ついに総務省官僚ナンバー2の更迭に発展したNTTによる総務省接待問題。小誌のもとには、日々、内部から情報がもたらされ、さらなる全貌が見えてきた。NTTが狙いを定めていたのは官僚だけではない。総務官僚に指示を出す総務大臣らにもその触手が……。
3月8日夜7時、緊急事態宣言下で静まり返る都内の住宅街に、72歳とは思えぬ怒号が轟いた。
「ふんっ、あんた方が記事、書いたんやんか!(谷脇氏のことは)俺も残念というか、気の毒やった。だけどコメントはしないっ!」
それは、総務省官僚のナンバー2、谷脇康彦総務審議官の更迭が発表されてから半日後のことだった。スウェットにフリースの部屋着姿で顔を上気させ、眼鏡の奥で鋭い目を光らせる声の主は、鵜浦博夫氏だ。石川県の七尾高校から東大法学部を出てNTTに入り、3年前まで社長を務めた相談役は、やや関西訛りだ。
鵜浦氏が6年間君臨した社長の座を退いたのは18年6月。その約3カ月後の9月4日、彼がNTTグループの迎賓館「KNOX」に招いた相手こそ、当時、総合通信基盤局長に就任したばかりの谷脇氏だった。1本4万4000円のシャンパンで乾杯すると、一人2万円のフレンチフルコースに舌鼓を打ち、13万5000円の赤ワインをあけた。計3人の飲食代の総額は約30万2000円。1人当たり約10万円だ。巨額の会費を納める迎賓館の会員企業は代金が4割引きになるため、8日朝、総務省が谷脇氏の更迭と同時に発表した資料には飲食単価が「6万480円」とあった。こうした調査の土台になっているNTT接待文書の一部を、以下に写真で示した。無法接待に憤るNTT内部告発者からの情報提供である。
玄関先で仁王立ちした鵜浦氏は、憤懣やるかたない様子で続けた。
――(谷脇氏との会食時の)情報交換の意義は?
「俺、別にあんなんで何かモノを頼むとかしないっ! 俺が(社長を)辞めた時点で、彼が(総合通信基盤局に)戻ってきて、(それまで)ブランクがあったから話がしたかっただけだ。たまたま、お酒が高かったっちゅうのはあるが、何らやましいことはない! あんた方が、あんなデータをどっから取ってくるかのほうに不信感がある。俺は彼に(情報通信行政の)過去のことを知ってもらうのもいいだろうと思っただけだ」
――しかし、ルールはルールとしてありますから。
「ま、そりゃわかる。うん。それだけ!」
谷脇氏は現在60歳だが、事務次官級の総務審議官だったため、次官と同じ62歳に定年が延びていた。8日付けで官房付となったためその特権は失われ、この3月末で定年退職となる。今夏の次官就任が確実だった男の官僚人生は、鵜浦氏らの接待が露見したのを契機に突如幕を下ろした。
官邸関係者が谷脇氏更迭の内幕を明かす。
「実は、谷脇氏は3月8日付で辞職する意向を示していましたが、官邸が『答弁せずに“入院”で逃げた』と批判を浴びた山田真貴子前内閣広報官の二の舞になることを懸念。『しっかり国会対応をやるように』と官房付で留め置いたのです。野党のサンドバッグになるのが最後の仕事ってことでしょう」
X氏からの内部資料
15日にはNTTの澤田純社長が国会に参考人招致される。総務省は第三者を入れて「事実関係の確認を正確に、徹底的に行う」(武田良太総務相)という。だが、接待漬けの総務省の主導で厳正な調査などできるのか――その点に疑問を持つNTT関係者X氏から、新たに内部資料が寄せられた。
「NTT幹部が迎賓館で接待していたのは、総務官僚だけではありません。(NTTグループの)通信事業の許認可に直接関わる総務大臣、副大臣、政務官の政務三役、およびその経験者をターゲットに接待を繰り返していたのです。大臣在任中にSP連れでやってくる先生もいました」(X氏)
入手した内部資料を紐解いてみよう。KNOXの5階に広がる「ピオニー」と名付けられた豪華個室。昨年9月1日、蝶ネクタイ姿のボーイに先導されて現れたのは高市早苗総務相だった。恭しく出迎えたのは澤田社長、島田明副社長、秘書室長の3人だ。同店の関係者が打ち明ける。
「澤田氏が決まって選ぶのは最上級、一人2万4000円のフレンチフルコース。『お酒代込みで一人5万円で収まるように』とソムリエ資格を持つ支配人に事前に命じ、シャンパンやワインをチョイスさせていました。高市氏については、辛いものやメロンがNGだと事務所を通じて事前連絡があったそうです」
北海道噴火湾でとれた毛ガニのサラダ仕立てと穴子のフリットに始まり、旬の松茸や鮑も供された。メインディッシュは岩手産短角牛フィレ肉のポワレだ。
高市氏が総務大臣として同店を訪れ、甘美な宴を満喫したのは、この日だけではない。19年12月20日にも彼女は澤田氏、島田氏ら計4人で会食。内部資料には飲み物込みの一人当たりの上限額(4割引き前)が「5万(弁当込、土産込)」と綴られていた。弁当とは大臣に付き従い、宴の間待たされるSPらへのものと思われる。
20年3月5日付の資料には、鵜浦氏が高市氏に「贈答品を発注した」旨の記載もあった。
「高市氏が2日後の3月7日に59歳の誕生日を迎えるタイミングです。鵜浦前社長の名前での直々の発注ですから、高市氏への豪華な誕生日プレゼントだったのではないか」(X氏)
パーティー券購入がセット
総務大臣在任中にNTTから高額接待を受けていた者は他にもいる。17年8月から18年10月まで総務相を務めた野田聖子氏である。17年11月22日、野田氏を接待したのは、同じ岐阜県出身でNTTドコモ社長などを歴任した立川敬二氏だ。さらに翌18年3月29日にも、野田氏はNTT西日本社長(当時)の村尾和俊氏の接待を受けており、資料には上限「3万」の記載がある。前出とは別の同店関係者が打ち明ける。
「大臣ばかりではなく、現職の副大臣も接待を受けています。18年6月29日に篠原弘道NTT会長から接待を受けた坂井学衆院議員、そして20年9月14日に澤田社長から接待を受けた寺田稔衆院議員です。いずれも上限『5万』のメモが残っています」
坂井氏は言わずと知れた菅首相の右腕で、現在は内閣官房副長官の要職にある。
二人いる総務副大臣のうち、一人は地方自治など旧自治省系、もう一人は情報通信など旧郵政省系を担当する。坂井、寺田の両氏は情報通信を担当する副大臣だ。
政務三役在任中にNTT側から高額接待を受けていたのは上の表の通り計4人、延べ6件。資料をさらに詳しく解析すると、総務省の政務三役を退任後に迎賓館で接待を受けた者が多数いることが分かった。
大臣経験者は新藤義孝氏と佐藤勉氏の2人。副大臣経験者は西銘恒三郎氏、山口俊一氏、柴山昌彦氏、故・小坂憲次氏、上川陽子氏の計5人だ。政務官経験者の世耕弘成氏や小林史明氏、藤川政人氏らまで含めると、過去7年間で計15人、延べ41件に及ぶ高額接待の実態が浮かび上がった。
「その多くがお酒代込みで上限を一人3万~5万円に設定したもの。料理は基本、1.5万~2万円、それにワインやシャンパンをあけるので、自然と料金は跳ね上がる。中でも突出していたのは、澤田氏や鵜浦氏、秘書室長らから、合計10回の接待を受けていた山口俊一元副大臣。大半が上限『5万』でズブズブの関係でした」(同前)
X氏がその内情を明かす。
「政治家や官僚にロビー活動をするのは、NTTの伝統的な“仕事”でした。現在、うちには十数人の秘書がいますが、彼らが議員会館に出向き、挨拶回りをしています。迎賓館への招待とセットで行われていたのはパーティー券の購入です。政治資金規正法上、20万円を超える購入は収支報告書に金額と購入者の記載が必要になるため、一議員につき2~3枚程度に絞って露見しないようにしています」
総務省政務三役(経験者含む)への接待を時系列で並べてみると興味深い事実に気づく。15年から17年までの3年間では計10回なのに対し、18年から20年までの3年間では計26回。3倍近いハイペースで接待が行われたのだ。18年と言えば、当時官房長官だった菅氏が、携帯電話料金を「4割下げる余地がある。競争が働いてない」とぶち上げ、通信業界に激震が走った年である――。
◇
「携帯キャリアの収益で3位になったドコモを強くしなければいけない」
澤田社長がこう啖呵を切ったのは、菅政権発足直後の昨年9月29日のこと。ドコモの完全子会社化を発表した澤田氏は、約2カ月後の11月17日、約4.3兆円を投じたTOB(株式公開買い付け)を成し遂げた。その2週間後の12月3日には月額2980円などの格安新料金プラン「アハモ」を発表。そして12月25日には、NTTグループ随一の稼ぎ頭だったドコモが上場廃止となり、子会社化が完遂された。
「澤田氏は公式には『20年4月にドコモの子会社化を検討し始めた』と話していますが、実際には社長になった18年6月以後、水面下で検討を重ねていました。その後、接待が増えているのならば、ドコモの子会社化に向け、政治家や官僚に対する地ならしの意味があったのでしょう」(経済部記者)
社長就任後、澤田氏が官僚や政治家を接待した回数は、他の社長経験者ら幹部を遥かに凌駕する。19~20年の2年間で実に20回超。大半が上限「5万」の設定だ。抜かりなく接待を終えてゲストを丁重に見送ると、澤田氏は3階のバー「チェンバーローズ」の椅子に腰を沈める。ウイスキー竹鶴の水割りを舐めながら、感想戦さながら、側近たちと議論を交わすのだ。澤田氏とはいったいどんな社長なのか。
「いわゆる、ゲームチェンジャー。『強い“巨大NTT”を作ろう』という信念のもと、部下に対して『3カ月で結果を出せ』『走りながら考えろ』と発破をかけるスピード重視の経営者ですね。慎重派の鵜浦氏とは対照的です。近年は鵜浦氏のような東大卒の人事労務系が社長を務める中、京大工学部卒で技術畑出身の澤田氏は異色の社長で社内に敵も多い」(同前)
そんな澤田氏を買っているのが菅首相だ。双方を知る財界関係者がいう。
「以前、菅さんに『NTTの鵜浦さんと会った方がいいですか?』と聞くと『澤田でいい。澤田がいいよ。彼は長く(社長を)やるから』と言われました。菅さんと澤田さんはソフトバンクの“孫正義憎し”で意気投合しているようです。日本に法人税をほとんど払わないような企業は嫌なんでしょう」
首相とNTTの歩調を合わせた動きのキーマンが、谷脇氏だった。
「谷脇氏のライフワークは一貫して通信分野の競争政策。澤田氏とは10年来の付き合いです。携帯値下げの推進役である谷脇氏と澤田氏が関係を深めた狙いは、谷脇氏からすれば『携帯料金をどこまで下げられるのか』とNTT側の腹を探ることでしょうし、澤田氏からすれば『そのバーターでドコモ完全子会社化という実を取りたい』というところだったのでしょう」(前出・経済部記者)
事実、3月8日の参院予算委員会で、野党議員から澤田氏と会食した際の会話内容について問われた谷脇氏は、こう答弁している。
「会食において、携帯電話料金の話は話題に出たと思います」
ドコモへのTOBが成立した直後の11月27日、菅首相は官邸で澤田氏と対面している。
「その日、澤田氏は翌12月からドコモの新社長に就任する子飼いの井伊基之氏を引き連れ、菅氏に紹介しています」(官邸番記者)
この時はわずか10分程度の面会だが、首相動静には載らない秘密会合も持っている。昨年12月11日、ニコニコ動画の特別番組に出演した菅氏は夜、赤坂の中華料理店で内閣府副大臣の藤井比早之氏らと会食。その後、第二議員会館の自室で菅氏と顔を突き合わせたのが、澤田氏だったというのだ。首相周辺が明かす。
「菅首相は『澤田氏には改革マインドがある。国際戦略も持っている』とべた褒めで、ドコモ子会社化にもゴーサインを出していた。11月のTOB成立直前、参院予算委のメンバーに会った際に『NTTはこの後、値下げするぞ』と言っていた。直後、12月3日にその通りにアハモが発表されると『NTTが先陣を切ってくれた』と絶賛していました」
NTTが2月に発表した去年4月から12月までの9カ月の決算は、最終利益が8300億円を超えて史上最高。主要因は完全子会社にしたドコモの収益分の上積みだ。NTTの社長は6年以内が通例だが、菅氏からお墨付きを得た澤田氏は、25年の大阪万博をまたいで26年まで8年の長期政権を狙うという。澤田氏の思惑について、NTTドコモ関係者が語る。
「携帯料金の値下げは、実は長期的に見ればNTTにとって悪くない。通信技術は日進月歩で通話料なんか10年後にはタダになる可能性もありますから。一方で、光ファイバーのような日本の通信インフラの75%を持っているのがNTT東日本と西日本なのです。他の通信会社は経費を支払い、それを使わせてもらう他ない。NTTの幹部らは『潰そうと思えば、KDDIやソフトバンクはいつでも潰せるんだ』と話している」
菅政権の看板政策「携帯値下げ」の裏側で秘密裏に行われてきたNTTによる総務省への接待攻勢は、その実態を調査するトップにまで触手は伸びていた。現在、総務副大臣として一連の総務省接待問題における調査の責任を担う新谷正義衆院議員だ。
「今年1月6日、新谷氏はNTT常務の川添雄彦氏から迎賓館への誘いを受け、接待が準備されていました。ところが2度目の緊急事態宣言発出(1月8日)が現実味を帯びる中、新谷氏はキャンセルしたのです。予約が入ったのは昨年11月26日。実は新谷氏の公設秘書がその6日前、11月20日に迎賓館で接待を受けています。議員よりやや低めの一人上限2万5000円に設定されていました」(X氏)
新谷事務所の秘書に聞いた。
「1月6日は確かに会食の予定が入っていましたが、新谷はコロナの状況などを見てお断りした。私が昨年11月に(迎賓館に)行ったのは事実です」
単純収賄罪の可能性
さて、今回名前が出て来た総務省政務三役経験者らに質問したが、「現在調査中」(山口俊一氏)など少数を除き、回答した全員が、会食の事実を認めた。「自分で支払いはしていない」(小林史明氏)、「費用は負担していただいたと記憶」(世耕弘成氏)などNTT側の費用負担を認めた者も多かった。多くの議員は決まって「総務省への働きかけの依頼はなかった」「政治家に国家公務員倫理法は適用されない」の2点を強調していたが、果たして問題はないのか。
元東京地検特捜部検事の若狭勝弁護士が解説する。
「政務三役として職務権限を持つ者が接待を受け、その席で職務権限に絡む話が出ていれば、何も請託(お願い事)がなくても単純収賄罪に該当する可能性があります。例えば、携帯料金の値下げという懸案がある中で『どうなんですか?』と聞かれた大臣や副大臣が『こういう形になりそうだ』という会話をするだけで、実際に機密を教えたり行政を歪めたりしなくとも、単純収賄の構成要件を満たす。告発されれば捜査が始まりますが、起訴されるかどうかは接待の回数や金額によって決まります」
NTTから政務三役在職中に高額接待を受けた議員らは、どう答えるのか。高市氏の携帯に連絡すると、次のように答えた。
――大臣在任中、澤田氏から接待を受けたのでは?
「澤田さんと2回食事をしたのは事実です。ただ、向こうから折半の金額を聞いて支払い、領収書をいただいた。あのときは秘書が『NTT側から1万円の会費でお願いしますと言われています』と。万が一、消費税などでオーバーしたら気分的に嫌なので、一人5500円の衣料品のお土産を私費で買い、先方(3名)にお渡ししました」
――高いワインを飲んだ?
「それは分からない。私はお酒を控えているので、その場を白けさせないように口を付ける程度ですから。ただ、総務省の案件で頼まれたことはないです」
――鵜浦氏から贈答品は?
「大臣のときには頂いていないと思いますけど」
さらに書面でも補足説明があった。要点のみを記せば「大臣在任中に総務省関連事業者から接待を受けたことは皆無。会食を伴う意見交換は、行政の公平性に疑念を持たれることのないよう、すべて完全割り勘、又は全額当方負担を徹底していた」とし、2回の会食でそれぞれ1万円を支払った領収書(宛名は自民党奈良県第二選挙区支部)のコピー2通も送られてきた。
一方、同じく大臣在任中に2度の接待を受けた野田氏の事務所は「調査中。いつ回答できるか分からない。締め切りに間に合わなければ『回答がなかった』で構わない」とした。
寺田稔氏は「会食の時点で2日後の総務副大臣退任が決まっており、一般的な話が中心の慰労会でした。代金は先方が負担しました」などと答えた。坂井学氏からは回答がなかった。
菅政権の看板政策「携帯値下げ」を巡って、NTTが有利になるような“歪み”は本当になかったか。さらなる検証が必要だ。
source : 週刊文春 2021年3月18日号