スタジオに最初に建てられた稲葉山城のセット。ここで『麒麟がくる』はクランクインした。
美術スタッフたちは、このドラマのスタートを切るセットづくりに特別な思いを抱いて臨んだ。セットで使う柱や欄間(らんま)、床は事前に作って、ドラマに登場する城ごとに組み替えて使うのが一般的だ。そのほうが合理的であり、作業の手間も省ける。だが稲葉山城のセットに使われる柱などの部材は、この城のためだけに作られた一点ものだ。
「柱はより太く、板はより厚く、壁の色を黒漆喰(くろしっくい)にしたり、全体的に“ゴツい” 印象にしました。セットでも道三の図太さや質実剛健さを表現したかったのです。そして何より、このドラマにかける自分たちの思いを柱や梁(はり)の一本一本にも込めたかった」(山内)
こだわりは、床材にもある。照明に照らされたときに、どのように床板が反射するか?光を反射し過ぎてもいけないし、床が光を吸収してしまっても美しくない。木目が出ているものと、そうではないもの、板と板の間の溝の深さはどれくらいがいいのか?材質、木目、溝の深さを変えながら何度もカメラテストをして、「これだ!」というものを探し当てた。
「ドラマを見ながら床の反射を気にする人はいないと思います(笑)。でも、一枚絵としてそのシーンを映し出したとき、差し込む明かりとそれを反射する床板は、その空間ならではの世界観を創り出します。反射する光もデザインの重要な要素なんです」(犬飼)
『波こそ、用兵の神髄である。怒とうのごとく打ち寄せ、寄せては引く』。これは、道三の戦(いくさ)での哲学だと言われている。
稲葉山城の2階にある大広間。道三が座る後ろの壁には、荒れ狂う波の絵が描かれている。これは、斎藤道三がデザインした独自の家紋『二頭立波』をイメージしたものだ。
さらには、幕板の形や手すりの装飾にも『波』のモチーフを使っている。
また、道三の兜(かぶと)の前立ては、満月、三日月など3種類の『月』で、月の満ち欠けを表現するデザインとなっている。ここでは、あえて波のモチーフを使わず、波や潮の満ち引きを引き起こす『月』をモチーフにして、強さ、斬新さ、鋭さをイメージさせるデザインとなっている。