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美術の世界04

越前・光秀の家
美術デザイン 山内浩幹 枝茂川泰生 

「まずは、設定を考えるところからはじめました。史実として残っているのは、光秀の家は称念寺の門前にあった、ということくらいですが、朝倉義景の命によって用意された家ですから、その辺にあるような家ではないはず。そこで考えたのが、称念寺の先代の住職がリタイアし、隠居するために建てた家と、住職の使用人のための家です。住職が亡くなったあとは、そのまま放置されていて、光秀たちがやって来たときには見る影もないほど朽ち果てていた、という設定を考え、そこからデザインに着手しました」(枝茂川)

想像力とリアリティ。

明智家の女性たちや使用人が料理を作っている所は、かつて住職の使用人が同じように料理をしていた家(離れ)。光秀の居室があり子どもたちに読み書きを教えている所が、かつて住職が隠居していた家(母屋)だ。

「僕たちは便宜上、土間のある女性たちの家を母屋、光秀がいる家を離れと呼んでいます。
雪国である越前らしく、母屋の屋根は藁(わら)ぶきです。とはいえ、とても質素なものです。雪の季節には積雪の重みで母屋が壊れないように雪囲い(藁を束ねて作ったパーテーションのようなもの)を立てかけます。そして、雪囲いで使った藁は、屋根の藁として再利用します」(枝茂川)

その土地の歴史や風土・習慣を学び、かつてその地で営まれていたであろう暮らしを想像する。その想像力が時間を超えて縦横無尽に広がれば広がるほど、デザインにリアリティーが生まれる。

迷いの先にある
苦難と希望。

「母屋には、板の間がありますが、土間と板の間の高低差は極力小さく設計しました。板の間に上がったとしても、地面の上で生活しているような低い目線になるようにしています。これは、明智家の人々が底辺の暮らしをしているという表現でもあります。

美濃の明智家の庭には、堂々としたイチイの木がありました。ここでは、ザクロの木をシンボルツリーとしました。ねじれた幹は、自分の向かうべき道に迷っている光秀の心情を、半分枯れた葉は、牢人となり武士としては半分死んでしまった光秀を表現しています。迷いの先にある苦難と希望。その両方の気持ちをザクロの木に込めました」(枝茂川)

穴の開いた天井から
射し込む、一筋の光。

光秀の人生はこのままでは終わらない。あきらめなければ望みはあるし、明智家は必ず再興する。しかし、大きくジャンプする前に腰を深く落とすように、一度、どん底まで落としてあげる必要があった。

「美濃から逃れてきた光秀たちがはじめて母屋に入ったとき、穴の開いた天井から土間に光がさし込み、そこには雑草が生えていました。光があれば、命は育まれる。
穴の開いた天井からさし込む一筋の光は、再生の象徴です。誇りを失わず、上を向いて生きていけば、必ず立ち直れる。貧しくても、明るく前向きに暮らす明智家の人々の頭上には、希望の光がさし込んでいるのです」(山内)

美術デザインは、そこで演じる人たちの心情や、物語の展開を暗示させて作っていくものかもしれない。

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