義輝は、押し寄せる新たな勢力や時代のはざまで懸命に生きてきました。将軍家の権威失墜を感じ、とても息苦しさを感じていたときに、光秀が「将軍とはかくあるべきだ」とスパッと言ってくれた。その誠実さと勇敢さに義輝は心打たれたと思います。でも、一度大きく動き出した時代のうねりは誰にも止めることはできませんでした。
三好勢がなだれ込んできたとき、義輝が呪文のように唱えていたのは、志のある家臣が仕えている王の王政をただすために作られた中国古代王朝の詩文、小旻(しょうびん)です。実際に滅んでしまった王と自分を重ねて詠んだのか・・・それは誰にもわかりません。ただ言えるのは、己の最期を悟っていたということです。
散り際に関しては、義輝の美学を表現できるシーンにしたかった。監督もリアリティーよりも見え方や義輝らしさに重きを置いた演出をしてくれました。
義輝の30年という短い人生に、儚(はかな)いという思いはありますが、かわいそうという気持ちはありません。麒麟を呼ぼうと懸命に生きた義輝の姿は、残された人たちに何かしらの影響を与えたはずです。特に光秀は、義輝の生きざまと散り際から、多くのものを受け取ったのではないでしょうか。(向井理)