千五百七十七年 五月下旬
東国征伐に於ける二大目標、最後の一つである北条征伐は大きく延期することが宣言された。元々天候不順によって順延を繰り返していたのだが、東北情勢もあり計画自体を見直すことになったのだ。
当然これは延期であって中止ではない。北条側にとっては九死に一生を得たかのような好事なのだが、生産力・経済力・軍事力のいずれもが上回っている織田家にとってもこれは有利に働いてしまう。
基礎能力の差が決定的に開いてしまっている以上、何か手を打たない限りこの差は開き続けてしまう。
それにもかかわらず、史実に於いて『小田原
そのころ静子は尾張の地にて領地運営計画を確認していた。天然痘対策に関する越権行為の懲罰として、年貢に関する一割加増を収めた際の領地運営計画が事務方から上がってきており、想定外の巨額出費に対しても揺るがない余裕が数字として確認できる。
この時代に於ける領主の私有財産と領地の運営資金は明確に区別されていない。しかし尾張に関しては異なっており、領主である静子の私有財産と、領地運営に掛かる領主が運用する資金が明確に分けられていた。
そして静子が持つ莫大な私有財産は膨れ上がる一方であり、静子は今回の罰則金である一割加増分を己の財布から賄おうとしていた。
静子の感覚としては死蔵し続ける財産など経済に対する重しでしかなく、独断専行に対する責任を取る形で放出するのは渡りに船とさえ考えていたのだ。
しかし、静子の腹心たちはこれを良しとしなかった。静子一人に罰を負わせたとなれば、尾張の民にとって末代までの恥となると強硬に反対した。
今回の決定は静子が最終判断を下したが、腹心たちも納得してこれに加担しているのだから、これは尾張国の総意として処理するのが妥当だと主張する。
一方で領民たちも天然痘という死病の恐怖は祖父母や両親から何度も繰り返し聞かされていたため、静子の判断を美談として支持してすらいた。
身も蓋もない話をすれば、庶民ですら他者のことを
そうして尾張から巨額の資金が他領へと流出し、一時的に経済が停滞するかに思われた。これに対して静子は腹心や領民たちの好意を無駄にしないよう、私財を投じて多くの公共事業を尾張全土に広げた。
結局私財を投じるのでは元の木阿弥と思われるかも知れないが、単なる流出と投資は結果が異なる。インフラ周りの公共事業であるため即時に利益とはならないが、これらは尾張領民たちの生活基盤を底上げし、それは巡り巡って税収となって戻ってくる。
こうした現代であればバラ蒔きと
そうしている間にも暦は五月となり、各地に散っていた慶次や長可、才蔵に足満も尾張へと帰還を果たした。
長旅の疲れもあってか帰還した者は例外なく泥のように眠り込み、静子の許へと報告に向かったのは翌日の昼過ぎになってのことだった。
長可に関しては領地を賜っており、領主として現地に残ることもできたのだが、彼はその全権を森家当主でもある兄の
長可としては反乱が起こる可能性があるから留まっていただけであり、治安の開腹した領地に興味が持てなかった。血気盛んな長可にとって安定した領主生活よりも、血沸き肉躍る北条征伐への参陣の方がよほどの関心事であったのだ。
「さて。皆、お疲れさまでした。既に聞き及んでいるとは思うけれど、北条征伐は延期になりました。おそらく次は夏になるだろうけれど、その時は才蔵さんの出番だね」
静子は帰還した全員を一同に集めて労をねぎらった。北条征伐に関する状況を伝え、次回の遠征が夏ごろになるだろうことを推測だと前置いた上で話す。
それだけの準備期間があれば軍需物資の調達に集積など、兵站を十分に整えることができる。近代化を推し進めた結果、比較的少数でも高い戦闘能力を誇る織田軍なのだが、それでも長期遠征となれば莫大な量の物資が消費される。
史実に於いてフランスの
「陣中飯も悪くはないが、味気なさは否めない。久々に尾張の旨い飯を腹いっぱい掻き込みたいぜ」
「旨い酒もな」
「貴様ら……帰参早々に言うことがそれか!」
慶次と長可の言葉に、才蔵は
それでも携帯性と保存性を重視せざるを得ない軍用糧食の味は改善の余地があった。メタノールを燃料とする携帯用コンロの配備などで、暖かい食事が常に
静子としても糧食の改善に関する研究は続けており、電化と機械化が進められる尾張では減圧冷却の実用化が見えてきていた。フリーズドライが可能になれば、軍用糧食の食事事情は一気に改善する。
それまでは各地に拠点を設け、流通でそれらを結びながら集積をするしかない。もしくは逆転の発想として、重要拠点に街を構築し、生産拠点化してしまうという方法もある。
流石に戦闘が予想される最前線や国境付近は無理だろうが、交代で街まで戻れば十分な補給が受けられるという体制は悪くないと静子は考えていた。
「食事に不満があるのは仕方ないね。ようやく帰ってこられたことだし、久しぶりの尾張の味を楽しんで頂戴。お酒もいつもより良いものを準備したから」
「流石は静子、話が早いぜ! 俺は新鮮な肉だな。塩蔵されたガッチガチの硬い干し肉なんて飽き飽きだ」
「おいおい、まずは酒だろ? 乾物以外の肴があると尚嬉しいな。新鮮な刺身に辛口の清酒だな!」
「どっちも用意しておいたから楽しんでね。それよりも先にお風呂を頂いてきて頂戴。自分では気付いてないだろうけど、皆すごく臭うよ」
慶次と長可からは
彼らは既に嗅覚が麻痺しているため、自覚できていないが同じ部屋にいるだけで刺すような臭いが鼻を突く。
「ん? 俺らってそんなに臭いか?」
「いんや、そんなに臭わないが静っちが言うならそうなんだろう。まずは身綺麗にするとしよう」
長可は己の腕を鼻の辺りに持ち上げ臭いを
旅の汚れを落とし、用意された衣装に着替えた長可が再び静子の私室に戻ると、彼以外の面々は既に集合していた。
足満に才蔵は言うに及ばず四六ですら身支度を整えてから出向いていることに、己の無頓着さに少し恥じ入る長可だが自分と同類の慶次までが涼しい顔をしていることが腑に落ちない。
「皆からの報告は目を通したよ。才蔵さんはこれから報告受けるけれど、他の皆はそれなりに楽しめたようだね」
「反乱を起こしてまで俺たちの統治を
「与吉君は今も西国に詰めて貰っているよ。新しい技術を導入した部隊運用を試行錯誤しているみたいだから、もう暫くは戻ってこないんじゃないかな?」
長可は一堂に会した面々を眺めた末に、高虎がいないことに気づいてそのことを訊ねた。高虎は静子の側近の中で唯一西国に向かっており、いくさ場での活躍の機会を奪われているのだが、本人は新技術に夢中でそのような事は眼中にないようだ。
現在は秀吉の毛利攻めを支援している状況であり、定期的に報告がなされてはいるものの発電状況が思わしくないため、電話の利用に制限が掛かっている状況だ。
一応鉛蓄電池を繋いで運用しているのだが日中の発電量が消費量に追いつかず、発電機を増やすために河川から支流を引き込む工事が始まっているようだった。
「電気ってのは不足するもんなのか?」
「うん。私たちが動くために毎日ご飯を食べるように、あの機械たちも働いている間中はずっと電気を食べ続けるのよ」
「食いながら働くのかよ! 大喰らいな働き者も居たもんだな」
「その代わりに不眠不休で常に働き続けるぞ。わしは佐渡でそれなりに楽しんできたぞ、現場を引き継いだ代官が青い顔をしておったが、何も言ってこないのだから問題ないのだろう」
「足満おじさんはともかく、皆も存分に力を振るえたんだね。才蔵さんは北条征伐に参陣するまで待って貰うことになるけれど、大規模な兵同士のぶつかり合いは無いかもしれないね」
「問題ございません。将としての誉れを示す場がなく、たとえ残党狩りとなったとしても静子様の御名に恥じぬ活躍をしてご覧にいれましょう」
「才蔵はどうにも堅苦しくっていけねえな。今後は大砲がドンと鳴りゃ、敵兵がドバッとおっ死ぬっていう風情も糞もないいくさ場になるんだ、ここで一花咲かせずいつやるんだって話だぜ」
慶次が軽口を叩いて才蔵の台詞を混ぜっ返す。軽薄にさえ感じる慶次の物言いに渋面を作る才蔵だが、慶次は才蔵の肩を軽く叩くと酒瓶片手にさっさと部屋から出て行ってしまった。
それを目にした長可も、用事は済んだとばかりに後を追う。その様子に苦笑しながら、静子は才蔵の方へと向き直る。
「慶次さんじゃないけれど、気負わずに最後のいくさを思うように駆け抜けて下さい。私の名などどうでも良いのです。己が心の赴くままに北条征伐を楽しんで欲しいの」
「お心遣い痛み入ります。
いくさ帰りで気が高ぶっている慶次と長可を放置するのは危険と判断した才蔵は、静子に深々と頭を下げて一礼すると滑るような足取りで部屋を後にした。
残るは身内である足満と四六だけとなり、静子は幾分肩の力が抜けたのを自覚する。
「足満おじさん、佐渡島攻略お疲れ様でした。代官から定期報告が届いており、今日から相川金銀山の試掘が始まるとあったね。上様直轄領として運営されるから、その露払いを果たしたおじさんには報奨が下賜されると思う」
「くれるというなら貰うが、褒美よりも人足をありったけ回して欲しいものよ。尾張用水もなるほど大事だろうが、どうせ知多半島を潤すならばついでに発電所も造れば良いものを……」
「あまり佐渡には興味ないみたいだね。あちらは厳しい法が敷かれ、私腹を肥やす輩が出ないよう綱紀粛正を図るらしいけれど。あと、おじさんが望むような大規模な発電所は当面難しいかな。送電網を張り巡らせれば嫌でも目立つし、当面はある程度の水量と傾斜があればそれなりに発電できる螺旋水車式発電機で賄うしかないよ」
叶う事ならば尾張の電化を目論む足満としては、遅々として進まぬ計画に歯痒い思いを隠せないでいる。その様子を静子は生暖かい目で見守っていた。
取り急ぎそれぞれの帰還報告を受けたのち、改めて越後行きに加わった一行が集められた。即ち慶次、四六と越後勢の代表として景勝、兼続の四名である。
「まずはおめでとうございます。塗炭の苦しみに耐えて見事大願を果たされましたね」
「勿体のうございます。それもこれも静子様のお力添えあってのことと存じておりまする」
景勝は本心から静子の援助に心からの感謝を伝えているのだが、当の静子本人は如才ない景勝の社交辞令だと受け取っており、微妙に話が噛み合っていない。
「それに
景勝と景虎との後継者争いは景勝の勝利に終わったが、兼続の言葉にあるように謙信は未だ後継者を指名していなかった。
しかし、ことここに至って嫡子である景勝を後継者に指名しないはずがなく、上杉家の家臣たちは景勝を次期当主であると認識している。
「上杉様の御心は推し量れませんが、上杉領安堵の為にも誰が後継者であるかを天下に知らしめる必要があるでしょう。無いとは思いますが、またぞろ傍流の誰かを擁立して騒動を企てる輩が現れないとも限りません」
史実に於いて『
当世に於いては謙信も未だ健在であり、彼が景勝を次期当主に指名すれば混乱は回避できると思われた。
しかし、謙信は後継者候補であった景勝と景虎との対立が表面化しても次期当主を指名しなかった。静子としては謙信なりの深謀遠慮があってのことだと考えているのだが、今後も混乱が続くようでは織田家としても介入せざるを得なくなる。
「越後の安堵は北条征伐に於いても重要であり、
今後の東国征伐では後顧の憂いなく北条を攻めるために、現在調略中の伊達家及び越後にて織田家の背後を守る上杉家の存在が重要となる。
静子の推測では景虎の討ち死にによって、上杉家内の勢力図が刷新されつつあるため、事態が落ち着くまで相応の時を要するのだろうと考えていた。
「格別のご配慮ありがたく存じます。御実城様よりお声が掛かるまでは、引き続きこちらにお留め置きいただき、尾張の文物を学ばせて頂きとう存じます」
「そうですね、人質と呼ぶには
「ありがたき幸せ」
人質という処で僅かに言い淀んでしまった静子に、景勝と兼続は小さく笑みを浮かべる。彼らの待遇は人質扱いからはほど遠く、賓客に近しい好待遇を受けている。
流石に他国の人間であるため完全に自由とはいかないが、衣食住が保証された上に連絡さえ付くのであれば短期外泊すら可能という、余人が想像する人質生活からはかけ離れた生活を送っていた。
ただし、彼らの殆どは外泊などするはずもない。専ら利用しているのは兼続であり、お目付け役と言う名目で同道している慶次と花街に繰り出しては、情報収集と銘打って遊興にふけっている。
「皆が無事に帰還したことを祝う宴の前に、慶次さんと四六から話を聞こうかな?」
そういうと静子は慶次と四六へと顔を向けた。四六は神妙な面持ちを浮かべているが、慶次はいつもと変わらぬ涼しい顔だ。
静子としては勝手に跡継ぎを連れ出した慶次を叱責しなければならないのだが、四六の思いと慶次の思惑をある程度察しているだけにどうにも扱いに困ってしまう。
四六が無事に戻ってきたのは結果論であり、本来四六を止める立場である慶次が危険な旅に連れ出したことは罰されねばならない。
とは言え余りに重い処分を下せば、慶次に頼み込んで付いて行ったであろう四六が己を責めてしまい、ただでさえ遠慮がちな四六の行動が萎縮してしまう可能性があった。
ここは匙加減が肝要であると静子は心を引き締める。
「さて。申し開きがあるならば聞きましょう」
とりあえずは軽いジャブのつもりで彼らの方から自発的な申し開きを引き出そうと試みた。
しかし、慶次は己の行動に対する責を負う覚悟があるためか、一切の言い訳を口にしない。
「俺は申し開きなんざするつもりはないぜ。四六を連れていくと決めた時から処罰は覚悟の上だ」
「良いでしょう。では四六に問います、何故私に相談することなく慶次さんにも迷惑が掛かると解った上で強行したんですか?」
「はい、私は『死』について肌で感じ取りたかったのです。そしてそれは母上の庇護下にいる限り、決して叶わぬことだと考えました」
「そう、思惑は判りました。それで四六は今回のことで得たものはありますか?」
四六は相応の覚悟を以て臨み、慶次にもその
「私が母上に拾われる前、『死』とは常に私の
「ふむ。私の跡継ぎにはなれぬと言うのですか?」
「いいえ、違います。私は偉大なる母上の後継となりたいのです。ですが安全なここに居ては覚悟が定まりません。ならば再び『死』を間近に感じられる状況に身を置けば、あの暗く冷たい死に対する嗅覚が戻り、覚悟が決まるやも知れぬと思い行動致しました」
「そう。そうまでした甲斐はありましたか?」
静子の問いに四六は黙って首肯する。
「判りました。四六が掴んだものが何か、私にはわかりませんが己が一生を懸けて示す覚悟ができたのであれば、これ以上の言葉は不要でしょう。四六、貴方はこれから生涯を懸けてそれを他者に示し続けなければなりません、それは修羅の道です。今ならばまだ引き返すこともできるでしょう、それでも尚進むと言うのですね?」
静子は再び念を押して問う。四六はまっすぐに静子を見つめ、決然と頷いて見せた。
「判りました。それでは二人に下す沙汰を伝えます」
四六が己の意思で行動し、また学びを得て成長できたことは素直に喜ばしい。しかし、だからと言って規則を破って良いことにはならない。決まりを守らぬ為政者に付いてくる者はいないからだ。
「それほど厳しい処罰を下すつもりはありません。四六は私が良いと言うまで外出禁止。その間毎日図書室で今回学んだことを文章にしたため、私に提出なさい。そして四六を連れ出した慶次さんには明日から半月の外出禁止と断酒を命じます」
「明日からってことは、今日は構わないのか?」
「結果論ですが、四六は無事に生還し、本人曰く成長もあったようです。つまり慶次さんは賭けに勝ったのですよ。ですが不正があったようなので、それについての落とし前だけは付けて貰います。何より今日は宴がありますからね、流石に生還を祝う宴で禁酒させるほど鬼ではありませんよ」
慶次も四六も静子が当然反対するものと考え、置手紙を残して出発した。しかし、そんな真似をせずとも四六が同道したいと願い出たならば、慶次に
出生が特殊であるため、四六の正確な年齢は判らない。しかし、元服を終えたことで社会では大人と見なされる。現代人の価値観で言えば十代半ばなど子供のうちだが、戦国の世に於いては一人前として扱われる。
一人前の大人の決断に、親があれこれと口を挟む必要はない。助言を求められれば与えるが、本人が覚悟を以て決めたことであるならばそっと背中を押してやるのが親というものだろう。
「罰とは言っても形式的なものですから、そう四角四面に構える――」
必要ないと言おうとした静子の言葉は遂に発されることがなかった。静子よりも先に慶次と景勝、兼続が気付いたようであり、各自は既にいつでも飛び出せるよう身構えている。
ただ一人、四六だけが周囲の変化について行けず泡を食っていた。それでも荒々しい足音が近づいてくるのに気付き、四六は静子と共に慶次たちに庇われる位置へと退避する。
「失礼いたします! 静子様、火急の報せが届きました」
「構いません、報告なさい」
襖一枚を隔てた向こうから、小姓の慌てた声が飛び込んできた。
「はっ! 本願寺教如が退去を拒んで挙兵し、寺に立て籠りました!」
荒い呼吸が収まらぬ小姓とは裏腹に、報告を受けた静子は冷静だった。
「判りました。教如たちの兵数や武装は判りますか?」
「教如は無数の僧兵を率い、また多くの武具や矢を持ち込んでいる模様。物見の報告では武装解除前に匹敵するとのこと」
静子は教如が行方を
実際に石山本願寺は織田軍の手によって包囲が敷かれ、静子軍からも多くの人員が派遣されている。ゆえにこそ、教如が包囲を破ったわけでもないのに本願寺内に入れたことのみが不審であった。
「本願寺の周囲は、上様の軍によって包囲されていたはず。直接戦闘はあったのですか?」
「それが、突如として本願寺内に集団が現れたとのことです。未発見の隠し通路があったのでは無いかと推測されます」
石山本願寺は前
石山本願寺は信長に降伏する際に、朝廷に仲介を申し入れた関係から引き渡しに先んじて朝廷から派遣された役人が敷地内を検め、安全が確認された後に信長へと引き渡される手筈となっている。
本願寺門徒と織田軍は直接戦闘を何度も行っており、第三者である朝廷による調停の下で交渉を行うことに双方が合意したためだ。
そして本願寺門徒の退去が完了したとの報告を受け、調停から派遣された役人が内部を検めるため包囲を解くように織田軍に申し入れ、それを受けた織田軍は一部の包囲を解いて調停の使者を本願寺内部に入らせた。
その後、数日の定期報告を受けながら内部確認が行われていた矢先に今回の騒動が勃発したのだ。
「朝廷からの使者殿の安否は確認されているのですか?」
「それが、教如派を名乗る僧兵たちが門扉を閉ざした後は何の音沙汰もなく、使者殿の安否に関する情報も入ってきておりません」
「となれば使者殿は既にこの世におられぬか、最悪人質に取られたとして行動する必要がありますね。ありそうなのは、使者殿が共謀して教如派を招き入れたでしょうか?」
「なっ! 滅多なことを仰らないで下さい。万が一にもそのお言葉を耳にした者が漏らせば、責任問題となりましょう!」
唐突に放たれた静子の言葉に小姓は狼狽する。主君である静子は室内にて越後の人質たちと謁見しているはずである。臣下として不興を買ってでも止めようと必死になった。
「構いませんよ、十中八九使者殿と教如は共謀関係にあります。いくら何でも都合が良すぎますからね。まあ、それだけで判断した訳ではないのですが、良いでしょう」
「あの……それで、如何いたしましょうか?」
「確か私の配下が顕如及び頼廉の身柄を抑えていたはずです。まだ神戸三七郎(信孝のこと)様に引き渡していないはずですし、早急に彼らの身柄を私の京屋敷へと移送するよう伝えなさい。神戸様へは私から説明をしますので、まずは彼らの安全を確保することが最優先です」
「はっ!」
「警護の者には彼らの命を絶対に守るよう伝えて頂戴。特に顕如の命が奪われれば、上様にとって望ましくない状況となりますので、万難を排するよう全武装の持ち出しを許可します」
「承知しました。それでは失礼いたします」
静子の命を受けた小姓はそれだけ告げると、踵を返して立ち去って行った。足音が廊下を曲がり、聞こえなくなったころに静子はほっと大きく息を吐いた。
「困ったことになりましたね」
「全く困っておられるように見受けられぬのですが」
困ったと口にしつつも、余裕の態度を崩さない静子を見て景勝が思わず突っ込んでしまう。慶次はそんな静子に慣れているのか、全く気にしていない様子だった。
「いえいえ、困って
「これはしたり。静子様に掛かれば本願寺の反乱も一手間に過ぎぬと言うことか。ならば我らは御身を煩わさぬよう、今まで通り過ごさせて頂くと致しましょう」
「別に聞かれて困ることもありませんが、お休みになる時間も必要でしょう。あ、そうそう。宴に関する希望があるなら、今のうちに仰って下さいね。料理の手配がありますので」
「この状況でも宴は催されるのですか! なんとも剛毅なことだ。我らからの希望は特にございません、いつも通りご相伴に
静子自身にまるで気負った処が見られないが、それでも部外者が居ては話しにくいこともあるかも知れないと、景勝と兼続は部屋を辞した。
静子が語ったように二人が本願寺に関する騒動を知ったところで、こちら側には何ら
「丁度良いですね。四六の課題としましょうか」
「は、はい」
「そう気負わずとも構いません。丁度良い教材なので腕試しに取り組む程度で良いのです」
四六は静子の後継となりたいと口にした。ならば可能な限り四六に経験を積ませてやるのが、親の仕事だろう。
突発的な問題が生じた際に、己ならばその問題にどう対処するかを常に考えるのは為政者たるものの訓練になる。これを習慣づけてしまえば、想定外のことが起こった際にもパニックになることなく、己を客観視しながら対処できるようになるだろう。
余計な苦労をさせたくないが、適度な試練は四六の血肉となって生を繋ぐ糧となる。
「一つ。私が顕如と頼廉の身柄を確保するよう指示しましたが、これの狙いを四六はどう考えますか?」
「教如は顕如の実子と聞いております。父の身柄を確保して、教如に投降を呼びかけさせれば余計な戦闘を回避できるかと存じます」
「教如は既に顕如と
静子の指摘を受けて四六は再び考える。蜂起した時点で教如に助かる道はない、それならば戦闘は不可避であるため、視点を変える必要がある。
顕如が生きていることによる利点は何かと考えを巡らせると、閃くものがあった。
「……顕如が死ねば、本願寺門徒は教如に殉ずるしか道がなくなります」
四六の発した言葉に、静子は良くできましたと言うような笑みを浮かべる。
「顕如の存在は本願寺が敗北したことの象徴となります。教如がいかに檄を飛ばそうとも、厭戦気運の門徒たちは顕如の方針に順じていると言い訳ができるのです。ところが顕如が死んでしまえば、『顕如は織田家によって騙し討ちにあった、本願寺門徒よ立ち上がれ!』とでも号令を飛ばされれば各地で一向一揆が勃発しかねません」
「逆に織田家が顕如を保護していると示せば、教如に大義が無いことを天下万民に晒すことになりますね!」
「正解です。教如に大義が無くなれば、我々が何とでも料理できるのです。こちらの出血を避けるならば、顕如を矢面に立たせて本願寺同士で対立させるという手もあります」
「……それは、本願寺同士での骨肉の争いになりませんか?」
「ただ、この選択肢は取らない方が良いでしょう。顕如が積極的に教如を征伐すると言い出さない限りは、我らが画策したとして禍根を残します。遠く離れた東国ならいざ知らず、尾張からも安土からも近い石山本願寺に立て籠ったのが敗因です」
「母上ならばどのように処理されるのですか?」
「それを言っては課題にならないでしょう? 四六ならばどうするのが最適かを考えるのです。我らが持つ手札と、相手側の手札、更に朝廷の思惑を加味して答えを出してご覧なさい」
そう言って穏やかにほほ笑む静子と、その期待に応えんと必死に知恵を絞る四六の姿に慶次は親子の絆を感じていた。
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