、レベルだとしたら0と言うのがいただけない……


 そう言えば……


 確かここへ来て、初めてステータス画面を開いたときに、自分のステータスを確認したはずだ。その時はスルーしたが、自分のALVは0では無かった気がする。


 但馬は改めて自分のステータスウィンドウを開くと、右側にある『ステータス』というボタンを押して、詳細を表示してみた。左上には自分の顔写真のようなホログラフィックが浮かんでいる。


『但馬 波留

 ALV001/HP100/MP001

 出身地:千葉・日本 血液型:ABO

 身長:177 体重:62 年齢:19

 所持金:0……』


 シモンたちと違って自分のステータスは日本語で表記されるという違いはあったが、やはり間違いない、但馬はALVが1あるようだ。違いと言えばMPも0ではないから、もしかして魔法レベルとか、魔法関係の数値なのかも知れない。誰か他に魔法を使える人が居たら、鑑定を試してみたいところだが……他にも良く分からない数字がちらほらある。


 ブリジットはどうなんだろうか……そう思い、彼女のステータスを調べるために、ウィンドウを閉じかけた時だった。


 また、レーダーマップで赤い光点が動いているのに気づいた。


 光点は、但馬たちの進行方向から、こちらへ真っ直ぐに向かって来ている。数はおよそ10。一糸乱れぬ動きは訓練されたもののように見える。もしかして、シモンたちの同僚だろうか? 警戒しておいた方がいいのかな……と考えながらレーダーを見ていたら、更に別の光点に目を取られた。


 気になるものはもう一組あった。但馬たちの居る場所から右手、距離にして150~200メートルくらいの位置に、小高い丘があるのだが、その近辺に複数の光点が纏まって見えるのだ。しかし、こちらはまったく動かない。


 但馬たちが今歩いてる道は軍用路なのだろうか、ある程度の幅で踏み固められていたが、それでも獣道に毛が生えた程度の簡素なものだった。辺りは雑草が腰の高さまで覆い茂っており、もしも人が通行しようとしたら、この道を通るか、左手に見える海岸線の方を歩くはずである。右手の山側を、好き好んで人が通行するとは到底思えなかった。


 とすると、この光点はなんだろうか。


 野生動物の群れか何かか?


 そういえば、魔物が居るとか例のイルカが言っていたような……


 なんだか嫌な予感がするので、前を行くブリジットたちに報告しようかと悩んでいたら、間もなく前方から砂埃が上がって、揃いの甲冑を身にまとった騎士たちが現れた。


 ブリジットたちはそれに気づくと下馬し、手綱を引いて(あぜ)に入った。どうやら相手に道を譲るらしい。


「げっ……近衛隊かよ。おい、おまえもこっち来て道開けろ」


 シモンが渋面を作り、手招きする。


 近衛隊というと、あの王族を守るために組織されたりするあれだろうか?


 見るとシモンは大慌てで雑草の生い茂る道端に入り、膝をついて頭を垂れた。参勤交代の行列にでも出っくわしたみたいだな……と思いつつ、但馬も彼を真似て膝をついた。そんなことをする義理もなかったが、突っ張って彼らの立場を危うくするのは本意でないだろう。


 やがて近衛隊は但馬たちの居る場所まで到達し、彼らを見つけると通り過ぎるかと思いきや立ち止まり、


「貴様らはここで何をしている。指揮官は誰か」

「私です」

「なんだ、おまえか……」


 ブリジットが一歩あゆみ出ると、騎士は不愉快そうに舌打ちした。名乗りもせず、偉そうな素振りを隠そうともせず、突如現れた騎士は馬上から見下すように、ジロリと但馬たちを睨みつけるのだった。


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