悪女の聖杯
レナリア、完全に悪女全開
薄暗い部屋が仄暗く、淫蕩にけぶる。
脳髄が蕩けるような甘い香の漂う中、水煙草をくわえたレナリアは欠伸をする。
グレグルミー周辺にいた亜人や獣人達が、降伏した知らせを伝えた少年はびくびくしている。
レナリアは非常に気分屋だし、一度怒りだすと手が付けられない。
「あら、あの獣たち失敗したの? 使えないわね。折角武器や情報を融通してやったのに」
バスローブのような薄絹を纏い、緩慢な動作で首をかしげる。
淀んだ目で、ケラケラ笑っている。水煙草が回っていて、軽い酩酊状態のようだ。
ビーンは情勢を調べるために、ジェイルの命令でグレグルミーの小姓や小間使いの真似事をしていた。
流石に重要書類はきちんと管理され、重要な会議には締め出されたので軍事機密になりそうなものは入手できない。グレグルミー辺境伯はその辺は雑だったが、彼は砦の守りを殆どミカエリスはじめ他人に投げていた。
ミカエリスは子供のビーンにも優しく接してくれたが、勘が鋭いうえ情報管理はきっちりしていてやりづらかった。
余り、目ぼしい成果はない。それでも定期報告は必要だ。
今も、本来はジェイルの報告するために戻ってきたが、なぜか彼の寝室にレナリアがいた。
くらくらするような甘ったるい香りに紛れ、色濃い情交の気配を感じさせた。ビーンの本能に危険を知らせていた。
寝台の傍にはレナリアが買った奴隷たちが落ちている。寝ているようだが、虚ろな目で体を縮めて微動だにしない。
だが、胸や腹は呼吸で僅かに上下し、時折思い出したように瞬きをしている。
「あーあ、こいつらもう駄目ね。全然愉しくない」
そういって、軽く足先で奴隷を小突くレナリア。
確か、一月ほど前にお気に入りとして侍らせていた元帝国貴族の青年だ。
ビーンには分かった。この奴隷たちは既にレナリアの愛用する薬で、廃人状態なのだ。
顔色悪く倒れている奴隷たちと違い、レナリアは頬も薔薇色で肌も艶やかだ。濃い栗色の髪も香油を纏わせ、梳ったように輝いている。
この前来た時は、薬の影響ややけ酒で肌も顔色も悪くボロボロだった。
何よりも不自然なのは、恐ろしいと分かっていてもビーンはレナリアに目が吸い寄せられた。輝くように美しいわけでもないのに、不思議な引力を感じたのだ。
それは雲一つない空に浮かぶ月や、朝露に濡れる花のようなものではない。
幾多の羽虫を呼び寄せて焼き殺す誘蛾灯のような、淫靡で仄暗さを感じた。
「ねえ、ちょっとこれを片付けておいてくれる? アンタじゃ無理だろうから人を呼んできなさい」
幸い、今のレナリアは機嫌がいい。
口調は優しいが、有無を言わせぬ、断らせない命令だった。
ボロボロのハンチング帽を目深にかぶり直し、慌ててビーンは下を向いた。
レナリアはそれを理解の首肯だと思ったのか、特に何も言わなかった。
水煙草をくわえるのをやめ、ベッド脇のテーブルにあった黄金の盃を手にする。
コップというより、底の浅いトロフィーのようなものだ。色とりどりの宝石が象嵌され、持ち手には複雑な文様が刻まれている。
黄金が、燭台の輝きをとろりと反射させている。
「綺麗でしょう? これはあの方がくれた聖杯なの。
どんな願いでも叶う、あらゆる奇跡を起こすことができるのよ――私にこそ相応しいの。
あの方が、私にプレゼントしてくれたの」
うっとりと恍惚を滲ませ、『聖杯』を見つめるレナリア。
その頬は紅潮して、彼女の熱狂ぶりを表していた。
ビーンはその姿に怖気が止まらない。
レナリアは聖杯と呼ぶが、それは異様な雰囲気を纏っていた。
ビーンはレナリアのいう『あの方』を知らない。ただ、レナリアが非常に入れ込んでいる男だ。以前、イヤリングや指輪を貰ったと自慢していた。
聖杯は僅かだが、自ら発光しているような気がする。
「だって、私はヒロインだもの」
全部私のモノになるのは、当然なのよ。
レナリアはうっそりと、不気味なほど美しく微笑んだ。
読んでいただきありがとうございました!
四月上旬、書籍化についてついに本格的な告知ができます!
既にご存知の方もいるとは思いますが、ついに作者サイドからも解禁なので!
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