スピッツが僕たちに見せてくれた世界  vol. 3

Review

スピッツ史における異色作が持っていた意味

スピッツ史における異色作が持っていた意味

スピッツが結成30周年を迎え、シングルコレクションアルバム『CYCLE HIT 1991-2017 Spitz Complete Single Collection -30th Anniversary BOX-』を届けてくれた。
世代を超えて愛され続けている音楽を作ることを成し得たアーティストが到達できる30周年。聴く人の喜怒哀楽、それぞれの想いにもそっと寄り添い、潤いを与え続けているスピッツが僕たちに見せてくれた世界をオリジナルアルバム単位で1枚ずつ振り返っていきたい。
『CYCLE HIT 1991-2017 Spitz Complete Single Collection -30th Anniversary BOX-』に収録されているシングルの味わいもグッと増し、もっとスピッツを知りたくなってくれることを願って。

#3 Mini Album「オーロラになれなかった人のために」(1992年4月25日発売)


2ndアルバム『名前をつけてやる』と4thアルバム『惑星のかけら』の間の時期、1992年4月にリリースされたこの6曲入りミニ・アルバムには、スピッツの歴史上、異色といっていいポイントが3つある

まずひとつめは、タイトル。短い時は『スピッツ』や『とげまる』や『醒めない』といったように1ワード、長くても『名前をつけてやる』や『インディゴ地平線』くらいの簡潔なタイトルをアルバムに冠するのがスピッツだが、この作品だけ『オーロラになれなかった人のために』と、長い。『名前をつけてやる』もスピッツにしては長いが、本作と比べるとまだコピーっぽい。

ふたつめ。長谷川智樹に共同プロデュースを要請、ストリングスやホーンが導入された、いわゆるオーケストラ・アレンジになっていること。そもそもは『名前をつけてやる』のラスト曲「魔女旅に出る」でオーケストラ・アレンジを依頼したのがきっかけになり、今作では全曲でそれにトライした、ということだろう。

そして3つめ。そのオーケストラ・アレンジの依頼が、草野マサムネの意志だった、ということ。クレジットを見ると、全体のプロデュースは所属事務所ロードアンドスカイの社長、高橋信彦氏とスピッツの連名になっているので、高橋氏の勧めだった可能性もあるが、当時のインタビューではマサムネは、自分が「魔女旅に出る」を気に入って、もっと一緒に作ってみたくなった、という話をしていた。

で、そのオーケストラ・アレンジがマサムネの意志で始まった、そのことの何が異質なのかというと、スピッツは基本そういうバンドではないのだ。
圧倒的なソングライターがメンバーの中にいるバンドは(ほとんどの場合ボーカリストがそう)、そのソングライターがアレンジやサウンド・プロデュースの全体的な方向を決めていくものだが、スピッツは数少ない例外で、サウンドのイニシアチブをメンバー3人が握っている。って、今でも完全にそうなのかどうか、細部までは知らないが、少なくとも『ハチミツ』まではそうだった。その時期にメンバー3人にインタビューする機会があって、そういう話になったので。
たとえば、マスタリングを新しいエンジニアに依頼してみたがどうもしっくりこない、作業してもらったのにキャンセルというのは双方にとって大変なストレスだが、であっても、それまでのエンジニアでやり直した方がいいのではないか──ということがあったのだが、メンバー3人が熱くそう考えていて、マサムネは「あ、そうなの? じゃあそうしようか、まかせる」みたいな感じだったという。

同時代の洋楽のエッセンスが大きい時期があったり、ヒップホップにはまっていてラップっぽいパートのある曲を書いてきたり、というように、ソング・ライティングにおいては、その時々のマサムネの趣味嗜好が表れることもあるが、全体のサウンド・プロデュースはメンバーが中心。
スピッツが「ソロとバック・バンド」と化した時期がなく、誰かがソロをやったことも活動休止したこともなく、スピッツというバンドのままでいられる理由は、その、「ソング・ライティング=マサムネ」「サウンド・プロデュース=メンバー」という分業制によるところが大きいのかもしれない。

という意味で、この『オーロラになれなかった人のために』は、今考えると、とても危険な作品だったことがわかる。
なぜか。長谷川智樹のオーケストラ・アレンジ、もう大変にハマりがいいのだ。マサムネの歌に、声に、曲に、メロディの抑揚に、言葉の響きに、もうずっぱまり。当時も「ハマってるなあ」と思ったが、今聴くとさらにそう感じる。
これ以降、ライブで長きにわたり披露されることになる「田舎の生活」あたりもとてもいいが、それ以上に、静謐でBPMゆっくりな「ナイフ」や「涙」の美しさは、ちょっと筆舌に尽くしがたい。
つまり、「こっちに進んでも不思議はなかったスピッツ」の可能性を1枚……いや、ミニ・アルバムだから1/2枚くらいか、とにかく、ちょっと垣間見せた作品だった、ということだ。

なお、「海ねこ」のキック四つ打ちと華やかなホーン・アレンジには、2枚あとの『Crispy!』のリード・シングル「裸のままで」に通じるものがあったりもする。
ということは、その「こっちに進んだかもしれないスピッツ」の一部分の延長にあったのが『Crispy!』である、という解釈もできるかもしれない。後日、その作品のレビューで、改めて考察します。

文 / 兵庫慎司

楽曲/DISCOGRAPHY

Mini Album
オーロラになれなかった人のために

発売日:1992年04月25日
品番:UPCH-1183

【収録曲】
01.魔法
02.田舎の生活
03.ナイフ
04.海ねこ
05.涙

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リリース情報

スピッツ

CYCLE HIT 1991-2017 Spitz Complete Single Collection -30th Anniversary BOX-

2017年7月5日発売
(3CD)UPCH-7329/31
¥3,900+税

1991年のデビューシングルから昨年2016年4月に発売されたシングル曲「みなと」までの全シングル曲、そして「愛のことば-2014mix-」「雪風」といったドラマ主題歌としても話題となった配信限定シングル曲、さらには、新たにレコーディングをした新曲3曲を加えた全45曲収録のCD3枚組アルバム。

【収録曲】
【DISC 1】CYCLE HIT 1991-1997 Spitz Complete Single Collection
01.ヒバリのこころ
02. 夏の魔物
03.魔女旅に出る
04.惑星のかけら
05.日なたの窓に憧れて
06.裸のままで
07.君が思い出になる前に
08.空も飛べるはず
09.青い車
10.スパイダー
11.ロビンソン
12.涙がキラリ☆
13.チェリー
14.渚
15.スカーレット

【DISC 2】CYCLE HIT 1997-2005 Spitz Complete Single Collection
01.夢じゃない
02.運命の人
03.冷たい頬
04.楓
05.流れ星
06.ホタル
07.メモリーズ
08.遥か
09.夢追い虫
10.さわって・変わって
11.ハネモノ
12.水色の街
13.スターゲイザー
14.正夢
15.春の歌

【DISC 3】CYCLE HIT 2006-2017 Spitz Complete Single Collection
01.魔法のコトバ
02.ルキンフォー
03.群青
04.若葉
05.君は太陽
06.つぐみ
07.シロクマ
08.タイム・トラベル
09.さらさら
10.愛のことば-2014mix-
11.雪風
12.みなと
13.ヘビーメロウ
14.歌ウサギ
15.1987→ 

2006年に発売された2枚の『CYCLE HIT』も2017年最新のマスタリングをして再発売!

CYCLE HIT 1991-1997 Spitz Complete Single Collection

(CD)UPCH-2129 ¥2,500+税

CYCLE HIT 1997-2005 Spitz Complete Single Collection

(CD)UPCH-2130 ¥2,500+税

CYCLE HIT 2006-2017 Spitz Complete Single Collection

(CD)UPCH-2131 ¥2,500+税

『CYCLE HIT 1991-1997 Spitz Complete Single Collection』、そして『CYCLE HIT 1997-2005 Spitz Complete Single Collection』も、今回の新たなアイテムに合わせ、2017年の最新スピッツサウンドを表現する為に、世界最高峰の「Marcussen Mastering」にてリマスタリングを遂行。7月5日に再発売。

アナログ盤も“重量盤”で7月5日同時発売!

ファーストアルバム『スピッツ』から昨年7月に発売された最新アルバム『醒めない』までのオリジナルアルバム15作品に、ミニアルバム『オーロラになれなかった人のために』を加えた全16作品をアナログ盤で発売。

ライブ情報

『SPITZ 30th ANNIVERSARY TOUR “THIRTY30FIFTY50”』

7月01日(土):静岡県・静岡エコパアリーナ
7月04日(火):大阪府・大阪城ホール
7月05日(水):大阪府・大阪城ホール
7月12日(水):愛知県・日本ガイシホール
7月13日(木):愛知県・日本ガイシホール
7月22日(土):広島県・広島グリーンアリーナ
7月23日(日):広島県・広島グリーンアリーナ

8月05日(土):長野県・長野・ビッグハット
8月06日(日):長野県・長野ビッグハット
8月11日(金・祝):香川県・さぬき市野外音楽広場テアトロン
8月12日(土):香川県・さぬき市野外音楽広場テアトロン
8月16日(水):東京都・日本武道館
8月17日(木):東京都・日本武道館
8月19日(土):東京都・日本武道館
8月23日(水):神奈川県・横浜アリーナ
8月24日(木):神奈川県・横浜アリーナ
9月02日(土):福岡県・マリンメッセ福岡
9月03日(日):福岡県・マリンメッセ福岡
9月16日(土):北海道・北海道総合体育センター北海きたえーる
9月17日(日):北海道・北海道総合体育センター北海きたえーる
9月30日(土):宮城県・宮城・セキスイハイムスーパーアリーナ(グランディ・21)
10月1日(日):宮城県・宮城・セキスイハイムスーパーアリーナ(グランディ・21)

SPITZ

草野マサムネ :1967年12月21日 福岡県 O型 ヴォーカル&ギター
三輪テツヤ :1967年5月17日 静岡県 B型 ギター
田村明浩 :1967年5月31日 静岡県 A型 ベースギター
﨑山龍男 :1967年10月25日 栃木県 B型 ドラムス
草野マサムネ(Vo/Gt)、三輪テツヤ(Gt)、 田村明浩(B)、﨑山龍男(Dr)の4人 組ロックバンド。
1987年結成。1991年3月シングル「ヒバリのこころ」、アルバム「スピッツ」でメジャーデビュー後、1995年リリースの11thシングル「ロビンソン」、6thアルバム『ハチミツ』のヒットを機に、多くのファンを獲得。
以後、楽曲制作はもちろん、日本国内をくまなく廻る全国ツアーや自らオーガナイズするイベント開催など、マイペースな活動を継続している。 そして今夏、15thアルバム『醒めない』を発売、全国ツアーも大成功。
2017年結成30周年を迎え、7月5日は「CYCLE HIT 1991-2017 Spitz Complete Single Collection -30th Anniversary BOX-」を発売、『SPITZ 30th ANNIVERSARY TOUR “THIRTY30FIFTY50”』も敢行中と精力的に活動を展開している。
オフィシャルサイトhttp://spitz.r-s.co.jp/

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